「お疲れ様でした。山先生、今日も完璧でしたよ」
「2分遅れた。完璧じゃない」
看護師長の牧野はそう言って小さく笑った。俺の名前は山龍一、45歳。都内最先端医療センターの外科部長だ。肩書きと成功率と症例数。俺の人生を表すものはそれだけで足りる。家族はいない。親しい友人もいない。休日に出かける場所も多分思いつかない。
机の上には来週の学会発表の資料が積み上がっている。窓の外はもう暗かった。
学会の帰り、東京駅から自宅へ向かう途中で雨が降り出した。傘は持っていなかった。俺はコートの襟を立て、足早に駅前のロータリーを抜けようとした。その時だ。ベンチの脇に誰かが座り込んでいるのが見えた。スーツ、キャリーバッグを脇に置き、背中を丸めて壁に寄りかかっている。通り過ぎる人々は誰も振り返らない。
俺は近づいて声をかけた。
「失礼。大丈夫ですか?」
返事はなかった。肩に触れると布越しに熱が伝わってきた。高熱だ。顔色は白く、唇は乾いている。
「聞こえますか?医者です。少し触らせてもらいますよ」
脈を取り、呼吸を確認する。意識は朦朧としている。救急車を呼ぶか迷ったのは数秒だった。搬送先がどこになるかわからない。俺の家の方がここから近かった。
「申し訳ないが、近くに私の家がある。そこで休んでいきなさい。医者として責任は持つ」
女性はほとんど声にならない声で「すみません」と言った。俺は彼女の体を支えてタクシーに乗せた。マンションに着くとソファに彼女を寝かせた。体温計は39度2分。解熱剤と点滴の準備をし、額に冷たいタオルを当てる。家に一通りの医療品が揃っているのは俺の職業柄だ。
夜中、彼女は2度ほど目を覚ました。その度に水を口に含ませ、汗を拭った。俺は隣の椅子に腰を下ろし、そのまま朝を迎えた。
明け方、雨は上がっていた。窓の外がうっすらと明るんでくる頃、彼女が静かに目を開けた。
「ここは?」
「私の自宅です。昨日の夜、駅前で倒れていたあなたを連れ帰った。覚えていますか?」
「申し訳ありません。ご迷惑を」
「迷惑ではない。熱はだいぶ下がりました。もう少し休んだ方がいい」
彼女は身を起こすと丁寧に頭を下げた。線の細い人だった。それでいて目だけはまっすぐにこちらを見ていた。
「本当に何とお礼を申し上げて良いか。お名前を伺っても?」
「それよりあなたの方こそ大丈夫ですか?家族に連絡は?」
「いえ、大丈夫です。ご親切に本当にありがとうございました」
彼女は自分のことをほとんど語らなかった。ただ「ありがとう」だけは何度も口にした。身支度を整え、キャリーバッグを引いて玄関に立つ姿には昨日の弱々しさはもうなかった。
「タクシーを呼びましょうか?」
「いえ、ここまでで十分です。ご恩はいつか必ず」
ドアが閉まる音がした。俺はソファに戻り、乱れたクッションを直した。それからしばらく窓の外を見ていた。雨上がりの道路に車が1台、ゆっくり走り抜けていった。
それから3日後、理事長室に呼ばれた。霧島上一郎、50歳。この医療センターを10年かけて全国屈指の規模に育てた男だ。表向きは口数が少なく、見るべきところは確実に見ている。俺はこの人にだけは嘘をつかないと決めている。
「山先生、忙しいところ申し訳ない。新しく心臓外科に来てもらう先生を紹介したくてね」
「新人ですか?聞いていませんでしたが」
「正式な辞令は明日になる。先に顔合わせようと思って」
霧島が内線で呼び出すと、ほどなくドアがノックされた。
「どうぞ」
入ってきたのは紺色のジャケットを着た女性だった。背筋を伸ばし、落ち着いた足取りで部屋の中央に立つ。俺は息を飲んだ。あの夜の彼女だった。
「朝倉ひかり先生だ。38歳、外科医としてアメリカとドイツで実績を積んでこられた。来月から我々のチームに入っていただく」
「朝倉ひかりと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
朝倉は深く頭を下げた。顔を上げた時、俺と目があった。彼女の表情はわずかに動いたが、すぐに穏やかな表情に戻った。
「山先生のお名前は海外にいた頃からよく耳にしておりました。お会いできて光栄です」
「こちらこそ。あなたの論文はいくつか読んでいます。当院で是非力を貸してほしい」
互いに初対面のような顔をしていた。霧島は何も気づかぬ様子で診療体制と着任スケジュールの話を続けた。俺は相槌を打ちながら、頭の片隅であの夜の光景を思い返していた。駅前のベンチ、高熱、キャリーバッグ。名前を告げずに去った彼女。
打ち合わせが終わり、部屋を出る。廊下で朝倉は一度立ち止まった。そして俺の方へ向き直った。
「山先生」
「先日は本当にありがとうございました。あの日のお礼をまだきちんと申し上げていませんでした」
「医者として当たり前のことをしただけです。それより体調はもう大丈夫ですか?」
「おかげ様で。ご迷惑をおかけしました」
「迷惑ではないと、あの朝も言いましたよ」
朝倉は小さく笑った。廊下の向こうへ消えていく彼女の背中を、俺はしばらく見送っていた。
ナースステーションの前で看護師長の牧野が書類を抱えて立っていた。俺の視線の先を追って、それから俺の顔を見て片方の眉を上げた。
「山先生、何か気になることでも?」
「いや、なんでもない。新しい先生の力量はこれから手術室で見せてもらう。それだけだ」
「そうですか。あなたがそんな顔をするのは珍しいですけどね」
俺は答えず、医局へ歩き出した。窓の外には青い空が広がっていた。
朝倉が着任してから2週間が過ぎた。彼女の手腕は評判通りだった。切開の正確さ、術野の見極め、判断の速さ、どれを取っても海外の一流施設で揉まれてきた人間のものだった。俺はそれを認めていた。認めていたが、彼女は遠慮というものを知らなかった。
その日の朝、心臓血管外科のカンファレンスでのことだ。俺は既存の術式で進める方針を提示した。
「山先生、失礼を承知で申し上げます。この患者さんの場合、左前幹部の状態を考えるとオフポンプでの術式に変更した方が術後の負担が小さいと思います」
「データは見たが、当院での実績はまだ少ない。リスクを取る理由はない」
「実績は積んでいかなければ増えません。患者さんの10年後を考えるなら、こちらの方が選択肢として正しいはずです」
会議室の空気が一瞬で固くなった。副部長の音寺光一が机を指でトントンと叩く。
「朝倉先生、来たばかりで当院のやり方に意見するのは早すぎませんか?山部長の判断には我々が長年積み上げてきた根拠がある」
「音寺先生、私は否定しているのではありません。患者さんにとってより良い選択肢を提案しているだけです」
「その言い方がもう否定なんですよ」
俺は2人のやり取りを黙って聞いていた。朝倉の言うことは医学的には筋が通っている。俺自身、頭の片隅で同じことを考えなかったわけではない。ただ外科部長として組織を預かる立場では、簡単に頷けない理屈もある。
「朝倉先生、意見は分かった。手術前の検討会でもう一度、症例ごとに詰めましょう」
「山先生、感情ではなく中身で議論してください」
「承知しました」
カンファレンスが終わり、医師たちが部屋を出ていく。朝倉は最後まで残り、資料を片付けていた。俺は声をかけた。
「朝倉先生、あなたの提案、手術前の検討で本気で詰める。だから根拠になるデータを揃えておいてほしい」
「山先生、ありがとうございます。礼はいらない。患者のために必要なら当然のことだ」
彼女の真っすぐな視線が俺の胸の奥に引っかかる。あの雨の夜、ソファで眠っていた弱った姿と、今ここで反論してくる強さ。同じ人間の中にある2つの面が、なぜか俺を落ち着かなくさせた。
廊下に出ると牧野が壁に寄りかかって立っていた。書類を抱えたまま、にやりと笑う。
「山先生、なんだか最近生き生きしていますね」
「気のせいだ。仕事の話をしていただけだよ」
「そういうことにしておきます」
牧野は肩をすくめてナースステーションへ戻っていった。
異変はその週の金曜日に起きた。夕方の救急受け入れで10歳の男の子が搬送されてきた。高瀬翔太、先天性の心疾患で当院で経過観察とされていたが、容態が急変したのだという。俺はすぐに救急処置室に入った。モニターの数値が悪い。朝倉も後から駆け込んできてエコーを当てた。
「山先生、僧帽弁の腱索が断裂しています。このままでは持ちません」
「オペだ。家族に説明する。麻酔と手術室に動かしてくれ」
少年の母親は廊下で泣き崩れていた。父親は青ざめた顔で俺の説明に頷くのが精一杯だった。成功率は正直に言って高くない。俺はそれも伝えた。隠して同意を取るような医者にはなりたくなかった。
「全力を尽くします。お子さんの命を諦めるつもりはありません」
「先生、どうか、どうかお願いします」
手術は翌朝に決まった。夜遅く、俺はカンファレンス室で術式の最終確認をしていた。ノックの音がして朝倉が入ってきた。
「山先生、少しだけお時間をいただけますか?」
「どうぞ。明日のことならいくらでも」
「明日のことでもあり、昔のことでもあるんです」
朝倉は俺の正面に座った。机の上に1枚の古い写真を置く。病院のベッドで若い男性が笑っていた。傍らには今より少し若い朝倉が立っている。
「7年前、あなたがアメリカの病院に短期で招かれて執刀された患者さんを覚えていらっしゃいますか?複雑な大動脈弁の症例でした」
「覚えている。日本人の患者さんだったな。確か術後の経過も良かったはずだ」
「その人は私の兄です」
俺はしばらく言葉を失った。朝倉は静かに続けた。
「兄は現地のどの医師にも難しいと言われていました。最後に紹介されたのが日本から来ていた山先生だったんです。先生は他の医師が首を横に振った手術を引き受けてくださった。兄は今も元気で、2人の子供の父親をしています」
「それは良かった」
「あの日、手術室の前で待っている間、私はずっと考えていました。私もこういう医者になりたいと。誰かが諦めた命をもう一度引き受けられる人間になりたいと。私が外科医になったのは、先生のあの手術があったからなんです」
朝倉の目がわずかに赤くなっていた。
「だから日本に来たのか」
「先生の元で働きたいとずっと思っていました。雨の夜にお会いしたのは本当に偶然です。でもあの夜にあなたに助けられて、私はもう一度確信したんです。この人と一緒に医療をやりたいと」
「朝倉先生、買いかぶりだ。俺はそんな立派な医者じゃない。ただ目の前の患者を1人ずつやってきただけだ」
「そんなことありません。明日も私はあなたの隣に立たせてください」
俺は頷いた。朝倉は深く頭を下げて部屋を出ていった。机の上に残された写真を、俺はしばらく見つめていた。7年前の忘れていた顔。俺が積み上げてきた症例の数の中に、1人の少女の人生も繋がっていたのだと初めて知った。
翌朝、第3手術室。無影灯の下に翔太の小さな胸があった。俺は執刀医。第一助手は朝倉。音寺は第二助手として入った。
「始める。みんなよろしく頼む」
「お願いします」
人工心肺に乗せる。腱索の損傷は画像で見たよりも広かった。俺は一瞬迷った。予定していた修復だけでは足りないかもしれない。
「山先生、光線の補強も必要です。私が抑えます」
「頼む。糸を渡してくれ」
「はい」
俺たちの間に無駄な言葉はなかった。俺が針を運ぶ角度を決める前に、朝倉の鉗子が術野を整える。朝倉が糸を引く力を加減する瞬間、俺の手が次の縫合へ移った。音寺は黙々と吸引を続けていた。途中、彼が小さく呟くのが聞こえた。
「すごいな、これは」
人工心肺から離脱する瞬間、心電図のモニターが1度乱れた。室内の空気が張り詰める。心拍がゆっくりと確かに戻ってきた。
「先生、自己心拍安定しました」
「よし、閉胸に入る」
1時間に及ぶ手術が終わった。手術室を出ると、廊下で待っていた両親が立ち上がった。俺は短く告げた。
「無事に終わりました。お子さんは強い子です。ここから先はあの子自身の力で回復していきます」
母親は声をあげて泣いた。父親は何度も何度も頭を下げた。俺はその姿を見ながら、奇妙な感覚に包まれていた。これまで何百例と似たような場面を経験してきた。今日、俺が伝えていたのは1人の少年のこれからの人生だった。翔太が大人になり、誰かと出会い、何かを成す未来。それを守るために俺はメスを握っていたのだと初めて気づいた。
廊下の角で牧野とすれ違った。
「山先生、今日のあなたの顔、私覚えておきます」
「どんな顔をしてた?」
「いい顔でしたよ」
牧野は微笑んで病棟の方へ歩いていった。
2週間が過ぎた。少年は順調に回復し、ICUから一般病棟へ移っていた。その日、俺はまた理事長室に呼ばれた。
「山先生、今日は少し大きな話だ」
「伺います」
「来年から当グループの海外拠点を統括するポストを新設する。アメリカ、シンガポール、ドイツの3拠点をまとめて指揮する立場だ。君にその任を頼みたい」
俺はすぐには答えられなかった。これは外科医としての到達点の1つだった。若い頃の俺なら迷わず受けていただろう。
「身に余るお話です。少し考える時間をいただけますか?」
「もちろんだ。返事は来月までで構わない」
理事長室を出て、俺は窓の外を見た。中庭で車椅子に乗った翔太が母親と並んで日向ぼっこをしている。それを少し離れた場所から見守る白衣の後ろ姿があった。朝倉だった。
その夜、医局に戻ると朝倉が机に向かって何かを書いていた。便箋らしきものをゆっくりと折りたたんでいる。俺の足音に気づいて、彼女は顔を上げた。
「山先生、お疲れ様です」
「まだ残っていたのか。何か難しい返事でも書いていたのか?」
「はい。実は以前勤めていたアメリカの病院から、戻ってこないかと打診を受けています。心臓外科の責任者として」
俺は椅子に腰を下ろした。
「いい話じゃないか。君の実力なら当然のオファーだろう」
「ええ、条件も立場も悪くありません。ただ、ただなんだ、自分でもなぜ即答できないのか分からないんです」
朝倉は便箋を引き出しにしまい、静かに微笑んだ。それ以上は何も言わなかった。俺は霧島から受けた話を口にできなかった。互いに相手の未来を縛る権利はないと思っていた。医師としてのキャリアをここで止めさせるわけにはいかない。
翌日から、俺は意識して朝倉と距離を取るようになった。廊下ですれ違っても短い挨拶で終わらせた。朝倉もまた同じように振る舞った。それが互いのためだと信じていた。
翔太の退院が決まったのは、桜のつぼみが膨らみ始めた頃だった。俺と朝倉も最後の診察のために部屋に入った。翔太はベッドの上で胸を張って座っていた。
「翔太君、傷の経過もいいぞ。家に帰っても、しばらくは無理をしないこと。約束できるか?」
「うん、約束する。山先生、朝倉先生、本当にありがとう」
「翔太君が頑張ったからよ。これからたくさん遊んで、たくさん勉強してね」
母親が深く頭を下げた。父親は何度も目元を拭っていた。その時、翔太がふと俺たちを見上げた。
「ねえ。山先生と朝倉先生って、結婚しないの?」
部屋の空気が止まった。母親が慌てて「こら」と小さく叱る。翔太は不思議そうな顔をしていた。
「だって手術の時、2人ともすごくぴったりだったって看護師さんが言ってたよ。お父さんとお母さんみたいだったって」
俺は何も答えられなかった。朝倉もまた視線を落として、小さく笑うだけだった。
翔太一家がエレベーターに消えていった後、廊下には俺と牧野だけが残った。朝倉は見送りのために玄関ホールまで降りていた。
「山先生、少しよろしいですか?」
「なんだ?」
「あなたを若い頃から見てきたものとして、今日は1つだけ言わせてください」
牧野はいつもの軽い口調ではなかった。
「あなたはずっと1人で戦ってこられた。誰の手も借りず、誰にも寄りかからず、立派でした。でもね、山先生、あなたはもう1人で戦う人じゃありませんよ」
「牧野さん」
「翔太君の手術の日、私はあなたの顔を覚えておきますと言いました。あの日のあなたの顔は、結果を出した医者の顔ではなかったんです。誰かの未来を背負った1人の男の顔でした。その顔を、あの先生が引き出してくださったんですよ」
牧野は一度言葉を切り、目元を緩めた。
「逃したら後悔しますよ。お節介おばさんの言うこと、たまには聞いてください」
牧野はそれだけ言うとナースステーションへ戻っていった。
その夜、俺は朝倉に短いメッセージを送った。「明日の夜、あの駅前で会えないか」と。返事は「分かりました」の一言だった。
翌日、仕事を終え、俺はあの駅前のロータリーへ向かった。あいにくまた小雨が降っていた。
「先生、お待たせしました」
「いや、俺もさっき来たところだ」
2人並んで、雨に濡れたベンチを見た。あの夜、彼女が座り込んでいた場所だった。
「朝倉先生、海外の話、あなたはどうしたんだ?」
「正直に言えば迷っています。仕事としては行くべき話だと思います。でも私はもう一度あの夜のことを思い出していて。あの夜、あなたに助けていただいた夜です。私はあの時、誰にも頼れずに1人で全部抱え込んでいたんです。そういう生き方をもう続けなくてもいいのかもしれないと、最近やっと思えるようになったんです」
雨の音が2人の間に静かに落ちていた。
「俺も理事長から海外統括の話をもらっている。若い頃の自分なら迷わず受けていた話だ。だが今は違う。俺はこの病院に残って、あなたと一緒に医療をやりたい。それから、医者としてではなく、1人の人間としてあなたのそばにいたい」
「山先生」
「仕事だけでずっと生きてきた。守りたい人間ができたのは、あなたが初めてだ。返事は急がない。考えてくれ」
朝倉はしばらく黙っていた。それからゆっくりと顔を上げた。
「考える必要はありません。私もここで、あなたと生きていきたいとずっと思っていました」
雨はいつの間にか上がっていた。
数ヶ月後、小さなチャペルで俺たちは式を挙げた。派手な式ではなかった。理事長、音寺、牧野、そしてすっかり元気になった翔太とその両親。ささやかな式だった。牧野は最前列でハンカチを握りしめていた。バージンロードを歩いてくる朝倉を見た瞬間のことを、俺はうまく言葉にできない。
式が終わった後、翔太は牧野の隣で得意げにこう言ったらしい。
「僕が言ったから結婚したんだよね」
「そうね。翔太君のおかげね」
牧野はそう答えながら、ハンカチでそっと目元を抑えていた。音寺がぽつりと呟いた。
「部長も人間だったんだな」
それを聞いた霧島が珍しくて笑った。
チャペルを出ると空は晴れていた。朝倉、いや、瞳が俺の腕に手を添えて空を見上げた。
「いいお天気ですね」
「ああ、雨上がりの空も悪くないが、晴れた日の空は最高だな」
風が吹いて、彼女のベールがふわりと揺れた。俺はもう1人ではなかった。



