取引先の創立記念パーティーの会場で、俺の妻を見た瞬間、今野部長は吐き捨てるように言った。
「ババアなんか連れてくるな」
年下の若い嫁を自慢にしている今野部長にとって、二十歳も年上の女性と結婚した俺のことが理解できないのだろう。だが、妻を侮辱される筋合いはない。腹が立って拳を握り、言い返そうとしたその時、遠くから声がした。
「ま、まなみ……なのか?」
俺の妻の名前を呼んだその人物を見て、今野部長の顔色が一瞬で青ざめた。どうやら、とうとう天罰が下る時が来たらしい。俺の大事な妻を傷つけた責任を、きっちり取ってもらおうじゃないか。
俺の名前は坂本大地、三十歳。ひと月前から医療機器の営業として働き始めた。実は、日本で働くのはこれが初めてだ。俺は元々、優しい父と母、頼りになる姉の四人家族で何不自由なく育ってきた。
大学生の頃、俺は大きな岐路に立っていた。子供の頃こそ警察官になりたいなどと夢を語っていたが、中学、高校と進むにつれて自分が何をしたいのか分からなくなっていた。それでも卒業しておいた方がいいだろうと思い大学には進学したが、就職を考える時期になっても答えは見つからず、焦りだけが募っていった。
「姉ちゃん、俺、本当に何になりたいのかまったく分からないんだ」
「ふうん。じゃあ思い切って海外に行ってみたら?私は違う世界を見て、今の仕事に就こうと思ったのよ」
四歳年上の姉に相談すると、そう提案された。姉は看護師として働いているが、大学時代に海外へ行き、過酷な環境で暮らす人々を見て人を助ける仕事がしたいと思ったらしい。もし何も見い出せなくても、海外で過ごした経験は無駄にはならないだろう。俺はそう思い、海外へ行くことを決めた。
せっかく海外に行くのなら人のためになることをしたいと思い、学生ボランティアとして現地へ向かった。そこで見たのは、まともな医療を受けられない人々の姿だった。日本では風邪を引けば病院に行くが、国によってはそれが当たり前ではない。ボランティアを通して、俺はようやく自分のやりたいことを見つけた。過酷な環境で暮らす人々の力になりたい。大学卒業後も海外でボランティアを続けることを決めた俺は、資格を持っていなかったため物資やワクチンの運搬を担当した。人に感謝される仕事は本当にやりがいがあった。
そして、そのボランティア活動で出会ったのが医師の横田まなみさんだった。彼女は俺より二十歳年上で、長年ボランティア医師として活動してきたという。毎日現地の人を診療し、たくさんの人に慕われているまなみさんは、本当に優しい女性だった。年齢差が気にならないくらい、俺は彼女に惹かれていった。
「私、もうおばさんよ」
そう言って年齢を気にする彼女に、俺は必死にアプローチした。だが、彼女は自分が二十歳年上であることをずっと気にしていた。
「そんなことないよ。まなみさんは綺麗だし、人として尊敬してる」
俺の熱意に負けたのだろう。彼女は俺との交際を受け入れてくれ、一年前には結婚を承諾してくれた。
結婚が決まってから、俺の生活は一変した。ボランティアをしていれば様々な地域に行かなければならず、ネット環境が整っていないことも多い。そんな生活では一緒に暮らすのはおろか、連絡を取り合うことすら難しい。そこで俺は、まなみさんと連絡が取りやすいように日本へ帰国することを決めた。俺が日本にいれば、まなみさんも帰国しやすくなるはずだ。日本で就職したことがなかったのが不安だったが、心配したまなみさんが知り合いの会社に口を利いてくれ、今の会社に入社できた。今の会社の人々は俺にとても親切で働きやすい。ただひとつ、いつも行く取引先に問題があった。
「おお、坂本君」
今野部長は、噂で俺の経歴を聞きつけたのか、三十歳になってもこれまで就職したことがなかったことを馬鹿にする節があった。同僚の話によると、今野部長は親戚に重役がいて、その力で部長の地位まで登りつめたらしい。頻繁に足を運ぶ取引先だが、今野部長が真面目に仕事をしている姿を見たことがない。同僚たちも裏では「お飾り部長」と呼んでいた。暇を持て余し、人の噂話が大好きな今野部長は、どこで聞きつけたのか俺とまなみさんの関係に興味津々だった。
「坂本君の奥さんって二十歳年上なんだろう?しかも結婚してから一度も帰国していないんだって?」
今野部長は面白いネタを見つけたとばかりにニヤニヤしながら聞いてくる。
「そうですね。でも、私は年齢ではなく妻の人柄に惹かれたんです。それに、彼女は今医師としての仕事が忙しくて」
そう答えると、今野部長はより一層下品な笑みを浮かべた。
「俺、この前テレビで見たぞ。ロマンス詐欺ってやつ。坂本君、ロマンス詐欺に遭ってるんじゃないか?」
失礼なことを平然と言われるので、俺は毎回イライラさせられた。だが、相手は取引先の部長だ。声を荒げて事態を大きくするわけにはいかない。俺はいつも笑顔で適当に受け流していた。
疲れ切って帰社すると、隣のデスクの長野さんが声をかけてきた。
「なんだか疲れた顔してるけど大丈夫?」
「いつものことだけど、今野部長の質問攻めに遭ってしまって」
「今野部長、本当にデリカシーないもんね。話してると私も疲れるわ。お疲れ様です」
仕事で時折今野部長と関わることのある長野さんは、その面倒くささを知っていたため、俺をねぎらってくれた。すると、彼女は何かを思い出したように口を開いた。
「そういえば聞いた?今野部長の奥さんって、部長の二十歳年下らしいわよ。この前、他の社員に自慢しているのを聞いたの」
「そうなのか。じゃあ奥さんはかなり若いんだね」
「奥さんが若いのはいいけど、私も今野部長には本当に困ってるのよ。いつも営業で行くとニヤニヤしながら話しかけてくるし、彼氏はとか仕事に関係ない話ばかりしてくるんだもん。若い女なら誰でもいいんだわ、あの人は」
感情的になった長野さんをなだめつつ、興味深い話を聞けた。若い女性が好きな今野部長だからこそ、年の離れた女性と結婚した俺が気になるのだろう。しかし、毎回真面目に相手をしていても疲れるだけだ。今後は適当にかわそうと心に決めた。
一週間後、俺は再び今野部長のいる会社を訪れていた。今日は長野さんも一緒だ。担当の社員を待っていると、今野部長が近づいてきた。
「ちょっと、これを見てくれよ」
ニヤニヤしながら差し出されたスマホの画面には、綺麗な女性と可愛い男の子が一緒に写っている。
「綺麗な女性と可愛いお子さんですね」
適当な返事を返すと、今野部長は満足げに頷いた。
「そうだろう。これは俺の妻と子供なんだ」
家族を自慢したかったらしい。俺が褒めたことで気分を良くした今野部長は、いつものように失礼な発言を始めた。
「君の奥さんは五十歳だっけ?さすがにその年齢だと子供は無理だよね。自分の子供が持てないなんてかわいそうに。やっぱり年上の奥さんなんてもらうべきじゃないな」
よほど俺を馬鹿にするのが楽しいのか、今野部長はニヤニヤしている。今までも度々失礼な発言を浴びせられてきたが、さすがに今回の発言は見過ごせなかった。
「さすがにその発言は失礼じゃないですか?子供が難しいのは承知の上ですし、他人にそんなことを言われる筋合いはありません。発言を取り消してください」
険しい表情で強く言い返しても、今野部長はヘラヘラしている。
「何をそんなに無理に怒ってるんだ?悪気はないんだよ。子供が持てないのがかわいそうだなって、心配しているだけだよ」
そうは言うが、その表情も口調も心配している人のものではない。俺が再度言い返そうとすると、今野部長が言葉を被せてきた。
「君さ、俺が部長だって分かってるよね?いいのかな?俺はこの会社の重役に親戚がいるんだぞ」
人の妻を散々馬鹿にしておいて、権力で黙らせようというのか。あまりにも卑怯な発言に俺は呆れてしまった。俺が黙ったことで気分が良くなったのか、今野部長は捨て台詞を残して去っていった。
「いえか。口の聞き方には気をつけろよ」
その発言に感情が爆発したのは長野さんだった。
「今野部長、いい加減にしてください。言っていいことと悪いことがありますよ」
俺だけでなくお気に入りの長野さんにまで責められて、よほど面白くなかったのだろう。今野部長は「ふん、空気の悪い奴らだな」と一言吐き捨ててどこかへ行ってしまった。
「長野さん、かばってくれてありがとう」
「うん。今野部長のあの発言はありえないわよ。あんなこと言って謝罪しないなんて、どうかしてるわ」
この出来事で今野部長はへそを曲げたらしく、その後は会社で会ってもわざとらしく俺を無視するようになった。しかし、仕事に直接の関わりはないので、無視されても支障はない。俺は気にせず仕事に集中した。
それから一ヶ月後、俺はいつものように取引先を訪れていた。すると、久しぶりに今野部長が話しかけてきた。
「坂本君、今度うちの会社で創立記念パーティーがあるんだよ。君も来るだろう?」
創立記念パーティーの話は一週間ほど前に耳に入っており、担当の俺も参加することになっている。
「ああ、はい。参加させていただくことになっています」
そう答えると、今野部長は含み笑いを浮かべた。
「うちの会社の創立記念パーティーはね、結婚している者は配偶者同伴で来るんだよ。君も奥さん連れてくるだろう」
驚いた。パーティーに参加するよう言われていたものの、配偶者同伴でとは一切聞かされていない。おそらく多くの人が同伴で来るだけで、絶対に配偶者と一緒でなければならないわけではないだろう。
「いえ、妻は仕事が忙しいですから、俺一人の参加になると思います」
そう答えると、今野部長はいつものようにまなみさんを卑下し始めた。
「ああ、やっぱり中年の嫁なんか恥ずかしくて連れて行きたくないか。なんてことを」
「俺は別に年齢のことは気にしていないと何度も言ってるじゃないですか。本当に彼女は仕事が忙しいんです」
思わず声を荒げてしまったが、今野部長は聞いているのかいないのか、自分の言いたいことだけ言ってデスクに戻ってしまった。
その日の夜、まなみさんから久しぶりに電話がかかってきた。
「一週間後、会社の創立記念パーティーがあって、配偶者と参加する人も多いみたいなんだ」
そう話すと、まなみさんから予想外の返事が返ってきた。
「実はね、少し長いお休みが取れることになったの。来週ちょうど帰国するから、一緒にパーティーに参加してもいいかしら?」
「本当に?まなみさんに会えるなんてすごく嬉しいよ」
結婚してから一年、まなみさんはずっと忙しくて会えていなかった。日本にいるのは一週間程度だというが、少しでも一緒に過ごせるのは本当に嬉しかった。
そして、ワクワクしながら迎えた当日。久しぶりに見たまなみさんは少し日焼けしていて疲れた顔をしていたが、相変わらず綺麗だった。
「どう?おばさん臭くないかしら?」
パーティーで他の参加者にどう見られるのか気にしているらしい。二十歳差だと、下手すれば親子と勘違いされる年齢だ。しかし、まなみさんは年齢よりもかなり若く見えるし、俺はそんなこと全く気にしていない。
「大丈夫だよ。まなみさんはいつも綺麗だから」
俺が惹かれたのは外見ではなく、いつも笑顔で困っている人や小さな子供たちに優しく接する彼女の人間性だ。その答えに、まなみさんはほっとしたようだった。
パーティー会場へ向かうと、すでにたくさんの人が集まっていた。夫婦同伴で来ている人もかなりいる。会場を見渡すと長野さんを見つけたので、まなみさんと一緒に挨拶をした。
「長野さん、妻のまなみです」
「いつも主人がお世話になっております」
和やかに挨拶を済ませていると、俺の姿を見つけた今野部長が近づいてきた。
「やあ、坂本君。これが噂の奥さんか」
今野部長はまなみさんを頭からつま先までなめ回すように見つめた。奥さんを紹介するのは気が進まなかったが、こうなっては仕方ない。今野部長の隣には、以前見せられた写真に写っていた女性がいた。少し狐顔だが、モデルかと思えるほど美人でスタイルのいい女性だ。部長夫人だろう。
「噂通りのおばさんじゃないか」
今野部長の唐突な爆発発言に、その場の空気が凍った。まなみさんも出会い頭にそんなことを言われるとは思っていなかったらしく、固まっている。
「今野部長、何てことを言うんですか!」
俺は今野部長の発言が許せず、つい感情的になってしまった。
「ふん。本当のことを言って何が悪いんだ?言われたくなかったら、ババアなんか連れてくるな」
怒りをあらわにする俺を見ても、謝罪するどころか畳みかけまくる今野部長。隣では妻がケラケラと笑っている。部長夫人と目が合うと、彼女も口を開いた。
「このおばさん、五十歳なんだっけ?六十歳くらいに見えちゃった」
夫の発言を諫めることもせず、部長夫人もまなみさんを馬鹿にし始めた。数々の暴言を浴びたまなみさんは深く傷つき、目には涙が浮かんでいる。まなみさんは何も悪いことをしていないのに。
「いい加減にしてください!妻があなた方に何をしたって言うんですか?」
悔しくて悔しくて、パーティー会場だというのに大きな声で二人を非難してしまった。しかし、俺がいくら怒っても二人は余裕の表情だ。
「坂本君さ、分かってるの?うちは取引先なんだよ。俺はその会社の部長。ことを大きくして困るのは君だろ?」
「そうよ。重役の親戚だし。いずれうちの人はもっと上に行くんだから、反抗すると後が怖いわよ」
これ以上我慢できない。ことを大きくしてでも謝罪させたい。そう思って俺が再び口を開こうとした瞬間、遠くから声がした。
「まなみ……まなみなんだろう」
そう言って近づいてきた男性の顔を見たまなみさんは、とても驚いた表情を浮かべた後、大粒の涙を流し始めた。そして二人は周囲の目など気にすることなく、肩を抱き合って号泣している。俺は事態が把握できず呆然とするしかなかった。
少し落ち着いたまなみさんが、事情を説明してくれた。
「まだ紹介できてなかったわね。この人は私の双子の兄。あなたの取引先の社長をしているの」
義兄がいるとは聞いていたが、結婚の挨拶の時も仕事が多忙という理由で会えていなかった。社長をしているという話も初耳だった。
聞けば、まなみさんの祖父が取引先の会社の創設者で、父がその後を継ぎ、まなみさんの兄が次の後継者になる予定だったらしい。義兄は会社を継ぐために昔から勉強に励み、経営についてずっと学んでいた。そんな兄の姿を見ていたまなみさんは、自分が家を出ることで兄が自分の立場を気にせず会社を継げるようにしたのだった。医免許を取得した後、海外に渡り、長年兄とは会っていなかったという。
兄は自分のせいでまなみさんが家を出たと思い、まなみさんもそれを気まずく思って、なかなか会うことができなかったらしい。
その説明を聞いて、一気に慌て始めたのは今野部長だった。
「社長の妹……本当か?」
「ええ、本当です。ああ、これをお渡ししますね」
完全に落ち着きを取り戻したまなみさんは、今野部長をきつく睨みながら名刺ケースを取り出し、中から少し古くなった名刺を差し出した。それは結婚前に使っていたもので、社長と同じ「横田」の名字が記されている。それを見た今野部長は顔面蒼白になった。今まで暴言を吐き続けてきた相手が社長の親族だと理解したのだろう。いくら親戚に重役がいたとしても、社長の親族を大勢の前で侮辱したことが許されるはずがない。
しかし、部長夫人はまだ状況が把握できていないようだ。
「社長の妹だからなんだって言うのよ。私たちは別に本当のことを教えてあげただけじゃない」
「よしなさい」
さすがの今野部長も夫人を止めようとするが、夫人は止まらない。
「私みたいに若くて美人な女は正義なの。おばさんは女としての価値なんてないのよ。まなみさんだっけ?あなたは私以下、私の方が女として上なのよ」
そう言って高笑いする部長夫人。その状況を一変させたのは、長野さんだった。
「女としての価値がある?笑わせないでよ。あなたの旦那、私や会社の若い女性に言い寄ってるのよ。知らなかった?」
長野さんの言葉に、部長夫人は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「言い寄ってる?そんなわけ……」
「女として価値があるのに、旦那一人も繋ぎ止めておけないの?ちゃんと旦那を捕まえておきなさいよ。毎回口説かれて迷惑なのよ」
長野さんの発言に、部長夫人は圧倒されて無言になってしまった。
「今野君、それは本当なのかね?既婚者が取引先の女性を口説くとは」
義兄は長野さんの発言を聞き、今野部長を睨みつける。今野部長は鋭い視線を直視できず、下を向いてブツブツと言い訳を並べていた。
「あなた、若い子に言い寄ってるって何なのよ!私だけって言ったじゃない!」
激昂した部長夫人は今野部長に詰め寄り、パーティー会場は混乱状態に陥った。
「今野君の処分は追って連絡するから、今は帰りなさい」
義兄にそう告げられた今野部長は、激怒する夫人を引きずって会場を出ていった。
「皆さん、お騒がせしました。美味しい料理やお酒を用意しておりますので、お楽しみください」
義兄の言葉で会場は落ち着きを取り戻し、パーティーは和やかに終了した。
その後、義兄はすぐに今野部長の降格処分を決めた。若い女性社員に聞き取りをしたところ、数名が仕事中に今野部長から口説かれて迷惑していると答えたのだ。部長ともあろう人物がまともに仕事もせず女性社員を口説いていたとなれば、まなみさんの件がなくても大問題だった。部長という役職をいいことに好き勝手してきた今野部長も、平社員になってしまえばもう偉そうにはできないし、下手な行動も取れなくなるだろう。降格の際には、今野部長の親戚である重役にもきつく叱責があったそうだ。これで再び権力で部長に復帰することもなさそうだ。
その話を聞いたのは、後日開かれた義兄とまなみさんとの食事会でのことだった。義兄はとても穏やかな人物で、俺にもフレンドリーに話しかけてくれる優しい人だった。笑った顔はどこかまなみさんに似ている。その場では、まなみさんとの出会いやボランティアの話など、色々なことを語り合った。
その中で、義兄が不意に俺にこう尋ねた。
「うちの会社に来ないか?」
俺はその質問に固まってしまった。決して嫌なわけではない。誘ってくれる気持ちはありがたいが、義兄の会社で働くのは荷が重いというか、緊張してしまいそうで不安なのだ。
「兄さん、その言葉は嬉しいけど、大地さんが緊張しちゃって仕事にならないと思うわ」
「そ、そうなんです。ありがたいんですけど、今の会社で働き続けようかと」
まなみさんの助け舟もあって、俺は素直な気持ちを義兄に告げることができた。
「大地さんが日本で就職するって言い始めた時、兄の会社に頼もうかとも思ったんだけど、大地さんの性格的に難しいかなって思ってやめたの」
まなみさんは茶目っ気たっぷりな笑顔を浮かべた。
その後数日間、まなみさんとは近場に旅行に行ったりして二人の時間を堪能した。
「また時間ができたらすぐに帰ってくるから」
「体調に気をつけて、無理しすぎないようにね」
まなみさんは海外へ帰ってしまった。
その数日後、長野さんに声をかけられた。
「聞いた?今野部長、離婚したらしいわよ。取引先の会社の人がこっそり教えてくれたの」
「ああ、あの時部長夫人すごく怒ってたもんな」
長野さんの話を聞いた夫人は、怒りが収まらなかったようだ。若さと美貌が自慢の部長夫人にとって、夫が他の女性に言い寄っていたという事実は受け入れがたかったらしい。とはいえ、あの二人の言動は目に余るものがあった。自業自得としか言いようがない。
俺はふと思い出し、長野さんに頭を下げた。
「長野さん、あの時は妻をかばってくれてありがとう。彼の問題をぶちまけてくれて助かったよ」
「二人があまりにもまなみさんを馬鹿にするから腹が立ったの。それに部長には毎回言い寄られてうんざりしてたし。言ってしまえってね。離婚までするとは予想外だったけど」
長野さんは悪い笑みを浮かべてそう言った。そんな長野さんを見て、俺は長野さんを敵に回したくないとすら思えた。
後日、俺の元にまなみさんから写真が届いた。現地の子供たちと笑顔を浮かべるまなみさんの写真だ。その笑顔はとても輝いていて、やっぱり綺麗だ。まなみさんは今日も海外で医師として多くの命を救うため頑張っている。俺はそんなまなみさんを尊敬しながらも、彼女の隣にいて恥ずかしくないと思えるような男になろうと誓った。



