日々の忙しさに追われるなかで、子供の頃からずっと一緒に笑い、泣き、バカをやっていた親友の訃報が飛び込んできた。事故だったという。昨日電話で話したばかりだというのに、あいつは元気そうで、また一緒に飲みに行こうと約束したばかりだった。
「嘘だろ……マジかよ」
葬儀の準備が進む中、あいつの親族たちが集まっているらしいのだが、あまりいい雰囲気ではないと聞かされた。どうせ遺産や土地の話でもしているんだろう。あいつのことなんて誰も考えちゃいない。俺は旅館を少しの間休ませてもらうことにして、葬儀へ向かった。
通夜の晩、呆然としている俺の前に一人の男性が現れた。あいつの弁護士だという。
「修三さん、少々お時間よろしいでしょうか。かずさんの遺言についてお話があります」
「遺言?あいつのが?」
読み上げられた遺言は、予想もできないものだった。
「双子を頼む。俺の代わりに、二人を守ってくれ」
「は?り子とまこって、あいつの娘のことだよな?俺に守れっていうのか?」
あいつは俺を信頼していたんだろうと弁護士は言う。親族ではなく、俺になら娘たちを大切に育ててくれると思ったのだろう、と。けれど俺には子供を育てた経験なんてない。一体何を考えているんだ、とあいつの無茶な頼みに頭を抱えた。
葬儀の場では、親族たちが口々に遺産や土地のことを話し始めた。「子供たちは施設に入れればいい」と言い放つ奴もいた。かずがどれだけ娘たちを大事にしていたか、こいつらは全く分かっていない。あいつが俺に遺言を残したのも、むべなるかなと思った。
俺には無理だ。そう自分に言い聞かせていた。旅館の仕事だって忙しいし、独身の俺が親代わりになることなんてできやしない。あいつには悪いが、この遺言は果たせそうにないと諦めかけていた。
だが、葬儀から数日後、どうしても気になって施設へ足を運んでしまった。そこにいたのは、かずの面影を残す双子の姿だった。パパはどこ?と目を潤ませながら尋ねるまこに、俺は「パパはお前たちのことをすごく愛してたんだ。だからパパは俺に、お前たちを守ってほしいって頼んだんだよ」と、自分でも驚くほど自然に言葉が出てきた。
「これからは俺もいるからな」
その日から、俺は毎日のように施設へ通った。仕事が終わると、真っ先に二人の顔を見に行く。最初は無口だった双子も、少しずつ言葉を発するようになった。だが、夜になるとパパとママに会いたいと繰り返し泣くという。
「職員さん、あの子たちを引き取ることってできますか?」
気が付けば、そう口にしていた。覚悟が決まったわけじゃない。かずの遺言に従ったわけでもない。ただ、あの子たちの笑顔が見たかっただけだ。
施設での手続きを進めながら、俺は旅館の一室を片付けて子供部屋を作ることにした。何を用意すればいいのかさっぱり分からず、ホームセンターをうろつきながら、布団や机、ぬいぐるみを買い揃えた。
そして、双子を連れて帰る日がやってきた。
「ここがこれからお前たちが暮らす家だ。旅館だけどな」
二人は不安そうな顔で部屋を見回していた。まこはすぐに涙を見せた。りこが「大丈夫だよ。まこ泣かないで。お姉ちゃんがいるからね」となだめる。二人を寝かしつけた夜、まこが泣きながら起きてきた。
「パパとママに会いたいよ」
「パパとママが恋しいよな。分かるよ。でも今は俺がここにいるからな。俺がいる限り、絶対に怖いことなんて起きないから」
「本当に怖い夢見ても大丈夫?」
「ああ、怖い夢を見たら、俺がすぐに追い払ってやるからな。俺は絶対にお前たちを一人にしない。これからはずっと一緒だからな」
「うん。分かった」
その夜、少しは安心してくれたのか、双子は眠りについた。俺はかずに誓った。簡単じゃないことは分かってる。でも、俺があの子たちを守る、と。
数日後、福祉事務所の山口より子さんが、受け入れ先の調査に訪れた。俺は手探りで用意した子供部屋を申し訳なさそうに見せたが、彼女は「とても明るくていいですね。ぬいぐるみや本も置かれていて、双子ちゃんにとっていい環境ですよ」と笑顔で言ってくれた。
「正直、子供が好きそうなものが全然分からなくて。色々な人に聞いて用意したんです」
「その気持ちは十分伝わってきます。この環境なら、双子ちゃんも安心して過ごせそうですね」
よし子さんは、その日、初めて双子に絵本を読み聞かせてくれた。施設の職員が驚くほど、二人はよし子さんの絵本に夢中になった。それをきっかけに、り子とまこは少しずつ笑顔を見せるようになった。
朝、旅館で作った朝ご飯を二人に振る舞うと、りこが突然「お父さん」と呼んだ。
「え?今、お父さんって?」
「だって修三おじさんは私たちの味方なんでしょ。だからお父さんなんだよね」
俺はその言葉に思わず笑みがこぼれた。そっか。そうだな。俺はこの子たちの父親になるんだ。
旅館の掃除を手伝ってもらうようになると、二人はすぐに従業員たちの人気者になった。「将来はここらの看板娘になるんじゃない?」と笑い合う声が聞こえてくる。二人もだんだんと自己主張を始め、まこが「玉ねぎ嫌い」と言い出したときは、ちゃんと女の子らしいわがままが出てきたもんだと安心した。
そして、二人が初めて学校へ行く日がやってきた。りこは楽しみだと目を輝かせていたが、まこは不安そうだった。「二人ともいい子だから大丈夫ですよ」と従業員に励まされながら、見送った。帰ってきた二人は、口を揃えて「学校、楽しかった」と笑った。
従業員の提案で、初めての家族旅行も計画した。地元の温泉と観光を巡る小さな旅だったが、二人は目を輝かせた。「お湯あったかい」「大きなおにぎりだね」。展望台からの景色を見たときに「また旅行しようね」と手を握ってくる双子の手は、確かに俺の家族の温もりだった。
育児について悩むことは多かった。特に、別々のクラスになってから友達を作れずにいるまこのことを心配して、よし子さんに相談に行ったこともある。
「まこは打ち込みで、まだ友達ができないんです。どうやってサポートしたらいいのか分からなくて」
「双子でも性格は違いますからね。まこちゃんのペースを尊重して、見守ってあげるのが一番だと思いますよ。あなたはちゃんとやれています。その証拠が、双子ちゃんの笑顔ですよ」
そう言われて、少しだけ安心した。俺はもっといい親になりたいと心から思えた。
地域の夏祭りでは、二人の手をしっかりと繋いで出かけた。金魚すくいに挑戦し、射的でぬいぐるみを取り、かき氷を食べた。「お祭りのかき氷って特別だね」と笑うまこの顔は、もう施設にいたときの暗い表情ではない。翌日は旅館の手伝いもはじめた。笑顔で「いらっしゃいませ」と言うりこも、皿を丁寧に運ぶまこも、お客さんから「いい看板娘ね」と褒められた。
そうして平和な日々が続いた頃、やってきたのは反抗期というやつだった。宿題を後回しにしたりこに、「今やっちゃいなさい」と言うと、彼女は突然「本当の親でもないくせに」と口にした。
言葉を失った。確かに俺は実の親ではない。何も言えずにいると、まこが不安そうな顔でりこを見つめた。
「りこ、どうしてそんなこと言うの?お父さんはいつも優しいよ。私たちを守ってくれるよね」
「だって、怒るんだもん……」
「そりゃそうだよ。俺はり子たちのことが大切だからね。君たちが困るところを見たくないんだ。言い方が悪かったかもしれない。でも、君たちのことが心配なんだ。それだけなんだよ」
「……ごめんなさい」
「いいよ。分かってくれればそれでいい。これからは言葉に出して話し合っていこうな」
こうして、親子の絆は少しずつ深くなっていった。よし子さんにはいつも相談に乗ってもらい、感謝してもしきれなかった。
「山口さん、あなたといると心が安らぐんです」
「私もです。双子ちゃんと修三さんと過ごす時間は、私の癒しなんです」
「俺たち、いいチームかもしれませんね」
「そうですね。最高のチームですよ」
たまには夕食の席で、将来の話もした。自分たちの夢は何かと聞くと、りこは「旅館を継ぎたい。お父さんみたいにみんなを笑顔にしたいの」と言い、まこは「もっと勉強したい。もっと遠くの世界を見てみたい」と言った。二人がしっかりと自分の夢を持っていることに、俺は誇らしい気持ちになった。
「どんな夢でも、俺は全力で応援するからな」
そして、双子が旅館に来て初めての誕生日を迎えた。ケーキを用意して、よし子さんも招待した。二人が喜ぶ姿を見ながら、俺は決断した。
「山口さん。お願いがあります。これからは、俺たちの家族として一緒にいて欲しい」
「え……それって」
「お母さんになるの?」とりこが目を輝かせる。「お母さんになってほしい。私たちもそう思ってた」とまこも続ける。
「……本当に、私でいいんですか?」
「お願いします。ずっと支えてくれて、二人のことも大切に思ってくれて。その気持ちが本当にありがたくて。これからもずっと一緒にいて欲しいんだ」
「ありがとう……私も、みんなとずっと一緒にいたい」
「山口さん、ありがとう。これから四人で家族を作っていこう」
「やった!家族が増えるね!」
あの日、かずに誓った約束。俺はきっと、果たせているだろう。
それから十年。双子は立派に成長し、旅館は昔よりずっと賑わっている。りこは笑顔でお客様を迎える看板娘になり、まこは裏方でしっかりと旅館を支えている。
「お父さん、お客様みんな喜んでくれたよ」
「そうか。お前たちが一生懸命頑張ってるからだよ」
「もっともっと看板娘として頑張るからね」
「私ももっと支える。お客様に特別な場所だって思ってもらえるように」
「二人ともありがとう。明日はもっと宿泊客が多いぞ。頑張ろうな」
「うん!張り切って頑張るね」
「私も裏方頑張る」
「より子さん、ありがとう。本当に助かってるよ」
「私も家族の一員なんだから、当然よ」
そして今日も、旅館の忙しい一日が始まる。廊下には双子の明るい声が響き、客室からは笑い声が聞こえてくる。家族みんなで支え合うことが、こんなにも幸せなことだなんて、かずが遺言を残してくれなかったら、俺は知らずにいただろう。
ある日のこと、双子が改まって話があると言ってきた。
「お父さん、お母さん。私たちからお礼の気持ちを伝えたくて」
「何のことだ?」
「お父さんとお母さんがいてくれたから、私たちここまで来れたの。お母さんに絵本を読んでもらうの、安心した。お父さんが迎えてくれなかったら、こんな幸せになれなかった」
「当たり前だと思ってやっていたよ」
「当たり前じゃないよ。お父さんとお母さんがいなかったら、私たち、笑っていられなかったと思う。だから、これからもずっと一緒にいてほしい」
「もちろんよ。私たちは家族なんだから」
「私がもっと大きくなったら、今度は私たちが支えていくね」
「俺たちも、二人の未来を全力で応援するからな」
あの日、俺は今も変わらず、時々かずの墓前に足を運ぶ。
「かず、見てくれているか?久しぶりだな。お前の遺言のり子とまこは、立派に成長してるよ。俺が言うのもなんだけど、本当に自慢の子供たちだ。明るく元気で、旅館の看板娘としてみんなに愛されてるよ。お前に似たのかもしれないな。まこは控えめだけど、芯の強い子だ。裏方の仕事を楽しそうに頑張ってる姿は、誇らしく思うよ。俺は不器用だから、失敗もたくさんあった。でも、そんな俺を双子は支えてくれた。より子さんと出会えたのも、双子を引き取ったおかげだ。これはお前のおかげでもあるんだよ。本当にありがとうな。かずの願いを果たせてよかった。これからも俺たちを見守っていてくれ。いずれ俺もそっちに行くからさ。その時は、また語り合おうな」
最近、旅館のリニューアルを考えている。家族会議を開くと、みんなが思い思いのアイデアを出してくれた。
「お庭を整備して、季節の飾りを増やすのはどう?」
「地元の食材を使った特別な料理もいいわね」
「看板のデザインも変えたいな」
「制服を新しくするのもいいんじゃない?」
「みんなで力を合わせていけば、きっと素敵な旅館になるわ」
「うん、みんなで頑張ろうね」
かず。俺は幸せだよ。お前がいたから、俺の人生はここまで豊かになった。そして、これからもこの家族とともに、この旅館を守っていくんだろう。



