10年間、私は毎晩、2階の閉じた扉の前に膳を置いてきた。返事はない。それでも置き続けた。ある日、息子の同級生に道で会い、「秀明君は東京で管理職をしてるんだって?結婚は?」と聞かれた。私は笑顔で「ええ、東京で」と答えた。嘘だった。息子は10年間、あの部屋から一歩も出ていない。でも、その嘘がもう止められない。先週、区役所から「差し押さえ」の通知が届いた。この家を失うかもしれない。私は扉の前で初め…

10年間、私は毎晩、2階の閉じた扉の前に膳を置いてきた。返事はない。それでも置き続けた。ある日、息子の同級生に道で会い、「秀明君は東京で管理職をしてるんだって?結婚は?」と聞かれた。私は笑顔で「ええ、東京で」と答えた。嘘だった。息子は10年間、あの部屋から一歩も出ていない。でも、その嘘がもう止められない。先週、区役所から「差し押さえ」の通知が届いた。この家を失うかもしれない。私は扉の前で初め...

10年間、彼女はその扉を開けたことがなかった。扉の前に膳を置き、翌朝それが空になっているのを確認し、また次の膳を用意する。それだけだった。息子の声を聞いたのが最後だったのはいつだったか、もう思い出せなかった。

北海道の港町に住む黒島時子、67歳。クリーニング店で週5日働き、帰りに安い食材を買い、暗がりの中で冷えた飯を食べる。貧しさと孤独と世間体。その3つだけが彼女の生きる輪郭だった。

2026年11月、朝から雪が降っていた。時子がクリーニング店のカウンターに立つと、客が値上げに不満を漏らした。時子は深く頭を下げて謝った。値上げを決めたのは店主であり、時子に責任はない。それでも謝る。長年そうやって体が動くように仕込まれていた。

昼前に店主の佐々木が声をかけてきた。
「時子さん、ちょっとよろしいですか」
来月から出勤日を週5日から週3日に減らしたいという。客足が減り、人件費を維持できない。時子は「分かりました」と答えた。頭の中で計算が回った。月に約4万円の収入が消える。今の生活に余裕はない。

昼休み、店の裏で梅干し入りの握り飯を一つ食べた。窓の外では雪が降り続いていた。

定時で仕事を終え、時子はスーパーへ向かった。値引きシールが貼られるのを待つ客が数人いた。鶏肉は諦め、豆腐ともやしと煮干しを買った。273円だった。

帰り道、時子は顔見知りに会いにくい道を選んだ。理由は意識していなかった。ただ体が自然にそちらへ向かった。

家は駅から12分の古い木造2階建て。夫が死んで5年になる。玄関を開けると冷えた空気が出迎えた。石油ストーブはまだつけない。灯油が高いからだ。

台所で夕食を作りながら、時子は音を立てないように気をつけた。2階の気配に無意識に耳を傾ける癖がついていた。

食事ができると、時子は小さな盆に飯と汁と煮物を並べた。息子の分も同じものを少し多めに盛る。2階に上がり、暗い廊下の先にある扉の前に盆を置き、軽く2度ノックする。返事はない。10年間、毎晩そうだった。

下に戻り、ストーブに火を入れた。一番小さい目盛りに合わせる。自分の分の飯を台所の板の間に座って食べた。豆腐は息子の分に多く入れた。

食べながら、時子は今日の出来事を頭の中で確認した。週3日になること。収入の減少。市民税の残額。数字が並ぶと、終点が見えなくなる感覚があった。

夜、眠れなかった。暗い天井を見ながら、時子は数字のことを考えた。卵は安い時期を選べば6個で120円以下。週3日になったら、どの曜日を選べばいいか。それよりも、来週の市民税の残額をどうするか。2階から物音はしなかった。

翌朝、時子は2階に上がり、空になった盆を回収した。食べてくれたという安堵と、それだけだという虚しさが同時にあった。どちらとも名付けずに、時子はまた階段を降りた。

その日は休みだった。区役所に行く用事があった。帰り道、市場で煮干しを2袋買い、駅の近くまで戻ってきた時だった。

歩道の氷で足が滑り、時子は転んだ。持っていた袋が飛び、煮干しが雪の上に散らばった。しばらく動けなかった。周囲の人は足早に通り過ぎる。誰も立ち止まらない。そういうものだと時子は思った。

立ち上がろうとした時、声がかかった。
「大丈夫ですか」
スーツを着た40代前後の男性が、散らばった煮干しを拾い上げていた。

「黒島のおばさん、田中です。修二です。秀明君の同級生の田中です」

息子の中学時代の同級生。記憶の中では細い少年だったが、目の前の男性は落ち着いた大人の顔をしていた。

「おばさんも変わりませんね。秀明君は今どちらにいるんですか?東京で働いてるって聞いたような気がして。もう結婚は?」

息子の名前が田中の口から出た瞬間、時子の胃が縮んだ。一瞬の沈黙の後、彼女の口が動いた。

「ええ、東京で管理職をしているんです。忙しくて今年は帰って来られないみたいで」

声は滑らかだった。それが恐ろしかった。嘘をつくことへのためらいが、もはや顔に出なくなっている。10年かけて、彼女はこの嘘を磨いてきた。

田中は「そうなんですね。すごいな」と言い、「またどこかであったら、よろしく伝えてください」と笑った。時子は「はい、もちろん」と答えた。

田中が去った後、時子は立ち尽くした。足が動かなかった。管理職、東京、結婚。その言葉が自分の口から滑らかに出た。2階の薄暗い廊下、閉じた扉、10年間空になって戻ってくる膳。それと自分が今口にした言葉の間にある距離が、遠いものとして感じられた。

家に着き、手袋を脱ぐと右手のひらが赤くなっていた。転んだ時の傷だった。時子は手を洗い、椅子に座った。しばらく何もしなかった。窓の外ではまた雪が降り始めていた。

今晩の夕食のことを考えなければならなかった。昨日の残りの豆腐がある。もやしも半袋残っている。息子の分には何をつけようか。また胃が収縮した。今度はじわじわと締めつけるような痛みだった。

東京で管理職をしている、という嘘をやめられるのだろうか。やめる必要があるかどうかも分からない。やめたとして、何をどう話せばいいのかも分からない。

椅子の背もたれに体を預け、時子は目を閉じた。まぶたの裏に田中の礼儀正しい笑顔が浮かんだ。そしてその向こうに、あの廊下の薄暗さと閉じた扉の輪郭が見えた。

嘘というのは、一度ついてしまうとその後の全ての動作に影響を与える。靴紐の結び方から帰り道の選択まで。

翌朝、時子は午前4時に目が覚めた。頭が静かすぎた。田中の笑顔と自分の声。「東京で管理職をしているんです」という言葉が、暗がりの中で何度も繰り返された。声が滑らかだったことが、最も時子を苦しめた。10年間で積み上げてきた練習の結果だった。

それから時子は帰宅の経路を変えた。港沿いの道は地元の顔見知りに会う可能性が低い。気づいたら体がそちらへ向いていた。

12月に入り、仕事は週3日に変わった。火曜、木曜、土曜。月曜と水曜は家にいて、数字のことばかり考えた。来月の灯油代、残りの市民税、スーパーで買える食材の組み合わせ。考えても答えは出ないが、止まらなかった。

12月の第2週の土曜日、玄関のチャイムが鳴った。隣の3軒先に住む町内会の会長、佐藤稽古だった。要件は町内会費の集金と、年末の雪かきボランティアの参加呼びかけだった。時子は会費を払い、雪かきは体調が悪いと断った。

佐藤は封筒を受け取り、それから声のトーンを変えた。
「ゴミのことなんですけどね。うちの班の当番が先週の月曜日に分別チェックをしてたら、黒島さんの家から出ていた袋に男性の下着が入ってたって言うんですよ。ご主人が亡くなられて5年でしょう。だから整理されたのかなとも思ったんですけど、何か気になって。秀明君、今も東京にいらっしゃるんですよね」

佐藤の目が、時子の肩越しに廊下の奥、階段の方向を向いた。ほんの一瞬だったが、時子はそれを見た。

「ええ、東京に。下着は秀明のものがまだいくらか残っていて、古くなったので整理したんです。場所を取るので」

佐藤は「ああ、そうなんですね」と納得した風に言ったが、完全には引き下がらなかった。
「まあ、息子さんがいてくれれば頼りになるのにね。1人の冬は大変ですよね。何かあったら、いつでも言ってくださいね」

佐藤が帰った後、時子は玄関の扉に背をつけたまま、しばらく動かなかった。

男性の下着。時子はゴミの分別に人一倍注意を払っていた。しかし袋の中身まで気を配ることは考えていなかった。秀明が2階から出したゴミが、時子のゴミと一緒になって外に出ていた。誰かの目にとまっていた。それはつまり、この家に男がいるということを、知らぬうちに町に向けて発信し続けていたということだった。

10年間、時子は秀明がここにいることを誰にも言っていなかった。言えなかったという方が正確だった。夫が生きていた頃、民生委員が訪問してきたこともあった。秀明が30代の頃には支援団体のチラシが入っていたこともあった。しかしその度に夫婦でやり過ごしてきた。外には出さない。誰にも言わない。それが夫の強い意向だった。

「時間が解決する」と夫は何度か言った。時子はその言葉を信じていたわけではなかったが、反論もしなかった。夫が死んで5年が経った。時間は解決しなかった。そして今、時子は1人で見えないことにし続けていた。

今後、ゴミを出す時は中身を確認しなければならない。秀明のゴミと自分のゴミを分けて出す方法を考えなければならない。しかし秀明がゴミを出す時間は不定期で、時子が眠っている深夜のこともあった。解決策が見えなかった。ただ問題が増えた。

12月の後半、時子の眠りはさらに浅くなった。深夜に目が覚めると、すぐに耳を澄ませた。2階から音がするかどうか。大抵は静寂だった。

12月23日の夜、市から封書が届いていた。開封する前から何かは分かった。市民税の納付に関する催告書だった。金額は4万8000円。納付期限は1月中旬。今の通帳の残高は5万2000円。催告書の金額を払えば、残るのは4000円になる。1月分の食費と光熱費にはとても足りない。仕事は週3日になったので、来月の収入は3万円を少し超える程度。それまでの2週間以上、4000円では暮らせない。

時子は封書をテーブルに置き、しばらく見ていた。それから引き出しの奥にしまった。見えないところに置くと、一時的に呼吸が楽になる気がした。

年末から年始にかけて、クリーニング店は3日間休みになった。時子はほとんど外に出なかった。インスタントの味噌汁と安売りの切り餅と白菜の漬け物と卵6個で乗り切るつもりだった。息子の分には、できる範囲で温かいものを作った。元日の夜は雑煮を作り、卵を1個落とした。

元日の夜、2階に膳を置きに行くと、扉の下の隙間から細い光が漏れていた。電気をつけている。たったそれだけのことだったが、時子はしばらくその光を見ていた。電気がついているということは、起きているということ。起きているということは、今夜も生きているということ。それが時子が2階の扉から確認できる全てだった。

1月に入り、気温がさらに下がった。石油ストーブの消費量が増え、補充のサイクルが早まった。1回の補充でおよそ1200円かかった。節約のためにストーブを消す時間を増やしたが、消すと1時間足らずで部屋が冷え込んだ。布団の中では、ペットボトルにお湯を入れて足元に置いた。

仕事のある日はまだ良かった。体を動かしている間は、寒さも数字の計算も少しだけ頭の外に出た。店に来る客の会話を聞いていると、苦しいのは自分だけではないと思うと少しだけ息がしやすくなった。しかし帰り道、港沿いの暗い道を歩きながら、また数字が戻ってきた。

1月の第3週の金曜日、仕事を終えて帰宅すると、ポストに区役所からの薄い封筒が入っていた。国民健康保険の確認に関する書類で、窓口に来るよう指示されていた。時子は封筒を机の上に置いた。先月の催告書の隣に並べた。2枚の封書が並んでいた。

その夜、時子は夕食を作り終えた後、2階へ膳を持って上がった。ノックを2度して、膳を置いて、階段を降りようとした。しかしその日はなぜか足が止まった。扉の前に立ったまま、数秒何もしなかった。

返事があるとは思っていなかった。それでも時子は言った。
「秀明、聞こえている?」

扉の向こうは静かだった。
「お母さん、ちょっとお金のことで困ってる。税金のことで区役所から手紙が来てる。1人では解決できないかもしれない」

言いながら、自分の声が廊下に吸い込まれていくのを感じた。届いているかどうか分からなかった。扉は閉じていた。10年間ずっと閉じていた。返事はなかった。

時子は1度だけ息を吐いて、階段を降りた。台所に戻ると、2枚の封書がテーブルの上にあった。時子は椅子に座り、両方の封書をもう1度開いて読んだ。数字を確認した。期限を確認した。どうすれば間に合うか計算した。間に合わせる方法は、今の自分には見えなかった。

1月末の夜、時子は2階へ上がった。今夜は膳を持っていなかった。夕食はもう置いてあった。手ぶらで上がった。扉の前に立ち、今夜は立ち止まった理由が分かっていた。区役所の期限が近い。分割払いの相談のために来月初めに行くつもりだった。それよりも前に、自分の中で何かを決めなければならなかった。

時子はノックをした。いつもの2度ではなかった。拳で続けて叩いた。音が廊下に響いた。
「開けてください」
声は思ったより大きく出た。
「お母さんの話を聞いてください。ちゃんと聞いて欲しいんです。開けてください」

返事はなかった。また叩いた。今度は少し力を込めた。
「秀明、聞こえてるでしょう。電気つけてるんだから、起きてるでしょう。お母さん、今後お金のことで本当に困ってる。この家のことで行政の人が来るかもしれない。そうなったら、あなたのことも出てくる。それでもいいの?それでも黙ってるの?」

廊下の空気が冷えていた。吐息が白く見えた。長い沈黙があった。それから扉の内側から、かすかな音がした。床を踏む音でも物が動く音でもなかった。もっと小さい、人間の喉から出る音だった。

くぐもった男の声が言った。
「消えたい」

2文字だった。それだけだった。

時子は動けなかった。怒りがあった。まだあった。今夜も持ってきていた。しかしその2文字が扉の向こうから来た瞬間、怒りよりも先に別のものが体を通り抜けた。温度のないものだった。

時子は扉に手を置いた。拳骨ではなく、手のひら全体を扉の表面に当てた。扉の冷たさが手のひらに伝わった。何か言おうとしたが、言葉が出なかった。言おうとした言葉は何だったか、自分でも分からなかった。謝罪か、叱責か、懇願か。どれも出てこなかった。ただ手を当てたまま、しばらく立っていた。

扉の向こうも静かになった。もう声は聞こえなかった。時子は手を下ろし、ゆっくりと階段を降りた。台所に戻ると、テーブルの上に2枚の封書があった。石油ストーブの炎が揺れていた。窓の外では雪が降っていた。

時子は椅子に座って、両手をテーブルの上に置いた。手のひらが上を向いていた。自分でそうしたのか、そうなっていたのか分からなかった。

今夜扉の向こうで聞こえた声のことを考えた。「消えたい」。その言葉が何を意味するのか、時子には正確には分からなかった。疲れの言葉なのか、もっと深刻なものなのか。聞き返す言葉が出なかった。扉は開かなかった。ただ確かなのは、扉の向こうに声があったということだった。10年間で、あの声を聞いたのは片手で数えられるほどしかなかった。

時子は目を閉じた。まぶたの裏に扉の木の感触が残っていた。明日も膳を用意しなければならなかった。人間はどれほど追い詰められても、明日の朝食のことを考える。それが生きているということの最も地味な証明だった。

1月の中旬、石油ストーブが止まった。朝の5時40分に目が覚め、台所へ行ってスイッチを入れた。点火の音がしなかった。カチカチという空虚な音が3回、4回と続いて、それだけだった。炎が出なかった。灯油は昨日補充したばかりだった。切れているはずがなかった。

時子はしゃがんで本体の裏側を確認した。通気口に手を近づけても、温気はなかった。電源を抜いてもう1度入れた。変わらなかった。外の気温は氷点下2度。窓ガラスの内側に霜が張っていた。

近所の電気屋に電話をかけると、修理の見積もりは出張点検で6000円、部品交換が必要なら追加で2万から4万円になる可能性があると言われた。本体の製造年を確認すると21年前だった。古い機種は部品の在庫がない場合もある。新しいストーブは安いものでも3万円を超えた。

時子は「分かりました。また連絡します」と言って電話を切った。台所の椅子に座った。手袋をはめたままだった。家の中にいるのに手袋が必要だった。通帳の残高を頭の中で確認した。催告書の分を払った後の残額は1万3000円を切っていた。修理も新品も、今の手持ちでは出せなかった。

その日の午後、時子は厚い上着を着込んで外に出た。リサイクルショップへ向かった。暖房器具のコーナーに、セラミックヒーターが3台置いてあった。1台目は1500円。箱なし、本体のみ。電源コードの途中に擦れた跡があった。2台目は2200円で、コードの状態は良かった。3台目は3000円で、見た目が一番新しかった。

時子は1500円のものを手に取り、コードの擦れた部分を指で辿った。断線は出ていなかった。亀裂もなかった。店員に動作確認をお願いすると、正常に動いた。1500円を払い、ビニール袋に入れてもらった。

家に着くと、時子は押入れから延長コードを引っ張り出した。夫が工具入れの中にしまっていたもので、5mほどあった。時子はそれを持って2階へ上がった。廊下のコンセントに延長コードを差し、コードを伸ばして息子の部屋のドアに向けた。ドアの下には1cmほどの隙間があった。セラミックヒーターを廊下の床に置き、吹き出し口をドアの隙間に向けた。スイッチを入れた。発熱体がオレンジ色に光り、温かい風がドアの方へ流れた。

時子は立ち上がり、廊下に置かれた小さなヒーターを一度見て、階段を降りた。1階に戻り、自分の部屋の押入れを開けた。古い毛布が3枚あった。1枚は夫が使っていたもの。1枚は時子自身のもの。1枚は秀明が子供の頃に使っていた薄いもの。3枚とも出した。セーターの上にフリースを重ね、その上に中ジャンパーを着た。靴下を二重にした。毛布を肩から巻いて、台所の椅子に座った。

ストーブのない1階の室温は、外の気温より数度高いだけだった。ガスで湯を沸かし、ペットボトルにお湯を入れて膝の上に置いた。それが今夜の暖だった。

夕食の支度をした。音をなるべく立てないようにしながら、白菜を切り、豆腐を半丁入れた煮物を作った。息子の分を先に多めに盛り付け、膳に乗せた。残りが自分の分だった。

その夜、体が芯から冷えていった。毛布を3枚巻いても、足先の感覚が鈍かった。布団に入ってからも、体温が上がるまでに時間がかかった。ペットボトルの湯は1時間ほどで覚めた。取り替えに台所へ行き、また布団に戻る。その繰り返しを夜中に3度した。

翌朝も翌日も、気温は下がり続けた。4日目の朝、起き上がると吐息が白く見えた。台所の温度計を見ると、室内で3度だった。窓ガラスの内側の霜が昨日より厚かった。

仕事のある日は、クリーニング店の暖房で体がほぐれる感じがした。しかし帰宅すると、また冷えた家に戻るだけだった。

4日目の昼過ぎ、時子は台所で昨日の残りの煮物に鰹節の切れ端を加えて火にかけていた。息子の分の支度をしながら、自分の分の食材を確認していた。その時、胃が引き攣れた。最初は軽かった。いつもの収縮だと思った。次の波は深かった。胃の奥を何かが引っ張るような鋭い締め付けだった。

時子はガス台の前で体を折り、鍋の縁に手をついた。息を吐いた。1度目の波が引いた。立ち直ろうとした。2度目が来た。今度は腹の全体に広がるような痛みで、額に汗が出た。寒い台所にいるのに、額だけが汗ばんでいた。視界がわずかに揺れた。

ガスを消さなければならないと思った。手を伸ばした。指先が火のつまみに触れた。しかし力が入らなかった。半分ひねって止まった。ガスは絞れたが、完全には消えていなかった。時子はその場に膝をついた。リノリウムの床が冷たかった。体の重心が崩れて、上半身が横に傾いた。手を床についたが支えきれず、右の頬が床についた。

天井が見えた。台所の蛍光灯が視界の端に白く光っていた。鍋の底で何かが焦げつき始める音がした。チリチリという細い音が耳に届いた。煙が薄く広がり始めていた。

体を起こそうとした。腕を曲げて床を押した。少し浮いた。しかし腕が震えて、また倒れた。

目線が天井の板を通して2階の方へ向いた。2階に人間がいる。セラミックヒーターの電源を入れてある。廊下に置いたまま、今もドアの隙間へ向かって温かい風を送っているはずだった。その電気代は今月の引き落としに上乗せされる。それを払うために、時子は食費を削った。鰹節の切れ端を出しに使った。安売りの豆腐を何日かに分けて使い回した。

煙が増えていた。焦げた匂いが台所に広がっていた。時子は仰向けのまま、その匂いを嗅いでいた。もし2階に届くなら、窓を閉めていても煙の匂いは上に向かうはずだった。木造の古い家の空気の流れで、2階まで上がる可能性はあった。

足音がするかもしれないと思った。廊下を踏む音、階段を降りる音、台所の扉が開く音。それを待っていた。意識してそうしているわけではなかった。体が音を待っていた。

1分が過ぎた。2分が過ぎた。2階は静かだった。10年間ずっとそうだったように、静かだった。

何かが決まったという感覚があった。決意でも諦めでもなく、もっと静かなものだった。ある事実が今夜ここで確定したという感覚だった。

時子は腕に力を込めた。床を押した。体が浮いた。今度は倒れなかった。ゆっくりと上半身を起こし、それから膝立ちになり、最後にガス台の縁を掴んで立ち上がった。ガスのつまみを完全に閉めた。換気のために勝手口の小窓を少し開けた。冷気が流れ込んだが、煙が外へ出ていった。

鍋の中を見ると、白菜と豆腐が焦げて鍋底に張り付いていた。鰹節は炭になっていた。鍋を流しに移して水をかけた。ジュッという音が立った。小窓を閉めた。また冷えた空気が台所を満たした。

時子は流しに手をついて、しばらくそのまま立っていた。頭の中は静かだった。怒りも悲しみも、今夜は形を持たなかった。あるのはただ、冷えた床の感触と、焦げた匂いの残り香と、2階の静寂だけだった。

冷蔵庫の隅に昨日の残りの味噌汁があった。鍋に移して温めた。それだけを飲んだ。塩辛かった。しかし温かかった。

息子の分の膳は、食材を焦がす前に盛り付けていたものがあった。2階に持っていった。ノックを2度した。膳を置いた。廊下のセラミックヒーターは今夜も動いていた。発熱体がオレンジ色に光っていた。時子はそれを一度見て、階段を降りた。

台所に戻り、焦げた鍋を洗った。鍋底の焦げは1度では落ちなかった。重曹を振って少し置いてから、また洗った。綺麗になった。椅子に座った。毛布を肩に巻いた。窓の外では雪が降っていた。

体は冷えていた。胃もまだ鈍く痛んでいた。しかし先ほどのような締め付けはなかった。今夜床に倒れていた時間のことを、時子はもう1度だけ思い返した。天井を見ていた時間、音を待っていた時間。何も聞こえなかった時間。それをどう呼ぶべきか、言葉が見つからなかった。悲しいとか寂しいとか、そういう言葉は少しずれていた。ただある事実として、体の中に沈んでいった。静かに、確かに。

ストーブのない台所で、ガスの火だけを頼りに湯を沸かした。お茶を入れて、両手で湯呑みを包んだ。明日も膳を用意しなければならなかった。それは変わらなかった。

お金がないということは、時間が止まるということではなかった。むしろ逆だった。お金がなければなくなるほど、締め切りだけが遠慮なく近づいてくる。

2月の末、2通目の封書が届いた。封筒を手に取った瞬間、時子はそれが何か分かった。縁が赤かった。1つ目の催告書とは明らかに違う色だった。台所のテーブルで封を開けた。立ったまま読んだ。

固定資産税及び市民税の滞納につき、来月中旬までに支払いがない場合、財産の差し押さえに移行する。差し押さえの対象として記されていたのは、この2階建ての家と土地だった。

時子は封書を読み終えた後、もう1度最初から読んだ。2度読んでも、書かれていることは変わらなかった。この家が取られるかもしれない。

時子の夫がこの家を買ったのは、秀明が生まれて3年目の年だった。ローンは25年かけて払い終えた。夫が退職してから間もなくのことだった。夫はその時「やっと俺たちの家になった」と言った。それだけ言って、後は何も言わなかった。感情を言葉にする人ではなかった。時子もそれで十分だと思った。

夫が死んで5年が経った。その間、時子は固定資産税を払い続けてきた。去年の春までは過ぎて払えていた。しかし昨年の夏から秋にかけて、物価の上昇と収入の減少が重なり、税の支払いが後回しになった。後回しにしているうちに、督促が来た。

時子は封書を引き出しの奥にしまった。しかし今回は、しまっても楽にならなかった。引き出しを閉めた後も、その中に封書があることが体の中に残っていた。

その夜、時子は眠れなかった。布団の中で目を開けたまま天井を見ていた。差し押さえ。この家。その2つが頭の中で繰り返された。具体的な映像が浮かばなかった。行政の人間が来て、何かの書類を貼って、鍵を変える。そういう場面を映画や新聞で見たことがあるような気がしたが、自分のこととして想像しようとすると映像が止まった。あまりにも現実として処理できなかった。

3月の上旬、仕事のない水曜日の朝、時子は外出の支度をした。黒いウールのセーターとグレーの厚手のパンツを出した。区役所に行く時だけ着る組み合わせだった。鏡を見ると、頬がこけていた。この3ヶ月で体重が落ちていた。服の腰回りが緩くなっていたが、直す余裕がなかった。

区役所は駅から歩いて20分のところにあった。今日は港沿いではなく、商店街を通る直線距離で歩いた。顔見知りに会うかもしれないという考えは頭をかすめたが、今日はそれより優先すべきことがあった。

商店街の中を歩きながら、時子は目線を前に向けた。シャッターが閉まった店が増えていた。去年まで開いていた金物屋が閉まっていた。その隣の食料品店も、今年から営業時間が短くなっていた。

区役所の建物は古い4階建てだった。入口のガラス扉を押し開けると、温かい空気が流れてきた。暖房が入っていた。時子は一瞬、その温かさに足が止まりそうになった。3ヶ月ぶりに暖房の効いた建物の中に入ったような気がした。

番号札を取り、待った。20分ほどして番号が呼ばれた。税務担当の窓口には、30代と思われる男性の職員が座っていた。名札に「松本」とあった。

時子は椅子に座り、持ってきた封書2通を窓口に差し出した。松本は封書を開いて確認し、キーボードを打った。
「黒島時子様ですね。固定資産税と市民税合わせて8万4000円の滞納が確認できます。本日はご相談ということでよろしいですか?」
「はい」
「一括でのお支払いが難しい場合、分割という形でご相談に応じることができます。その場合、現在の収入状況をお伺いする必要があります。ご自身の収入と、同居されているご家族がいらっしゃれば、その方の収入状況も含めて確認させていただきます」

松本の言葉は丁寧だった。事務的だったが、威圧的ではなかった。それでも「同居されているご家族」という言葉が空気の中に静かに浮いた。

時子は1度だけ息を整えた。
「息子が同居しております」

松本はキーボードに指を置いたまま、
「息子さんのお名前と年齢をお聞かせいただけますか」
「黒島秀明、42歳です」
「秀明さんの現在のご職業は」

時子は1秒黙った。松本の指がキーボードの上で止まっていた。
「現在は働いておりません」

役所の窓口で初めてそれを口にした。声は安定していた。自分でも少し驚いた。

「無職の状態はどのくらい続いていますか?」
「10年ほどになります」

松本は表情を変えなかった。キーボードを打ちながら、
「秀明さんは現在、健康上の理由などがございますか?障害者手帳や医療機関への通院歴などは」
「把握しておりません」

松本が少し顔を上げた。
「把握していないというのは、どういった状況でしょうか?」

時子はテーブルの上の自分の手を見た。手袋を外していたので、指の関節の太さが見えた。
「息子は部屋から出てこないので。10年間、部屋に閉じこもっております」

その言葉が口から出る時、重さがあった。重さがあったが、出た。

松本は少し間を置いた。
「いわゆる、引きこもりの状態にあるということでしょうか」
「そうです」

言ってしまったと思った。しかし続けて何かが崩れる感じはなかった。崩れるべきものはもうとっくに崩れていたのかもしれなかった。

松本は「分かりました」と言い、手元で資料を整えた。
「正直に教えていただいて、ありがとうございます。分割納付については対応できます。ただ、時子さんの現在の収入状況から考えると、生活の維持が長期的に困難になる可能性があります。その場合、生活保護の申請という選択肢もございます」

「生活保護」と時子は繰り返した。
「はい。ただし、申請される場合は同居の秀明さんの状況も審査の対象になります。ケースワーカーが自宅を訪問し、秀明さんの状態を直接確認する手続きが入ります」

ケースワーカーが自宅を訪問する。時子は頭の中でその場面を想像した。知らない人間が玄関を入り、廊下を歩き、階段を登り、2階の廊下に立つ。そして閉じた扉の前に立つ。ノックをする。返事のない扉に向かって、公的な手続きとして声をかける。

「少し考えさせていただけますか?」と時子は言った。

松本は「もちろんです」と言い、分割納付の申請書と生活保護制度に関するパンフレットを時子の前に置いた。
「どちらのご相談も、またいつでも窓口にお越しください。分割の件については、期限內にお手続きいただければ差し押さえの手続きは止まります」

時子は書類を受け取り、バッグの中に入れた。立ち上がって深く頭を下げ、窓口を離れた。

廊下を歩き、区役所の入口へ向かった。温かい空気の中を歩きながら、時子は体が少しふらついているのを感じた。気力が抜けたわけではなかった。ただ体が軽くなったような、重くなったような、そのどちらとも言えない感覚があった。

重いガラス扉を押して外に出た。3月初めの釧路の風が顔に当たった。区役所の前の歩道に立ち、しばらく動かなかった。

10年間、秀明のことを外で口にしなかった。口にできなかった。今日、役所の窓口で見知らぬ職員に向かって言った。42歳、無職、10年間部屋から出ていない。その3つの事実が、今バッグの中の書類と一緒に外の空気の中に出てきた。

言ったことで何かが解決したわけではなかった。封書はまだバッグの中にあった。税金の問題はまだ残っていた。家はまだ差し押さえの対象のままだった。ただ、言ったという事実は消えなかった。

歩き出した。今日は港の方へ向かった。帰宅とは逆の方向だった。用事があるわけではなかった。まっすぐ家に帰れなかった。

港の防波堤沿いの道に出ると、海からの風が強かった。3月の海は鉛色で、低い波が繰り返していた。防波堤のベンチに座った。風が顔に当たった。目が痛くなるほど冷たかったが、座り続けた。

生活保護の申請をしなければ、家を失う可能性があった。申請をすれば、ケースワーカーが来る。2階の廊下に立ち、秀明の扉の前に立つ。その先にあるものを、時子は想像しきれなかった。想像したくなかったのかもしれなかった。

10年間守ってきた境界線があった。外には秀明の存在を出さない。秀明のいる空間に外の人間を入れない。その境界線が今、1つ1つ崩れていた。役所の窓口での言葉。引き出しの奥の封書。ゴミ袋の中の男性の下着。1つ1つは小さかったが、合わさると取り返しのつかない量になっていた。

5分ほど海を見た。立ち上がり、家に向かって歩き始めた。帰り道、商店街の外れを通った時、100円ショップの前を通った。思い立って入り、食品のコーナーで乾麺のそばを一袋買った。98円だった。今夜の夕食に使えた。

家に帰り着いたのは昼過ぎだった。玄関を開けると、ポストに薄いチラシが1枚入っていた。近所の不動産業者からのもので、「お宅を査定します」と書いてあった。何かの偶然か、それとも区役所の周辺で自分を見た誰かが連絡を回したのか、時子には分からなかった。チラシをゴミ箱に捨てた。

上着を脱ぎながら、今日のことを順番に頭の中で確認した。松本の声、書類、能待合室の蛍光灯の白さ、生活保護、差し押さえ。そして自分が言った言葉。42歳、無職、10年間部屋から出ていない。

台所のテーブルにバッグを下ろし、中から区役所の書類を取り出した。分割納付の申請書と生活保護のパンフレット。2枚をテーブルの上に置いた。引き出しにしまわなかった。今日はテーブルの上に出したままにした。

冷蔵庫を開け、残っている食材を確認した。豆腐の残り、白菜の半玉、卵が2個。それと今買ってきた乾麺のそば。今夜は2人分を作れた。

息子の分の食事を先に準備し始めた。水を沸かしながら、時子は今日松本が言ったことを考えた。ケースワーカーが来て、秀明の状態を確認する。もしそうなった時、秀明はどうするのか。扉の前に来た知らない人間に対して、秀明は何をするのか。声を出すのか、それとも何もしないのか。答えは分からなかった。10年間一緒に暮らして、時子は息子のことを知らなかった。声を聞いたのは数えるほどしかなかった。顔を見たのは何年前のことか。

湧いた湯に麺を入れた。麺を茹でながら、時子はテーブルの上の書類をもう1度見た。どちらかを選ばなければならなかった。しかしどちらを選ぶにしても、今夜ではなかった。今夜は書類をテーブルに出したまま、夕食を食べて2階に膳を置いて、それで終わりにする。明日のことは明日考える。それが今の時子にできる精一杯の先送りだった。

2階に膳を持っていくと、廊下のセラミックヒーターがまだ動いていた。毎日電源を切り忘れないように、朝のうちに1度確認する習慣をつけていた。今朝も確認した。今夜はまたつけて置いておいた。

ドアの前に膳を置き、2度ノックした。返事はなかった。しかし今夜、時子はすぐに階を下りなかった。扉の前で少しだけ止まった。3月の初めの廊下は、セラミックヒーターのおかげで以前より少しだけ暖かかった。

扉の下の隙間から、オレンジ色の光が細く漏れていた。電気がついていた。

「秀明」と時子は小さく言った。返事はなかった。
「今日、区役所に行ってきた。この家のことで、色々話を聞いてきた」

扉の向こうは静かだった。
「もう少しだけ。待って」

時子は言った。誰に向けて言ったのか、自分でもはっきりとは分からなかった。息子に向けてなのか、自分自身に向けてなのか、あるいはこの家に向けてだったかもしれなかった。

階段を降りた。台所に戻ると、テーブルの上に書類が2枚あった。ストーブのない台所は寒かった。ガスで湯を沸かし、温かいものを飲んだ。窓の外では3月の雪が降っていた。2月の雪より少し水分を含んだ重い雪だった。屋根の端から雫が1本、細く垂れているのが見えた。日中に少しだけ気温が上がったのかもしれなかった。雪解けにはまだ遠かったが、その1本の雫は確かにそこにあった。

分割納付の申請書に記入して、区役所に持っていく。それだけ決めた。それ以外のことはまだ決められなかった。

湯呑みを両手で包んだまま、時子は窓の外の雫を見ていた。細く、しかし途切れずに落ち続けていた。春というのは北海道では嘘をつく季節だった。3月の割に雪が溶け始め、4月になると路面が乾いてくる。しかしその下では凍てついた土がまだ眠っていた。温かそうに見えて、実はまだ冷たかった。

3月の後半、時子は分割納付の申請書を区役所の郵便ポストに投函した。松本から電話があり、申請が受理されたと伝えられた。毎月1万2000円ずつ、7ヶ月かけて払い終える計算だった。これで差し押さえの手続きは止まった。

松本は「他にご相談があれば、いつでも」と言い添えた。時子は「ありがとうございます」と言って電話を切った。

問題が解決したわけではなかった。毎月1万2000円を払いながら、同時に生活費と光熱費と食費を賄わなければならなかった。週3日のクリーニング店の仕事だけでは足りなかった。

3月の末、時子はもう1件仕事を探した。求人の張り紙を見て回り、駅近くのコンビニエンスストアに入った。店長に話しかけ、アルバイトの募集について聞いた。店長は50代の男性で、少し間を置いてから「年齢はおいくつですか」と聞いた。時子が67歳と答えると、店長は「申し訳ないのですが、うちは今65歳以上の方はちょっと難しくて」と言った。丁寧な断り方だった。時子は「そうですか。分かりました」と言って店を出た。

次に港の近くの居酒屋で皿洗いの募集を見つけた。電話をかけると、夜の10時から朝の4時までのシフトだった。体が持たないと分かっていたが、面接だけ行った。店長は時子の顔を見て「夜中の重労働になりますけど」と言った。時子は「大丈夫です」と言った。採用にはならなかった。

4件目、市場の近くの精肉店で、週に2日午後から夕方までの仕込み補助の仕事が見つかった。時給は780円だった。クリーニング店より低かったが、断らなかった。月にすると3万円に届かない額だったが、ないよりあった。

4月から、時子は週5日働くようになった。火曜、木曜、土曜がクリーニング店。月曜と水曜が精肉店。体の疲れは以前より重くなったが、数字の計算をしている時間が減った。それだけでも少し楽になった。

4月の第2週のことだった。仕事から帰ると、玄関の前に封書が届いていた。また区役所かと思ったが違った。差出人は「釧路市社会福祉協議会」とあった。時子には聞き覚えのない名前だった。台所で開封すると、中には引きこもり家族支援相談窓口の案内が入っていた。手紙には、先日の区役所での相談記録をもとに、関連の支援窓口として案内している旨が書かれていた。相談は無料で、家庭への訪問支援も可能だという内容だった。

時子は手紙を読み終えた後、テーブルの上に置いた。読んだ。内容は理解した。しかし今夜すぐに行動に移す気持ちにはなれなかった。また引き出しの奥にしまった。今回は以前のような逃げからではなかった。まだ準備ができていなかった。それだけだった。

4月の終わりが近づいた頃、時子は2階のセラミックヒーターを廊下から片付けた。気温が上がり、もう必要なくなったからだった。コードを巻いて、本体と一緒に押入れにしまった。廊下のコンセントを抜く時、扉の下の隙間を見た。今は光が漏れていなかった。昼間だったからか、電気を消しているからか分からなかった。

その夜、2階に膳を持って上がり、ノックをして膳を置いた。階段を降りようとして、また足が止まった。最近この廊下で少し立ち止まることが増えていた。何か言うわけではなかった。ただ立ち止まっていた。今夜も同じように、少しだけ扉の前に立った。

「今日は温かかった」と時子は言った。それだけだった。返事はなかった。しかし言い終えた後、扉の向こうで何かが動く気配が、ほんのわずかあった気がした。気のせいかもしれなかった。それでも時子は気のせいでないことにして、階段を降りた。

5月に入った最初の週、社会福祉協議会に電話をかけた。受話器を持ちながら、手が少し汗ばんでいた。電話口に出たのは落ち着いた声の女性だった。名前は柳田だと言った。

時子は自分の名前と、息子が10年間部屋から出ていないこと、自分がどう対応すればいいか分からないでいることを短く話した。柳田は話を遮らずに最後まで聞いた。それから、
「まず、時子さん自身が長い間、本当によく1人で支えてこられたんですね」

その言葉を聞いた時、時子は何かが緩む感じがした。褒められたわけでも慰められたわけでもなかった。ただ聞いていた人間が、10年間という時間の長さを事実として受け取った。それだけのことだった。しかしそれが思いがけず体に届いた。

柳田はすぐに解決策を出すというより、まず状況を整理するところから一緒に考えさせていただけますか、と言った。
「秀明さんに直接会うことは、今はまだ難しいと思うので、まずは時子さんとお話する機会をいただければと思います。面談の場所は区役所の一室をお借りすることもできますし、ご自宅の近くの場所でも構いません」

時子は「区役所でお願いします」と答えた。自宅に来てもらうことへの準備がまだできていなかった。面談の日は2週間後になった。

その間の2週間、時子は仕事を続け、毎晩膳を2階に運んだ。変化はなかった。しかし時子の内側では、少しだけ何かが違っていた。1人で全部を抱えなければならないという圧が、少しだけ薄れていた。電話口の柳田の声がその理由なのか、それとも松本に言葉を告げた3月からの積み重ねのせいなのか、自分では分からなかった。

面談の前日の夜、時子は2階に膳を置きに行った。いつものようにノックして、膳を置いた。立ち上がった時、扉の下の隙間から光が細く漏れていた。電気がついていた。

時子はドアの前に立ち、少し間を置いてから言った。
「秀明、明日、外の人に話を聞いてもらいに行ってくる。あなたのことも話す。怒らないで欲しい。怒ってもいいけど、それでも話してくる」

扉の向こうは静かだった。返事はなかった。しかし時子は今夜、返事を待たなかった。言うべきことを言い、階段を降りた。

5月中旬の面談は1時間半かかった。柳田は30代と思われる女性で、資料やマニュアルを広げるわけでもなく、ただ時子の話をノートに少し取りながら聞いた。

時子は秀明のことを、最初からではなく今の状況から話し始めた。扉が閉まっていること、毎晩膳を置いていること、ゴミのこと、督促状のこと、催告書のこと。順番はバラバラだったが、柳田は混乱した様子を見せずについてきた。

話しながら、時子は自分が何年も声に出さずにいた事柄を、今こうして言葉にしていることに気づいた。不思議な感覚だった。声に出すと、出来事が少し違う形に見えた。頭の中でぐるぐるしていたものが外に出ることで、少しだけ整理された気がした。

柳田は最後に、
「秀明さんへの直接のアプローチは、段階を踏んでいく必要があります。今日の段階では、まず時子さんが1人で抱えている状況を少し分けていくことが目標です。来月以降、定期的に会いながら考えましょう」

「焦らなくていいんですか?」と時子は聞いた。

柳田は「10年かかってここまで来たものが、1ヶ月で変わることはないです。でも、変わらないということもないです」と言った。

その言葉を、時子は帰り道に何度か繰り返した。

6月に入った頃から、釧路は本格的な春になった。港沿いの道に観光客が戻り始め、石畳の通りに人が出るようになった。時子の帰り道はまだ港沿いだったが、今はもう顔見知りを避けるためではなかった。習慣になっていた。習慣は意識より長く続く。

ある夕方、帰り道に佐藤稽古とすれ違った。商店街の外れで、佐藤は買い物袋を両手に持って歩いていた。時子に気づいて、「あら、時子さん」と声をかけてきた。時子は立ち止まった。以前なら胃が縮んだはずだった。今夜は縮まなかった。体が以前ほど緊張しなかった。

「お元気でしたか」と佐藤は言った。
「はい。おかげ様で」と時子は答えた。
「秀明君、東京から帰ってきてないの?」

時子は一瞬だけ黙った。一瞬だけ。それから、
「今はこちらにいます」と言った。

佐藤が少し目を見開いた。
「あら、帰ってたの?」
「ええ、少し家のことで」

それだけ言った。説明を続けなかった。嘘をつかなかった。詳細を話さなかった。その3つが同時に成立した。

佐藤は何かを言いかけて止まった。何かを感じ取ったのかもしれなかった。
「そう。まあ、母親のそばにいてあげるのが1番ですよ」と言い、また歩き出した。

時子は歩き続けた。今夜の空は夕方の6時でもまだ明るかった。冬と違って日が長かった。それだけのことが体に届いた。

7月に入った最初の週のことだった。その日は月曜日で、精肉店の仕事だった。仕込みを終えて帰宅したのは夜7時過ぎだった。玄関を開けると、廊下に何かが置いてあった。一瞬、目が止まった。

それは空の膳だった。時子が前夜に2階に置いて行ったものだった。しかし今朝、下に下ろした記憶はなかった。いつも朝に回収するのだが、今朝は急いで出たので取り忘れていた。

膳が廊下の床に置いてあった。誰かが2階から下ろした。

時子は靴を脱ぎながら、膳を見ていた。何十秒か、ただ見ていた。それから膳を台所に持っていき、洗った。いつものように洗った。洗いながら、手が少し震えた。泣くつもりはなかった。しかし目の奥が熱くなった。それを抑えるために、水を冷たくして手をかけた。

その夜、夕食を作りながら、時子は柳田に話したことを思い出していた。段階を踏む。焦らなくていい。変わらないということもない。

膳が廊下に置かれていた。それだけのことだった。扉は開いていなかった。秀明は下に降りてこなかった。声もなかった。それだけのことだった。しかしそれは確かに、今日を着た出来事だった。

夕食を膳に乗せて、2階へ持っていった。ノックを2度した。膳を廊下の床に置いた。今夜は何も言わなかった。ただ膳を置いてから、少しだけ長く扉の前に立っていた。返事はなかった。廊下は静かだった。それでも時子は、今夜の静寂が以前の静寂と同じではないように感じた。それが錯覚かもしれないと分かっていても、今夜だけはそう感じることにした。

階段を降りた。台所に戻ると、窓の外に夏の夕暮れが残っていた。空の端がオレンジ色から紺色に変わっていく途中だった。海からの風が網戸を揺らした。時子は椅子に座り、冷たい麦茶をいっぱい飲んだ。

今夜の夕食は少しだけ多めに作った。食べ終えても、まだ椅子に座っていた。立ち上がる理由が今夜はすぐに来なかった。それが悪いことではないと思った。

扉はまだ閉まっていた。しかし廊下に膳があった。明日も膳を用意する。それは変わらない。しかし今夜の時子には、その繰り返しの中にわずかに違う色が混じっていた。

窓の外では、夏の夜が静かに始まっていた。

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