そもそも私が借りたお金じゃありません。借りたのは父です。
同窓会の会場に現れた闇金の取り立ての男たちに、美緒がそう反論した。だが二人組はまったく聞く耳を持たない。
「その父親が払えないんだから、娘であるあんたが払うのは常識ってもんでしょうが」
「ですから毎月返済しているじゃないですか」
「あんたも話がわかんない人だね。あんな微々たるもんじゃ、全然足りないって言ってんだよ。あんたくらいの器量なら、体を使って稼げば八百万くらいあっという間に返せるだろうよ。だから仕事を紹介してやろうと思ってな」
「そ、そんな……親の借金八百万を体で払えって……」
男たちは下卑た笑いを浮かべながら美緒に近づいていく。
俺は胸元の警察手帳に手をやりながら、男たちと美緒の間に割って入った。
この後、あんな結末を迎えることになるとは、この時の俺は予想もしていなかった。
俺の名前は金井誠。子どもの頃から両親が共働きだったため、学校から帰ってからは一人で過ごす時間が多かった。そんな俺はよく近所に一つしかない公園で友達と遊んでいたのだが、そこに行く時に通る道に交番があった。ほぼ毎日その交番の前を通るため、中にいる警察官とも顔見知りになり、帰りはいつも気をつけるように声をかけてくれていた。こんな子どもにも優しく目を配ってくれる警察官に俺は憧れるようになり、警察官を目指すことに決めたのだ。
大学卒業後、俺は警察庁に入り、キャリア警察官として働いている。キャリアと言っても、まだまだひよっこの俺は他の警察官と指を刺して何も変わらない。毎日上司に厳しく指導されながらも、憧れの警察官として充実した日々を送っている。
そんな俺の元に、中学の同窓会の招待状が送られてきた。就職と同時に地元を離れてしまっていたため、ここ何年も同級生には会っていない。仕事が忙しくて実家にも顔を出せていなかったし、里帰りも兼ねて俺は同窓会に出席することにした。
同窓会当日。実家に荷物を置いて、俺は会場に向かった。会場は地元で唯一と言っていい高級ホテルの宴会場で、俺は足を踏み入れたことはない。どんな豪華な食事が待っているのか、久しぶりに会う同級生たちは元気にしているのだろうか。そんなことを考えながら、俺はわくわくして歩いていた。
ホテルに到着すると、先に到着していた同級生たちが会場の外に溢れていた。
「お、誠、久しぶりじゃねえか」
会場の外で順番を待っている俺に声をかけてきたのは、上村也。幼稚園の頃からの腐れ縁で、いわゆる幼馴染みというやつだ。幼い頃からお互いの家を行き来してしょっちゅう遊んでいた。今でもたまに連絡を取って近況報告はしていたため、今日俺が同窓会に参加することは事前に伝えてあったようだ。
「顔を合わせるのは久しぶりだけど、相変わらず元気そうだな」
「まあな、俺は元気だけが取り柄みたいなもんだけどな」
二人で軽く肩を叩き合っていると順番が回ってきたので、受付担当の元同級生から名札を受け取って会場に入ることにした。
立食パーティーのようで、あちこちに美味しそうな料理が乗ったテーブルが並んでいる。俺と也は早速料理を取り分けて食べ始めた。あちこちで旧交を温める声が聞こえ、俺も久しぶりに帰郷したせいかいろんな人から声をかけられる。何人かに今の仕事を聞かれたが、警察官と名乗るのは少し気まずくて、会社員とだけ告げて警察官であることは隠すことにした。
確かに警察も会社員と言えなくはないが、秘密にしておくようなことか。俺がキャリア警察官だと知っている也は不思議そうに聞いてきたが、自分から警察のキャリアだと名乗るのは少し気が引けるのだ。
「そんなこと言って、也だって自分の仕事は内緒にしてるじゃないか」
「俺の場合は、言うとこの楽しい雰囲気に水を刺すことになるから黙ってるんだよ」
そんなことを也と話しながら他の元同級生とも会話を楽しんでいると、急に会場の入り口付近にざわめきが広がった。
「おい、林美緒さんいらっしゃいませんか? ここに来てますよね」
柄の悪い声が会場に響き渡る。何事かと入り口に目を向けると、明らかにチンピラと言った見た目の男が二人、仁王立ちしているのが見えた。
「林美緒さんいるのは分かってるんだ。さっさと出てこいよ」
そう言って二人組のうちの一人が近くのテーブルから料理の乗った皿を取り上げ、床に投げ捨てた。皿が割れる大きな音が響き渡る。周りの人たちから悲鳴が漏れ、小さな子どもを連れてきた人は奥の方へ避難していく。
「やめてください。こんなところまで来て、一体何なんですか?」
そう言って男たちの前に現れたのは美緒だった。美緒は中学時代から美人で周りから騒がれていたが、今でもその美しさは健在だった。しかしその顔からは疲労感が漂っている気がして、俺は気になった。
「懐かしいな。最近あんまり見かけなかったけど、相変わらず美人だな」
この騒ぎにも動じず、料理を口に詰め込みながら話す也に、さすがだなと感心してしまう。
「何って、俺らが君に用事あるのなんて借金の取り立て以外にないじゃん」
「毎月きちんとお支払いしています」
「あんな金額じゃ全然足りないんだよ。一生かかっても返済できないぜ。こんな豪華なところに来てる余裕があるんだったら、その分返済に回すのが金を借りてる身としては当たり前だろうが」
二人のやり取りから、美緒が男たちから借金をしているのだろうということが俺には理解できた。男たちが大きな声で話すものだから、他の同級生たちにも伝わってしまっているだろう。あちこちから美緒を非難する声が聞こえてくる。
「そもそも私が借りたお金じゃありません。借りたのは父です」
「その父親が払えないんだから、娘であるあんたが払うのは常識ってもんでしょうが」
「ですから毎月返済しているじゃないですか」
「あんたも話がわかんない人だね。あんな微々たるもんじゃ全然足りないって言ってんだよ。あんたくらいの器量なら、体を使って稼げば八百万くらいあっという間に返せるだろうよ。だから仕事を紹介してやろうと思ってな」
「そ、そんな……親の借金八百万を体で払え……」
男たちは下卑た笑いを浮かべながら美緒に近づいていく。さすがにこれは見過ごせない。俺は胸元に手を入れながら、男たちと美緒の間に割って入った。
「君たち、ここでこれ以上の騒ぎは遠慮してもらえるかな?」
「はあ? お前、何だよ。あっち行ってろ」
「君たちは闇金の人間か何かだろう。こんなに人が大勢いるところで騒ぎを起こされると、俺も仕事柄黙っておくわけにはいかないんだよ」
俺は胸元から警察手帳を取り出して男たちに見せようとしたが、その直前に後ろから也が割って入ってきた。
「ちょいとお兄さんたち、ここで騒がれると俺も黙ってらんないんだよな」
「何だよ、あんたは」
「俺、俺は神村って言うんだけど、あんたらも闇金なら上村組って聞いたことあるだろう」
「か、神村組って……」
実は也は、地元で一番大きいヤクザである上村組の組長の息子だ。俺は也と長い付き合いだから知っているが、同級生のほとんどは知らない。だからさっき也は自分の仕事を同級生たちにごまかしていたのだ。
「そうそう。あんたたちも上村組を敵に回したくないだろう」
「そ、それはそうだけど、俺たちも仕事なもんでね」
也の素性を聞いて男は少しビビってはいたが、ビビりながらも言ってくる。
「それはそうだろうけどさ、何もこんなところで騒いでくれなくてもいいんじゃないか。品のない奴らだな」
也が笑顔で睨むと、男たちは不服そうにしながらもその場から去っていった。
「あの、二人ともありがとう」
男たちが去った後、美緒は俺たちに頭を下げてきた。
「元同級生が困ってるんだから助けるのは当然さ。でも、あいつらきっと諦めたわけじゃないよな」
「そうだな。きっと金を全て返済するまでは突きまとってくるだろうね」
そんな也の言葉に、美緒は顔面蒼白になってしまう。
「そもそも、なんであんな奴らから借金したんだ?」
「お金を借りたのは父なの。母が入院した時にお金に困ってしまって……」
美緒は俯きながら涙ぐむ。
「ちなみに、あいつらからはいくら借りてるんだ?」
「父が借りたのは五十万だったんだけど、金利が膨らんで八百万になってしまってて……金利が十倍だったらしいのよ」
「十倍って……そんな貸し方をしたとしても違法な利率だな」
「俺のとこも金貸しはしてるけど、一般人相手にはないな」
「やってたらお前も逮捕だぞ」
俺が苦笑いしながら也に言うと、也は知らん顔でそっぽを向いた。しかしこれはどうしたもんかな。どうにかして美緒を助けてあげたいが、ただ逮捕しただけだときっとあいつらは出所後にまた美緒の元へ行くだろう。俺が無言で考えていると、也が俺の肩を叩いてくる。
「なあ、ちょっと思いついたんだけどさ」
也はそう言って、俺にある計画を耳打ちしてきた。
それから二時間後、同窓会がお開きとなり、俺たちは会場を後にした。美緒と会場の外で別れ、美緒は駅の方へと一人で歩いていく。歩き始めて十分くらい経った時、先ほどの二人組が美緒の前に立ちふさがった。
「よ、さっきぶりだな」
「ひっ……さっきは邪魔が入ったが、金は回収させてもらうぜ。こっちも仕事なんでな」
「でも、そんな急にお金なんて持ってないです」
「じゃあ諦めて、俺らの紹介するところで働いてもらうしかないな」
男たちはそう言って笑うと、嫌がる美緒の腕を引いてある場所へと連れて行った。
美緒が連れてこられたのは、男たちの事務所と思われる古びた一室だった。表には「金融」と書かれている。男たちは部屋の中に美緒を押し込んだ。
「ボス、連れてきました」
部屋の中では、男たちにボスと呼ばれた年配の男が待ち受けていた。
「おお、そいつか」
「はい。林のやつが返済できないから、娘であるこいつに払ってもらってたんですがね。ちまちま返されても金利が膨らむだけなんで、いい仕事を紹介してやろうと思いまして」
「そうか。まあ、あんたなら一年もあれば八百万くらいすぐに返せるだろうよ」
男はそう言って笑いながらタバコに火をつけた。
「でも、父が借りたのは五十万だったんですよ。それが八百万だなんて……」
「あんたの父親にはちゃんと説明したぜ。利率は十倍だってな」
「でも、そんなの違法じゃ……」
「違法と分かってて借りたのはあんたの父親だ。借りた方にも責任があるってもんだろう」
男たちは美緒を取り囲み、にじり寄る。その時、ドアが大きな音を立てて開いた。
「何だ?」
「闇金の取り立てご苦労さん」
俺は警察手帳を片手に持ち、男たちに見せながら部屋に入る。
「お、お前はさっきの会場にいた……」
「美緒さん、危ない橋を渡らせてしまって悪かったね。でもおかげで証拠が揃ったよ」
美緒は俺に近づくと、ポケットにしまってあったものを手渡した。それはボイスレコーダーだった。也が思いついた計画の一部は、実は美緒にボイスレコーダーを持たせて男たちの会話を録音し、逮捕のための証拠を掴むことだったのだ。
「これは一体どういうことだ?」
男のボスがわけがわからず俺に怒鳴ってきたが、俺は冷静に答えた。
「あんたらがやってることは違法なんだよ。それに自覚があったようだしな」
「お、俺たちは個人でそいつの父親に金を貸してやったんだ。善意ってもんさ」
「利率十倍は善意とは言えないんじゃないかな」
「そ、それは……」
男は俺の言葉に、必死に言い訳を考えているように口ごもり始めた。
「あんたたちの会話は録音させてもらったから、これを証拠に外にいる警察官たちに踏み込んでもらうとしようか」
「ぼ、ボス……」
「ちっ、仕方ねえな。安心しろ。捕まってもせいぜい五年くらいで出てこられるからよ。大したことねえぜ」
男たちのボスの言う通り、逮捕して刑務所に送ったところで五年ほどで釈放されてしまうだろう。そしてまた同じ悪業に手を染める。そんなことにはさせない。
「おい、入ってくれていいぞ」
俺が後ろに声をかけると、後ろで控えていた也が部屋に入ってくる。
「よ、さっきぶりだな、お兄さんたち」
「お、お前は上村組の……なんであんたと一緒にいるんだよ。お前も俺たちの同業みたいなもんだろうが」
「そうそう。それが俺にとっては大問題でね」
そう言って笑うと、也は男たちのボスに近寄っていく。
「あんたがこいつらのボスだろ? 俺は上村組の若頭で、組長の息子の也って言うんだが。上村組の若頭だって分かってて、こんな危ない商売してんのか」
也の顔は笑っていたが、目は笑っておらず威圧感を放っている。
「そ、それは誤解です。俺はあくまで個人で金を貸したりしてるだけで……」
「そうか。ドアに思いっきり『金融』って書いてあるよな」
也の言葉にボスはだんだんと青ざめていき、冷や汗を流し始めた。
「こんなことを勝手にされたんじゃ、俺たち上村組としても黙ってらんねえな」
也は部屋の中に置かれているソファーにどかりと腰をかけて足を組む。ボスと男たちはその様子を青ざめた顔で黙って見ていた。
「まあ、今回お前たちはしょっぴかれることになったわけだが、出所後にまた戻ってきて商売を始めようもんならどうなるか分かってるよな」
「しかし、こいつの父親に貸した金は返してもらわないと」
「こいつらに今まで貸した金はいくらくらいなんだ?」
也に突然話を振られて、美緒は慌てて答える。
「百万くらいは返済したわ」
「じゃあ、通常の金利だと十分な返済額だよな」
「で、お前さえよければ、俺たちでお前らの処分してやってもいいんだぞ。その場合は命の保証はしないがな」
也が静かに睨むと、男たちは三人ともガクガクと震え始める。
「どっちか選べよ。警察にしょっぴかれるか、俺らに処分されるか」
「喜んで警察のお世話にならせていただきます」
慌ててそう答えるボスに、也は視線を向け続ける。
「そうか。そんなら林の借金も、これでなしってことでいいな。もしまた戻ってきて脅すようなら覚悟しておけよ」
「わ、分かりました」
ここまでが也の計画だった。ボスががっくりとうなだれるのを見届けて、也は立ち上がりドアの前にいる俺の方に歩いてきた。
「そういうことだから、俺はこれで退散するとするわ。お前もその方が都合いいだろ?」
「そうだね。警察官とヤクザが一緒にいるのを見られるとうるさいからな。今回は助かったよ。サンキュー」
「俺が何かで捕まった時は助けてくれよ」
「それは状況次第ってやつだな」
俺の言葉に也が笑いながら部屋を出て行こうとすると、美緒が慌てて声をかける。
「ありがとう。本当に」
也の後ろ姿に頭を下げる美緒に、也は片手を挙げて答えて去っていった。
也がいなくなったのを見届けてから、俺はスマホを取り出して外に控えている警察官たちを呼んだ。その後踏み込んできた警察官に取り押さえられ、男たちはパトカーで連行されていった。
也が思いついた計画が、全てうまくいった。さすがというか何というか、也はああ見えて意外と頭が回るやつなのだ。だからこそ、あの若さで大きい組の若頭を任されているのだろう。組長の息子だからという理由だけではない。
それから逮捕された男たちは、俺が提出した証拠を元に起訴され、有罪が確定して刑務所送りとなった。あれだけ也に脅されたのだ。出所後に戻ってくる心配はないだろうと思う。しかし、ああいった連中はやり方を変え、場所を変え、また同じことを繰り返すものだ。そういったことが続かないように、俺も警察官としてしっかり目を光らせていかないとな。
あの一件の後、俺は也だけでなく美緒とも頻繁に連絡を取るようになった。美緒は今まで借金の返済のために相当無理をしていたらしいが、やっと平穏を取り戻すことができた。疲れた顔をしていることもなくなり、笑顔が増えたと地元で美緒に会った也から聞き、俺は嬉しく思っている。
也とは警察官とヤクザといった複雑な関係ではあるが、幼馴染みであることに変わりはない。也が人の道に反することに手を染めなければ、俺と也の関係は変わることはないだろう。
俺は今回の件で、友情の大切さを再確認することができた。それを忘れることなく、俺はこれからも警察官としての務めを果たすため、一生懸命仕事に打ち込んでいこうと思っている。



