お見合いの席で、相手の女性が私の手作りの和菓子を一口も食べずに「何よ、この安っぽい和菓子は」と皿ごとひっくり返した。彼女は「貧乏家庭で育ったような男なんて、真っ平ごめんよ」と捨て台詞を残して去っていった。私はただ呆然と、ぐちゃぐちゃになった和菓子を見つめることしかできなかった。ところが数日後、彼女から電話がかかってきて、開口一番こう言われたんだ。「あんたのせいで、地方の下受け工場に左遷された…

お見合いの席で、相手の女性が私の手作りの和菓子を一口も食べずに「何よ、この安っぽい和菓子は」と皿ごとひっくり返した。彼女は「貧乏家庭で育ったような男なんて、真っ平ごめんよ」と捨て台詞を残して去っていった。私はただ呆然と、ぐちゃぐちゃになった和菓子を見つめることしかできなかった。ところが数日後、彼女から電話がかかってきて、開口一番こう言われたんだ。「あんたのせいで、地方の下受け工場に左遷された...

「何よ、この安っぽい和菓子は。こういう時はもっと一流のものを用意するべきでしょう。」

お見合い相手の上田ヤ子さんが、私が作った和菓子の皿をひっくり返した。せっかくの和菓子がぐちゃぐちゃになる。

「貧乏家庭で育ったような、がさつで古臭い男なんて、真っ平ごめんよ。時間の無駄だったわ。」

そう言い放って、彼女は肩を怒らせて部屋を出ていった。

ところが数日後、彼女から電話がかかってきた。

「あんたのせいで、地方の下受け工場に左遷されたんだけど、どうしてくれるのよ。」

私は落ち着いて真実を告げると、彼女は次第に慌て始めた。

私の名前は川原勇気。実家は小さな和菓子屋で、私はそこで和菓子職人として働いている。母は私が7歳の時に病気で亡くなった。それから父が男手一つで和菓子屋を経営しながら私を育ててくれた。そんな父の背中を見て育った私は、和菓子職人になろうと、和菓子屋を手伝いながら夜間の製菓学校に進学した。和菓子屋の経営は楽ではなかったけど、奨学金を借りてなんとか卒業できた。そして卒業すると、和菓子職人として本格的に店を手伝うようになった。

私は父が経営してきた和菓子屋をもっと盛り上げたいと思っている。そのために、積極的に新作を出したり、SNSを活用して和菓子の宣伝をしたりした。SNS映えする和菓子とはどんなものなのかと、本気で一晩中考えていたこともある。

さらにその効果で和菓子屋の口コミの評判が上がってきたのを見た私は、ネット通販も開始した。地元の人だけではなく、他の地域の人にもうちの店の和菓子を食べてもらえるようにしたのだ。

このような努力もあって、今ではお店の経営も順調。私と父は今の経営状態に満足していた。

「今日も完売したよ。」

夕方、私がお店の和菓子が完売したことを父に知らせると、父は嬉しそうに微笑んだ。

「ああ、店が繁盛しているのは勇気のおかげだよ。」

私は父にそう言われて、頬をかきながら照れ笑いした。こんな風に私は父に褒められるほど、和菓子屋のために働いていた。

そんなある日のこと、お店の常連客である五藤さんから声をかけられた。

「勇気君、お疲れ様。ちょっと話したいことがあるんだけど。」

「はい。何でしょうか?」

「今、お付き合いしてる人はいる? いないなら、お見合いなんてどうかな?」

突然のお見合い話だった。私には恋人はいないが、今は和菓子屋に集中したいし、結婚する気もなかった。

「彼女はいませんけど。」

「それならどうかな。私も人に頼まれてね。是非にと先方が言っているんだよ。」

うーん。はっきり言ってお見合いには乗り気ではなかった。だが、よくお店に来てくれてお世話になっている五藤さんから頭を下げられると断りづらい。五藤さんも少し困ったような顔をしていた。

「お断りしても構わないから、会うだけでもだめかな。」

「そこまでおっしゃるのでしたら。」

こうして私はお見合いを了承した。

それから1週間後、お見合いは都心の高級料亭で行われることになり、私は父と2人でその高級料亭に行った。相手を待たせては失礼だろうと15分前には到着していたが、肝心のお見合い相手は時間になってもやってこなかった。何かあったのだろうかと心配しながら待っていると、約束の時間から10分ほど遅れてお見合い相手とその両親が来た。

お見合い相手の名前は上田ヤ子さんという。ヤ子さんは大手お菓子メーカーに勤めるエリート一家のお嬢様だそうだ。シンプルなワンピースドレスだが、洋服に詳しくない私でもそれが高級品であることは分かった。質感がまるで違う。

「少し遅れてしまってすみませんね。」

ヤ子さんのお母さんがふっと笑いながらこちらに謝る。

「いえ、構いませんよ。」

私がそう返事をしてお見合いが始まった。最初は今日の天気などの話題でほがらかに雑談した。ところが、ヤ子さんの生い立ちを尋ねたところから、両親が娘の自慢を始めてしまったのだ。

「娘は幼稚園から大学までエスカレーター式の学校を卒業しているんですよ。成績もいい子で、学校で成績優秀者として表彰されたこともあるんです。」

「そうなんですか。とても優秀な方なんですね。」

得意に話すヤ子さんのお父さんに対し、私は微笑みながら応じた。さらにお父さんの娘自慢は続く。

「娘には常に一流のものを食べさせて、芸術品も本物のみを見せてきたんです。娘は本物が分かる子なんですよ。すごいでしょ。」

「ええ、すごいですね。」

その返事に気をよくしたのか、ヤ子さんのお父さんは上田家がどれほどエリート一家なのかという自慢話も始めた。

「上田家の人間は大企業の役員をしていることが多いんです。それにみんな有名私立大学出身です。私の父は大手企業の社長をしておりまして、私もその会社の役員をしているんですよ。」

「娘は有名なお菓子メーカーに勤めていて、娘が言うには同期で1番優秀なんですって。それに、夫の妹も美容系の有名企業で役員をしているんですのよ。」

ヤ子さんのお母さんも自慢に加わった。そういった自慢話を長時間も話し続けられ、私も父も微笑みながら「すごいですね」と応じるのに疲れてきた頃。両親の横で自慢話をニコニコしながら聞いていたヤ子さんが口を開いた。

「勇気さんはどのようなお仕事をされているんですか?」

彼女の質問に一瞬「おっ」と思う。事前にプロフィールは渡してあるはずだが、ヤ子さんは確認していなかったのかもしれない。

「和菓子職人をしております。」

私の返答に対し、上田家の3人が嫌な表情をした。もしかして変なことを言ったのだろうかと不安になる。だが私は和菓子職人という仕事に誇りを持っている。だから私は3人の反応を気にしながらも、これまでの生い立ちについて語った。

「私の実家は小さな和菓子屋を経営しておりまして、7歳の頃に母をなくしてからは父に男手一つで育ててもらいました。」

「ああ、男手一つでですか?」

ヤ子さんがつっけんどんに相槌を打ってくる。母をなくしたことに同情しているとか、男手一つで育った苦労を思いやっているとか、そんな感じの声色ではない。どちらかと言えば、軽蔑に近いような感じを受けた。

「私は和菓子職人として父と和菓子屋を切り盛りしています。最近はSNSで宣伝したり、ネット通販も始めたんですよ。」

私の話が終わっても、上田家の3人は険しい顔をしたままだっ た。その理由が私には分からなかったが、とりあえず段取り通り進めようとスタッフを呼んだ。

「お願いしていたものを用意していただけませんか?」

実は事前に手作りの和菓子をスタッフに渡していた。スタッフはお皿に乗った真っ白な花形の和菓子を持ってきて、上田家の3人の前に出した。

「どうぞ召し上がってください。」

私が言うと、ヤ子さんは目の前の和菓子を軽蔑そうに見つめたまま、ぽつりと呟いた。

「何よこれ。」

「え? 私が作った和菓子ですが。」

すると突然、ヤ子さんが私を睨むように見て声を張り上げた。

「何よこの安っぽい和菓子は。こういう時はもっと一流のものを用意するべきでしょう。非常識にも程があるわ。私の目をごまかせると思わないで。」

ヤ子さんは怒りのまま、和菓子の乗ったお皿をひっくり返す。そのせいで和菓子がぐちゃぐちゃになってしまった。私はその菓子を見て呆然とした。

「ああ、上司の紹介だったからどこかの料亭だと思っていたら、こんな古臭い和菓子なんか作ってる人間だったなんて。」

「本当よ。こんな安っぽい手作り和菓子を用意するなんて常識がないのね。」

ヤ子さんの暴言を止めるどころか、ご両親も一緒になって怒っている。上田家の3人の剣幕に、私も父も混乱してしまってどう反応すればいいのか分からなかった。

「貧乏家庭で育ったような、がさつで古臭い男なんて、真っ平ごめんよ。時間の無駄だったわ。」

ヤ子さんがふんと鼻を鳴らし、ヒールを返して部屋を出ていく。ヤ子さんのご両親もそれに続いて、肩を怒らせて退出していった。

その背中を見送り、部屋に私と父だけが残されると、急に泣きたいような悔しい気持ちになった。和菓子を全否定された怒りに、顔を俯かせて拳をぎりっと握りしめるしかなかった。その後どうやって帰ったかも覚えていない。

お見合いの翌日。私はお見合いのことを引きずっていたが、仲介をしてくれた五藤さんにお断りされたと報告はしなければいけないと思った。五藤さんに電話をかける。

「もしもし。」

「勇気君、昨日のお見合いはどうだった?」

電話に出てすぐ、五藤さんからお見合いの話を振られた。

「それが、実は。」

私は自分の口から言うのも辛かったが、お見合いで馬鹿にされたことを細かく話した。

「それは本当か?」

五藤さんが驚いたように言った。

「本当です。」

「上田さん側の仲介者から聞いていた話と違うんだけどなあ。」

五藤さんは上田家からの話とは違って、困惑したような声で言った。

「勇気君に不快な思いをさせて申し訳ない。」

五藤さんは本当に申し訳なさそうに謝ってくれた。

「五藤さんが謝ることはありません。五藤さんには大変お世話になっていますから。」

私の言葉に五藤さんはほっとしたように笑った。

「とは言っても、仲介をしたのは私だからね。お詫びと言ってはなんだが、またお店に行くよ。お父さんと勇気君の和菓子を食べさせて欲しいんだ。」

「はい。お待ちしております。」

「それじゃあ、またよろしくね。」

そう言って電話を切った。五藤さんが近いうちに来店するんだから、綺麗で美味しい和菓子を作らなくてはいけない。私は和菓子を見下されたからと言って、菓子作りをやめる気はない。お客様に美味しい和菓子を食べてもらいたいから、仕事を頑張ろうと思って仕事を始めた。

それから数日後、店の電話が鳴った。出てみると、電話をかけてきたのはヤ子さんだった。

「あんたのせいで地方の下受け工場に左遷されたんだけど、どうしてくれるのよ。」

ヤ子さんは電話口で怒鳴った。耳がキンとなるほどの大声だ。

「聞いてるの? あんたのせいで私の人生終了よ。」

ヤ子さんがさらに怒鳴った。

「それに、地方の下受けに飛ばされたぐらいで人生は終了しないと思います。」

「お父さんとお母さんに左遷されたって伝えたら、ものすごく怒られて失望されたの。あんたのせいよ。」

お見合いで娘自慢やエリート一家自慢をしていた親だ。娘が左遷されることとなり、プライドが傷ついたのだろう。

「いつまで無言なのよ。なんとか言いなさいよ。」

ヤ子さんに言われて、私は口を開く。

「私はお見合いの仲介をしてくれた方に結果を報告しただけですよ。それぐらい当然のことですよね。」

「誰なのよ、その仲介って。そいつがなんかしたんだわ。」

五藤さんを「そいつ」呼ばわりされ、むっとする。失礼極まりないヤ子さんを黙らせるべく、私ははっきりとした口調で教えてやった。

「私の仲介者は、全国和菓子協会会長の五藤イさんです。」

お菓子メーカーに勤めるヤ子さんであれば、和菓子協会会長の名前も知っていることだろう。和菓子のみならず、お菓子業界全体に強い影響力を持った人だ。

「はあ。な、なんで五藤会長とあんたが知り合いなのよ。」

ヤ子さんはかなり動揺しているようで、声が震えていた。

「五藤さんはうちの常連のお客様なんです。大変お世話になっている方なんですよね。」

ヤ子さんは絶句しているようで、黙ったままだった。私はさらに言葉を重ねる。

「あ、それと以前からヤ子さんが勤めているお菓子メーカーからコラボの打診をいただいてましてね。だけど、うちは父と2人手作りにこだわっていてお断りしてたんです。それなのに、何度も何度もお誘いをいただいてましてね。」

私はヤ子さんが務めるお菓子メーカーとのコラボの話をした。

「しかし、あなたのおかげで、きっぱりと断れますよ。一応、お礼を言っときますね。ありがとうございました。」

「そ、そんな話聞いたことないわよ。」

金切り声を出すヤ子さん。私はそんなヤ子さんに対して冷静に言う。

「あなたが知らないだけじゃないですか?」

「何よ。」

ヤ子さんがまた怒鳴った。そんなに怒鳴られても、ヤ子さんが勤めているお菓子メーカーとのコラボは本当の話だ。

「そもそも、あんたの安っぽい和菓子とうちがコラボするわけないでしょ。コラボ商品を発売しても絶対に売れないんだから、販売するだけ無駄よ。」

ヤ子さんがバカにしたような声で私に言った。彼女は未だに私の手作りの菓子のことを安っぽいと馬鹿にしているようだ。だから私は最後に、ヤ子さんが知らない事実を話すことにした。

「お見合いでバカにされた和菓子なんですけど、あの和菓子は賞を受賞した『雪の花』という商品なんですよ。」

「え? 雪の花って?」

ヤ子さんが間の抜けた声を出した。

「現在3年待ちの希少品なんです。『本物が分かる』なんて自慢されてましたが、全くの出たらめなようですね。」

畳みかけるように言ってやる。

「あの菓子がそんなことあるはずないわ。待って、今調べてみるから。」

電話の向こうからカタカタとキーボードを叩く音が聞こえた。私の和菓子のことを調べているようだ。しかし、しばらくしてもヤ子さんは無言のままだった。

「どうですか? ヒットしましたか?」

ヤ子さんに訪ねてみた。

「……したわよ。」

小さな声で返事をする。私が言ったことが事実だと分かり、ショックを受けているようだ。自分は一流のものが分かるという自負があるからこそ、私の一流の和菓子を安っぽいと言ってしまった自分自身に落胆したのだろう。

「そんな……あの和菓子が賞を取るほどのもので、希少品だったなんて。私は見る目があると思っていたのに。」

沈んだヤ子さんの声を聞き、私の心が晴れた。すっきりした気持ちで、私はヤ子さんに声をかける。

「ヤ子さん、気持ちを切り替えて、地方の下受けの工場で頑張ってください。応援していますから。」

「うるさい。あんたに励まされたくないわ。」

ヤ子さんはぶっきらぼうに言って電話を切った。

それから1ヶ月ほど経ったある日、私がいつもと変わらずお店で仕事をしていたら、五藤さんが来店した。

「いらっしゃいませ。」

彼が注文した和菓子を袋詰めしていると、話しかけてきた。

「この前のお見合いは申し訳なかったね。でも勇気君、もう1度お見合いをする気はない?」

何かと思えば、またお見合いの話だった。

「この前のようなことはないよ。今回のお見合い相手は、私もよく知ってる子なんだ。性格も穏やかでいい子なんだよ。菓子が大好きな子だから、前のようなことは決してないと思うんだ。」

五藤さんがお見合い相手のいいところを並べ立てる。きっと五藤さんは、この前のヤ子さんとのお見合いで責任を感じたんだろう。そう考えると、五藤さんの好意を無下にすることはできなかった。

「はい。お受けいたします。」

私がそう言ってお辞儀をすると、五藤さんは安堵したような表情を見せた。

そしてお見合い当日。この前と同じように父と2人でお見合いの席に着く。お見合いで出会った人は、穏やかで清楚な女性だった。お見合いの席で私の手作りの和菓子を出すと、

「わあ、美味しそう。いいてもいいんですか?」

と言って目を輝かせている。私は彼女のそんな表情を見て嬉しくなったし、好印象を抱いた。また、彼女の両親も美味しそうに和菓子を食べてくれた。お見合いの席での会話も盛り上がり、私はまた彼女と会うことになった。

そして何度も会ううちに、彼女が本当にいい子なんだということが分かってきた。彼女は私の作った和菓子をいつも美味しそうに食べてくれる。

「勇気さんの和菓子って、可愛くて綺麗で美味しい。」

こんな風に率直に和菓子への感想をくれる。それに、彼女が私の家に来ている時、父が肩を押さえて首をぐるぐる回していると、

「肩こりですか? マッサージしましょうか。」

と声をかけてくれる。父は彼女にマッサージをしてもらってご満悦だった。この子は父のことも大切にしてくれる心優しい女性なんだと感じることが多くて安心する。

それから1年ほど付き合い、私からプロポーズして結婚した。仲介をしてくれた五藤さんにも、彼女と一緒に挨拶に行った。

「彼女と結婚することになりました。」

五藤さんは一瞬目を丸くしたが、すぐににっこりと笑った。

「そうか。結婚おめでとう。末長く幸せに。」

「はい。ありがとうございます。」

私は彼女と共に五藤さんに頭を下げた。五藤さんが私にお見合いを進めてくれなければ、私は彼女と出会うことができなかっただろう。五藤さんのおかげで彼女と結婚できた。

私はこれからも父や彼女といった温かい家族に囲まれながら、この小さな和菓子屋で和菓子職人を続ける。自分の和菓子を待ってくれている人たちのためにも、今後もずっと和菓子を作り続けようと決意していた。

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