「あなた、明日からもうここに来なくていいわ」
突然の宣告に、私はあっけに取られた。新人の部長・近藤は、得意げに笑いながら続けた。
「来週から、私の大学時代の後輩が来るの。SEとしてとっても優秀な人材よ。フリーで働いてたところを、私が苦労してようやく口説き落としたんだから」
まるで後輩の優秀さが自分の手柄であるかのような態度で、彼女はちらりと私を見た。
「だからね、あなたは強制で首よ。その彼がいれば、あなたなんて必要ないもの。ま、そもそも今も別にこの会社に必要なわけでもないんですけど」
笑いながら嫌みを浴びせてくる近藤部長に、私は呆れてしまった。
「そういう事情でしたら、部長のおっしゃる通り、私は退職いたします」
このところ職場を居心地悪く感じていたのは本当だし、これ幸いと首を受け入れることにした。だが、その前に一つ確認しておくことがあった。
「私の身柄をあなたが決めて、本当にいいんですね」
「当然でしょう。私は自分の決断力に惚れ惚れしてるくらいよ。それに、老害にいつまでもいられたら困るって、役員会議で社長もおっしゃってたわ」
彼女は完全にこちらを見下したようにそう言った。
「ああ、そうですか。社長がそんなことを」
それが嘘であることは明らかだった。だが、いくら私がああだこうだと言ったところで、彼女は聞く耳を持たないだろう。
「これから、少々困ることになると思いますよ」
最後に短い忠告だけを残して、私は会社を去ることにした。
私の名前は佐木。とある企業の社内SEとして長年勤務している。もうあと数年で定年を迎える年だが、幸い勤め先のシステム部は上司も部下も和やかな雰囲気で、部内で一番の古株である私も、年だからと邪険にされることもなく、その一員に交えてもらっていた。
「佐木さん、こないだ本当助かりました。ありがとうございます」
今朝も出社早々、年の若い後輩がそう言って頭を下げてくる。この間、彼女が担当する仕事を少し手伝っただけなのだが、それでもこちらが提案したやり方が良かったと聞いて、それは良かったと私は微笑んだ。
「いやいや、私は少し手伝っただけだから。ほとんどは君の頑張りのおかげだよ」
「もう、佐木さんはいつもそう言って。実際、佐木さんほどの知識と経験があるSEなんて、社外でもあんまりいないんですからね。それに穏やかで優しいから、システム部以外の社員にも頼りにされてるし」
褒めながら怒るという器用なことをしてくる後輩に、私はさらに笑ってしまう。
「佐木さんが先輩なんていいなって。私、同期の子から羨ましがられてるんですよ。てか、佐木さん、昇進とか興味ないんですか? こないだ課長に打診されてたのは断ったそうじゃないですか?」
そう言って不思議そうにこちらを見る後輩に、私は首をかしげた。
「うーん。私はほら、見ての通り呑気な性格だから、管理職には向いてないんだよ。これに問題が起きたらすぐ動けるように、フットワークは軽くしていたいんでね。今のままで十分」
後輩の言う通り、これまでも何度か昇進の打診は受けてきたのだが、その都度私は断っている。このまま現場で若い後輩たちに囲まれながら、自分の持てる技術と知識を彼らに引き継いでいけたらそれでいいと、私は常日頃思っていた。
さて、私の数年先輩にあたるシステム部の部長が先月、定年退職を迎えた。そして新しい部長として移動してきたのが、近藤という女性である。情報通の後輩曰く、どうやらその近藤部長は東大卒で仕事はできるが、その分エリート意識の高い人物としても有名なようだった。
「この度、システム部の部長を務めることになりました近藤です」
近藤部長は女性にしては背が高い方で、その上さらに高いハイヒールを履いているため、とてもスタイルよく見えるものの、その派手な化粧と相まって少々威圧感を覚える外見をしている。きびしい口調で新任の挨拶をする彼女。それでもシステム部の面々は拍手で迎えた。だが、そこで彼女は笑顔になるどころか、苛立ったような表情でこちらを睨みつける。
「話には聞いていましたが、この部署は少々緊張感というものが足りないようですね。寄ってたかって、そんなヘラヘラふ抜けた顔して。こんな有り様で、トラブルが起きた時に対処なんてできるの?」
定年退職した前部長もとても穏やかな人だったので、しょっぱなからこんな高圧的な態度を取る上司に慣れていないシステム部の面々は、近藤部長の言葉に戸惑いを隠しきれない様子だ。その微妙な空気に耐えかねて、私は思わず口を挟む。
「近藤部長、ご安心ください。我が社のSEは優秀なものが揃っております。みんなのんびりとしているように見えますが、仕事はきちんとこなしますので」
すると近藤部長は鼻白んだように眉を潜めると、ふんと小馬鹿にしたように私を見やり、さっさと自席へとつく。その傲慢な態度に、私たちは思わず顔を見合わせたのだった。
それからも近藤部長は部下に対してきつく当たることをやめなかった。それも、彼女はどうも私のことが特別に気に入らないらしいのである。
例えば休憩時間、私が他のベテラン勢と世間話をしながらお茶を飲んでいると、彼女は通りすがりにこちらを一瞥し、「ここはいつから老人ホームになったの」などと鼻で笑ってくる。また、本来なら私に回ってくる仕事を、どうやら意図的に若手へと回しているようだった。それも若手育成の目的ならいざ知らず、突然回ってきた仕事に戸惑う若手に私がアドバイスしようものなら、「担当外のことに首を突っ込むな」などとお叱りを受ける始末。近藤部長はあくまでこちらに仕事をさせないようにしたいらしく、そこに彼女の私怨しか見えないことへ、私はだんだんと不信感を抱くようになった。
とにもかくにも、かわいそうなのは上司の私怨に巻き込まれている若手たちだ。仕事量を増やされ、四苦八苦しながら、けれど私にヘルプを求めれば近藤部長が怒るので、遠慮して自力でなんとか頑張っている。それでもやはり慣れない仕事で手一杯らしく、あれだけ和やかだった職場も、今やどこかギスギスとした空気が流れてしまっていた。
「もう本当やってられないです。近藤部長、きっと佐木さんに嫉妬してるんですよ。仕事もできて優しくて、みんなに頼られてるから。近藤部長が慕われないのは、そのきつい性格のせいなのに」
かなりのストレスが溜まっているらしい後輩は、近藤部長のいない隙にこっそり私に愚痴る。これをまあまあとなだめながら、私は思った。きっと近藤部長は、中卒の私が職場で大きな顔をしているように見えるのも気に食わないのだろう。自身が東大のエリートであるという誇りが傷つけられるのかもしれない。だが、このままでは会社にとって良くないことになる。どうしたものかと、私は頭を悩ませるのだった。
さて、それからしばらくしたある日、私が同僚たちと休憩をしていると、そこに近藤部長がやってきた。いつもは過剰にこちらを睨みつけている彼女であるが、その日は違った。近藤部長はもったいぶったようにして含み笑いながら、私に向かい口の端を吊り上げると、こう告げたのである。
「佐木さん、あなた、明日からもうここに来なくていいわ」
「え、急に何を」
突然のことにあっけに取られる私や周囲を知り目に、彼女は得意げに続ける。
「実はね、来週からこの部署に私の大学時代の後輩が来るの。SEとしてとっても優秀な人材なのよ。フリーで働いてたところを、私が苦労してようやく口説き落としたんだから」
まるで後輩が優秀なのは自分の功績であるかのような態度で近藤部長はそう言うと、ちらっと私を見やり、あからさまに嘲笑を浮かべた。
「だからね、佐木さん、あなたは強制で首よ。その彼がいれば、あなたなんて必要ないもの。ま、そもそも今も別にこの会社に必要なわけでもないんですけど」
笑いながら嫌みを浴びせてくる近藤部長に、当事者である私より先に、その場に居合わせた後輩たちが堪りかねたようにして口を開く。
「部長、さすがに言っていいことと悪いことがあります」
「そうですよ。佐木さんが俺たちにどれだけよくしてくれているか、近藤部長はご存知ないでしょう」
だが近藤部長はと言えば、一斉に声を上げた後輩たちに冷たい一瞥をくれるだけだった。
「あなたたち、バカじゃないの? 知りたくもないわよ、そんなこと。というか、あなたたちもいつまでもこんなおじいちゃんを頼って、みっともないと思わない。プライドはないの?」
ひどい言葉を言い返され、思わず目を見張る後輩たち。けれど彼らがさらにヒートアップしそうな気配を察して、私は慌ててそれを止めた。
「まあ落ち着いて、君たちも」
私に制され、「すみません」と肩を落とす後輩たち。一方、ことの発端である近藤部長は白けた顔で腕を組んでいる。そして私は彼女に言った。
「そういう事情でしたら、近藤部長のおっしゃる通り、私は退職いたします」
私の言葉に後輩たちが悲しそうな顔をする。だが、せっかくこちらを慕ってくれる彼らには悪いが、私はそれならそれでいいかもしれないと思っていた。このところの職場を居心地悪く感じていたのは本当だし、何より私がいることで後輩たちがこれ以上近藤部長の私怨に振り回されるのは、あまりにも理不尽だと感じていたからだ。私がやめることで職場環境が少しでも改善されるのならば、それに越したことはない。
もっとごねると思われていたのか、物分かりの良いこちらの返事に、近藤部長は少々拍子抜けしたような表情を浮かべている。そんな彼女に、私は淡々と問うた。
「私の身柄をあなたが決めて、本当にいいんですね」
すると、こちらの問いかけの意図が分からなかったのか、まんいかしげな表情を見せた近藤部長は、けれどすぐに元のいけ高な佇まいを取り戻し、せせら笑う。
「何よそれ? せめてもの負け惜しみ? あい、私は自分の決断力に惚れ惚れしてるくらいよ。それに、老害にいつまでもいられたら困るって、こないだの役員会議で社長もおっしゃってたわ」
「それもそうよね」と、彼女は完全にこちらを小馬鹿にしたようにそう言った。その言い草に再び後輩たちが抗議するが、彼女は「黙りなさい」と相手にしない。
実は私はこの時点で、社長を云々と持ち出した近藤部長の言葉が嘘だと分かっていた。だが、この様子ではいくら私がああだこうだと言ったところで、彼女は聞く耳を持たないのだろう。諦め悟り、私は最後に近藤部長に忠告する。
「これから、少々困ることになると思いますよ」
しかし帰ってきたのは、案の上彼女の嘲笑だった。
「やだ、年のせいかしら。おじいちゃんてばしつこいんだから。それに困るのは私じゃなくて、あなたの方よ。あと数年で定年だったのにね。ま、退職金はいくらかもらえるから、それで我慢なさいな」
高らかに笑いながら、近藤部長はその場を去っていく。後輩たちが青い顔をして寄ってくるのを、繰り返しなだめながら、その一週間後、私は会社を退職したのだった。
そして私はその直後、とある相手に電話をかけた。
「まあ、こういうわけでね。私も一緒に働けるのを楽しみにしていたんだが、すまんな」
こちらの謝罪に、電話口の向こうでは相手が慌てて首を振っている気配がする。やがて相手はこう答えた。
「わかりました。それなら、自分はそのように対処するだけです」
さて、その翌日のことだった。私のスマートフォンに、システム部の課長から着信があった。何でも今すぐ会社に来て欲しいとのこと。そして私がその通りに赴けば、システム部のフロアでは近藤部長がなぜか青い顔をして立ち尽くしている。彼女の目の前には専務や常務といった重役たちが珍しく集まっていた。
その時、私がやってきた気配を察したのか、重役相手に小さくなっていた近藤部長が、ヒステリックに叫ぶ。
「どういうことなの? さっきからシステムがおかしいのよ。必要な説明もない」
その言葉に私が首をかしげると、近くにいた後輩がこっそりと教えてくれた。
「朝から社内システムに小さなエラーが発生してたんです。近藤部長に修正しろって言われて。でも、システム管理は佐木さんがずっと担当してて、他にできる人がいないって、私たちは返しました」
そこで私は思わず周囲と顔を見合わせたが、後輩はこちらのそんな反応をスルーして先を続ける。
「で、それならいいわよって、近藤部長が自ら修正しようとしたんですが、どうやら修正はおろか、触っちゃいけないところに触ってしまったようで、今度は社内のシステムが全面的にダウンしてしまって。そして、どうにもならなくなり、私を呼んだと、そういうわけか」
一連の騒動を把握して、まず私は意味ありげに横の後輩を見合った。すると、それに気づいた周囲の後輩たちが、揃いも揃って「シーッ」と口に人差し指を当てる。
そう、元々のエラーは小さなものだった。それくらいなら後輩たちにも十分に対処可能なのだが、それを彼らはわざと「できません」と突っぱねたらしい。ずいぶんと近藤部長の日頃の行い、そして私の退職に対する抗議のつもりなのだろう。証拠に、最初に話しかけてきた後輩が、呆れたような戸惑ったような声で言い添える。
「あれくらいのエラーなら、近藤部長一人で対処できると思ったんですよ。それがまさか、全システムをダウンさせるだなんて思わなくて。あの人、思ったより全然仕事ができませんよ」
「こら、今はそういうことを言ってる場合じゃないよ」
なだめる私に、後輩が小さく謝った。これだけ大きなことになるとは思っていなかったようだが、彼らも自分たちの責任は感じているようである。
「そういえば、近藤部長が自慢してた優秀なSEはどうしたんだ? 確か今日から配属になるとか言ってただろう。あれだけ吹聴してたんだから、そいつに修正させればよかったのに」
私がざっと被害の状況を確認している横で、後輩の一人がふとそんなことを口にした。すると、別の後輩が答える。
「それが、急に入社を取りやめにしたいって連絡があったんだって。なんでも約束が違うとかなんとかで、近藤部長と揉めたらしくて」
「って、どうしたんですか? 佐木さん」
無意識に決まりが悪い顔をしていたのだろう。私を後輩が不思議そうに見合ってきた。私はそれに苦笑しながら口を開く。
「それは、多分私にも少し責任があるような、ないような」
実は、近藤部長が言っていたその優秀な後輩SEとは、名前を江ノ本と言う。そして彼は、私の息子の高校時代からの友人だった。その縁で江ノ本君とは私も昔から交流があり、何を隠そう、彼にSEという仕事の基礎を教えたのは私なのである。東大を卒業した彼は、フリーのSEとしていくつもの会社から常に引っ張りだこであったのだが、そこに声をかけたのが近藤部長だったというわけだ。そのオファーがあった直後、江ノ本君は私に連絡をしてきた。「先輩の近藤から連絡があったのだが、佐木さんと一緒に働けるのなら、その話を受けてもいい」と。正直、彼の優秀さであればもっと大きな会社で活躍できるのだろうが、江ノ本君本人が固く私と働きたいというので、私も「それじゃあ待っているよ」とその時は答えたのであるが、まあこんなことになってしまったため、それを知った彼は、私がいないのであればこの会社に入る意味もないと、早々に入社を取りやめたのだろう。苦労して口説き落としたと思っているらしい近藤部長には悪いが、江ノ本君の件に関しては、最初から彼女が自分で同行したという話ではなかったのだった。
だが、私の曖昧な言い方に後輩が首をかしげたその時、連絡を受けた社長がシステム部へと飛び込んできた。
「近藤君、一体この事態はどういうことなんだ?」
社長の剣幕に、あの近藤部長もさすがにたじたじとなっている。それはそれはあたふたとするばかりの彼女に、苛立った様子で社長は続けて言った。
「佐木君はどこだ? 何をもたもたしてるんだ。早く彼を呼び出せ。早急にこれに当たらせろ」
社長の口から飛び出したかつての部下の名前に、近藤部長が戸惑ったような顔を見せている。だが、そんな彼女を知り目に、社長はぐるりと周りを見渡すと、入り口の方に立っている私を視界に入れて、ほっとした様子を見せた。
「おお、佐木君、よかった。早くシステムを修正してくれ」
「社長」
社長が私に見せる親しげな様子に、ますます困惑する近藤部長。そして私は良い機会だと思い、その場で口を開いた。
「そう言われましても、社長。私のような老害にいつまでもいられたら困ると、社長がおっしゃったのですよね。近藤部長からそう伺ったので、私は首を受け入れました」
瞬間、社長がぎょっとしたように目を見張る。
「はあ? 私がそんなこと言うはずがないだろう。会社の全システムの管理をじかに任せている相手だぞ。そもそも、なんだその『老害』とかいう暴言は。ゆにこと書いて、ひどい言い草だな」
ただでさえ押し出しの強い社長の顔が、まるで仁王像のような迫力をまとう。先ほどまでの騒ぎではない、その時に後ろでは近藤部長がブルブルと震えていた。だが社長はその顔のまま、名前を出された彼女を振り返る。
「おい、近藤君。一体これはどういう事態なのかね」
「ひっ」
あれだけ高圧的だった彼女も、今や言葉も出ないほどに縮み上がっていた。しかし社長は社長で、のんびりと近藤部長の言い分を聞いている場合ではないと思ったのだろう。
「とりあえず、近藤君は処分が確定するまでは自宅待機。おい、誰かそいつをここからつまみ出せ」
その一声に、その場にいた重役たちが無言で近藤部長をフロアの外へ連れて行く。続けて社長はつかつかと私に近づいてくると、がばりと勢いよく頭を下げた。
「すまん。そんなことになっているとは、全く知らず。私の監督不行き届きだ。誠に申し訳ない。その上で、この通りだ。虫のいい話だとは思うが、どうか会社に戻ってきてくれないか」
システム部の後輩たちが、話の行方を見守っている気配がした。先ほどまでの騒ぎが嘘のように静まったフロアで、私はにこりと微笑む。
「頭をあげてください。私は、社長が私を必要としてくれていると信じていましたから。ええ、社長さえよければ、また是非定年までこちらでお世話になります」
「佐木君」
私の答えに、社長がぱっと顔を上げて破顔した。そのまま握手を交わす私たちを見て、後輩たちもほっとしたように笑顔を浮かべている。だが、大変なのはこれからだ。私はフロアをぐるりと見渡し、口を開いた。
「さあ、皆さんの腕の見せどころです。一刻も早い復旧、全力を尽くしましょう」
「はい」
そして私たちは一斉に作業へと取りかかった。
さて、それから数日が経った。まず、あれからシステムは無事に復旧を果たした。予想よりも早かったのは、以前より私が手を加えていたシステムの自動修正プログラムがうまく機能してくれたこと。そして何より、後輩たちがまさしく阿吽の呼吸で協力し合いながら作業に当たったからに他ならない。近藤部長が来てからというもの部署内もギスギスしていたのだが、そんな違和感も、皆それぞれの優秀さと結束の前には、あっという間に吹き飛んだようだった。システム部の和やかな空気は、何もみんなにやる気がなかったからではなく、むしろその逆、何か問題が起こった時、変な遠慮などをしないで済むようにという各々の意識の高さから生まれているものなのである。
ちなみに、元の近藤部長はといえば、部署内での不適切な勤務態度、そして今回の騒動を招いた責任を取らされ、解雇となった。さらには、システムをダウンさせ、業務を滞らせた分の損害賠償も請求されているらしい。
一方、私はその後無事に会社へと復帰した。また、一時は弊社に入社するのを取りやめにしていた江ノ本君であるが、この度私の復帰に伴って、改めての入社となった。そしてその優秀さで、彼は早くも部署内で一目置かれる存在となっている。
「佐木さん、手が開いた時で構わないので、ちょっと見てもらってもいいですか?」
「ああ、今大丈夫だよ。どうした?」
今日も何くれとなくかかる後輩たちからの声に、私は笑顔で対応する。江ノ本君などは、予想以上に私が忙しいのを間の当たりにして、「せっかく同じ会社に入ったのに、ゆっくり話す暇もない」などと嘆いているが、それでも今度は彼と共同で新しいシステム管理のプログラムを作る案件が進んでいる。私も江ノ本君も、また心行くまでプログラミングの話ができることを、心から楽しみにしているのである。
定年まであと数年。残された時間の限りを使って、自身の知識と技術を余すところなく彼らに伝えていこうと、私は改めて心に誓ったのだった。



