「私の夫、ここのシェフなのよ。」…

「私の夫、ここのシェフなのよ。」...

「私の夫、ここのシェフなのよ。」

その言葉を聞いた瞬間、俺は思わず声を上げた。

「え、ここの?」

驚いた顔の俺を見て、元カノの風華は得意げに笑った。

「へへ、驚いた?そりゃそうよね。三つ星レストランのシェフと、高卒のあんたとじゃ、生きてる世界が違うものね。」

話題の高級レストランで偶然再会した元カノは、俺を馬鹿にするのを忘れない。

「俺が高卒だと知って振った彼女は、ご希望のスペック男をゲットして5万円。優秀な旦那のおかげで毎日優雅に過ごせてるわ。こんな素敵なレストラン、ただで使い放題なのよ。あんたと一緒になってたら、絶対に無理な生活よね。本当、振って正解だったわ。」

高級レストランを私物化してやりたい放題している様子を語り、俺をけなすことも忘れない。あまりの様子に呆れてため息をつけば、腹を抱えて笑われた。

「妬ましいの?私を取られたからって、夫とあんたじゃ月とすっぽんにもならないんだから。」

俺のことを大声でけなし続ける。周りのお客さんは騒ぐ彼女に迷惑そうな顔をしていたが、彼女は気にしている様子もなかった。

「はあ。このまま騒がれるとお客様に迷惑だな。」

そう考えた俺は、にっこりと笑って彼女を見つめた。

「嫉妬なんてしてないよ。月がすっぽんに対抗なんて燃やすわけないじゃないか。」

「あ?何言ってんの?誰がすっぽんか分かってないわけ?」

「俺が月で、君の旦那さんがすっぽんだろ。」

俺の言葉に彼女が頬を引きつらせて怒り出す。だが、それも長続きしない。俺が明かした真実に、彼女は呆然として震え出したのだった。

俺の名前は田中一。仕事が恋人、40歳独身だ。自分で言ってて少し悲しくなるが、それが事実だから仕方ない。最後に恋人がいたのは5年前になるだろうか。風華という女性で、彼女はまだ20代だった。ただ、俺は自分が35歳という年齢だったこともあり、本気で結婚を考えていた。彼女もその気だったと思う。だが、俺の学歴が高卒だと知ると態度が一変した。

「はあ。今時高卒ってありえないんですけど。」

「そ、そうかな。まあ、確かに大学に進学している人は多くなったと思うけど。」

「ああ、騙された。社長だって聞いたから期待してたのに。高卒の能じゃ高が知れてるじゃん。そっか。だからその年まで独身なのか。なんでそんな簡単なことに気づかなかったんだろう、私。」

「えっと、風華ちゃん。」

「ちょっと気安く名前で呼ばないでくれる?私、将来性ゼロの男と付き合うほど暇じゃないの。2度と私の前に現れないでね。もし付きまとうならストーカーで訴えるから。」

そう言って彼女は俺の前から去っていった。突然の彼女の変貌ぶりに混乱した俺は、なんとかもう一度話ができないかと連絡を入れたが、着信拒否されたらしく電話が繋がることはなかった。

「なんでだ?そんなに高卒がダメなのか?」

悲しみとショックが大きすぎて、相当にひどいことを言われたのにも関わらず、怒りを感じることもできなかった。1ヶ月くらいはぼんやりとしていたと思う。友人たちには「いつまで引きずってるんだ?みっともない」と言われてしまったが、仕方がないではないか。結婚を考えていた相手にこんな強烈なことを言われて振られたら、大きな傷を負うというものだ。そしてその傷は未だに癒えることはなく、俺の心に残り続け、ついに今年、仕事恋人の40歳独身男が完成したというわけである。

そんな俺は今日も仕事でとあるレストランに来店していた。都心の一等地に立つセレブ御用達の高級ホテル。その最上階にある有名レストランだ。感動するほど美しい夜景が見られるレストランとしてテレビや雑誌で度々取り上げられており、人気のデートスポットとなっている。夜景を望める窓際の特等席は半年先まで埋まっている。今日も見渡した感じ、若者から年配まで年齢はあれど、カップルで来店している人が多いようだ。まあ、仕事で来た俺もある意味デートだな。そんなことを考え、自虐に苦笑しつつノンアルコールのカクテルを飲む。ちなみに俺の席は窓際から一番遠い、出入り口近くのカウンター席だ。夜景は遠巻けにぼんやりと見える。

「え、そこにいるのってもしかして…」

その時、すぐ近くで女性の高い声が聞こえた。その瞬間、心の傷がずきんと痛む。この声ってもしかして…恐る恐る声の方へ振り向くと、思った通りの人物が立っていた。

「やっぱりかよ。…風華じゃん。こんなところで何やってんの?」

真っ赤なワンピースドレスに身を包んだ風華が、にんまりと笑う。紫色のアイシャドウと口紅のせいで、魔女の微笑みのように見えて少し不気味だ。彼女はこんな派手なメイクをするような人間だっただろうか。記憶にある風華は、どちらかと言えば控えめなナチュラルメイクをしていた。この5年の間で趣味が変わったのか。いや、きっと俺に合わせた化粧を知っていただけで、元からこういう女性だったのだろう。本当に彼女のことを分かっていなかったのだと思うけど、なんでだろう。ちょっと気分がすっきりした気がする。彼女の姿を見て、多少なりともあった未練が消え去ったのかもしれない。心の傷の痛みが少しだけ柔らいだような気がした。

「何って、君には関係ないだろう。」

「何よ。そんな冷たくしなくたっていいじゃない。久しぶりに可愛い元カノと会えたんだよ。」

「自分で可愛いって、恥ずかしくないのかよ。」

風華は相変わらず明るく大きな声で話しかけてくる。もう30を超えているはずだが、大人の落ち着きは全くない喋り方だ。おかげで近くの席で食事をするお客さんの視線を集めてしまっている。軽蔑した顔で見られているのが恥ずかしくて辛い。その後も必要以上に理由を聞いてくるものだから、さっさと黙らせようと仕事だと教えた。

「こんな素敵なレストランに仕事って?へえ。」

だが風華は黙るどころか吹き出して笑った。

「そっか、仕事か。まあ、確かに高卒の低学歴じゃ、仕事でしか来られないわよね。お店も教養のない低能に来られても困るだろうし。」

自分のことを棚に上げて俺を嘲笑する。自分がたった今そのお店に迷惑をかけていることに気づいてないらしい。

「けど、お相手の姿が見えないけどどうしたの?お相手、さっきまでここで接客してたんでしょ?」

そう言った後、風華は「ああ」と何か思いついたような声をもらし、意地悪な笑みを浮かべて俺を見た。

「分かった。逃げられたんでしょう。まあ、高卒が経営してるような貧乏会社じゃ信用できないわよね。逃げるのも当然だわ。」

好き勝手に失礼な妄想をして話す風華に呆れて、呆然とする。こんな女性と結婚を考えていたなんて、つくづく己の女性を見る目のなさを痛感させられる。

「それで一人でお酒を飲んで自分を励ましていたと。本当、寂しい男よね。けど少しは周りを見なさいよ。そういうのはその辺の居酒屋でやってよね。」

「仕事がうまくいかなくて励ましてたわけじゃないよ。それに、ここは一人でも問題ないはずだ。大体、君だって一人じゃないか。連れがいるようには見えない。」

俺が指摘すると、風華はにんまりと口の端を釣り上げ、不自然なほど白い歯を見せて笑った。

「私は特別なのよ。」

「特別?」

眉を寄せる俺に、風華は左手を顔の横でかざしてみせた。左手薬指にはシルバーの美しい指輪がある。

「あ、それって…」

「そう、私、結婚したの。」

風華は愛おしそうに指輪を見つめ、それから一点、勝ち誇った視線を俺に向けた。

「あなたと別れてからすぐ、とっても素敵な男性と出会ってね。さっさとあなたに見切りをつけてよかったわ。」

「そりゃ良かったな。」

そっけなく返す。風華が結婚したと知っても全くショックを受けてない自分に、彼女への気持ちが完全に覚めているのだと安堵した。そんな俺に風華は不満な顔を見せる。あれだけの暴言を吐きながら、まだ俺に未練があることを期待していたらしい。

「それより、特別ってどういうことだよ。」

俺の興味はそちらの方が強かった。俺の問いに、風華は再び嬉しそうに笑う。

「え、知りたい?そんなに知りたいの?」

「もったいぶるなよ。」

風華の面倒臭い反応に眉を寄せる。だが、そんな俺を気にした様子もなく、風華は偉そうに胸を張ってニヤニヤと笑みを浮かべ、「どうしようかな」なんて嘘をついた。言いたいくせに、めんどくさいやつだ。

「へえ、そんなに教えて欲しいなら、特別ね。」

「はいはい。ありがとう。」

適当に相槌を打って答えを待つ。すると風華は今日一番の笑顔で口を開いた。

「私の夫、ここのシェフなのよ。」

「え、ここの?」

声が少し上擦った。そんな俺の声を聞いて、風華が嬉しそうに笑う。

「へへ。驚いた?驚いちゃった。そりゃそうよね。三つ星のシェフなんて、そうそう出会える相手じゃないもんね。あ、それで私、今は伊藤風華って言います。よろしくね。」

「伊藤…そうか。伊藤シェフの…ああ、確かに驚いたな。」

最もその理由は、風華が考えている理由とは違う。こんな偶然があるもんなんだな。そのことが驚きでもあり、おかしくもあった。

「だから私は毎日優雅に生活できるし、こんな素敵なレストラン、好きなだけ利用できるってわけ。どんなに飲み食いしてもタダよ。」

「え、それじゃあさっき言ってた特別ってさ…」

「私にとってここは、家でご飯食べるのと同じなのよね。だって作ってるのは私の旦那様なんだから。」

「おい、それってただの図々しいだろ?いくら旦那がシェフだからって。」

「夫がいいって言ってるんだからいいのよ。何?もしかして嫉妬してるの?ダサい。」

風華がケラケラと声を上げて笑う。

「高卒のあんたと、三つ星主婦の私の夫じゃ、月とすっぽんなんだから、変な対抗心燃やさないでよ。まあ、私を取られて悔しいのは分かるけど。」

そう言って風華はまた高笑いを響かせた。レストラン中に響き渡ったんじゃないかと思うほど、それはそれは豪快な笑い声だった。そんな彼女に小さくため息をつく。優越感に浸っているようだが、勘違いもはなはだしい。これ以上騒がせておいてはお客様の迷惑だ。そろそろ退場してもらおう。俺は笑顔を風華に向けた。

「嫉妬なんてしてないよ。月がすっぽんに対抗なんて燃やすわけないじゃないか。」

「は?何言ってんの?誰がすっぽんか分かってないわけ?」

「俺が月で、君の旦那さん、伊藤シェフがすっぽんだろ。」

風華は俺の言葉に頬を引きつらせた後、鼻を鳴らした。

「面白くもない冗談、言わないでくれる?ああ、これだから教養がなくて嫌なのよね。」

「冗談なんて言ってないよ。」

「は?じゃあ何?馬鹿にされた仕返しに、嫌がらせで怒らせようってわけ?」

「ああ、人を馬鹿にしている自覚はあるんだ。」

風華の顔の筋肉がピクピクと震える。今にも怒り出しそうだったので、その前に告げた。

「別に馬鹿にしているわけじゃないよ。本当のことを言っただけだ。」

「あんた、やっぱり私を怒らせようと思って…」

「あ、そうそう。あと、これはレストラン閉店後に本人に言おうと思ってたんだけど。」

風華のセリフを遮り、今度は俺が今日一番の満面の笑みを浮かべた。

「優秀なシェフが見つかったから、旦那さんに首だって伝えてくれる?」

俺の言葉に風華の動きが止まった。真顔になって俺を見つめたまま、何の感情も読み取れない。どうしたんだ?眉を潜めて眺めていると、不意に風華が破顔した。

「ちょっと、あんた何様よ。ここまで適当なこと言われると、逆に受けるんだけど。」

腹を抱えて笑う風華に、俺は首をかしげた。

「風華には言ってなかったっけ?」

「何をよ?」

何も分かっていない様子の風華に、名刺を取り出して渡す。風華はニヤニヤと笑いながらそれを受け取ったが、名刺に視線を落とした瞬間、笑顔を凍らせてまた固まった。

「え、この会社って?」

「そう、ここのレストランを運営してる会社だよ。そしてその社長が俺だ。」

風華は操り人形のようにカクカクした動きで俺と名刺を交互に見る。その姿が滑稽で吹き出しそうになったが、我慢して淡々と続けた。

「今日は仕事で来たって言っただろう。君の旦那さんに、社長として解雇通告を行うために来たんだ。まさか風華の旦那さんだとは思いもしなかったけど。」

「じゃ、ちょっと待ってよ。あなたは高卒の能でしょ。それがなんでこんな…」

風華が困惑した顔をして、取り乱したように詰め寄ってくる。それを俺は右手で軽く制して距離を取った。

「こんな大きな会社の社長を知っているのかって?学歴と経営は別物だってことだよ。俺の最終学歴は確かに高卒だ。父親が経営していた会社が倒産し、借金だけが残って大学に行く余裕がなくなったから。だが俺はめげることなく、働きながら独学で経営について勉強し、今の会社を立ち上げた。そして幸運にも、現在では複数の高級レストランを経営するまでになっている。」

「そんなの聞いてない。」

風華は声を震わせながら叫んだ。

「ああ、そうだったか。ごめん、ごめん。なんで教えてくれなかったのよ。」

確かに俺はどうして教えなかったのだろうか。秘密にしようと意識していたわけではない。風華に学歴を聞かれることがなかったから言わなかっただけなのだが、俺から教える機会もあったはずだ。それでも言わなかったのは、もしかしたら無意識レベルで風華を信じていなかったのかもしれない。今となっては言わなかった自分を褒めてやりたい気分だ。

「そんな大きな声を出して怒るなよ。自分だって聞かずに振ったくせに。」

「高卒の能の男の会社がこんなすごいなんて思うわけないじゃない。知ってたら分からなかったのに。」

「おい、風華。旦那の職場でなんてことを大声で言うんだ。こっちの方が慌ててしまう。」

だが風華は気にすることなく荒らげる。

「社長夫人になるチャンスだったのに、なんてことしてくれたのよ。」

「俺のせいかよ。大体、三つ星と結婚できたって散々自慢してただろう。」

「それだって首なんでしょ。なんでよ、私への仕返しのつもり?」

「だから、そんなの知らなかったんだって。」

風華の旦那、伊藤シェフの解雇決定は、もちろん風華は関係ない。伊藤シェフは料理人として腕はいいものの、性格に問題があるとして苦情が集まっていた。スタッフへの高圧的な態度、暴言の数々に加え、食材の卸業者に対しても同様の問題が報告されている。さらに調査したところ、取引を続けたければと脅し、ワイロを受け取っていたことまでも分かった。それで解雇が決まったのだが、風華の話によればレストランの私物化もしているようだ。誰が見ても完全なアウトだが、それでも風華は「首を取り消しなさいよ」と騒ぎ続けた。その異様な様子に、レストラン中のお客が食事の手を止めて注目し、困り顔のフロアスタッフが集まってきた。

「おい、風華、何を騒いでるんだ?」

そこへ伊藤シェフが姿を現し、驚いた様子で風華を制止する。さすがの騒ぎにキッチンから飛び出してきたようだ。暴れる風華を後ろから羽交い締めにして抑える。さらにそこで、妻と一緒にいるのが俺だと気づき、顔を青ざめさせた。

「社長、いらしてたんですか?」

「ああ、ちょうど君に用事があってね。けど、それより…」

俺は鋭い視線を風華へ向ける。

「君の妻だそうだね。お客様の迷惑だから、早くどこかへ連れて行ってくれないか?」

「はい。ほら、風華、一緒に来い。」

「話を聞きなさいよ!こいつ、あなたを首にするつもりなのよ!」

伊藤は風華の言葉に驚いた顔をしたが、俺がもう一度「早くどこかへ」と流すと、何も言わず風華を引きずるようにしてレストランを出ていった。風華の騒ぎ声が聞こえなくなったのを確認し、ほっと一息つく。まさかこんな騒ぎになるとは思いもしなかったので、ちょっと疲れた。が、胸がすっきりしたのも事実だった。

それから俺はお客様のテーブルへ謝罪して回った。心誠意頭を下げたことと、お詫びとしてドリンクの無料サービスもつけたおかげか、この騒動は特に問題になることはなかった。その後、俺は風華に告げた通り伊藤シェフを解雇し、新しいシェフを雇った。新しいシェフは期待通りに腕を振るってくれており、スタッフからの評判も上々だ。

一方、首になった伊藤シェフと言うと、現在は無職に近いと聞いた。業者にも横柄な態度を見せていた。彼の悪い噂は業界内に広がっていて、どんなに腕が良くても、わざわざ彼を雇おうというレストランはないようだ。品格も求められる名のある高級レストランとなればなおさらなので、彼がシェフとして名を馳せることは今後ないであろう。

そして風華といえば、伊藤シェフがうちのレストランを首になった直後、離婚したと共通の知人に聞いた。三つ星レストランのシェフじゃなくなったから別れたのであろうことは、容易に想像できる。これまで伊藤のおかげで優雅に生活していた彼女が、別れてどうやって生きていくつもりなのか謎だが、まあ俺には関係ない話だ。

俺はこれまで通り自分の仕事を頑張るだけであると思っていたのだが、この騒動はこれであっさりと終わってはくれなかった。

「私は社長の彼女よ。通しなさいよ。」

風華が離婚したと聞かされた数日後、風華が会社にやってきたのだ。警備員の制止も聞かず、「社長室に通せ」と騒いでいると報告を受け、急いでロビーに降りると、そんな風華の叫び声が聞こえてきた。

「誰が俺の彼女だって…」

呆れてため息が出る。

「あ、一君。会いに来てあげたわよ。」

俺が姿を表すと、風華が猫撫で声で手を振った。レストランで見た魔女のようなメイクから一転、ナチュラルメイクに変わって清楚な装いをしている。最も、騒いでいたせいでその装いも無駄であるが。

「気安く名前で呼ばないでくれるか?俺は仕事で忙しいんだ。君の相手をしている暇はないんだよ。」

「そんなひどいこと言わないでよ。可愛い彼女が会いに来てあげてるのに。」

「もう君は彼女じゃない。部外者だ。出ていってくれ。」

冷たく突き放すと、風華は一瞬傷ついたような姿を見せながらも、すぐに上目遣いですり寄ってきた。

「ごめんなさい。あなたのことを誤解していたわ。あの時の私は男を見る目がなかったのよ。反省してるけど、きっとあれは神様が与えた試練だったのよ。」

「は、試練?」

「そう、真の愛に気づくための試練よ。私はその試練を乗り越えて気づいたの。私の愛するべきは一君、あなただって。」

一体彼女は何を言っているんだろうか。これで俺が納得してよりを戻すとでも思っているのだろうか。騒ぎに集まってきていた社員たちも、彼女の発言に呆れた視線を向けている。浮かれているのはおそらく風華一人だけだろう。

「はあ。はっきり言うけど、何を言っても無駄だ。よりを戻す気はない。そんなことより、2度と俺の前に現れないでくれ。これ以上付きまとうなら、しかるべき処置を取らせてもらう。君が会社にまで来て騒いだことは、防犯カメラにもしっかり映っているだろうからね。」

天井の防犯カメラを示すと、風華は顔面蒼白になって、そそくさと会社を出ていった。これで2度と本当に彼女と関わることはないだろう。

それにしても、俺は女性を見る目、いや、人を見る目が本当にないんだな。風華の出ていった出入り口を眺めながら思う。風華にしても伊藤にしても、その本質に気づくことができなかったことを反省する。会社のトップに立つ人間として、もっと人を見る目を磨かなければ。そのためにも、仕事ばかりではなく、もっと人と交流を持った方がいいのかもしれない。新しい趣味でも始めてみようかな。

そんなことを考えながら、俺は社長室へ戻った。

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