「すぐに帰るぞ。大変なことになった」
夫の声が震えていた。生後3ヶ月の初孫をやっと抱かせてもらえた瞬間、夫の顔が一瞬にして青ざめたのだ。数秒前まで「可愛いな」と目を細めていたのに、ゆいとの服をそっとめくった途端、手が震え始めた。
私は何が起きたのか理解できず、呆然と立ち尽くした。息子夫婦の家のリビングは静まり返っていた。誠とみさは台所にいて、こちらの異変にまだ気づいていない。
生後3ヶ月でやっと会えた孫を、どれほど待ち望んだことか。これまで何度も「風邪を引いている」「今は忙しい」と面会を断られてきたのだ。
「修二さん、どうしたの?」
私の問いかけに夫は答えない。ただ小さなゆいとの腕を優しく、しかし注意深く確認している。その表情は、元警察官として何百もの事件を見てきた時のあの鋭い眼光に変わっていた。
「荷物をまとめろ。今すぐ出る。誠たちには後で連絡する」
夫の声は低く、怒りを必死に押し殺しているのが分かった。私の胸に言いようのない恐怖が広がる。3ヶ月も会えなかった理由が、まさかゆいとの小さな体に……一体何があるというのか。
病院を出た途端、激しい雨が私たちを襲った。夫は無言で車を走らせる。ワイパーが必死に雨を払う音だけが、重い沈黙を破っていた。
「まだ気づかないのか?」
ハンドルを握る夫の目から涙がこぼれていた。67歳の元警察官が泣く姿を見たのは初めてだった。
「あの子の腕と背中に、あざがいくつもあった。それも新しいものと古いものが混在している」
私の血の気が引いた。まさかそんなはずはない。
「虐待の後だよ。間違いない」
「嘘でしょう。誠がみさが自分の子供にそんなこと……」
私の声は震えていた。息子は確かに仕事でストレスを抱えていたが、まさか手をあげるなんて。生後3ヶ月の赤ん坊にあれだけのあざは異常だ。しかも色の違いから見て、繰り返し暴力を受けている。
夫は言葉を詰まらせた。元警察官として彼は数多くの虐待事件を見てきた。その経験が今回の異常を確信させているのだろう。
「なぜ今まで合わせなかったのか、これで分かった。風邪気味、体調が悪い、今は忙しい。全部、隠すための嘘だったんだ」
思い返せば不自然だった。生後1ヶ月の時も2ヶ月の時も写真は送ってきたが、直接会うのは断られた。やっと会えたと思ったらこの有様だ。
「私たちが知らない間に、ゆいとは3ヶ月も苦しんでいたのね」
怒りと悲しみが同時に込み上げてきた。銀行員として42年、多くの家族を見てきたが、まさか自分の家族でこんなことが起きるなんて。絶対に許さない。
夫の言葉は雨音に消されそうなほど小さかったが、その決意の硬さは痛いほど伝わってきた。私も同じ気持ちだった。孫を守るためなら、例え実の息子でも容赦はしない。
翌朝、私たちは市内で最も信頼される小児科医の元を訪れた。山田医師は、私が銀行員時代に何かとお世話した方の紹介だった。
「鈴木さん、お孫さんの件ですね。診察させていただきます」
医師は慎重にゆいとの体を確認していく。その表情が次第に厳しくなっていくのが分かった。診察室の空気が重くなる。
「これは明らかに虐待の痕跡です。腕の内側に3箇所、背中に5箇所。色の濃さから判断すると、最も古いもので2ヶ月前。新しいものは数日前につけられた痕です」
私の心臓が凍りついた。医師は写真を撮りながら詳細な診断書を作成していく。
「生後3ヶ月の乳児にこれだけの外傷があるのは異常です。しかも痕の位置が偶発的な事故では説明できません。明らかに掴まれた痕、叩かれた痕です。通報義務がありますので、児童相談所に連絡させていただきます」
「お願いします。私たちも全面的に協力します」
夫の声には元警察官としての使命感が滲んでいた。
その後、私たちは息子夫婦の住むマンションへ向かった。エレベーターを待つ間も胸が締めつけられる思いだった。近所への聞き込みを始めると、驚くべき証言が次々と出てきた。
「はみささんのご夫婦ですか? 実は赤ちゃんが生まれてから夜中の泣き声がすごくて」
隣の301号室の主婦が困った顔で話し始めた。
「それだけじゃないんです。男性の怒鳴り声と、何かを叩くような音も聞こえて。『泣きやめ』とか『うざい』とか。最初の1ヶ月は普通だったんですが、2ヶ月目から急にひどくなって。正直、通報しようか迷っていました」
私はメモを取りながら詳しく聞いた。
「具体的にはいつ頃からですか?」
「2ヶ月前の深夜です。赤ちゃんの泣き声の後に『ドン』という音が。まさか赤ちゃんを……と思いましたが、証拠もなくて」
3階の103号室の老夫婦も同じような証言をした。
「女性の高い叫び声も聞こえました。『うるさい』『なんで泣き止まないの』って。それに『こんな子いらない』という声も。1ヶ月前には『お前なんか生まなきゃよかった』という女性の声がはっきり聞こえて、さすがに管理人に相談しました」
私は震える手でメモを取った。管理人にも話を聞いた。
「実は他の住民からも複数の苦情が来ています。夜中の騒音と赤ちゃんの異常な泣き声。先月は5件、今月はすでに8件。警察を呼ぼうかという話も出ていました。でもご夫婦は昼間は普通に見えるので。昼間の様子は……奥様は赤ちゃんを抱いている姿をほとんど見ません。ベビーカーも乱暴に扱って。旦那様も赤ちゃんが泣くとイライラした様子で」
次に向かったのは息子の勤務先だった。銀行員としての人脈を使い、人事部長と面会することができた。
「誠君ですか? 実は3ヶ月前から勤務態度が急変しました。それまでは真面目だったのに、子供が生まれてから遅刻や欠勤が増えて」
部長は渋い顔で資料を見せてくれた。
「育児ストレスだと本人は言っていましたが、それにしても度が過ぎる。先週も会議中に『ガキがうるさくて寝られない』と暴言を吐いて。2ヶ月前には部下を殴りそうになったこともあります。『イライラして手が出そうになる』と本人も言っていて、正直、要注意人物として見ています」
他に気になることは金銭面でもトラブルが。
「2ヶ月前から給料の前借りを繰り返していて、ギャンブルにはまっているという噂もあります。パチンコ店で目撃されたという話も」
みさの実家への電話も衝撃的だった。夫がスピーカーにして2人で聞いた。
「孫なんて知りませんし、会いたくもありません」
みさの母親の声は冷たかった。
「みさから連絡があったのは出産報告だけ。その時『子育てなんて無理。こんなはずじゃなかった』と泣いていました。あの子は昔から気性が荒くて、高校時代にも同級生に暴力を振って問題になったんです。子供を育てる資格なんてありません」
でもお孫さんが心配で、と正直に言った。
「1ヶ月前から『子供を捨てたい』という電話がありました。私は『勝手にしなさい』と言いました。あのことはもう関わりたくないんです」
さらにみさのカルテも確認した。看護師長が小声で教えてくれた。
「実は出産直後から違和感がありました。みささん、赤ちゃんを抱こうとしないんです。『重い』『嫌だ』って。授乳も嫌がってミルクばかり。誠さんは最初の2週間は普通のパパでした。でも退院後の1ヶ月検診の時、様子が変でした。赤ちゃんが泣くと『うるさい』と怒って部屋から出て行ってしまって。みささんも『この子のせいで人生めちゃくちゃ』と」
その時点では1ヶ月検診では異常なしでした。だからその後の2ヶ月間で……看護師長は言葉をつまらせた。
最後に誠の高校時代の同級生にも連絡を取った。
「誠は元々カッとなりやすいタイプでした。部活で後輩を殴って問題になったこともあって。でも結婚してからは落ち着いたと聞いていたので」
私たちは十分な証拠を集めた。診断書、近隣住民7人の証言録音、職場での暴力的言動の記録、病院での異常な態度の証言、みさの実家の衝撃的な証言、そして虐待が生後1ヶ月以降に始まったという時系列の特定。
「これで準備は整った。児童相談所と警察に今すぐ行こう」
夫の目には、正義を執行する元警察官の炎が宿っていた。
「ああ、修二さん、もう一刻の猶予もないわ。ゆいとを救い出すの」
42年間銀行で多くの家族の幸せを支援してきた。その経験と人脈を今こそ孫のために使う時だ。3ヶ月も苦しんできたゆいとを、もう1日たりともあの家に置いてはおけない。
証拠を揃えた私たちは、息子夫婦を自宅に呼び出した。リビングのテーブルには診断書と録音機が並べられている。
「母さん、急に呼び出して何? 仕事で忙しいんだけど」
誠は不機嫌に座った。みさも面倒臭そうな顔をしている。ゆいはベビーカーに乗せられたまま玄関に置き去りにされていた。
「ゆいとを連れてきなさい」
私が玄関に向かうと、みさが慌てて立ち上がった。
「触らないで。寝てるから起こさないでよ」
「私の孫よ。抱く権利があるでしょう」
ゆいとを抱き上げた瞬間、また新しいあざを見つけた。昨日なかった場所に、真新しい青あざが。
「説明してもらおうか」
夫が診断書を2人の前に置いた。誠の顔色が変わる。
「これは何の冗談?」
「冗談じゃない。ゆいとの体にあるあざの診断書だ。虐待の痕跡だと医師が断言している。2ヶ月前から繰り返し暴力を受けている証拠だ」
私は震える声を抑えながら写真を見せた。小さな腕にある青黒いあざ。背中の複数の傷跡。時期の異なる傷の数々。
「そんなの、たまたまベッドにぶつけたんじゃないの? 大げさよ」
みさが鼻で笑った。その態度に私の怒りが爆発しそうになる。
「生後3ヶ月の赤ちゃんが自分でぶつけられるわけないでしょう」
夫が拳をテーブルに叩きつけた。
「近所の人の証言もある。聞いてもらおうか」
録音を再生する。「こんな子いらない」「お前なんか生まなきゃよかった」というみさの声が流れた瞬間、彼女の顔が青ざめた。
「盗聴? プライバシー侵害よ」
「マンションの住民が自主的に証言してくれたんだ。君たちの虐待を心配してな。2ヶ月前から始まった暴力の一部始終だ」
誠が立ち上がった。
「だから何? 育児のストレスも知らないくせに。生まれてから1度も夜寝られない。毎晩何時間も泣いて、ミルク作って、おむつ替えて。仕事もあるのに」
「それが生後1ヶ月からは手を上げる理由になるのか」
私は涙をこらえながら叫んだ。
「1ヶ月? 何言ってるの? 最初の1ヶ月は普通に育ててたよ」
誠が口を滑らせた。
「じゃあなぜ2ヶ月目から暴力を?」
「暴力じゃない。しつけだ。泣きやまない時は少し強く抑えただけ」
しつけ? みさが本性を表し始めた。
「あんたたちに何が分かるの? 朝から晩まで泣いて。私の時間なんて1秒もない。友達は遊んでるのに、私だけこんな生き物のせいで」
「自分の子供でしょう」
「望んでない子供よ。誠が避妊しなかったから。中絶しようとしたら誠が反対して」
衝撃的な告白に部屋が静まり返った。
「じゃあなぜ3ヶ月も育てた?」
「世間体よ。でも限界。特に2ヶ月目から夜泣きがひどくなって、もう耐えられない。昨日も一晩泣いて、思わず口を塞いで……」
なんてことを。私はゆいとを抱きしめた。この子がどれだけ苦しんできたか。
誠も現実を認めた。
「俺だって限界なんだよ。仕事もうまくいかない。給料は安い。その上ガキは泣き続ける。パチンコで借金も100万超えた。もう無理なんだよ」
「だからって暴力を振るうのか」
「カッとなったら手が出る。俺はそういう人間なんだ。高校でも殴って問題起こした。子供の泣き声聞くと頭がおかしくなりそうで」
夫が冷静に言った。
「なぜ3ヶ月も合わせなかった」
「バレるからに決まってるでしょう」
みさが叫んだ。
「最初の1ヶ月は普通だったけど、2ヶ月目に誠が殴り始めて。私も止められなくて、むしろ一緒になって。一緒に夜中に泣いた時、枕で口を塞いで、布団を顔に……」
私は耳を塞ぎたくなった。こんな恐ろしいことを。
「許されることじゃない」
夫の声は氷のように冷たかった。
「じゃあどうしろって言うんだよ。施設にでも預けるか。それとも母さんたちが引き取る?」
みさが挑発的に言った。
「いいわ。引き取ってもらいましょう。でも条件があるわ。養育費として月30万。一括なら2000万」
私は耳を疑った。孫を金で売るつもり?
「売るんじゃない。正当な対価よ。3ヶ月も育てた実績があるんだから」
「3ヶ月。そのうちの2ヶ月は虐待じゃない」
誠も同調した。
「そうだよ。俺たちは若いし、やり直しが効く。ガキは母さんたちが欲しがってた孫でしょう。それに俺たちが親権持ってる限り、合わせないこともできるんだ」
脅迫まで始めた。その時、私の中で何かが完全に切れた。
「もういい。十分聞いた。あなたたちの本性がよくわかった」
私は立ち上がり、2人を見下ろした。
「児童相談所と警察にはすでに通報済みよ。虐待の証拠は全て提出した。2ヶ月間の虐待の詳細な記録も」
誠とみさの顔が真っ青になった。
「嘘でしょ。実の息子を警察に売るの?」
「息子? 2ヶ月の孫を虐待し、金で売ろうとする人間を息子とは呼べない」
「お母さん、待って」
「私をお母さんと呼ぶ資格もないわ」
夫が最後通告を突きつけた。
「生後1ヶ月までは普通だったと自白したな。つまりその後の2ヶ月間の虐待だ。これは言い逃れできない。今すぐこの家から出ていけ。2度と敷居をまたぐな」
玄関のチャイムが鳴った。児童相談所と警察が同時に到着した。
「約束の時間です。お子様の緊急保護に参りました。鈴木誠さん、みささん、児童虐待の疑いで任意同行を求めます」
誠とみさはついに逃げ場を失った。3ヶ月の地獄から、小さなゆいとがやっと解放される瞬間だった。
児童相談所がゆいとを保護し、警察が息子夫婦を任意同行した翌日、私たちは本格的な法的手続きを開始した。まず向かったのは、市内でも屈指の実績を持つ法律事務所だった。
「鈴木さん、お話は伺っています。生後3ヶ月の乳児への2ヶ月間にわたる虐待。親権剥奪と刑事告訴、両方進めましょう」
弁護士の田中先生は、私が支店長時代に企業案件でお世話になった方だった。
「証拠は十分すぎるほどあります。医師の診断書、2ヶ月前からの近隣の証言録音データ、そして本人たちの自白。親権剥奪は間違いないでしょう」
「どのくらいの期間で決着がつきますか?」
「緊急性を考慮すれば、仮処分で2週間。本訴訟でも3ヶ月以内には結論が出ます。特に『生後1ヶ月は普通に育てていた』という自白は、その後の虐待の故意と悪質さを証明になります」
私は42年間の銀行員人生で築いた人脈を総動員することにした。
「田中先生、私の知り合いにも声をかけます。最強の弁護団を作りましょう」
その日のうちに3人の弁護士が集まった。家族法専門の山本弁護士、刑事事件のエキスパート佐藤弁護士、そして子供の権利に詳しい小林弁護士。全員が私の銀行時代の顧客や取引先の紹介だった。
「2ヶ月間の継続的虐待。これだけの証拠があれば親権剥奪は確実です」
山本弁護士が断言した。
「刑事告訴も同時進行しましょう。暴行罪での立件が可能です。『枕で口を塞いだ』という自白は、殺人未遂の可能性もあります」
佐藤弁護士の言葉に、私は少し躊躇した。実の息子を刑事告訴することへの葛藤が、まだ心の片隅にあった。
「迷いがあるのは分かります。でも2ヶ月も虐待され続けたゆいと君のことを考えてください」
小林弁護士が優しく諭してくれた。
「虐待は繰り返されます。今止めなければ、命に関わる可能性もあります。実際、口を塞ぐ行為は窒息死の危険がありました」
夫が私の手を握った。
「俺たちがやらなければ、ゆいとは殺されていたかもしれない」
その言葉で私の迷いは完全に消えた。
警察署では夫の元同僚が対応してくれた。
「修二さん、お孫さんの件、詳細を確認しました。2ヶ月間の虐待、本人たちの自白もある。必ず守ります」
刑事課の後輩だった中村警部が真剣な表情で話を聞いてくれた。
「特に生後に加えた計画的な虐待は悪質です。逮捕状も請求できるでしょう」
私たちは被害届を提出し、正式に捜査が始まった。
その後、私は銀行の人脈を使ってさらに強力な支援体制を構築した。
「鈴木さん、お孫さんが2ヶ月も虐待されていたなんて。私にできることがあれば何でも言ってください」
元取引先の高橋さんが電話で申し出てくれた。
「実は最高裁の判事をしている息子がいます。直接の関与はできませんが、児童虐待案件の判例についてアドバイスなら」
また医療関係の人脈も動員した。
「2ヶ月間の虐待となると、ゆいと君の心身のケアが重要です。小児精神科医を紹介します。発達への影響も心配です」
最高の医療と法律、両方のチームを組みましょう。次々と支援の申し出が集まった。42年間真摯に仕事をしてきた結果が、今孫を救う力となっている。
児童相談所との連携もスムーズに進んだ。
「鈴木さん、ゆいと君は安全な環境で保護しています。発達チェックの結果、2ヶ月間の虐待による発達の遅れが見られますが、適切なケアで回復可能です。面会も可能ですよ。むしろ愛情ある祖父母との接触は回復に効果的です」
保護施設で再会したゆいとは、最初怯えた様子だった。2ヶ月間ずっと暴力を受けていたのだから、当然だ。
「大丈夫よ。もう誰もゆいとを傷つけない」
私が優しく抱きしめると、少しずつ緊張が溶けていった。この子は必ず私たちが守る。2ヶ月の地獄を癒すだけの愛情を注ぐ。夫は小さな手を優しく握りながら誓った。
一方で、誠とみさへの対応も進めた。弁護士を通じて正式な通告書を送付した。親権放棄の要求、接近禁止命令の申請、刑事告訴通知、2ヶ月間の虐待に対する損害賠償請求。怒涛の法的措置の連続に、2人はパニックになっているという話が伝わってきた。
「向こうも弁護士を立てたそうです」
田中弁護士からの報告だった。
「でも2ヶ月間の計画的虐待の証拠と自白がある以上、勝ち目はありません。むしろ示談を求める方向に転換するでしょう」
「示談? 2ヶ月も生後間もない赤ちゃんを虐待した罪に、示談の余地などありません」
夫も同意した。
「徹底的にやりましょう」
ゆいとと同じような被害を受ける子供を1人でも減らすために。銀行の顧問弁護士だった大手法律事務所も協力を申し出てくれた。
「児童虐待は社会問題です。我々も全面協力します。民事刑事両面で完璧な訴訟を」
準備は整った。最強の弁護団、警察の全面協力、銀行の人脈による支援体制、医療チーム。そして何より、2ヶ月の苦しみから孫を救い出すという私たち夫婦の固い決意。明日から始まる法廷闘争に向けて、私たちに迷いはなかった。正義は必ず勝つ。ゆいとの未来を私たちが守り抜く。
法的手続きを開始してから1週間後、児童相談所から連絡が入った。
「鈴木さん、立ち入り調査の結果をお伝えします。息子さんのマンションから虐待の決定的な証拠が見つかりました」
私と夫はすぐに児童相談所に向かった。部屋から血のついたタオル、壊れた哺乳瓶。そして職員は言葉を詰まらせた。
「みささんの日記が見つかりました。2ヶ月前から虐待の詳細が綴られていました。『今日も泣きやまないから叩いた』『誠が首を閉めようとしたのを止めた』という記述が」
私は目まいがした。首を閉める? もう少し遅かったら、ゆいとは……。
「これで刑事告訴も確実です。計画的で悪質な虐待として、実刑の可能性が高いです」
その3日後、ついに誠とみさが逮捕された。容疑は暴行罪及び暴行罪です。2ヶ月間にわたる乳児への継続的虐待。これは重大な犯罪です。中村警部から連絡を受けた時、複雑な気持ちだった。実の息子が手錠をかけられる。でもゆいとの傷を思い出すと、当然の報いだとも思った。
逮捕のニュースはすぐに近所に広まった。マンションの住民から次々と連絡が来た。
「やっぱりそうだったんですね。私たちも証言します。2ヶ月も我慢してごめんなさい。もっと早く通報すべきでした」
誠の会社からも連絡があった。
「誠君は解雇となりました。児童虐待は企業イメージを著しく損ないます」
みさの実家からは絶縁を正式に通告する書面が届いた。
2週間後、第1回の審判が家庭裁判所で開かれた。私たちは弁護団と共に出席した。
「被告人、鈴木誠と鈴木みさ。生後1ヶ月から3ヶ月の乳児に対し、2ヶ月間にわたって暴行を加え、体全体に多数の挫傷を負わせた」
検察官が起訴状を読み上げる。傍聴席からざわめきが起きた。誠とみさはやつれた顔で被告席に座っていた。あれから2週間、拘束されていたのだ。
「弁護人、何か申し立てはありますか?」
「被告人らは育児ストレスによる一時的な……」
裁判官が遮った。
「一時的? 2ヶ月間も続いた虐待が一時的ですか?」
私たちの弁護団が立ち上がった。
「証拠を提出します。医師の診断書37枚、近隣住民の証言7名分、録音データ、そして被告の日記」
決定的だったのは、みさの日記の朗読だった。
「5月3日。また泣いた。3時間泣き続けたので口を塞いだ。誠は布団を被せた。5月15日。腕を強く掴んだらあざになった。これで3つ目。6月2日。誠がまた手をあげた。私も一緒に。もう限界」
法廷が静まり返った。計画的で継続的な虐待の証拠だった。
「被告人、あなたは生後2ヶ月の乳児の首を閉めようとしましたか?」
裁判官の問いに、誠は小さく頷いた。
「はい。かっとなって。でもすぐに我に返りました」
「我に返った? その後に2週間虐待を続けたのに」
誠は答えられなかった。みさへの尋問も厳しかった。
「あなたは日記に『こんな子いらない』と書いています。なぜ出産したのですか?」
「世間体が。でも実際に育ててみたら……」
「生後1ヶ月は普通に育てていたんですよね。何が変わったんですか?」
「夜泣きがひどくなって、誠も協力してくれなくて。だから私も虐待を見て見ぬふりを……」
みさは泣き崩れた。しかしもう遅い。
私が証人として呼ばれた。
「お孫さんの傷を初めて見た時、どう思われましたか?」
「この世の地獄だと思いました。生後3ヶ月の赤ちゃんが2ヶ月も暴力を受けていたなんて」
「息子さんを告訴することに迷いはありませんでしたか?」
「ありました。でもゆいとの傷を見て決意しました。息子より孫の命が大切です」
夫も証言した。
「元警察官として多くの虐待事件を見てきました。でもまさか自分の息子が。しかし法の下では誰もが平等です。罪は償うべきです」
3時間に及ぶ審理の後、裁判官が判決を下した。
「親権剥奪を認めます。被告人は今後一切ゆいと君に接触することを禁じます」
さらに刑事裁判も進んだ。懲役2年、執行猶予4年、保護観察付き。誠とみさは社会的制裁も受けた。誠は会社を解雇され、みさも実家から絶縁された。近所では虐待親として知られ、まともな生活は送れないだろう。
一方、ゆいとの親権は私たちに移った。
「おめでとうございます。これで正式にゆいと君の保護者です」
家庭裁判所の調査官が優しく告げた。養育費の問題も解決した。誠たちが要求していた金銭は当然却下された。むしろ2ヶ月間の虐待に対する慰謝料300万円の支払いが命じられた。
「払えるわけない」
誠が呟いたが、自業自得だった。
私たちはすぐにゆいとを引き取った。児童相談所の職員が注意事項を説明してくれた。
「2ヶ月の虐待の影響で、大きな音に怯えたり、夜泣きがひどかったりするかもしれません。でも愛情を持って接すれば必ず回復します」
帰りの車の中で、ゆいはずっと私の腕の中にいた。
「もう大丈夫よ。おばあちゃんとおじいちゃんが守るから」
夫が優しくゆいとの頭を撫でた。
「この子の人生はこれからが本番だ。2ヶ月の地獄は、俺たちが一生かけて償う」
家に着くと、用意していた新しいベビーベッドにゆいとを寝かせた。2ヶ月ぶりに安全な場所で眠るゆいとの顔は、少しずつ穏やかになっていった。
その夜、誠から最後の電話があった。
「母さん、本当にごめん」
「もう息子とは思いません。もしないでください。ゆいとはあなたには関係ありません。永遠に」
電話を切った。これで本当に終わりだった。誠からも手紙が来たが、開封もせずに破り捨てた。2ヶ月も孫を苦しめた人間の言葉など、聞く価値はない。
弁護士から最終報告があった。
「全ての手続きが完了しました。ゆいと君は完全にお2人のお孫さんです。誠さんたちは接近禁止命令も出ていますから、2度と近づけません」
「ありがとうございました」
「いえ、お2人の勇気ある決断のおかげです。2ヶ月も虐待された子を救えました」
こうして小さなゆいとは地獄から完全に解放された。正義は実現し、悪は裁かれた。これが私たちが選んだ道だった。
あれから半年が経った。ゆいは生後9ヶ月になり、我が家で健やかに成長している。
「ばあば」
初めて私を呼んだ時、涙が止まらなかった。2ヶ月間の地獄を経験したこの子が、こんなにも明るく育ってくれている。
「ゆいと、おいで」
夫に向かってハイハイで進む姿は本当に愛らしい。あの頃の怯えた表情はもうどこにもない。
先日、定期検診で医師から嬉しい報告があった。
「発達は完全に正常です。むしろ同月齢の子より活発ですね。2ヶ月の虐待の影響は見事に克服されています」
私たちの愛情が確実にゆいとを癒していた。
ある朝、誠から最後の手紙が届いた。
「母さん、刑務所から書いています。執行中に暴力事件を起こし、実刑3年になりました。ゆいとへの虐待、そして母さんたちを裏切ったこと、一生償います」
私は手紙を読まずに破り捨てた。今更の謝罪に意味はない。2ヶ月も孫を苦しめた罪は永遠に消えない。
みさについては、施設に入所したと風の噂で聞いた。離婚後、精神を病んだらしい。自業自得だ。2ヶ月間、生後間もない我が子を虐待した報いだ。
ゆいととの生活は、私たち夫婦に新しい幸せをもたらした。
「今日の離乳食は、にんじんとかぼちゃのペーストよ。ゆいとの大好物」
67歳と65歳で子育てをやり直すのは体力的に大変だが、何より幸せだった。銀行時代の同僚が遊びに来た時、こう言ってくれた。
「鈴木さんの決断は正しかった。実の息子でも虐待は許されない。ゆいと君の笑顔がその証明です」
近所のマンションの住民たちも温かく見守ってくれている。
「鈴木さん、本当に勇気ある行動でした。私たちも2ヶ月間通報できなかったことを悔やんでいます」
「でも皆さんの証言のおかげで、ゆいとを救えました。感謝しています」
最近、地域の虐待防止セミナーで講演を頼まれた。
「2ヶ月間の虐待を見逃さないで。生後1ヶ月までは普通だった親が、突然虐待を始めることがある。些細なサインを見逃さないでください」
聴衆の中に、疲れ果てた表情の若い母親がいた。セミナー後、彼女が近づいてきた。
「私も限界です。子供を叩きそうになることが」
私は彼女の手を握った。
「大丈夫。助けを求めることは恥ではありません。一緒に解決策を見つけましょう」
支援センターを紹介し、定期的に連絡を取ることにした。第二の誠とみさを作ってはいけない。
夫も元警察官の経験を生かし、虐待防止の啓発活動を始めた。
「2ヶ月で8箇所のあざ。これがどれだけ異常か、多くの人に知ってほしい」
私たちの経験が、他の子供たちを救う力になればいい。
夕食時、ゆいとが初めてスプーンを持った。まだうまく使えないが、一生懸命食べようとする姿が微笑ましい。
「上手だね、ゆいと」
褒めると嬉しそうに笑った。この笑顔を守れて本当に良かった。
夜、ゆいとが寝た後、夫と庭でお茶を飲んだ。
「俺たち、正しかったよな」
「ええ。息子を告訴するのは辛かった。でもゆいとの命には変えられない。2ヶ月の虐待から救えて本当に良かった」
星空を見上げながら、私は思った。児童虐待は決して見過ごしてはいけない。例え実の息子でも、罰の制裁を受けるべきだ。私たちはそれを実行した。
ゆいとは今、安全で愛情に満ちた環境で育っている。あの頃の傷は完全に消え、心の傷も癒されつつある。これが私たちの勝利だ。
先日、家庭裁判所から正式な通知が届いた。
「ゆいと君の養育状況は極めて良好。今後も祖父母による養育を継続することが、本事案の最善の利益に叶う」
公的にも私たちの養育が認められた瞬間だった。
今、私は確信を持って言える。2ヶ月間の地獄からゆいとを救い出し、虐待を法で裁き、新しい幸せな人生を与えることができた。正義は実現された。悪は裁かれた。そして小さな命は輝きを取り戻した。



