「あの、私、あなたのことが嫌いです」
そう言われたのは、今からちょうど一年前のことだ。相手は私の夫だった。八年間連れ添った男。結婚式の時は、まさかこんな言葉を浴びせられるとは思ってもみなかった。
私は三十二歳で、社会人十年目。会社では「お局様」と呼ばれ、少し煙たがられている。この会社は女性が結婚したら退職するのが暗黙の了解みたいな風習があって、私みたいに結婚しても正社員で働き続ける奴は珍しいらしい。特に女性の部下からは、影で散々悪口を言われている。「結婚しても辞めないなんて、よっぽど旦那が貧乏なんだわ」って。
それは、当たっている。なんせ、八歳年上の夫は、私たちの結婚式の直前にリストラされてしまったんだから。
夫は営業成績が一年以上ずっと最下位で、会社が経営難になったのを機に切られた。四十歳でのリストラは、かなり厳しい。でも、あの人はのん気なものだった。「大丈夫だよ。すぐに新しい仕事見つけるから」なんて言ってたけど、営業成績がずっと最下位の人間を雇ってくれる会社なんて、あるわけがない。結局、無職のまま結婚式を迎えた。
まあ、それはまだ仕方ない。問題だったのは、義母だ。
結婚式の会場を見渡した義母は、私を怒鳴りつけた。
「あなさん、なんでこんな豪華な披露宴にしたのよ。かおちゃんの前の会社の人が一人も参加してないから、新郎側の席がガラガラじゃないの。よくも私とかおちゃんに恥をかかせてくれたわね。四十歳にもなるのにしょぼい結婚式なのは、三度の飯より恥ずかしいわ」
いやいや、一番高いコース以外認めないってごり押ししたのは、あなたですけどね。それに、式場と会場の予約は一年前で、結婚一ヶ月前に夫がリストラされたんだから、それを理由に格安プランに変更する方がよっぽど恥ずかしいと思うんですけど。そう言ってやると、義母はさらにヒートアップした。
「本当に生意気なんだから。こんな女がうちの一人息子の嫁だなんて、絶対に反対すべきだったわ」
それを、私の両親の前で叫んだのだ。その瞬間、私と私の実家は、夫の実家とほぼ絶縁状態になった。
夫は最初のうちは、ハローワークに通ったり求人サイトを見たりしていた。面接にも何度か行った。しかし、二十数社受けて全滅。その辺りから、夫は面接に行く間隔がだんだん空くようになってきた。
「仕方ないだろ。どこも給料が安いんだ。月収三十万以下なんて会社で働く意味ないじゃないか」
「一円も入れてくれないよりマシなんですけど」
前の会社がそこそこ名の知れた企業で、会社に何の利益ももたらしていないのに給料を三十万以上払ってくれていたせいで、夫は自分が置かれている立場をまったく理解していない。月収三十万以下じゃ働く価値がないって、もう税金で働ける身分じゃないのに。
そんな折、私の職場にも不況の波が押し寄せてきた。退職するか、給料を下げるか、どちらか選べと言われたのだ。今辞めるわけにはいかないから、涙を飲んで減給を受け入れた。手取りは二十一万から十五万に急降下した。まあ、でもこの辺りはどこも給料が安いし、転職したらさらに下がる可能性が高い。夫婦二人なら、なんとか十五万でもやっていけるだろうと思い、気持ちを切り替えた。
しかし、甘かった。夫は解雇された会社に十年以上在籍していたので、失業手当が二百四十日分、およそ八ヶ月分もあった。その大半を自分の小遣いに使い、家にはたった三万円しか入れず、家でゴロゴロするようになってしまったのだ。
節約という言葉を誰からも教えてもらえなかったかのように、夫は顔を洗えば水道を出しっぱなしにするし、数時間外出するだけでもエアコンをかけっぱなしにする。挙句には、勝手に高級肉を買ってきて、その代金を私に請求してくる始末。あっという間に生活費が三万円以上アップしてしまった。
生活が苦しいからと、家計簿を見せながら何度も説明した。でも、一人息子として甘やかされて育った夫には、理解できないようだった。さらには、食事が手抜きだとか、最近家が汚いとか、文句を言い出した。
「仕方ないでしょ。こっちは人員削減で仕事が増えて、残業続きなんだから。家のことまでやってられないわ」
つい声を荒げてしまい、私たちはだんだん険悪なムードになっていった。
暮れていくうちに、夫の失業手当の給付期間が過ぎ、三万円すら家に入れなくなった。我が家は本当にピンチに陥った。私が独身時代に貯めたお金はあるけれど、今や夫はパチンコやスロットにまで手を出して負けっぱなしだったから、こんな男との生活のために貯金を崩すのは嫌だった。子どももいないし、もう別れようかな。
そんな考えが頭に浮かぶようになっていた。
それを決定的にしたのが、義両親の離婚だった。どうやら、性格のきつい義母に愛想を尽かした義父が、浮気をしたらしい。慰謝料だの財産分与だのでかなり揉めたらしいが、大きな問題は別にあった。
義母は、夫が一人暮らしを始めた十五年以上前から、毎月五万円ずつ。リストラされてからは毎月十万円以上を、義父の口座から勝手に自分の口座へ振り込んでいたのだ。それが発覚した。
結局、四十数年に及ぶ義両親の結婚生活は、義母が慰謝料としてたった二百万円と、財産分与として古い木造住宅をもらうだけで終わった。なぜなら、義母が勝手にした横領のせいで、義父の貯金はほとんど底をついていたからだ。
これに夫が過剰に反応した。突然、義母を我が家に呼び寄せたいと言い出したのだ。
「あんなボロ屋でお袋一人で暮らさせるなんて、かわいそうじゃないか。この家なら子ども部屋の予定だった和室があるだろ。あそこに住んでもらえばいい」
「冗談じゃない。結婚式の時に義母に言われた言葉、今でも覚えてるわ。もしどうしても同居させるっていうなら、私が出ていくから」
「生意気だな。結婚は反対だったって言われた相手と、一つ屋根の下に住むなんて絶対ごめんよ」
私が夫を睨みつけると、夫は私を軽蔑の目で見た。
「まだそんなことを逆恨みしてるのか。呆れたな」
それから、こう命令してきた。
「じゃあ、せめて毎月五万円送ってやれよ。俺が独身時代、お袋から毎月そのくらい振り込んでもらってたから」
さも当然といった顔で。はぁ、それはあなたがもらったお金でしょ。なんで私の給料から払わなきゃいけないのよ、と言うと、夫はまた怒り出した。
「お袋のために、たった五万円の金も出せないのか」
「出せるわけないでしょ。私の給料は十五万なのよ。それから五万も出したら、どうやって生活していくのよ。家のローンだってあるのに」
我が家は中古の小さめの一軒家で、毎月のローンは四万円。新築に比べれば格安に安いとはいえ、給料十五万の身にはかなり重い負担だ。義母への送金は、断固拒否した。
すると、後には引けなくなった夫が言った。
「金のことをごちゃごちゃ言う女は嫌いだ。もう、お前なんかと一緒に住めない。実家に帰る」
そう叫んで、翌朝、本当に家を出て行ってしまった。
これで離婚決定だな。私はその日のうちに役所へ行き、離婚届をもらっておいた。その後、夫から何度か連絡があったけれど、いつも「お前が悪い」「謝れ」の一点張りだったから、無視した。
しかし、夫が出ていってからおよそ四ヶ月後、また夫から電話が来た。
「来週、義母と二人でそっちに戻る」
「嫌だって言ったでしょ」
そう返すと、もう決定事項だという。義母が転んで足をひどく捻挫して、段差が多い夫の実家では危険だから、こちらへ連れてくるのだそうだ。
「ふん。じゃあ、それまでに私が出ていくわ」
すると夫は怒鳴った。
「お前には、親父に離婚させられた上に怪我までして苦しんでいるお袋を助けてやろうって思いやりはないのか」
「思いやりね。重い槍ならあるわよ。お母さんとあなたにぶん投げてやりたいくらいの槍がね」
皮肉っぽく返すと、夫はさらに激昂した。
「笑えない冗談を言うんじゃない。俺はお前のそういうところが嫌いなんだ」
「だから顔を合わせない方がいいでしょ。離婚しましょう」
そう提案したら、夫は「離婚なんかするかよ」とぶち切れて、電話をガチャ切りされた。
これは私の推測だけれど、夫は四ヶ月の別居で、自分にお金がないことを痛感したのだと思う。義母の財産分与は二百万円程度だし、年金もあまり多くないと聞いていた。となれば、以前のように夫にお金を渡すことはできないはずだ。それに加えて、怪我をした義母の介護もしなければならなかったから、夫は私に頼ろうと思ったのだろう。
私は夫に言った通り、彼らが我が家に来る前に荷物を全部まとめて、実家に帰った。両親は私の結婚式以来、いつでも離婚して戻ってこいと言ってくれていたので、喜んで受け入れてくれた。
それから数日後、我が家に帰宅した夫から電話が入った。
「お前、マジで出ていったのかよ。それに、この離婚届はなんだ」
「だって、一年以上働かないでしょ。失業手当はほとんど自分のものにして、散々生活費を私の給料に頼ってたでしょ。父が紹介してくれた弁護士さんに相談したら、働く意思のない夫との結婚生活は破綻してるから、離婚できるって言ってくれたわよ」
「なんでだよ。ちゃんとハローワークに通ったし、何度も面接も受けたし、やることはやってたぞ。それに、俺が再就職すれば毎月三十万は硬いんだから、二年くらい耐えてくれたっていいだろ」
「あのね、この辺りで何もできない無能に給料三十万なんて払ってくれる会社なんて、あなたの元勤務先くらいよ。それ以外は、二十四時間交代勤務の工場で働いたって、無理だからね」
そう返すと、夫は金切り声をあげた。
「大卒の俺が、そんなところで働けるわけないだろう」
あまりにむかついたので、こう笑ってやった。
「大卒の俺様が一年以上無職で、しかも妻と母親に養ってもらってるニートの方が、ずっと恥ずかしいけどね」
「じ、じゃあ、お袋の治療費はどうしたらいいんだよ」
「え、まさかそれも私に頼るつもりだったの」
思わず声をあげると、夫は言い放った。
「たかるってなんだよ。結婚したんだから、お袋はもうお前の親ってことだぞ。母親の一大事に、金も出せないのかよ」
「悪いけど、親を助ける義務があるのは、血のつながった親族だけなの。そんなにお金が必要なら、実家を売るなり、お母さんが財産分与でもらった二百万円を使うなりすればいいじゃない。後であなたが出世して返してあげればいいんだから、簡単でしょ。それとも、それもできないっていうの。ああ、無能ねえ」
バカにした口調で言ってやると、夫はしばらく押し黙った。
「わかったよ。お前みたいな酷い女、今すぐ別れてやる」
そう言ってくれたので、私はほくそ笑んだ。すぐに父に車を出してもらい、夫の実家へ離婚届をもらいに行った。
仁王立ちになって睨みつける父に、夫は何も言えなかった。代わりに義母が後ろで「うまくいかない女」「くそ嫁」とか叫んでいたけれど、もう気にならなかった。その足で役所に行き、離婚を成立させた。
最後に夫が、捨て台詞を吐いた。
「お前みたいな女をもらって、俺は本当にバカだったよ。次はもっと優しい、かわいい女の子を選ぶからな」
それを聞いて、私は衝撃の事実を教えてやった。
「そうそう。家のローンなんだけど、あなた名義でしょ。あなたがリストラされてから、私があなたの名義で毎月振り込んでたけど、夫としての役目を放棄した人の代わりに払うなんて、まっぴらごめんよ。あなたが出ていってから三ヶ月、振り込まなかったら、ローンを一括返済しなきゃいけなくなったみたいよ」
住宅ローンは三ヶ月から六ヶ月滞納すると、残金を一括で返済しなければならないという定めがある。我が家の場合、ローンを組んだのは夫が退職する前だったが、支払いが滞ったことで銀行側が調べ上げ、夫の解雇を知ってしまったらしい。そのため、滞納後に三ヶ月、合計十二万円程度を滞納しただけで、期限の利益の喪失、つまり分割で返済する権利がなくなる手続きを取られてしまったのだ。
まあ、その前に我が家には特別送達やら催告書やら届いていたけれど、夫は実家に逃げ込んで、それらを見ていなかった。悪いのは自分だもんね。
「そ、そんなの無理に決まってるだろう」
夫が絶望の叫び声をあげたが、もう私の知ったことではない。一括で払えないと、数ヶ月後には競売が始まってしまうから、夫の実家に帰った方がいいんじゃない、と忠告してやった。
すると夫は、さらに衝撃の告白をした。
「む、無理だ。あの家を担保にかなり借金してて、最近じゃ毎日のように取り立てが来るんだ」
「あらまぁ。それで、こっちへ逃げてきたっていうわけか。最後の砦になるはずだったこっちの家が、競売物件になるなんて、ご愁傷さまなことね。もう知ったことだけど」
その後、夫と義母は親戚の家に一時身を寄せたが、義母があちこちで夫を優遇するよう主張しまくったらしく、まもなく追い出されたと聞いた。義母の治療は中断し、夫はあれだけ嫌がっていた工場勤務をしているらしいが、態度がでかすぎて、かなり叱られているそうだ。一度ゼロから出直してほしいけれど、無理だろうな。
私の方はといえば、父がこの不況下でも業績好調な企業の知り合いに口を利いてくれた。以前のお給料とほぼ変らない会社に転職できて、今は毎日、仕事に励んでいる。
あのとき、離婚届を夫に突きつけてよかったと、心から思っている。



