11月の千葉の夕暮れは、独特の息苦しさがあった。海沿いから吹く風は塩分を含み、錆びた波板屋根を叩いてヒューヒューと鳴り続ける。日が沈むのが早くなると、住宅地の路地はあっという間に闇に飲み込まれ、街灯の黄色い光が湿った路面にぼんやりとにじむ。こういう夜に、人は郵便受けを恐れる。請求書でも特売のチラシでもない。もっと静かで、もっと冷たい何かが、あの錆びた鉄の蓋の向こうで待ち構えていることがある。封筒一枚が、置いた人間のわずかな平穏を根こそぎ奪い去ることがある。
11月20日、木曜日の夕方。千葉県の海沿いの住宅地に、昭和40年代に建てられた木造アパートが、細い路地に沿って肩を寄せ合うように並んでいた。外壁はあちこちにひびが入り、雨だれの黒いシミが柱に沿って長く伸びている。共同廊下の手すりは錆で赤茶けており、触れるとざらりと粉が落ちた。その203号室が、塩沢千津と夫の乗明が30年以上暮らし続けてきた家だった。
千津は65歳。近所の公民館で清掃のパートをしていた。週5日、朝7時から昼過ぎまで、廊下を拭き、トイレを磨き、会議室の椅子を並べ直す仕事だ。体は細く、まるで長年の節約が肉を削ぎ落としてきたかのようだった。着ているものはいつも同じグレーのカーディガンで、袖口がほつれかけているが、必ずアイロンがかかっていた。歩く時はわずかに前傾姿勢になり、足音を立てないように小刻みに歩く。他人の玄関先や共同廊下では特に、まるで自分の存在を可能な限り薄くしようとするように。
その日、千津はスーパーで夕方割引になった白菜を一袋買って帰るところだった。午後3時を過ぎると、近くのスーパーでは見切り品が並び始める。千津はその時間を長年のカラダで覚えていた。半額シールの貼られた豆腐、3割引の味噌汁の具、ぐったりした野菜。そういったものを丁寧に選んでレジ袋に入れて帰るのが、彼女の毎日だった。今日手に入れたのは、白菜の半端な塊と、夕方に値下げされた小さな豆腐一丁だった。帰りの路地を歩きながら、今夜は白菜を軽く塩もみにして、豆腐に醤油をかけるだけでいいと思った。味噌はまだある。
路地の角を曲がり、自分たちの部屋の前に来た時、千津は足を止めた。郵便受けの金属の蓋が半開きになっており、そこから白い封筒の端がはみ出していた。普段郵便受けに入っているのは、チラシか、光熱費の通知か、NHKの受信料の案内程度のものだった。それ以外の封筒が届くことは、滅多になかった。千津はゆっくりと封筒を引き抜いた。差出人の欄を見た瞬間、胸の中で何かが静かに固まった。不動産管理会社の社名と、赤いスタンプで押された「かき止め」の文字。
千津は玄関を開け、三和土に立ったまま封筒を見つめ続けた。開けるでもなく、中に入るでもなく、ただそこに立って、白菜の入ったビニール袋を握りしめ、何度も目をしばたかせた。ドライアイの発作が出ると、目の奥が砂を詰めたように痛くなり、まばたきを繰り返さないでいられなくなる。今は特にひどかった。やがて千津は靴を脱ぎ、台所の電気をつけた。
台所は2人で使うには手狭だった。流し台の上には昼間使ったままの湯のみが1つ残っており、千津はそれをどかして封筒を真ん中に置いた。白菜は流しの横にそのまま置いた。冷蔵庫に入れることも、夕飯の支度を始めることも、今は後でいいと思った。封筒をゆっくりと開けた。中には3枚の紙が折り重なって入っていた。文面を広げると、不動産管理会社の社名が大きく印刷されており、その下に「入居者各位」という宛名があった。千津は文面を読み始めた。最初の一行を読み終えた時、もう一度最初から読み直した。それでも理解できないような気がして、3度目に目を通した時、ようやく言葉の意味が頭の中に沈み込んできた。
文書の内容は、以下のようなものだった。
「この建物は老朽化が著しく、耐震基準を満たさないことが確認された。所有者は土地を大手建設会社に売却することを決定し、建物を解体することになった。入居者全員は来年2月末日までに退去すること。転居支援金として10万円を支払う。」
千津は紙を持つ手の力が、少しずつ抜けていくのを感じた。10万円。転居支援金が10万円。頭の中でその数字を転がしてみた。今この近辺で賃貸を探せば、敷金・礼金だけで20万から30万はかかる。引っ越し業者に頼めば、それだけでまた数万円が飛ぶ。10万円では、新しい家を借りるための初期費用にさえ足りない。千津は紙を茶ぶ台の上に伏せた。目を細め、台所の蛍光灯の光を見上げた。ホコリがわずかに散らついているのが気になった。もうかなり前から変えなければと思いながら、電球の値段を考えると後回しにしてきた明かりだった。その明かりが、今とても遠くにあるように見えた。
午後6時を過ぎた頃、玄関の引き戸がガタンとなり、夫の乗明が帰ってきた。塩沢乗明は68歳。近くのスーパーの駐車場で、車の誘導員をしていた。週4日、朝から夕方まで立ちっぱなしで働く仕事で、冬は特に体に応えた。今日もオレンジ色の反射ベストを着たまま玄関に立ち、それを脱ぐと、肩にかけた四つでシャツの脇が湿って黒く染みていた。乗明は台所に入り、茶を入れようと電気ポットのスイッチを押した。その時、千津が立ち上がり、茶ぶ台の上の封筒と3枚の紙を静かに並べた。何も言わなかった。乗明は封筒を手に取り、差出人を確認した。次に中の紙を広げ、斜めに読み、もう一度最初から読んだ。
2人の間に、しばらく沈黙が続いた。台所の片隅に置かれた石油ストーブが、乾いた空気の中でカチカチと小さな音を立てていた。窓の外では風が木々を揺らし、隣の部屋の誰かの洗濯物がバタバタと旗めいていた。乗明は紙をゆっくりと折りたたみ、封筒に戻した。それを茶ぶ台の端に寄せ、黙ってポットの湯が湧くのを待った。千津は流しの横に置いたままの白菜を手に取り、洗い始めた。包丁を取り出して、葉を1枚ずつ剥がしながらザク切りにした。ボールに塩を振って揉み込む。手が冷たい水で赤くなったが、止めなかった。2人は夕飯の支度が整うまで、一言も言葉を交わさなかった。
夕飯は、ご飯と白菜の塩もみ、それに豆腐に醤油をかけたものだった。向かい合って座り、箸を持った。乗明は手を合わせて「いただきます」と言った。声がいつもより低く、くぐもって聞こえた。千津は小さく頭を下げただけで、何も言わなかった。しばらく、咀嚼の音だけが聞こえた。千津はご飯を口に運びながら、頭の中で数字を並べていた。年金は2人合わせて毎月14万円ほどだった。そこから光熱費、食費、国民健康保険料、介護保険料を引くと、手元に残るのは多くて3万円程度だった。千津のパート収入が月に6万円ほどあり、乗明の誘導員の給与が月に5万円ほどあった。合計すると月に25万円になるが、今の家賃が4万円であることを考えると、新しい場所で同等か少し高い家賃を払えばいいだけのはずだった。しかし、それは借りられればの話だった。
千津には分かっていた。65と68という年齢。安定した雇用形態ではないパートと誘導員という仕事。連帯保証人になってくれる身内がいないという条件。それが賃貸市場では致死的に不利であること。30年以上4万円の部屋に住み続けてきたのは、引っ越す余裕がなかったからだけではなかった。新しい部屋を借りようとすると、必ずこの問題にぶつかることがなんとなく分かっていたからでもあった。だから動かなかった。動けなかった。そして今、その先送りが崩れた。
千津は白菜を一口箸で口に運びながら、3ヶ月という期限を頭の中で転がした。11月の末に通知が来て、2月末までに出なければならない。年末年始を差し挟めば、実質的に動ける時間はさらに少ない。乗明が茶碗を置く音がして、千津は顔を上げた。夫の顔を正面から見るのは、いつ以来だったか。乗明の頬は以前よりこけており、目の下に濃い疲労の色が滲んでいた。食欲があまりないのか、ご飯がまだ半分以上残っていた。最近、胃が悪いのかもしれない。千津は思ったが、何も言わなかった。乗明が口を開いた。声は平静を保っていたが、どこか乾いていた。
「どこか他に見つけるしかないな」
千津は小さく頷いた。簡単ではないことは、2人とも分かっていた。口にしないだけで。
食事が終わり、千津が食器を洗っている間、乗明は茶ぶ台の前に座ったまま動かなかった。千津は背中を向けたまま、食器洗剤を泡立てながら夫の気配を感じていた。夫が黙って動かない時は、何かを考え込んでいるか、体が言うことを聞かないほど疲れているかのどちらかだった。食器を洗い終えて水を切り、タオルで手を拭いた千津は、ふと茶ぶ台を振り返った。乗明が箸を落としていた。箸は茶ぶ台の縁から転がり、板張りの床に落ちてカランと乾いた音を立てた。しかし乗明はそれを拾わなかった。両手が茶ぶ台の端に置かれ、指先が白くなるほど木の縁を握りしめており、上半身がゆっくりと前のめりになって、額が茶ぶ台の上に触れるか触れないかのところで止まった。
千津はその姿を見て、何かを言おうとしたが、言葉が出なかった。乗明の肩がかすかに震えていた。声は出ていなかった。ただ肩だけが小刻みに揺れていた。千津はタオルを流しの縁にかけ、ゆっくりと台所の引き出しを開けた。新しい箸を一膳取り出し、音を立てずに乗明の手の隣に置いた。それだけだった。声をかけなかった。背中を撫でなかった。ただ箸を置いただけだった。千津には分かっていた。今この場面で言葉をかけることは、むしろ何かを壊すことになる。夫が今感じているものを言語化させてはいけない。言語化されてしまえば、その重さが現実になる。だから黙っていることが、2人の間での唯一の約束のようなものだった。
乗明はしばらくしてから顔を上げた。目が赤くなっていたが、千津は見なかったことにした。乗明は新しい箸を手に取り、残っていたご飯を少しだけ口に運んだ。千津も自分の席に戻り、湯のみを両手で包んで、冷めかけた茶を飲んだ。
夜が更けた。乗明は8時頃に布団を敷いて横になった。胃が痛む時は早く寝るのが癖になっていた。しばらくすると寝息が聞こえてきた。千津は1人で茶ぶ台の前に座り、家計簿を開いた。毎月全ての出費をボールペンで書き込んできた家計簿だった。表紙が擦り切れ、背の部分のテープが剥がれかけていたが、千津はセロテープで貼り直しながらずっと使い続けてきた。スーパーのレシートは、帰るたびに財布から出して、定規で折り目をつけて丁寧に4等分に折りたたみ、日付と金額を確認してから、はるか数字だけを移して捨てるかしていた。今夜は家計簿を開いたまま、何も書かなかった。通帳の残高を思い返した。千津名義の口座に87万円。乗明の口座に43万円。合わせて130万円ほどある。老後のために少しずつ積み立ててきたお金だったが、今は全部ここに集まっている。毎月の収支がほぼ均衡しているため、増えもしないが減りもしない状態が続いていた。
130万円。新しい家の敷金、礼金、引っ越し、前払い家賃。それが一気に消えていく。そしてもし家賃が今より高くなれば、毎月の生活は今以上に切り詰めることになる。千津は家計簿の欄外の余白に、小さな数字を書き始めた。敷金を仮に賃料2ヶ月分として、礼金1ヶ月分、仲介手数料1ヶ月分、引っ越しを控えめに見積もって3万円。家賃が5万円のところを借りたとして、初期費用だけで23万円。残る107万円で新生活を始め、月の収支をやりくりしていく。計算自体は成り立つ。しかし、千津が何よりも恐れているのは、金額の問題ではなかった。65歳と68歳の老夫婦に部屋を貸してくれる家主が、どこにいるのか。それが本当の問題だった。
ドライアイの薬が残り少なくなっていることを思い出した。眼科に行かなければならないが、平日の仕事を休まなければならない。仕事を休むと日給が出ない。今は1円も無駄にできない。千津は家計簿を閉じた。閉じる時、ペンで書いた数字の上に、きれいに定規を当てて線を引いた。計算した後を消したのではない。ただ線を引いただけだった。何のためかは、自分でも分からなかった。
ストーブを消す前に、千津は部屋の中を見回した。40年近い歳月をかけて積み上げてきた生活の痕跡が、そこにあった。結婚した時に買った茶ぶ台。子供が生まれる前に乗明が作った小さな本棚。引き出しの取手が1つ取れたままになっているタンス。布が薄くなってきた座布団。窓の隙間から入る冷気を塞ぐために突っ込んだ古い手ぬぐい。どれも大した値打ちのないものばかりだったが、どれも千津の手が入っていた。拭いて、縫い直して、直して、使い続けてきた者たちだった。これを全部、あと3ヶ月で片付けなければならない。引っ越し先が決まれば、持っていけるものは持っていく。しかし小さな部屋に移れば、大きなものは入らない。この茶ぶ台は処分するしかないかもしれない。本棚も、タンスも。千津は茶ぶ台の表面を、手の甲でそっと撫でた。木の節の感触が手のひらに伝わってきた。長く使ってきたせいで、角が丸くなっている。撫でた手を引っ込め、千津はストーブのつまみを回して火を消した。部屋が急に冷え込んでいくような気がした。
布団の中に入っても、千津はなかなか目が閉じられなかった。天井のシミを見つめながら、明日のことを考えた。明日は公民館の仕事がある。朝7時に家を出て、昼過ぎに帰ってくる。帰り道に、不動産屋の場所を確認しておこう。今度の土曜日の乗明の休みの日に、一緒に行ってみよう。2人で不動産屋に行く。それだけのことが、千津には重かった。断られるか、何を言われるか、ある程度は想像できた。長年の土地で暮らしてきた千津には、老人が部屋を借りようとすることがどれだけ難しいか、噂として聞き知っていた。近所に住む同じくらいの年齢の夫婦が、2年前に息子の家の近くに引っ越そうとして、どこにも入れてもらえず半年かかったという話を聞いたことがあった。その夫婦には息子がいて、息子が保証人になれたからどうにかなったのだという。
千津には娘が1人いた。東京に出た娘のさやかは、38歳になる。10年前に千葉を出ていったまま、ここには戻ってきていない。年賀状が毎年届くかどうかというくらいの付き合いになっていた。最後に声を聞いたのはいつだったか。もう2年は経つかもしれない。千津とさやかの間に何があったか、細かいことをここで思い出したくはなかった。ただ、今更連絡を取ることへの気重さが、夜の暗さの中でゆっくりと胸に広がった。さやかに頼めば、保証人になってもらえるかもしれない。その考えが頭をかすめた瞬間、千津はすぐに打ち消した。まだそこまで考えるのは早い。まず自分たちでどこまでできるか、やってみなければ分からない。乗明の寝息が聞こえていた。規則正しく、穏やかだった。千津は目を閉じた。眠れるかどうか分からなかったが、今夜はもうこれ以上何も考えないことにしようと思った。しかし頭の中では、10万円という数字がずっと回り続けていた。
翌朝、千津は5時半に目が覚めた。いつもより30分早い。目が覚めた瞬間から、昨日の封筒のことが戻ってきた。夢の中でも似たようなものを見ていた気がしたが、細かい内容は思い出せなかった。布団を畳み、台所に立って米を磨いだ。炊飯器のスイッチを入れ、冷蔵庫を開けた。昨夜の白菜の残りと、賞味期限が今日になっている卵が2個あった。だし巻き卵でも作ろうと思ったが、ガスを使う時間を考えて、目玉焼きにすることにした。乗明が台所に現れたのは6時過ぎだった。顔を洗って出てきた夫の顔色は、昨夜よりも少しマシだったが、それでも本調子ではなさそうだった。「おはよう」と言って座り、ご飯を一口食べてから、千津の顔を見た。乗明が口を開いた。
「今週末、不動産屋を回ってみよう」
声は落ち着いていたが、目の端がわずかに引きつっていた。千津は箸を持ったまま、小さく頷いた。「そうしましょう」とだけ返した。それ以上のことは、どちらも言わなかった。2人はご飯を食べた。窓の外では、夜明けの薄い光が灰色の空から少しずつ差し込んでいた。海の方向から、波の音がかすかに聞こえた。千津は食器を下げながら、郵便受けに残っている封筒のことを考えた。あれを引き出しにしまうべきか、それとも見えるところに置いておくべきか。しまえば、少しの間だけ見えなくなる。しかし期限は動かない。千津は台所の引き出しを開け、昨夜自分が数字を書き込んだ家計簿を取り出した。ページを開き、余白に書いた数字の上に引いた線を、今度は消しゴムで消した。数字を再び直し、もう一度正確に書き直した。見なければならないものから目をそらすことは、千津にはできなかった。それが唯一の、彼女なりの覚悟の示し方だった。
それから2週間が経った。12月に入ると、千葉の海沿いの朝は一段と冷え込んだ。路地の水道管の外側に水滴が凍りつき、自転車のサドルに霜が降りた。千津は毎朝公民館への道を急ぎながら、頭の中で計算を繰り返していた。敷金、礼金、引っ越し、新しい家賃。同じ数字が同じ順番で、毎朝頭の中を回った。その2週間で、千津は1つだけ決めたことがあった。今度の木曜日、仕事を1日休んで、乗明と2人で不動産屋を回ること。公民館のパートは、用事がある時は前日までに電話すれば休める。日給が1日分消えるのは痛いが、週末では会社が混んでいて、若い担当者にあしらわれるだけだと思った。平日の午前中、少し落ち着いた時間帯に行く方が、まだ丁寧に話を聞いてもらえる可能性がある。そう判断した。
水曜の夜、千津は翌朝着ていく服を決めた。タンスの引き出しを開け、しばらく迷ってから、紺色のカーディガンを選んだ。いつものグレーのものではなく、数年前に娘への手土産を買いに行ったデパートで、セール品として自分のために買った1枚だった。袖口のほつれはなく、ボタンも全部揃っていた。スカートは黒の無地にした。靴は古いが、磨いておいた。鏡の前に立ち、自分の姿を確認した。65歳の自分が鏡に映っていた。髪はほとんど白くなっており、頬が落ちてエラが少し張って見えた。背中がわずかに丸い。しかし服はきちんとしていた。シミはない。千津はそれだけを確認して、鏡から離れた。
乗明は台所でお茶を飲みながら、明日どの路線で行くか調べていた。「駅前の不動産屋ではなく、少し大きい町まで出た方が選択肢が多いかもしれない」と言った。千津は頷いたが、何も言わなかった。どこへ行っても同じだという予感が、すでに胸の中にあった。しかしそれを口にすることは、自分たちの最後の望みを自分で折ることと同じだと思って、黙っていた。
その夜、千津は眠れなかった。目を閉じると、不動産屋の受付カウンターが浮かんできた。若い担当者が柔らかい声で笑顔を保ちながら、丁寧な言葉でこちらの希望を全て聞き流していく場面を、繰り返し想像した。想像の中の担当者は、いつも申し訳なさそうな顔をしていた。謝りながら断る。それが日本の礼儀だった。そしてその礼儀は、断られる側にとっては一層残酷だった。
木曜日の朝、千津と乗明は7時半に家を出た。電車に乗るのは久しぶりだった。2人でどこかへ出かけること自体、ここ数年ほとんどなかった。乗明は普段、自転車か徒歩でスーパーの駐車場まで通っていた。千津も公民館は歩いて15分の距離だった。電車は、日常から外れた場所へ行く時の乗り物だと、千津はどこかで感じていた。ホームに立つと、朝のラッシュの人波が迷わずすれ違っていった。スーツ姿の会社員。制服を着た高校生。大きなリュックを背負った若者。みんな同じ方向を向き、誰もこちらを見なかった。千津は乗明の隣で少しだけ縮こまり、ホームの端の方に寄った。電車が来ると、人の流れに逆らわないように乗った。座席が1つ空いており、千津は乗明に目で示した。乗明は首を横に振り、ドア脇に立った。千津も立ったまま吊り革を握った。窓の外に、朝の住宅地が流れていった。
電車を乗り換え、駅前のロータリーに出ると、千津は通行人の多さに少し圧倒された。平日の朝でも、これだけの人がいる。飲食店の開店準備をしている人、銀行のATMに並ぶ人。スマートフォンを見ながら自転車をこぐ者。町は何事もないように動いていた。自分たちの問題など、誰も知らない。乗明が地図を確認し、駅から3分ほどのところにある不動産屋に向かって歩き始めた。千津はその半歩後ろを歩いた。
1軒目の不動産屋は、ガラス張りの明るい店舗だった。入口に物件情報のチラシが張り並べられており、2LDKから1Kまで様々な間取りの写真が並んでいた。千津は自動ドアが開く前に一度立ち止まり、乗明と目を合わせた。乗明が先に入った。千津がその後に続いた。店の中は思ったより広く、デスクが4つ並んでいた。1番手前のデスクに座っていた男性社員が顔を上げ、立ち上がってこちらに向かってきた。20代後半か30代前半に見えた。ネクタイをきちんと締めており、笑顔が自然だった。「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」と言いながら、応接スペースのソファに案内された。お茶を出してもらった。温かいほうじ茶だった。千津は両手でカップを受け取り、「すみません」とだけ言った。担当者は名刺を出し、坂本という名前だと言った。「どのようなご条件をお探しでしょうか」と聞いた。声は柔らかく、こちらを見る目に圧力はなかった。乗明が口を開き、予算は月5万円前後、1LDK程度で、なるべくこの路線の沿線がいいと話した。千津は隣でそれを聞きながら、自分の膝の上に置いた両手を見ていた。
坂本は頷きながらメモを取った。それから少し間を置いて、「現在のご職業と年齢をお聞きしても良いですか」と言った。声のトーンは全く変わっていなかった。乗明が答えた。2人の年齢と、パートと誘導員という仕事の内容を。坂本は引き続き穏やかに頷いた。しかしその直後、わずかに視線が下に向いた。メモを取る手が一瞬だけ止まった。千津はそれを見逃さなかった。坂本がパソコンを操作し始め、「条件に合う物件を検索してみますね。少しお時間をいただけますか」と言った。千津と乗明は黙ってほうじ茶を飲んだ。数分後、坂本が戻ってきた。「申し訳ございません。ご予算と間取りの条件に合う物件はいくつかあるんですが」と言ってから続けた。「今現在、連帯保証人様はいらっしゃいますでしょうか?」千津は乗明を見た。乗明も千津を見た。乗明が答えた。「子供が1人いるが、連絡が取りにくい状況で」と言った。坂本の表情は動かなかった。しかし次の言葉が、少しだけ遅れた。「そうでございますか」と言ってから、「こちらの物件を扱うオーナー様は、ほとんどの方が保証会社の審査を必須としておりまして」と説明し始めた。保証会社の審査では、申し込み者の年齢や収入の安定性が主な審査項目になっており、65歳以上の方はその審査を通過できないケースが多いということを、坂本は丁寧ないい回しで少しずつ伝えた。千津はほうじ茶を飲んだ。もうぬるくなっていた。
最終的に坂本は、1つだけ可能性のある物件を出してきた。6畳1間、築40年、バストイレ共同、月3万5000円。写真では壁にシミが見えた。千津は写真を見た。見て、何も言わなかった。乗明が少し考えてから、「決めてもいいでしょうか」と言った。坂本は「承知しました。いつでも連絡をください」と言って、名刺をもう1枚渡した。
2件目は、駅から少し離れた路地にある小さな不動産屋だった。入ると、60代くらいの男性が奥の椅子に座っており、こちらを見て立ち上がった。1件目よりも古い店構えで、壁に手書きの物件情報が貼られていた。対応は早かった。年齢を聞くなり、表情を変えずに「うちは扱える物件が少ないですよ」と言った。「保証会社が通らない場合、連帯保証人として子供さんに実印を押してもらう必要があるんです。それができないなら、厳しいですね。申し訳ない」千津と乗明は礼を言って店を出た。外に出た時、空が曇り始めていた。乗明が無言のままスマートフォンで地図を確認した。3軒目に向かって歩き始める夫の背中を、千津は追いかけた。
3軒目は、少し大きな不動産チェーンの店舗だった。入口近くに番号発券機があり、千津は自動的に番号を取った。少し待って番号を呼ばれ、窓口の前の椅子に座った。担当したのは若い女性だった。20代前半に見えた。笑顔が丁寧で、言葉遣いも正確だった。千津が条件を告げると、女性はすらすらと対応を始めた。「年齢はどちらも60代でいらっしゃいますか」と確認し、「現在の収入証明や年金受給証明書はお持ちですか」と聞いた。千津は紙袋から書類を取り出した。年金の通知書、パートの給与明細、健康保険証。準備していた書類を並べると、女性は1枚1枚を確認した。女性がパソコンを操作し、いくつかの物件を提示した。ただし、ほぼ全ての物件について、「オーナー様のご意向で、65歳以上の方へのご入居をお断りしているとのご連絡をいただいております」という説明が添えられた。それがどういう意味かは、説明がなくても千津には分かった。入居者が高齢で部屋で亡くなった場合、その部屋は事故物件扱いになる。家主は資産価値が下がることを恐れている。それだけのことだった。誰も悪意を持って断っているわけではない。ただ合理的な判断として、老人を入居させることのリスクを避けているだけだった。千津はその冷徹さが腹の底に沈む感覚を、じっと我慢した。3軒目でも話はまとまらなかった。
店を出ると、冷たい雨がパラパラと降り始めていた。2人はコンビニの軒先に立ち、傘を持っていないことに気づいた。千津は財布の中を確認した。折りたたみ傘を買えるだけの小銭はあった。しかし使いたくなかった。乗明がコンビニに入り、小さな袋を買って出てきた。2人分の紙コップのコーヒーだった。100円のもの。軒先に立ったまま、2人でコーヒーを飲んだ。千津は温かいコーヒーを両手で包み、街を行き交う人を見た。傘を差した人、フードをかぶった人、雨なんか気にせずに歩く人。誰もが目的地を持ち、足早に動いていた。誰も立ち止まらなかった。千津は、自分が今、何者でもない場所に立っているような感覚を覚えた。30年以上あの部屋に住んできた。公民館で働き続けてきた。町の人たちに迷惑をかけないように、目立たないように、ひっそりと暮らしてきた。それでも今、自分たちはどこにも属さない存在として扱われている。部屋を借りる権利すら、年齢という数字1つで失いかけている。その感覚は、怒りとも悲しみとも違った。もっと静かで、もっとじわじわとした何かだった。自分が世の中にとって必要のない存在として、少しずつ仕分けられていくような感覚だった。
コーヒーがなくなり、千津は紙コップをそのまま握ったまま、「もう一軒行こうか」と言った。乗明は頷いた。雨が少し強くなっていた。
4軒目の不動産屋は、駅から少し離れた商店街の中にあった。入口のガラスに物件情報がびっしりと貼られており、その多さが一見すると頼もしく見えた。担当に出てきたのは40代くらいの男性で、物腰は穏やかだったが目が疲れていた。条件を話すと、男性は手元のファイルを確認しながらゆっくりと話し始めた。「実はですね」と男性は前置きした。「この辺りの物件で、60代のご夫婦にご紹介できるものがほとんどないんです。家主さんが年齢で制限をかけているケースが非常に多くて」千津は静かに聞いた。男性は続けた。「保証会社を通す場合、大手の保証会社はほぼ全社が65歳以上の方の申し込みを受け付けていません。中小の保証会社に当たることもできますが、家主さんが指定保証会社を定めているケースが多いので、融通が効かない。個人保証の場合でも、同居のご親族が保証人になるケースがほとんどで、別居の成人した子供さんでも保証人として認められないオーナーさんも多い」千津は聞きながら、この人はちゃんと説明してくれていると思った。丁寧に教えてくれている。それが逆に、現実の重さを増した。「1つだけ可能性のある物件があります」と男性は言った。「市内から少し外れたところで、オーナーが高齢で空室期間が長くなっているため、条件を緩和している物件です。ただ、築後10年で耐震基準を満たしていないこと、最寄り駅から徒歩30分、バスの便も1日数本程度という条件です」乗明が「それはちょっと難しいですね」と言った。仕事に通えない距離だった。「分かりました」と男性は言った。「もし条件が変わることがあれば、またいつでも来てください」と言って立ち上がった。千津と乗明は礼を言い、店を出た。
5軒目は、商店街を抜けた先のビルの2階にあった。エレベーターのない階段を上がると、小さなオフィスがあった。デスクが2つ、棚に分厚いファイルが並んでいた。担当に出てきたのは30代後半に見える女性だった。名刺を出し、名前が吉田と書いてあった。吉田は最初から丁寧だが率直な態度だった。「まず年齢を伺って良いですか」と言い、答えを聞くと少しだけ間を置いた。それから吉田は「少し難しい状況を正直にお伝えしますね」と言った。千津は背筋を伸ばした。こういう言い方をする人が、一番正確なことを話してくれると経験上分かっていた。吉田は言った。「今の市場では、65歳以上のお2人で入居希望される場合、保証会社の審査を通ることがまず難しい。保証会社を使わず、個人保証の形で対応をしてくれる家主を探す方法もありますが、それは数が限られていて、物件の質も価格も折り合いが必要になる。もう1つの選択肢として、緊急連絡先兼保証人として、50歳以下の直系のご親族、安定した収入のある方に実印を押してもらえれば、通る物件が確実に増えます。独立系の保証会社はどこも、65歳以上の単独申し込みを受け付けていないんです」
千津は吉田の顔を見た。初めて正面から担当者の顔を見た。50歳以下の直系親族。安定した収入のある方。それは、娘のことだった。千津は視線を下げ、膝の上の手を見た。吉田が話し終えるのを待ってから、「ありがとうございます。少し考えてから連絡します」とだけ言った。声が思ったより小さくなった。吉田は名刺を渡し、「何かあればいつでも連絡してください」と言った。態度にトゲはなかったが、それ以上どうにもならないことは、お互いに承知していた。
ビルの階段を降りると、外の雨が少し強まっていた。千津と乗明は軒先に立ち、空を見上げた。乗明は何も言わなかった。千津も何も言わなかった。しばらくして乗明が口を開いた。「さやかに頼むということになるのか」と言った。千津は答えなかった。答えないことが答えだということを、長年連れ添った夫は分かっているはずだった。さやかのことを考えると、千津の胸の中で何かがゆっくりと固まった。嫌だという感情ではなかった。それよりもっと複雑な思い。何か。
娘を東京に出したのは、さやかが25歳の時だった。仕事を探して出ていくという娘を、千津は止めなかった。それよりも前から、母と娘の間には言葉にしにくいものが積み重なっていた。千津の考え方とさやかの考え方が、いつしか噛み合わなくなっていた。具体的に何かが起きたわけではない。ただ2人でいると、沈黙の重さが違った。東京に出てから、さやかは1度だけ帰省し、それきりだった。電話は年に1、2度あった。去年はそれもなかった。それでも千津は、娘が東京でそれなりにやっているだろうと思っていた。若くて頭が良くて、自分の足で歩いていける子だと信じていた。だから心配しなかった。していないふりをしていた。
乗明が「傘がないと、ずぶ濡れになるな」と言った。千津は雨の中に目をやり、駅の方向を確認した。走れば、傘がなくてもどうにかなる距離ではあった。しかしこの年齢で、雨の中を走りたくはなかった。商店街の入口近くに、公衆電話のボックスが見えた。千津は乗明に「少し待っていて」と言った。乗明が千津を見た。何をするのかは聞かなかった。千津は小走りで電話ボックスに向かった。ドアを引いて中に入ると、外の雨音が少し遠くなった。ボックスの中は狭く、古い電話機の受話器が金属製のホルダーにかかっていた。千津は財布を開け、小銭を確認した。それからポーチの中から小さなメモ帳を取り出した。何年も前の年賀状から書き移しておいた、さやかの番号が書いてあった。受話器を取った。冷たかった。10円玉を2枚入れた。番号を押した。呼び出し音がなり始めた。1回、2回、3回。千津は受話器を両手で持ち、電話ボックスのガラスの外を見た。雨が斜めに降っていた。4回、5回。呼び出し音が止まり、録音のガイダンスが流れ始めた。「おかけになった番号は、ただいま電話に出られません」というメッセージだった。千津はメッセージを最後まで聞いた。録音を吹き込む音がした。千津は何も言わなかった。10秒ほど沈黙して、静かに受話器を戻した。10円玉が帰ってきた。千津は小銭を拾い、財布に戻した。ボックスの外に出ると、雨が顔に当たった。冷たかった。千津は雨の中、乗明のいる場所まで歩いた。走らなかった。乗明は軒先に立ったまま待っていた。千津が戻ってくると、「どうだった」とは聞かなかった。千津は首を横に振った。それだけだった。乗明は黙って頷いた。それから「帰ろうか」と言った。2人は雨の中を駅に向かって歩いた。傘はなかったので、千津はカーディガンを頭の上にかざした。意味があるほどの雨除けにはならなかったが、それ以外にできることがなかった。
電車の中で、千津は窓の外を見た。雨に濡れた町が流れていった。乗明は吊り革を握りながら目を閉じていた。眠っているのか、考えているのか分からなかった。千津は聞かなかった。車内は温かく、立っている人も多かったが、座席の1つが空いており、乗明がそちらに目を向けた。千津は首を振った。乗明も結局座らなかった。
家に着いたのは、午後3時過ぎだった。玄関を開けると、冷えた部屋の空気が体を包んだ。千津は上着を脱いで壁のフックにかけ、台所に入ってストーブの火をつけた。乗明は靴を脱ぎ、そのまま奥の部屋に入って布団の上に仰向けに横になった。靴下のまま、上着も脱がずに。胃が痛むのかもしれなかった。千津は何も言わなかった。お湯を沸かした。温かいものを飲んだ方がいいと思った。ストーブが温まるまでの間、千津は台所の茶ぶ台の前に座り、今日の5件の訪問を頭の中で整理した。5件回って、可能性があったのは1件もなかった。条件付きで1件だけ、共同バストイレの6畳間があったが、それは今の生活をほぼ全て手放すことを意味した。吉田が言った言葉が頭の中でもう一度流れた。「50歳以下の直系親族、安定した収入のある方」千津はお湯が湧く音を聞きながら、さやかのことを考えた。出なかった電話。メッセージを残さなかった自分。それが正しかったのか、間違いだったのか、今は分からなかった。ただ、今日のところは出なかった。それだけの事実があるだけだった。もう一度かけてみるべきか。千津は夜間の取手を握った。まだ、もう一度だけ自分たちで試せることがあるかもしれない。市役所に相談する方法もある。住宅支援の窓口があると、どこかで聞いたことがあった。来週中に行ってみよう。そこでもダメだったら、その時にさやかのことを考えればいい。千津は湯のみに注ぎ、乗明のいる部屋に持っていった。乗明は目を開けており、天井を見ていた。千津が湯のみを畳の上に置くと、ゆっくりと体を起こした。「ありがとう」と言った。声が低かった。千津は頷き、台所に戻った。
夜になり、千津は1人で台所に座っていた。乗明は夕飯を少し食べてから、また横になった。今夜は胃薬を飲んで早めに休むと言った。千津は食器を1人で洗い、茶ぶ台の前に座った。手元に小さなメモ帳があった。さやかの番号が書いてあるページを開いた。もう一度だけかけてみようかと思った。公衆電話からではなく、家の電話から。今度は声を入れられるかもしれない。いや、入れられるかどうか分からない。何を言えばいいのか。まだ言葉がまとまっていなかった。引っ越すことになった。部屋を探している。保証人になってほしい。そんなことを、突然電話で頼める相手かどうか。自分にも、さやかにも。千津はメモ帳を閉じた。今夜ではないと思った。もう少し自分の中で整理してから。市役所に行ってみてから。それでも袋小路だったら、その時に改めて考える。台所の蛍光灯が、相変わらずわずかにちらついていた。千津はそれを見上げ、小さくため息をついた。声にはならなかった。ただ肺の中の空気が、静かに抜けていっただけだった。
部屋の隅に積んである紙袋の中に、今日もらってきた5軒の不動産屋のパンフレットと名刺が入っていた。5枚の名刺。どれも丁寧に対応してくれた人たちだった。そしてどれも、結局は同じことを言った。千津は立ち上がり、紙袋を引き出しの中にしまった。捨てなかった。まだ何かの役に立つかもしれないから。ストーブの前に戻り、膝に手を当てた。今日1日で、だいぶ疲れた気がした。体ではなく、別の場所が。窓の外では雨が続いていた。屋根を叩く音が、静かな部屋の中によく聞こえた。千津はその音を聞きながら、目をゆっくりと閉じた。
12月の第2週に入った頃、千津はもう一度だけさやかに電話をかけた。夜の9時過ぎ、乗明が胃薬を飲んで横になった後、千津は台所で1人家の固定電話の前に座った。メモ帳を開き、さやかの番号を確認した。2週間前の公衆電話と全く同じ番号だった。当然だが、確認せずにはいられなかった。受話器を取る前に、何を言うかをもう一度頭の中で整理した。単刀直入に言う。今住んでいる家が取り壊しになった。新しい家を探しているが、保証人が必要になる。もし可能なら、保証人になってほしい。ただそれだけを言う。感情的にならない。長くならない。押し付けがましくならない。受話器を取り、番号を押した。呼び出し音がなり始めた。今度は長く待った。10回なっても出なかった。15回目で、また留守番電話のガイダンスが流れた。千津は今度もガイダンスが終わってから、少しだけ口を開いた。「お母さんです」と言った。声が小さかった。「用があってかけました。折り返しをもらえると助かります」と続けた。それだけ言って、静かに受話器を置いた。
それから3日間、折り返しはなかった。4日目の朝、千津は出かける前に電話の前を通り過ぎた。無言のまま靴を履いて、家を出た。
12月15日、月曜日の夕方だった。公民館から帰った千津は、玄関を上がらずに三和土に立ったまま、しばらく動かなかった。上着を脱ぐでも、靴を揃えるでもなく、ただそこに立っていた。乗明はまだ仕事から戻っていなかった。部屋は暗かった。千津は電気をつけずに台所に入り、椅子に座った。窓から夕暮れの光が差し込んでいたが、すぐに消えていった。2度の電話でさやかは出なかった。メッセージを入れた分には返信がない。市役所の住宅相談窓口には来週行く予定を入れていたが、期待できないことはうすうす感じていた。不動産屋を回った結果は、すでにほぼ答えを示していた。千津は手のひらを膝の上に伏せた。行くしかないと思った。東京へ。さやかのところへ。電話で言えなかったのは、伝えたいことが電話に収まらないからではなかった。顔を合わせて頼むことが、千津にはどうしてもできなかった。頼み事をする時、千津はいつも正面に座って、相手の目を見ないまでも、相手の前に座ってきちんと言葉を並べてきた。それが自分のやり方だった。果たしてさやかが会ってくれるかどうかは分からなかった。突然行けば、迷惑かもしれない。しかし連絡すれば、また出ない可能性が高い。千津はしばらくそのことを考えてから、最後に届いた年賀状の住所を頭の中で思い出した。板橋区の何丁目か。あの年賀状は2年前だった。今でも同じ場所にいるかどうかは分からなかった。それでも行く。それしか残っていなかった。
乗明が帰ってきたのは7時過ぎだった。千津はその日の夕飯を食べながら、東京に行くことを乗明に伝えた。乗明は箸を止めた。「さやかのところに」と確認するように言った。千津は頷いた。乗明は少し間を置いてから、「俺も行くか」と言った。千津は首を横に振った。「私1人で行く方がいい」と言った。2人で押しかければ、圧力になる。1人の方が話をしやすい。乗明は何も言わなかった。否定もしなかった。茶碗を持ち直し、ご飯を一口食べた。千津はそれを見て、少しだけ安堵した。反対されなかったことへの安堵ではなく、夫がそれ以上何も聞かなかったことへの安堵だった。
木曜日の朝、千津は公民館に電話をかけて、体調不良で休む旨を伝えた。嘘をついたことが少し胸に引っかかったが、他に言いようがなかった。「個人的な事情で」とは言えなかった。いつもより少し早い時刻に家を出た。乗明はすでに仕事に出ており、部屋には誰もいなかった。千津は手提げ袋の中に、年賀状のコピーと財布と交通系ICカードを入れた。さやかへの手土産として何か持っていくべきかと考えたが、駅のコンビニで買えばいいと思った。しかしコンビニの前に立った時、何を選べばいいか迷って、結局みかんを入れた袋だけを買った。千葉から持ってきたみかんがたくさんあったので、それを小さな袋に詰めてきていた。
総武線に乗り、東京方面に向かった。電車の中は朝のラッシュが落ち着いた時間帯で、座席はほぼ埋まっていたが、立っている人は少なかった。千津は端の席に座り、膝の上に手提げ袋を置いた。窓の外に灰色の住宅地が続いた。川を渡り、駅をいくつか過ぎるたびに、町の密度が増していった。千津は電車の中で、何度かシミュレーションをした。さやかが在宅だった場合。インターホンを押すと、さやかが出る。顔を見て、少し驚く。千津は頭を下げて、「突然来てごめんなさい」と言う。それから、「少しだけ話す時間をもらえないか」と言う。さやかが不在だった場合。手紙を書いて、ドアポストに入れていく。「電話して欲しい」とだけ書く。さやかが拒否した場合。それはそれで受け入れる。ただし、その前にきちんと伝える。千津は窓の外を見た。スカイツリーが遠くに見えた。東京に来るのは何年ぶりだろうかと思ったが、すぐにその考えを押し殺した。今はそういうことを考える場面ではなかった。
板橋区の最寄り駅に降りたのは、10時を少し過ぎた頃だった。駅の改札を出ると、商店街が続いていた。シャッターが閉まった店もあれば、開いている店もあった。八百屋、薬局、古い電気店。千津には懐かしいような、遠いような、どちらとも言えない風景だった。年賀状に書かれていた住所を頭の中で繰り返しながら、地図アプリを持っていない千津は、駅の掲示板を確認した。住所を確認して、方向を定めた。歩いて15分ほどの場所だと見当をつけた。12月の日差しは弱く、影が長く伸びていた。千津は小走りにならないように気をつけながら、商店街を抜けて住宅地に入った。路地が細くなり、古い集合住宅が増えた。外壁のタイルが剥がれ、配管が露出している建物が多かった。千津は自分たちの千葉の家を思った。あそこも似たような建物だったが、ここよりも海に近い分だけ風化が早かった。
目的の番地の前に立った。4階建ての古い鉄筋コンクリートの建物だった。外壁は薄汚れた灰色で、ベランダに洗濯物が干してある部屋がいくつかあった。エントランスのドアは鍵がかかっておらず、少し開いていた。千津は建物の前で立ち止まり、一度深く息を吸った。メモを確認した。204号室。エントランスを入り、階段を登った。手すりが冷たかった。2階の廊下を歩き、204号室のドアの前に立った。ドアは古い木製で、郵便受けのスリットが下の方についていた。表札はなかったが、ドアの脇に小さな名前シールが貼られており、「塩沢」と読めた。さやかは結婚していないのだろうか。旧姓のままだと千津は思ったが、それについて今は何も考えないことにした。
千津がドアの前に立ち、手を上げてノックしようとした時、部屋の中から声が聞こえた。さやかの声だった。千津は手を止めた。声は電話に向かって話しているようだった。低く抑えられているが、切迫した調子があった。千津は聞こうとしたわけではなかったが、廊下に音が漏れてきた。「ですから、今月中に少しでも入れますから、もう少し待っていただけませんか」というさやかの声が聞こえた。その後、相手の声は聞こえなかった。またさやかの声が続いた。「分かっています。分かっていますけど、あの、お願いします」という言葉が、だんだんと小さくかすれていった。千津は廊下に立ったまま、ドアを見つめていた。ノックするタイミングを失った。しばらくして電話が終わったらしく、部屋の中が静かになった。続いて、ため息のような音が聞こえ、それから何かを引っ張るような音、椅子を引く音がした。千津はドアの前で、1歩だけ後ろに下がった。その時、ドアが少し開いた。内側から鍵が外れる音がして、ドアが10cmほど開き、止まった。さやかが中から何かを探しているらしく、ドアを開けたまま廊下に背を向けていた。千津は動けなかった。開いたドアの隙間から、部屋の中が少しだけ見えた。6畳ほどの狭い部屋に、折りたたみのテーブルが1つあり、その上に弁当の空容器と使いかけのティッシュが乗っていた。部屋の隅に子供用の毛布が丸まっており、その中に小さな子供が横になっているのが見えた。3歳か4歳に見えた。さやかの後ろ姿が見えた。千津が最後に見たさやかは20代で、まだ丸みがあって、声が大きかった。今、目に映るさやかは、肩が細く、首筋が細く、髪が後ろで雑に束ねられていた。エプロンを外して、制服のような黒いシャツに着替えようとしていた。ファミリーレストランか居酒屋か、何かのチェーン店の制服に見えた。千津はさやかの横顔を、ほんの一瞬見た。目の下が暗かった。頬がこけていた。口元に力がなかった。それが38歳になった娘の顔だった。千津の胸の中で、何かがゆっくりと、しかし取り返しのつかない速さで動いた。
千津は一歩、また一歩と廊下を下がった。音を立てないように、靴底をそっと廊下に置きながら。さやかがドアを閉めた。ガチャという金属の音が廊下に響いた。千津は壁に背を当て、目を閉じた。心臓が少し早く打っていた。胸の中にあった言葉たちが、今この瞬間に全部溶けていくような感覚があった。「引っ越しします。保証人になってほしい」という言葉が、形を失っていった。さやかは今夜、仕事がある。子供を誰かに預けて、あるいは1人で置いていくのかもしれない。それをしながら、カードの支払いを待ってもらうよう電話で頭を下げていた。そういう夜の中にいる娘に、自分たちの引っ越しの保証人になってくれと頼む。できなかった。理屈ではなかった。千津の中の何かが、それを拒んだ。この子には、この子の戦いがある。自分たちの問題を持ち込んでいい場所ではない。
千津は目を開け、廊下の先を見た。階段の方向に、薄い光が差していた。鞄の中に手を入れた。みかんの入った小さな袋を取り出した。千津は204号室の郵便受けのスリットの前にしゃがんだ。みかんの袋は、スリットに入る大きさではなかった。千津はしばらくそれを持ったまま、どうしようか考えた。ドアの脇にかけることを考えたが、目立ちすぎるかもしれないと思った。結局、ドアの前の床に袋をそっと置いた。メモを書こうとしたが、何を書けばいいか分からなかった。「お母さんより」とだけでは、何かが伝わってしまう。何も伝わらない方がいい場合もある。千津はメモを書かなかった。みかんの袋だけが、204号室のドアの前に置かれていた。千津は立ち上がり、廊下を引き返した。階段の手すりを握り、1段ずつ降りた。エントランスを出ると、冷たい空気が顔に当たった。空は薄曇りで、日差しはほとんどなかった。千津は建物の前で、1度だけ振り返った。204号室のベランダには、何も干されていなかった。窓に向かって走る配管が、縦に1本伸びていた。それだけだった。千津は歩き始めた。駅の方向へ。
駅の近くに、小さな公園があった。ベンチが2つあり、一方には中年の男性が弁当を食べていた。千津は反対側のベンチに腰を下ろした。カーディガンを膝の上に置き、両手をその上に重ねた。周囲は普通の昼間の景色だった。遠くで子供の声がして、自転車が通り過ぎた。コンビニの袋をぶら下げた若者が、足早に歩いていった。東京のどこにでもある、何でもない午前の光景だった。千津はその景色の中に、溶け込むことも、存在することもできないような感覚で座っていた。ノックしなかったということを、何度も確認するように頭の中で繰り返した。間違いではなかっただろうか。勇気がなかっただけではないか。自分に都合のいい解釈をしているだけではないか。しかし、あの部屋の中で見たものを思い返すたびに、千津の中の答えは動かなかった。さやかは今、自分のことで手いっぱいだった。目の下の暗さと、頬のこけ方と、あの電話の声が、全てを語っていた。母親として30年以上を見てきた千津には、あの疲弊がどういう重さのものかが、言葉を交わさなくても分かった。そこに保証人の話を持ち込めば、さやかは拒否できない。それが問題だった。さやかは断れない娘だった。昔からそうだった。表向きは強がって頑固なふりをして、しかし最後は引き受けてしまう。母親に言われたことを断れずに、苦しくなるまで抱え込んでしまう。こういう子だった。だから千津は、あの子に頼めなかった。自分の都合を優先する部分が、千津自身にも確かにあった。保証人を頼めば、さやかは引き受けるだろう。しかしその負担が、今のあの子にのしかかる。千津は目を閉じた。自分たちが先か、娘が先か。そういう問題ではなかった。ただ、頼んではいけないと思った。
少し時間が経った。隣のベンチの男性が弁当を食べ終えて、立ち去っていった。公園に、千津1人が残った。千津は目を開け、空を見上げた。薄い雲の中に、白い光の塊があった。太陽がどこにあるかは分からないが、光はそこにあった。涙が出た。出ようとして出たわけではなかった。ただ気づいたら、頬に一筋冷たいものが流れていた。千津はすぐに指先で拭った。声は出なかった。顔も歪まなかった。ただ一滴だけ流れて、止まった。千津はベンチから立ち上がり、駅に向かって歩き始めた。足がひどく重かった。体が疲れているのではなく、別の場所が重かった。
商店街を歩きながら、千津はこれからのことを考えようとした。しかし考えがまとまらなかった。今まで想定してきた選択肢の中で、最後の1つが今日消えた。不動産屋は断った。市役所はまだ行っていないが、期待できない。さやかには頼めない。残っているのは、市役所の窓口と、あとは何があるだろうか。NPOや支援団体のことは、新聞で読んだことがあった。しかしそういった場所に助けを求めに行くことが、千津には遠いことのように思えた。遠いというのは、距離の問題ではなく、自分がそういう支援を必要とする人間だという認識を、まだ持てなかったという意味だった。でも、そろそろ認めなければならないのかもしれないと、千津は思った。
改札を通り、ホームに降りた。電車を待つ間、千津はホームの端に立った。背後を人が通り過ぎて行ったが、気にならなかった。板橋のホームから空を見上げると、ビルの間に細長い空が見えた。灰色の空が、四角く切り取られていた。千津はその空を見た。さやかが今夜、あのみかんを見つけるだろうかと思った。誰が置いたか分かるだろうかとも思った。分からなくてもいいと思った。分かっても、それでいいとも思った。電車が来た。
帰りの電車の中で、千津はずっと窓の外を見ていた。来る時に見た景色と同じだったが、違って見えた。来る時は、これから起きることへの緊張があった。今は、何もなくなった後の静けさだった。保証人という問題が解決していないことは変わらない。むしろ、今日来る前よりも状況は悪くなっていた。最後の可能性に扉を閉めたのだから。それでも千津は、不思議なくらい慌てていなかった。慌てることができなかったのかもしれない。朝から電車に乗り、板橋まで歩き、廊下でドアの前に立ち、みかんを置いてきた。全てのエネルギーがそこで使われてしまって、今はただからっぽだった。千葉が近づいてくるにつれて、窓の外の建物が低くなっていった。空が広くなった。千津は海が見えるかどうかを確認したくなったが、座席の位置から海の方向は見えなかった。自分たちが30年以上暮らしてきたあの土地を、あと2ヶ月で離れなければならない。どこへ行くかも、まだ決まっていない。それが今の現実だった。千津は膝の上のカーディガンを両手で抑えた。みかんの袋を持ってきたはずの手が、今は空だった。
家に着いたのは、午後2時を過ぎた頃だった。玄関を開けると、台所から乗明の気配がした。今日は早番だったようで、もう帰ってきていた。千津が靴を脱いでいると、乗明が台所から顔を出した。目で千津の様子を確認した。何も言わなかった。千津は上着を脱ぎ、椅子に腰を下ろした。しばらく沈黙が続いた。乗明が湯を沸かし、2つの湯のみに茶を注いで茶ぶ台の上に置いた。千津の前に1つ、自分の前に1つ。千津は湯のみを両手で持ち、一口飲んだ。それから、今日あったことを話した。204号室のドアのこと、さやかの声のこと、隙間から見えた子供のこと、さやかの横顔のこと。途中、声が詰まった。千津は一度湯のみを置いて、目を伏せた。20秒ほど黙ってから、また話し始めた。みかんだけ置いてきたと言った。ノックはしなかったと言った。頼めなかったと言った。乗明は黙って聞いていた。千津が話し終えると、乗明は少しの間茶を飲んだ。それからゆっくりと言った。「それで良かったと思う」千津は頷かなかった。頷けなかった。良かったかどうかは、自分でも分からなかった。ただ、そうするしかなかっただけだった。乗明が続けた。「来週、市役所に行ってみよう。向こうでダメでも、支援団体の窓口もあるらしい。調べてみた」と言った。千津は驚いて乗明を見た。乗明は目を合わせず、茶を飲んでいた。「お前が東京へ行っている間に、少し調べた」と言った。千津は小さく頷いた。「ありがとう」とは言わなかった。言葉にすると、何かが崩れる気がした。ただ頷いただけだった。
夜になり、千津と乗明は夕飯を食べた。今日は豆腐の味噌汁と卵焼きと、昨日の残りの漬け物だった。2人で向かい合って座り、ほとんど無言で食べた。千津は茶碗を持ちながら、部屋の中を見回した。いつもと同じ部屋だった。茶ぶ台、タンス、本棚、ストーブ。何も変わっていない。しかし今日から、この部屋の全てが、どこかに持っていくか、捨てるかしなければならないものとして、千津の目には映るようになっていた。あの茶ぶ台を捨てる日が来る。千津はその考えをすぐに頭の外に追い出した。今夜は考えない。今夜だけは。
食事を終え、食器を洗い、茶ぶ台の前に座った。乗明は今夜は胃の調子が良さそうで、お茶を飲みながら無言でいた。千津はふと、さやかがあのみかんに気づいただろうかとまた考えた。気づいたとして、誰が置いたか分かっただろうか。メモを入れなかったから、分からないかもしれない。でも、分かるかもしれない。千津はどちらでもいいと思っていた。渡したかったものは渡した。その事実だけがあった。ストーブがカチカチとなっていた。窓の外に、夜の海の匂いがかすかに混じった冷たい空気が流れ込んでいた。この部屋のこの窓の感触を、千津はよく知っていた。建て付けが少し悪くて、左端を押さえないとしっかり閉まらない。30年以上、そうやって閉めてきた窓だった。あと2ヶ月もない。千津はその事実を、今夜初めて腹のうちに深く落とし込んだような気がした。今までは、どこかで何か方法があるはずだと、目の前の壁に小さな穴が開いているはずだと思い続けていた。しかし、その穴が完全に塞がれた。それでも、生きていかなければならない。どこかへ移って、新しい場所で、また明日から暮らしていく。千津は湯のみを両手で持ち、ゆっくりと飲み干した。今夜はもう眠れないかもしれないと思った。しかし不思議なことに、体は疲れていた。東京まで行き、廊下に立ち、また帰ってきた。それだけで1日が終わった。乗明が先に布団を敷いて横になった。千津はストーブを消し、電灯を消し、布団の中に入った。暗い部屋の中で、天井を見た。さやかのことは、もう今夜は考えない。考えてどうにかなることではなかった。ただ、あの子が元気でいてくれるといいと思った。それだけは思った。乗明の寝息が聞こえ始めた。千津は目を閉じた。
1月に入った。年が開けたことを、千津はカレンダーを見るまで実感しなかった。大晦日も元旦も、2人は普段と変わらない時間に起き、いつもと同じものを食べた。年越しそばだけは作った。それも安売りの乾麺だったが、乗明が茹でている間に千津が出汁を引いたので、それなりの味にはなった。年が変わっても、退去の期限は変わらなかった。1月31日までに部屋を明け渡すこと。改めて文書で確認すると、残り1ヶ月を切っていた。
元日の翌日から、千津は荷物の整理を少しずつ始めた。まず処分するものを分けようとタンスを開けたが、最初の引き出しで手が止まった。さやかが中学の時に使っていた教科書が1冊残っていた。なぜそれがここにあるのかはっきりとは思い出せなかったが、捨てることも、置いておくことも、千津にはどちらもできなかった。引き出しを閉めて、また翌日に回した。乗明は年明けから残業を増やした。スーパーの駐車場の誘導員は、年始の初売りシーズンに客が増えるため、追加のシフトを頼まれやすかった。乗明はその全てに応じた。朝から夕方まで立ちっぱなしの日が続き、帰ってくると上着を脱ぐなり椅子に座り込んで、動かなくなることが増えた。夕飯を少ししか食べない日も続いた。胃の調子がまだ良くないのかもしれなかった。千津は聞かなかった。聞けば「大丈夫だ」ということは分かっていたから。そういう日の夜、千津は1人で茶ぶ台の前に座り、市役所へ持っていく書類を揃えた。年金の通知書、給与の直近3ヶ月分、健康保険のコピー、預金通帳のコピー。それらをクリアファイルに順番に入れた。何度も順番を確認した。足りないものがないか確認した。準備だけはできる。準備をしている間は、まだ希望があるような気がした。
1月10日、土曜日。この日は乗明も休みだった。2人で市役所に行くことにした。平日は2人ともが休みを合わせにくく、土曜日に住宅相談の窓口が開いているかどうか、事前に電話で確認していた。第2土曜日は開いているという答えだった。朝から空が重く曇っており、時折みぞれが混じった風が吹いた。千津は出かける前に窓の外を見て、手袋を出してくることにした。乗明は反射ベストではなく、普段着のダウンジャケットを着た。そのダウンジャケットも随分くたびれていたが、今は新しいものを買う場面ではなかった。
バスで市役所まで行った。電車より時間はかかったが、バスの方が歩く距離が少なかった。市役所は年始で利用者が少なく、ロビーは静かだった。総合案内の窓口で住宅相談の場所を確認すると、3番窓口と案内された。奥の方にある他の窓口よりも、仕切りが高い場所だった。3番窓口の前に椅子が2つ置かれており、千津と乗明はそこに座った。窓口の奥には、30代後半に見える男性の職員がいた。眼鏡をかけており、机の上に書類が積まれていた。呼ばれて窓口に向かい、2人で並んで椅子に座った。職員が書類を準備しながら、「どのようなご相談でしょうか」と聞いた。声は平静で、感情の起伏がなかった。毎日同じ相談を聞いている人間の声だと、千津は思った。千津がこれまでの経緯を話した。建物の取り壊しを通告されたこと。新しい住居を探したが見つからないこと。保証人を立てられないこと。話しながら、クリアファイルから書類を取り出して窓口の台の上に並べた。職員は書類を1枚ずつ確認しながら、メモを取った。途中でいくつかの確認事項を聞いた。現在の家賃、収入の合計額、資産の状況。「お子さんはいますか?」千津は全ての質問に答えた。声が小さくなりそうになるたびに、意識して少し大きくした。職員がパソコンに何かを入力し、しばらく画面を見ていた。それから、「少し複雑なことをお伝えしなければならないのですが」と言った。千津は姿勢を正した。乗明も椅子の上で少し前傾姿勢になった。職員が説明を始めた。声は依然として平静だった。「現在のお2人の収入合計は、月に約25万円になります。この地域の住宅扶助を含む生活保護の補足性の原則に照らすと、資産が一定額以下であれば申請資格が生じる場合もありますが、現時点では、収入があり、年金も受給されており、トータルの収入が当地域の保護基準額を上回っています。具体的には、お2人世帯の場合、当地域の最低生活費の目安は月額約14万9000円程度となりますが、これに対してお2人の収入合計は約25万円ですので、現状では申請の要件を満たしません」千津は聞きながら、頭の中で数字を整理しようとした。職員が続けた。「次に、公営住宅についてです。市内には都営住宅と県営住宅がございますが、現在の空き状況として、一般申し込みの場合は最短でも3年から4年の待機期間が生じています。緊急性の高い方向けの優先枠もありますが、こちらは介護認定を受けている方や、ドメスティックバイオレンスの被害を受けている方などを優先しており、今回のケースでは優先枠の対象には該当しないと判断されます」3年から4年。千津はその数字が頭の中に沈むのを感じた。退去まで1ヶ月を切っている。3年待てば、70近くなる。乗明が口を開いた。「では、今月末に出なければならない私たちは、どうすればいいんですか」と言った。声は低かったが、静かだった。職員に向けて言ったのか、あるいは部屋全体に向けて言ったのか、千津には分からなかった。職員は一呼吸置いてから答えた。「現実的な選択肢として、まず民間の家賃補助の対象となる物件をお探しになることが1つです。当市では、一定条件を満たす方に対して月額最大1万5000円の家賃補助を出していますが、対象年収に上限があり、また物件が市の登録制度に参加していることが条件になります。次に、NPO法人や支援団体が運営するシェアハウス型の住居をご検討いただくこともできます。こちらは一般の賃貸よりも入居条件が緩やかな場合がありますが、プライバシーの面でご不便をかける可能性もございます」千津は「NPO」という言葉を聞いた。乗明が東京から帰ってきた後に行っていた支援団体のことだと思った。職員が紙を1枚出した。「市内及び近隣で、こうした支援を行っている団体の一覧です」と言った。千津は紙を受け取り、目を通した。5つの団体名と電話番号が書かれていた。「もう1つ確認させてください」と千津は言った。声をできるだけ落ち着けた。「住宅扶助の申請は、収入が基準を超えているからダメだということですか?」職員は頷いた。「はい。現在の収入合計が保護基準額を上回っている状況では、申請をしても却下になります。ただし、今後ご収入の状況が変わった場合や、医療費が著しく増加した場合などは、再度ご相談いただけます」と付け加えた。千津は頷いた。基準を超えているのは、いくらだったか。頭の中で計算した。25万円の収入に対して、最低生活費が14万9000円。差額は約10万円。しかしそれは生活保護の話だった。住宅扶助の話をもう一度確認しようとしたが、窓口の奥で職員の電話が鳴り、職員が「少し待ってください」と言って受話器を取った。千津は待った。電話が終わり、職員が戻ってきた。「先ほどの続きですが、住宅扶助単独での申請制度は当市にはなく、生活保護の一部として住宅扶助が支給される仕組みになっています。ですので、生活保護の申請基準を満たさない場合は、住宅扶助も対象外となります」と説明した。千津は紙袋の中にクリアファイルを戻した。乗明も黙って座っていた。職員が最後にもう一度、NPO法人の一覧の紙を指して、「こちらにご連絡いただくことをお勧めします」と言った。千津は頷き、「ありがとうございました」と言って立ち上がった。乗明も立ち上がった。3番窓口を離れ、市役所のロビーを歩いた。自動ドアを出ると、みぞれ混じりの冷たい風が当たった。
市役所の前のベンチに、2人は座った。さっきの職員が言っていた「3000円」という数字が、千津の頭の中にあった。1月の収入が基準を3000円超えているから対象外という話ではなく、年金と労働収入の合計が最低生活費を10万円以上上回っているから、生活保護の対象外ということだった。10万円の差。それが、助けを受けられるかどうかの境界線だった。千津には、その線がどこに引かれているのかが腑に落ちなかった。25万円の収入があっても、住む場所を失いかけている人間がいる。収入だけで測れない何かが、この問題にはある。しかしそれを職員に言っても、意味はなかった。職員は制度を運用しているだけだった。制度を変えることができる人間は、あの窓口にはいなかった。乗明が口を開いた。「NPOのやつ、電話してみるか」と言った。千津は受け取った紙を折りたたんで財布に入れながら、「そうしましょう」と言った。みぞれが少し強くなっていた。2人は立ち上がり、バス停の方へ歩き始めた。
家に帰ってから、千津は紙に書かれた5つの団体に電話をかけた。1つ目は電話が繋がらなかった。2つ目は受付の時間外だった。3つ目は対象エリアが違うと言われた。4つ目は高齢者向けではなく、主に若者やシングルマザーを支援しているとのことだった。5つ目で繋がった。担当者は女性だった。声が穏やかで、早口ではなかった。千津が今の状況を話すと、担当者はゆっくりと聞いてから、「少し確認させてください」と言って、いくつかの質問をした。年齢、収入、退去の期限、健康状態。千津は全部答えた。担当者が言った。「うちで直接住居を提供することはできないのですが、連携している不動産会社があって、高齢者の方でも入居できる物件を紹介してもらえる可能性があります。ただし、物件の質や立地については条件をつけにくいこと、また家賃は相場より少し高めになる場合があること。その点はご了承いただく必要があります」千津は聞きながら、紙にメモを取った。担当者が続けた。「来週、一度うちの事務所に来ていただけますか?直接お話をお聞きして、一緒に考えたいと思います」千津はメモを取りながら、「はい、伺います」と言った。電話を切ってから、乗明のいる部屋に行き、来週NPOの事務所に行くことになったと伝えた。乗明は頷いた。表情は動かなかったが、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。千津にはそれが分かった。
問題が起きたのは、その夜だった。夕飯の後、乗明が薬を飲んだ。胃の調子がまた悪くなっていた。冬の間ずっとそうだったが、今週は特に顔色が悪かった。仕事での立ちっぱなしが続き、年始の寒さの中で夕方まで外に出ていた影響だと思われた。千津が薬を出しながら、「少し早く休んだ方がいい」と言った。乗明は無言で薬を飲んだ。それから、今日の市役所の話を頭の中で反芻するような顔をして、突然口を開いた。「あの子に学費を出したのは、間違いだったかもしれない」と言った。声は静かだった。しかし言葉の重さは、静かではなかった。千津は手を止めた。乗明が続けた。「あの頃、奨学金を借りさせればよかった。そうすれば、今頃もう少しで家に余裕があった。こんな状況にはなっていなかった」千津は何も言わなかった。台所の流しに背を向け、洗い終えた食器を布巾で拭き始めた。手が動いていることで、何かを保っていた。乗明がまた言った。「さやかがあのまま地元にいれば、今回だって保証人を頼めた。東京に出したのも、お前が背中を押したからだ。俺は反対だった」千津の手が一瞬止まった。それは事実だった。さやかが東京に出ると言った時、乗明は反対した。千津は止めなかった。娘の意思を尊重したというより、あの頃の母と娘の関係がすでに壊れかけていて、引き止めることが千津にはできなかった。しかしそれを今ここで言われることの重さは、別のものだった。千津は布巾を置いた。流しの縁に両手を置き、背中を向けたままで、何も言わなかった。乗明が続けた。「今になって思えば、何もかも間違っていたんじゃないか。学費も、さやかのことも、この家を選んだことも」千津はゆっくりと振り返った。乗明の顔が見えた。疲れていた。目の下が赤く、口元に力がなかった。言いたくて言っているのではなく、疲れ果てて溢れてしまっているのだということが、千津には分かった。分かったが、それでも言葉は刺さった。千津は台所の引き出しを開け、台布巾を取り出して、流しの周りを拭き始めた。タイルの隙間を布で強く押さえながら拭いた。力が入りすぎて、右手の薬指の爪の端が排水溝の縁に引っかかり、小さく血が滲んだ。千津はそれを見て、また拭き続けた。乗明は何も言わなくなった。しばらくして、乗明の椅子を引く音がした。立ち上がる音がした。奥の部屋に向かう足音がした。布団を敷く音がした。台所に、千津1人が残った。千津は台布巾を流しに置いた。右手の薬指の爪の端を見た。血は少しだけで、もう止まりかけていた。椅子に座った。乗明が言ったことを、もう一度ゆっくり頭の中で整理した。学費のこと。さやかを東京に出したこと。この家を選んだこと。どれも間違っていたかどうかは、今となっては分からなかった。あの当時の判断が正しかったかどうかを、今の状況から図ることはできなかった。できないが、乗明はそれを言った。そしてその言葉が、今の千津の一番やわらかいところを正確についたことも、事実だった。怒っていなかった。怒れるほどの余裕が、今の千津にはなかった。ただ、胸の奥に重いものが1つ増えたような感覚があった。それが何なのか、はっきりとした言葉にならなかった。
ストーブの前に移り、膝を抱えるように座った。この3ヶ月間、何かを正面から怒ったり、泣いたり、声を出したりすることが、ほとんどなかった。ただ動いてきた。書類を揃え、電話をかけ、電車に乗り、窓口に座り、また帰ってきた。感情を外に出す場所が、どこにもなかった。1人でいる台所は静かだった。千津はストーブの炎を見た。オレンジ色の光が揺れていた。明日はまた、乗明と顔を合わせて朝ご飯を食べる。今夜のことは、どちらも口にしないだろう。そういう夫婦だった。30年以上、そうやってきた。謝ることも、詰め寄ることも、どちらもしなかった。ただ翌朝、何事もなかったように食卓に向かう。それが2人の間のやり方だった。それでいいのかどうかは、千津には分からなかった。ただ、今はそれ以外の方法を持っていなかった。
翌朝、千津が先に起きて米を研いでいると、乗明も起きてきた。「おはよう」と乗明が言った。声に昨夜の残りはなかった。千津も「おはよう」と返した。こちらも声は普通だった。朝ご飯を2人で食べた。卵焼きとご飯と味噌汁。乗明は今朝は少しだけよく食べた。胃薬が効いたのかもしれなかった。千津はそれを見て、少し安堵した。今日は日曜日で、2人とも仕事は休みだった。午前中、千津は荷物の整理を再開した。処分するものと残すものを分けるためのダンボール箱を2つ用意し、タンスの前に置いた。昨日開けて止まった引き出しを、今日はもう一度開けた。さやかの教科書は、やはり手が止まった。しばらく表紙を見てから、処分するものの箱には入れず、別の場所に置いておくことにした。決められなかった。それでいいと思った。
昼過ぎ、玄関のチャイムが鳴った。千津が出ると、管理会社の人間ではなく、建物の管理人を名乗る中年の男性が立っていた。手に赤い紙を持っていた。男性は事務的な口調で言った。「1月末の退去期限まで、あと3週間となります。まだ退去先が決まっていないようですが、期日を過ぎた場合は、法的手続きに移行することになります。こちらは最終通告の文書になります」と言って、赤い紙を差し出した。千津は紙を受け取った。男性はもう1枚の紙も出した。「これを玄関ドアに掲示させていただきます」と言った。千津は少し間を置いて、「お待ちください」と言った。男性が止まった。千津は紙を返した。「貼らないでいただけますか」と言った。声は静かだったが、はっきりしていた。男性は困ったような顔をした。「規定でして」と言った。千津は言った。「私たちは出ます。来週中に退去先を確定させます。それまで玄関に張るのは、お待ちいただけますか?お隣や周りの方に見られたくないんです」男性はしばらく千津の顔を見た。「分かりました。1週間だけ猶予します」と言って、紙を自分のファイルに戻した。千津は頭を下げ、「ありがとうございます」と言った。男性が帰り、千津は玄関のドアを閉めた。ドアを閉めた瞬間、千津の体から力が抜けた。三和土に座り込んだ。正確には、膝が折れた。立っていることができなかった。背中をドアに預け、膝の上に受け取った赤い紙を置いた。最終通告。この文書が玄関に張り出されていたら、廊下を通る人全員が見る。30年以上ここに住んで、顔を知っている人たちが通る。千津は長年、この建物の誰とも深い付き合いをしてこなかったが、顔は知っていた。朝のゴミ出しで会う人、共同廊下ですれ違う人。そういう人たちの目に触れることが、千津には耐えられなかった。お金がないわけではない。退去先が見つからないだけだ。しかし赤い紙が貼られれば、そういう区別はされない。ただ滞納者か、問題入居者かのように見られる。千津は赤い紙を丁寧に4つ折りにした。クリアファイルに入れた。立ち上がろうとしたが、すぐには立てなかった。もう少しだけ、三和土に座っていた。靴を揃える気力が出なかった。脱いだままのスリッパが三和土に転がっていたが、それも直せなかった。台所の方から乗明が「どうした」と声をかけた。千津は少し間を置いてから、「何でもない」と答えた。それから深呼吸を一度した。ゆっくりと立ち上がり、スリッパを揃えた。台所に戻った。
翌週の木曜日、千津と乗明はNPOの事務所を訪ねた。場所は市外から電車で20分ほどの隣の市にあった。駅から徒歩で10分ほど歩いた先の、古い商業ビルの3階に事務所があった。エレベーターを使い、3階で降りると、廊下の突き当たりに小さなプレートがあった。事務所のドアを開けると、狭い部屋にデスクが3つあり、棚には書類とチラシが並んでいた。先週電話で話した担当者が出てきた。30代後半に見える女性で、名前は坂崎と名乗った。名刺はなく、代わりに手書きのメモを渡した。坂崎は2人を椅子に案内し、お茶を出してから、改めて状況を確認した。千津が改めて経緯を話した。不動産屋を回ったこと、市役所に行ったこと。坂崎はメモを取りながら頷いた。坂崎が言った。「正直に言います。今のお2人の条件で入れる物件は、かなり限られています。私どもが連携している不動産屋さんにあたってみますが、場所はこの辺りから離れる可能性があります。工業地帯の近くや、駅から遠い場所にある古い団地タイプの物件が中心になります」千津は頷いた。坂崎が続けた。「家賃はおそらく今より上がります。古いのに高いと思われるかもしれませんが、保証の条件が緩い分、それが価格に反映されてしまう現実があって。1つ、今すぐ動ける可能性のある物件が1つあります。市外から電車で40分ほどの場所になりますが、ご覧になりますか?」千津と乗明は顔を見合わせた。千津が言った。「見せていただけますか?」坂崎がパソコンの画面を向けた。古い団地の外観写真と、部屋の写真が数枚あった。部屋は6畳と4. 5畳の2間で、台所が別にある。築後13年。建物は鉄筋コンクリートで、外壁は薄汚れている。玄関を入った廊下の壁紙が浮いている写真もあった。千津は写真を1枚ずつ見た。今の家よりも古い。広さは似たようなものだが、場所が変わる。仕事への通勤に影響が出る可能性がある。環境が全く違う。それでも、他に選択肢がなかった。千津が乗明を見た。乗明は写真を見たまま、一度小さく頷いた。それが答えだった。坂崎が言った。「では、来週一緒に見に行きましょうか。それで決まれば、最短で今月中に入居できます」千津は「はい、お願いします」と言った。
事務所を出ると、冬の昼間の光が刺さった。帰りの電車の中で、2人は並んで座った。乗明が窓の外を見ながら言った。「あの写真の部屋、どう思う?」千津はしばらく考えてから答えた。「古いけど、2間あるから」と言った。それ以上は続けなかった。乗明も続けなかった。電車が走り続けた。千葉の方向へ。今はまだ自分たちの家がある方向へ。千津は電車の窓に映る自分の顔を見た。ガラスの向こうに流れる夕暮れの景色と重なって、ぼんやりとした輪郭だけがそこにあった。あの団地に移ることになる。それはほぼ決まりだった。30年以上積み上げてきた場所を離れる。当たり前のように知っていた風景。歩き慣れた道。錆びた郵便受けさえ、もう戻らない。千津は目を伏せた。電車が駅に止まるたびに、人が乗り降りした。みんな自分の行き先を持っていた。千津にも行き先が決まろうとしていた。それが望んだ場所でなくても、場所があるということが、今の状況では救いだった。救いと呼ぶにはあまりにも小さかったが、それ以外の言葉を千津は持っていなかった。
夜、夕飯を終えてから、千津は来週の団地の内見に必要な書類を確認した。坂崎から言われた書類のリストをメモしてきていた。収入証明、身分証明書、緊急連絡先の欄は空欄でも構わないが、あれば書いて欲しいということだった。緊急連絡先の欄を見て、千津は少しの間、鉛筆を持ったまま動かなかった。さやかの名前を書くことが頭をかすめた。あの子の電話番号は知っている。でも連絡先を書けば、何かあった時にさやかのところに連絡が行く。それをさやかが了承しているわけではない。断りなく書いていいものかどうか。千津は結局、その欄を空白のままにした。乗明がお茶を飲みながら、「来週は俺も行く」と言った。千津は顔を上げて頷いた。2人はしばらく無言でいた。昨夜の言葉の残りが、まだ空気の中にあるような気がしたが、どちらも触れなかった。触れなくてよかった。そういう夜もある。ストーブが静かに燃えていた。千津は書類をクリアファイルに入れ、引き出しにしまった。来週、団地を見に行く。それが今できる次の一歩だった。それ以上でも、それ以下でもなかった。今夜もまた眠れるかどうか分からなかったが、目を閉じることにした。乗明が先に布団に入った。千津も続いて横になった。暗い部屋の中で、千津は天井を見た。窓の外に風の音がした。海の方から吹いてくる音だった。この音を毎晩聞いてきた30年が、あと少しで終わる。千津は目を閉じた。
翌週の火曜日、坂崎と一緒に団地を見に行った。電車を乗り継いで40分。最寄り駅は各駅停車しか止まらない小さな駅で、改札を出ると目の前にコンビニと薬局が1件ずつあるだけだった。坂崎が先に立って歩き、千津と乗明がその後に続いた。駅から15分ほど歩いた。国道沿いに出ると、大型トラックが次々と通り過ぎ、排気ガスの匂いが漂ってきた。工場の煙突がいくつか見えた。空が白くにごっていた。坂崎が立ち止まった先に、5階建ての団地が3棟並んでいた。昭和40年代に建てられた公団住宅の払い下げ物件で、外壁は薄い黄色だったが、雨だれのシミが縦に何本も走り、所々でコンクリートが欠けて鉄筋が覗いていた。駐車場の区画を示す白線が消えかかっており、自転車置き場の屋根がたわんでいた。千津はその建物を見た。見て、何も言わなかった。坂崎が案内して、建物の中に入った。エレベーターはなかった。階段の壁に古い落書きの跡があり、その上から白いペンキが塗られていたが、透けて見えていた。3階まで上がり、305号室の前に立った。坂崎が鍵を出した。ドアを開けると、すぐに湿った空気が出てきた。カビとコンクリートと、何か古い布の匂いが混ざったような匂いだった。千津は思わず一瞬だけ息を詰めたが、すぐに普通に呼吸した。6畳の洋室と、4. 5畳の和室、それに台所と小さな風呂場とトイレがあった。窓を開けると、国道が見えた。トラックの音が直接入ってきた。壁紙は全体的に黄んでおり、洋室の角に黒いシミがあった。台所の換気扇は油で固まっていた。風呂場のタイルの目地が黒くなっていた。乗明が無言で各部屋を歩いた。千津も後に続いた。坂崎が説明した。「清掃と一部の修繕は入居前に行います。壁紙は張り替えます。ただ、換気扇と風呂場については、現状渡しになります。家賃は5万8000円。管理費込みです」今より1万8000円高い。千津はその数字を頭に入れながら、部屋の天井を見上げた。シミはなかった。ひびもなかった。今の家の天井にあるシミのことを思い出した。あのシミがいつからあったか、もう覚えていなかった。乗明が坂崎に聞いた。「ここからスーパーまでは、歩いてどのくらいかかるか」坂崎は「10分ほどです」と答えた。「ただ、坂があります」と付け加えた。乗明は頷いた。表情は動かなかった。千津はもう一度、6畳の部屋の真ん中に立ち、窓の方を向いた。窓の向こうに国道が見えた。その向こうに工場の建物が見えた。海は見えなかった。ここに引っ越す。千津は思った。他にないのだから、ここにする。坂崎に「ここにします」と言った。声は平静だった。坂崎が頷いた。「では、手続きを進めます」と言った。
手続きは、坂崎が間に立って進めてくれた。連携している不動産会社が、保証人の代わりに独自の審査をするシステムで、年齢による制限がなかった。審査には1週間かかった。その間、千津は毎日書類を確認し、不足があればすぐに揃えた。坂崎からの電話を、仕事から帰るたびに確認した。1月25日に、審査が通ったという連絡が来た。千津は電話を切ってから、茶ぶ台の前に座り、しばらく動かなかった。安堵というより、長く走り続けていた何かが、ようやく止まったような感覚だった。泣かなかった。笑いもしなかった。ただ座っていた。乗明に伝えると、乗明は「そうか」と言った。それだけだったが、その2文字の中に色々なものが入っているのを、千津は感じた。
入居日は1月31日に決まった。退去期限の当日だった。残された6日間で、30年以上の生活を片付けなければならなかった。千津はその日から、朝早く起きて荷物の整理を始めた。仕事から帰ってからも続けた。眠る前まで続けた。何を持っていくか、何を捨てるか。その判断を、1つ1つ下し続けた。処分するものの方が、持っていくものよりずっと多くなった。
1月28日、大型ゴミの収集日だった。千津と乗明は朝から、捨てるものを建物の外のゴミ置き場に運んだ。本棚は乗明が1人で持ち出した。千津が手伝おうとしたが、乗明は首を振って1人でやった。本棚が外に置かれると、乗明は何も言わずに台所に戻った。タンスは2人出ないと持てなかった。廊下を出る時、角で壁に当たり、玄関の建具に傷がついた。千津はその傷を見たが、どうすることもできなかった。退去時の修繕費に含まれるだろうと思った。問題は茶ぶ台だった。新居の部屋は今より少し広かったが、この茶ぶ台は折りたたみができない古い作りで、運んでも置く場所がなかった。坂崎から、折りたたみの小さいテーブルを安く譲ってもらえる手配をしてあります、と言われていた。だから茶ぶ台は捨てるしかなかった。千津と乗明で茶ぶ台をゴミ置き場まで運んだ。重かった。2人でもなかなか持ち上がらず、引きずる形で廊下を出た。外に置いた時、茶ぶ台の足が地面に当たってガタンと音がした。千津はそこに立ったまま、茶ぶ台を見た。この表面で、何度食事をしたか。何度家計簿を広げたか。何度書類を並べたか。さやかが宿題をしたのも、この茶ぶ台の上だった。乗明が給料袋を開いて、封筒から出したのも、この茶ぶ台の上だった。千津の目が乾いていた。ドライアイの発作が出ていた。何度も瞬きした。それでも目が潤うことはなかった。収集車が来た。作業員が2人がかりで茶ぶ台を車に乗せた。機械的な動きだった。当然そうだった。作業員にとっては、ただの粗大ゴミだった。車が閉まり、収集車が動き出した。千津はその場に立ったまま、車が見えなくなるまで見送った。乗明は先に建物の中に戻っていた。千津は1人でゴミ置き場の前に立っていた。手が小刻みに震えていた。寒いからか、それ以外の理由からか、自分でも分からなかった。
1月30日の夜、部屋はほぼ空になっていた。荷物はほとんどダンボール箱に詰めており、箱が台所と洋室の隅に積まれていた。布団は明日の朝に最後に詰める。洗面道具も。明かりに、家具がなくなった部屋は広く見えた。そして同時に、壁のシミや傷、柱の傷が全部あらわになっていた。長年家具が隠していたものが、全部出てきた。千津は洋室の真ん中に座った。床が硬かった。この部屋で最初の夜を過ごしたのは、いつだったか。31年前。結婚してすぐにこの家に入った。その頃は今よりずっと少ない荷物だったが、逆に家具がなくて、最初の1週間はこうして床に座って食事をしていた。乗明がダンボールの影から顔を出した。「お茶でも飲むか」と言った。千津は頷いた。電気ポットだけは、まだ使えるようにしてあった。乗明が湯を沸かし、2人分の湯のみに茶を注いだ。湯のみも明日荷物に詰める予定だったが、今夜だけ残してあった。2人は床に並んで座り、お茶を飲んだ。誰も何も言わなかった。ストーブはすでに処分していたので、部屋が冷えていた。千津は上着の前を合わせた。壁が剥き出しになった部屋の中で、2人が並んで床に座っている姿は、31年前のそれと重なるようで、しかし全く違うものだった。あの頃は、何もない部屋が、これから積み上がっていく場所だった。今夜の何もない部屋は、積み上げてきたものを全部下ろした後の場所だった。乗明が言った。「明日は早いな」千津は頷いた。運搬は千津と乗明の2人でやるしかなかった。引っ越し業者に頼む費用を捻出できなかった。坂崎がレンタカーの手配を手伝ってくれた。軽トラックを1台借りて、何度か往復することになった。乗明が茶の実を得、湯のみを床に置いた。「長かったな」と言った。声に特別な調子はなかった。ただ事実として言った。千津も茶を飲み終えた。湯のみを置いた。長かったと思った。口には出さなかった。出す必要がなかった。2人はしばらくそのまま座っていた。台所の蛍光灯だけがついており、その光が廊下を通して洋室に差し込んでいた。影が長く伸びていた。やがて乗明が立ち上がり、布団を敷き始めた。千津も立ち上がって、自分の布団を敷いた。蛍光灯を消した。暗くなった部屋の中で、千津は天井を見た。明日、この天井を見ることはもうない。目を閉じた。眠れるかどうか分からなかったが、目を閉じた。
1月31日の朝は、冷たい雨だった。細かい霧雨で、傘を差すほどでもないが、外にいれば体が濡れていく種類の雨だった。千津は5時半に起きた。布団を畳み、最後の荷物をダンボールに詰めた。洗面道具、湯のみ、薬。全部入れると、蓋をしてガムテープを貼った。乗明は6時に起きた。2人で水と食パンだけの朝食を食べた。残っているものを使い切ろうと、最後の食料はわざと少なくしてあった。7時にレンタカーの軽トラックを取りに駅前まで歩き、乗明が運転して戻ってきた。荷物を積み始めた。雨の中を、ダンボール箱を1つずつ運んだ。千津は箱を胸に抱えて廊下を歩き、階段を下り、駐車場まで出た。雨が肩に当たった。上着が湿っていった。重い箱は乗明が持ち、軽い箱を千津が持った。そうやって、何度も往復した。途中で、同じ棟の住人と廊下ですれ違った。60代くらいの女性で、いつもゴミ出しで会う顔だった。千津は会釈だけした。女性も軽く頭を下げて通り過ぎた。何も言われなかった。それでよかった。言われても、答えられなかった。2時間かけて第1便を積み終えた。乗明が軽トラックを出す前に、千津は一度だけ建物を振り返った。203号室のドアが見えた。今は開いており、中が空になっているのが分かった。千津はそれを見た。31年と思った。それだけを持って、軽トラックに乗り込んだ。
新しい団地に着いたのは、午前10時過ぎだった。国道沿いのその建物は、雨の中で見るとさらに暗い印象だった。外壁の色が雨に濡れて沈んでいた。坂崎が先に来て待っていた。鍵を渡してくれ、「清掃と壁紙の張り替えが終わっています」と言った。305号室のドアを開けた。新しい壁紙は白く、匂いは前回よりもずっと薄くなっていた。しかし窓を開けると、国道の音がそのまま入ってきた。トラックが通るたびに、低い振動が床から伝わってきた。千津は窓を閉めた。荷物を運び上げた。エレベーターがないので、3階まで何度も階段を登り下りした。雨が続いていた。上着はすっかり濡れていた。乗明が2便目を取りに戻っている間、千津は1人で部屋に残り、届いた箱を開け始めた。台所の道具から。出した鍋、フライパン、食器。見慣れた道具が、見知らぬ台所の棚に並んでいく。台所の棚は新しい棚ではなく、前の住人が置いていったらしい古い棚だった。扉の調子が少し緩んでいた。千津はそれを確認して、後でドライバーで直そうと思った。坂崎が様子を見に来て、「何か困っていることはありますか?」と聞いた。千津は首を振った。「ありがとうございます」と言った。坂崎が帰り際に、「何かあればいつでも連絡してください」と言った。それから少し間を置いて、「大変でしたね」と言った。その言葉が、千津には少し意外だった。「大変でしたね」という言葉が、この数ヶ月の中で誰かから言われたのは初めてだった。不動産屋の担当者も、市役所の職員も、建物の管理人も、誰もそういう言葉を使わなかった。坂崎は仕事として手伝ってくれただけかもしれなかったが、その一言が千津の胸の中のどこかに、静かに落ちた。千津は「ありがとうございます。今日もありがとうございました」と言った。坂崎が出ていき、部屋に1人になった。
昼過ぎに、乗明が2便目の荷物を運んできた。最後の荷物を上げて、軽トラックを返しに行き、乗明が戻ってきたのは3時を過ぎていた。2人とも上着が濡れており、手が冷えていた。千津は濡れた上着をハンガーにかけた。部屋にハンガーをかける場所として、和室の押入れのふすまの上に1本の竿があった。前の住人が残していったものだった。それを使うことにした。乗明も上着を脱いで、ダンボールの上に座った。千津は台所に立ち、買ってきていた米を研いで炊飯器にセットした。今日はまだ何も食べていなかった。炊飯器のスイッチを入れながら、考えた。ここの近くのスーパーがどこにあるか、まだ確認していなかった。坂崎が10分と言っていたが、坂があると言っていた。夕方の割引の時間帯は何時頃なのかも、まだ分からなかった。今夜の夕食は、炊きたてのご飯と、持ってきた缶詰のサバと昆布だけだと思った。それでいいと思った。乗明が部屋の中を見回して、「散らかってるな」と言った。からかうような調子ではなく、ただ見たままを言った。千津も見回した。ダンボール箱が壁際に積まれ、まだ開けていない箱が多かった。床の中央だけが開いており、荷物の間に細い通路が作られていた。「少しずつ片付けましょう」千津は言った。乗明が頷いた。
夜になった。ご飯が炊き上がり、千津は飯を茶碗に盛った。サバの缶詰を開け、昆布を小皿に出した。箸はもちろん持ってきてある。しかしその日の夕方、千津は一度だけ外に出ていた。炊飯器が炊いている間の時間に、近くのスーパーを確認しに行ったのだった。坂崎が言った通り、坂を登った先にあり、歩いて15分ほどかかった。思っていたより少し遠かった。スーパーに入ると、夕方の割引が始まっていた。いつもと同じ時間帯だった。赤いシールの貼られた弁当が棚に並んでいた。千津は棚の前に立った。今日はご飯があるから、弁当はいらないと思った。しかし手が動いた。半額シールの貼られた弁当を2つ、かごに入れた。1つはサバの塩焼きが入っており、もう1つは幕の内だった。帰り道、坂を降りながら千津は考えた。今日は炊いたご飯があるし、缶詰もある。弁当はいらなかった。それでも買ったのは、新しいスーパーで初めて買い物をするなら、いつもの自分のやり方をしたかったからかもしれなかった。夕方割引の棚から選ぶ。それがいつもの千津のやり方だった。部屋に戻ると、乗明がダンボールをいくつか開けて、台所の道具を棚に並べていた。千津が弁当を出すと、乗明は少し目を細めた。何も言わなかった。夕飯は、炊いたご飯と弁当の中身と、サバの缶詰になった。2人はダンボールの箱の上に板を渡して即席のテーブルを作り、その前に座った。椅子は坂崎が古いパイプ椅子を2脚用意してくれていた。茶ぶ台に変わる折りたたみテーブルが届くのは、来週だった。向かい合って座り、「いただきます」と言った。静かに食べ始めた。千津は自分の弁当の中のサバの塩焼きを見た。一切れだけ入っていた。箸でそれを取り、乗明の弁当の中に移した。音を立てずに、静かに。乗明は弁当を見た。サバの切り身が自分の弁当に入っていることに気づいた。千津の方を見た。千津は自分の弁当に目を落としたまま、白米を一口食べた。乗明はしばらくサバの切り身を見ていた。それから箸を取った。
トラックが通り過ぎていった。窓が小さく振動した。乗明が口を開いた。声が低くかすれていた。「明日から、この辺りで清掃の仕事も探してみる。誘導員の仕事だけじゃ、家賃が上がった分が厳しい。お前も、体に気をつけて」と言った。最後の「お前も体に気をつけて」という言葉が、この数ヶ月の中で誰かに言われた中で、一番重い言葉だった。千津は顔を上げなかった。目が乾いていた。瞬きを続けた。一滴だけ、涙が落ちた。白米の上にこぼれたことに、千津は気づいていた。ただ拭かなかった。声も出なかった。顔も歪まなかった。「はい」千津は答えた。声は小さかった。しかしその一文字が、部屋の中にはっきりと響いた。
食事が終わり、千津は食器を洗った。新しい台所のシンクは、前の台所より少し広かった。蛇口の出が少し硬かった。右に回しすぎると、水が強くなりすぎた。今夜初めて使って、それが分かった。こういうことを、少しずつ覚えていく。千津はそう思いながら、食器を拭いた。新しい台所の匂いがした。前の台所とは違う匂いだった。前の台所の匂いが何だったかを、今夜はまだ思い出せたが、しばらくすれば忘れるだろうと思った。乗明は食後に疲れて和室に入り、布団の上に横になっていた。今日1日、雨の中を何度も往復した疲れが出ていた。千津も体が疲れていた。しかし食器を洗い終えると、少しだけ台所に立ったままでいた。窓の外に国道が見えた。夜になっても、車が通り続けていた。前の家の窓から見えていたのは、隣の部屋の壁と、その向こうの細い路地だった。夜は暗くて、時折誰かの部屋の灯りが窓から漏れていた。静かだった。ここは静かではなかった。しかし、住むことはできる。千津は蛍光灯を消した。和室に入ると、乗明がすでに眠っていた。布団の中で丸まるように横になっており、寝息は規則正しかった。千津は自分の布団を敷いて、横になった。天井を見た。前の家の天井ではなかった。模様が違った。シミの位置が違った。蛍光灯の紐が少し長かった。全てが、少しずつ違っていた。窓から国道の車の音が続いた。最初はうるさいと感じたが、しばらくすると一定のリズムに聞こえてきた。千津は目を閉じた。
それから数日が経った。千津はその間に、近くのスーパーへの道を覚えた。坂の角に目印になる自動販売機があることを覚えた。帰りの坂は少しきつく、荷物を持っていると足が止まりそうになった。公民館への通勤は、電車で40分になった。前は歩いて15分だったのが、今は片道1時間かかる。定期代が増えた分、手元に残る額がさらに減った。乗明は誘導員の仕事を続けながら、この近辺でも別の仕事を探し始めた。清掃や警備作業の求人を駅の掲示板で確認したり、ハローワークで調べたりした。まだ決まっていなかったが、動いていた。千津は毎朝、新しい台所で米を研いだ。前の台所より少し広い分、立つ位置が違った。蛇口の硬さにも、少しずつ慣れた。換気扇の音が前のものより少しうるさかったが、それも慣れていった。新しい場所を、少しずつ自分の場所にしていく。それは時間のかかることだった。そしてこの年齢でそれをやり直すことの重さを、千津は毎朝台所に立つ度に感じていた。感じながら、米を研いだ。
2月の第1週、千津の元に一通の封筒が届いた。差出人のところには、さやかの名前と板橋の住所があった。千津はその封筒を台所の茶ぶ台代わりの板の上に置いて、しばらく見ていた。封を開けた。中には1枚の便箋と、小さな紙が1枚入っていた。便箋には、さやかの字で綴られていた。「お母さんへ。先日のみかん、ありがとう。気づいたのは、随分後になってからでした。お母さんが来ていたことは、分かっていました。ドアの前に手が触れる音が聞こえていたので。連絡をくれなかったのに、ありがとう。私も色々余裕がなくて、ごめんなさい。新しい住所に引っ越したと聞きました。体に気をつけてください」それだけが書いてあった。坂崎を通じて新住所が伝わったのかもしれなかった。あるいは別の経路でさやかが知ったのか。どちらでも良かった。千津は便箋を一度折り、また開いた。「気づいていた」という一行が目に入った。「ドアの前に手が触れる音が聞こえていた」という一行が目に入った。千津はその便箋をゆっくりと畳んだ。封筒に戻した。泣かなかった。泣くほどのものがそこにあったかどうか、千津自身にも分かっていなかった。ただ、封筒を引き出しの中にしまう時、少しだけ丁寧に置いた。
2月の半ば、千津はその日の仕事を終えて、電車で帰ってきた。駅から団地まで、坂を登りながら歩いた。夕方の空が、西の方向だけ少し赤かった。工場の煙突の向こうに、その赤さが広がっていた。海は見えなかった。しかし空の色は、千葉で見ていたものと同じだった。千津はその空を見ながら歩いた。団地の前まで来て、建物を見上げた。305号室の窓に、電灯の光が見えた。乗明が先に帰っているのだと思った。今夜は何を作ろうかと考えた。冷蔵庫に白菜の残りがあった。豆腐もあった。それとご飯があれば、足りる。階段を登りながら、今日の仕事のことを考えた。公民館の廊下を拭いている時、利用者の老人から「今日もご苦労様です」と声をかけられた。千津は「すみません。ありがとうございます」と言って頭を下げた。それだけのことだったが、その一言が今日の中では一番温かいものだった。305号室のドアを開けた。乗明が台所にいた。何かを作っていた。珍しかった。千津が入ると、乗明が振り返り、「卵があったから、卵焼きを作ってみた」と言った。「少し焦げた」と言った。千津は上着を脱ぎながら、「見てみる」と言った。小さな卵焼きが2切れ、皿の上に置いてあった。端が少し黒くなっていた。乗明が「食えるか」と言った。千津は箸で1切れ、口に入れた。少し焦げていたが、だしの味がした。甘すぎず、辛すぎなかった。「食べられます」と言った。「昨日、明が良かった」と言った。千津は台所に立ち、白菜を切り始めた。乗明は邪魔にならないよう、横にずれた。2人で狭い台所に立った。前の台所でも、そうだった。新しい台所でも、同じようになった。
3月になった。千津は毎朝5時半に起きて、米を研いで炊飯器をセットし、窓を開けて空気を入れ替えた。国道の音が入ってきた。その音に、少しずつ慣れていた。乗明は新しい仕事を1つ見つけた。週に2日、団地の近くのビルの清掃作業だった。誘導員の仕事と合わせると、週6日の勤務になった。きつかったが、やめなかった。千津は公民館のパートを続けた。片道1時間近い通勤は体に応えたが、やめなかった。やめれば収入が減り、生活が立ち行かなくなる。2人は同じ方向を向いていた。向いていることしか、できなかった。さやかからの便箋は、引き出しの中にある。千津はたまに取り出して読む。読んで、またしまう。返事をいつか書こうと思いながら、まだ書いていない。書くべき言葉が何なのか、まだ分かっていないからだった。
3月のある朝、千津は窓を開けた時、空気が少しだけ違うことに気づいた。まだ寒かったが、昨日までとは違う何かがあった。冬の終わりの匂いというものがあるとすれば、そういうものかもしれなかった。千津はしばらく窓の外を見た。国道、工場の煙突、灰色のビル。前の家から見えた海は、ここからは見えない。それでも、空は同じ空だった。千津は窓を閉め、台所に戻った。炊飯器の炊き上がりのランプがついていた。乗明の足音が、和室から聞こえてきた。今日もまた、朝が始まる。この生活が、これから続いていく。望んだ場所ではなかった。しかし、場所はある。2人はここにいる。それが今の現実だった。それ以上でも、それ以下でもなかった。しかし、その現実の中に、一切れの焦げた卵焼きがあり、サバの切り身を移す箸があり、雨の中を共に積んだ箱がある。それだけのものが、ここにはあった。千津はご飯を2つの茶碗に盛った。乗明が台所に入ってきた。「おはよう」と言った。千津も「おはよう」と返した。2人は向かい合って座り、食事を始めた。



