深い夜の闇に包まれた家の中で、私は息子の言葉に凍りついていた。十二歳のカイトが、真剣な表情で私の腕を掴んでいる。
「ママ、早く車に逃げよう」
「どうして?」
「さっきね、おばあちゃんたちの話を聞いちゃったんだ」
カイトは声を潜め、健太郎と義両親が私を若年性アルツハイマー病に仕立て上げ、家を乗っ取る計画を立てていると告げた。そんなことがあり得るわけがない。私は首を振ったが、カイトは畳みかけるように言った。
「仲良しのお医者さんがいるって言ってたんだ。だから裏口から逃げよう」
私は財布やスマホ、そして家の権利書を持ち出し、パジャマのままそっと裏口へと向かった。しかし、裏口を出た瞬間、健太郎に呼び止められてしまった。
「こんな時間にそんな格好でどこに行くんだ?」
彼の手には何やら書類が握られている。私は平静を装って「ちょっとコンビニよ」と答えたが、健太郎は不気味な笑みを浮かべた。
「出かける前にこれにサインしてくれないか」
「何の書類なの?」
「緊急の連帯保証契約だ」
差し出された書類に目を落とした瞬間、私は目を疑った。そこには「若年性アルツハイマー病診断及び成年後見人に関する同意書」と書かれていたのだ。カイトが聞いた話は本当だった。私はその場で書類を破り捨て、カイトと共に車へ飛び乗った。
私、秋穂は三十五歳。会社で事務の仕事をしながら、夫の健太郎と十二歳の息子カイトと暮らしている。十年前に夫を事故で亡くし、それ以来カイトを育てるために仕事と家事に追われる日々を送ってきた。再婚するつもりはなかったが、友人に「カイトが大きくなるにつれて男親が必要になる」と言われたのをきっかけに考えるようになった。小学校高学年になった息子は、これまでとは違う悩みを抱えるかもしれない。そう思うと、父親になってくれる男性を探さなければと思ったのだ。
そんな時、健太郎と出会った。仕事帰りにスーパーで買い物をしていた時、うっかり棚の商品を落としてしまった。それを拾っていると、見知らぬ男性が駆け寄ってきて手伝ってくれた。それが健太郎だった。その後何度か偶然会ううちに、お互いのことを話すようになった。健太郎は数年前に妻を病気で亡くし、それ以来両親と三人で暮らしているという。同じような境遇の彼に、私は興味を持つようになった。
「食事に行きませんか」
そう誘われた時、私は「子供を一人で置いておけないから」と断ろうとした。すると健太郎は「それなら子供さんも一緒に行きましょう」と言ってくれた。カイトも最初は緊張していたが、健太郎の優しさに次第に心を開き、食事が終わる頃にはすっかり仲良しになっていた。それから何度か三人で出かけるようになり、半年ほど前にプロポーズされ、結婚することになった。
一緒に暮らし始めると、カイトは戸惑いを見せた。しかし健太郎は「お父さんなんて思わなくていい。僕はカイト君の友達になれたらいいんだ」と言ってくれた。この時は本当にいい人と結婚したと思っていた。
一緒に暮らし始めて三ヶ月ほどした頃、義両親が突然家に尋ねてきた。「ちょっとこっちに用事があってね。君にお土産をあげたくて」と言う。カイトと仲良くなろうとしてくれているのだと思い、私は素直に受け取った。しかしそれから義両親は度々家に来るようになり、その度に泊まって帰るようになった。
正直なところ、頻繁に訪れる義両親のことはあまりよく思っていなかった。しかし何より気になったのは、彼らが毎度のように私の資産について聞いてきたことだ。
「秋穂さんが相続した都心の家だけど、今はどうなっているの?」
三年前に母が亡くなり、私は都心の家と現金を相続していた。母はいくつかの会社を経営しており、かなりの資産を形成していた。一人娘だった私は、遺産の全てを相続したのだ。
「ちょっと気になっただけだから、話したくなかったら答えなくていいのよ」
そう言いながらも、義母の目は私の答えを期待している。「今は母の古い友人が住んでいますよ」と答えると、義母はさらに踏み込んできた。
「お母様は相当な遺産を残しておられたんでしょう。お金の管理は大丈夫なの?」
「ええ、まあ」
「いえね、健太郎の借金がまだ残っているでしょ。だから」
義母は私に健太郎の借金の肩代わりをさせようとしているようだった。健太郎は私と結婚する以前に投資に失敗し、多額の借金を作っていた。その返済に追われ、義両親に頼らざるを得ない状況だったことを結婚前に聞かされていた私は、生活費の全てを負担することで彼の返済を助けていた。
「協力できることはしています」
「分かっているわ」
お金の話をされる度に、義両親への不信感は募っていった。それに加えて、最近になって健太郎にも不審な行動が見られるようになった。ある日夜遅くに目が覚めると、隣で寝ているはずの健太郎の姿がなかった。水を飲みにリビングへ降りていくと、健太郎が誰かと電話をしていた。
「大丈夫だよ母さん。全てうまくいく」
「誰と電話してるの?」
私が声をかけると、健太郎は慌てて電話を切り、「なんでもない」と焦った様子で自室へ戻っていった。それからも何度か、健太郎が私に隠れて義両親と連絡を取り合っている様子を目にした。高額な借金返済に追われているせいか、彼の挙動不審な行動は増えていくばかりだ。まさか私が知らない借金があるのだろうか。
不安になった私は、隣町に住む叔母のみつ子に相談することにした。両親が亡くなって以来、みつ子は何かと私のことを気にかけてくれているのだ。
「それは怪しいわね。秋穂、身内でも大事なものについては注意しなさいよ」
みつ子は、健太郎が結婚前に抱えた借金を私が肩代わりする必要はないと言い、何があってもカイトのために財産を守りなさいと警告してくれた。
「それから、これは考えすぎかもしれないけど、世の中には財産目当ての殺人もあるのだから、十分気をつけなきゃだめよ」
万一のことだと願うしかなかったが、みつ子の話が現実になりそうで、私は大きな不安を抱えた。
その週末、義両親が健太郎と一緒にやってきた。しかしその行動がどうにもおかしい。義母は家に飾ってある絵画や壺など、亡き母が残してくれた遺品を写真に収め、誰かに送っているようなのだ。
「お母さん、誰に写真を送っているんですか?」
「ああ、これね。ここにある骨董品がいくらぐらいの価値のあるものなのか気になってね。美術に詳しい知り合いに見てもらっているのよ」
なぜ骨董品の値段を知りたいのだろうか。仮に資産価値があったとしても、骨董品の所有者は私で、義両親にも健太郎にも勝手に処分することはできない。それでも価値を知りたがるのには、きっと何か目的があるはずだ。私はみつ子に言われた言葉を思い出し、警戒心を強めた。
「ここにあるものは全て母が残してくれた大切なものなので、売却はしませんよ」
「分かっているわ。ただの興味だから気にしないで」
そう言うが、義母は確かに健太郎と一緒に、送られてきた返信内容を見て目を輝かせていたのだ。
その日の夕方、私が夕飯の買い物から帰ると、カイトが「話がある」と言って私を部屋に呼び寄せた。どこか焦った様子のカイトに、不安が押し寄せる。
「さっきおばあちゃんたちが話してるのを聞いちゃったんだ」
カイトは、私が買い物に出かけている間にリビングから聞こえてくる健太郎と義両親の会話を聞いてしまったという。その話によれば、健太郎たちは私を病気に仕立て上げ、医療機関の診断を取り付けようと計画を立てていたのだ。
「ママが病気だってことにすれば、全部うまくいくって言ってた」
健太郎たちは私を病気だと偽り、何かを企んでいる。しかし私の体はどこも悪くない。それでも警戒するに越したことはない。
「ありがとう。よく教えてくれたわ」
「何か良くない相談みたいだったから、ママに伝えなきゃって思ったんだ」
カイトは私を守ろうとしてくれたのだ。その気持ちを無駄にしないためにも、私は注意深く健太郎たちの言動を見ることにした。
その日の夕食後、健太郎が「大事な話がある」と焦った様子を見せた。
「仕事のミスで会社に損失を与えてしまったんだ」
「損失って、あなたが補填しなきゃいけないの?」
「ああ、そうだ。金額は五千万円を下らない。補填しなきゃ首になる」
事務方の会社員がどんなミスをすれば五千万円もの損失を出すのか。私は疑念を抱きながら話を聞いた。
「取引先の発注の数量を間違えたんだ。先方はものすごく怒っているみたいで、うちとの取引をやめるって言っている」
健太郎は損失を補填するというが、多額の借金しかない彼が一体どうやって補填するというのだろうか。
「秋穂、頼む。この家を担保に入れさせてくれ」
健太郎は借金をするため、私名義のこの家を担保にすることを求め、さらには連帯保証人になってほしいと懇願してきた。この家を担保にすれば五千万円の借金をすることは可能だろう。しかしすでに多額の借金を抱えている健太郎に、その返済などできるはずがない。当然連帯保証人である私に請求が回ってくるのだ。
「悪いけど、それはできないわ」
「なんでだよ。俺たちは夫婦だろう」
私が断ると、健太郎は軽蔑したような目で見つめながらも、夫婦なのだから協力してくれと頭を下げた。しかし私はどうしても受け入れることができなかった。カイトが聞いた三人の計画が頭をよぎる。家を担保にすることも、私を連帯保証人にすることも、何かの計画の一部なのであれば、その先にもっと大きな陰謀が隠されているかもしれない。
「困っている夫を見捨てるつもり? 夫婦は助け合うものだ」
義両親は口々に私を責め立てる。しかし三人が何かよからぬことを企んでいることが分かっているのに、連帯保証人になれるはずがない。
「絶対に嫌です」
私は固く拒否をした。
その日の深夜、健太郎たちが寝静まった頃、カイトが私の寝室に入ってきた。
「しっ、早く車に逃げるよ」
「どうして?」
「さっきまたおばあちゃんたちが話すのを聞いちゃったんだ」
カイトは、健太郎と義両親が私を病気に仕立て上げ、家を乗っ取る計画を立てていると告げた。
「でも、そんなことできるわけないわ」
「仲良しのお医者さんがいるって言ってた。だから裏口から逃げよう」
カイトは健太郎たちが仕掛けてくる前にここから脱出しようと、私の腕を引っ張った。私は財布やスマホなどの貴重品の他に、家の権利書を持ち出し、家を出ることにした。三人に気づかれてしまったら何をされるか分からない。私は万全の注意を払い、服も着替えずパジャマのままそっと裏口へ向かった。しかし裏口を出た直後、健太郎に呼び止められてしまった。
「こんな時間にそんな格好でどこに行くんだ?」
健太郎の手には書類が握られている。まさか。私は急いでカイトと車に乗り込み、その場を後にした。
「みつ子おばちゃんの家に行こう」
「ええ、そうね」
車を走らせながら、私は健太郎たちがいつから計画を立てていたのかと考えていた。健太郎との出会いは偶然だったはず。結婚の挨拶に行った時の義両親は、私にそれほど興味を示さず、形だけの顔合わせだった。様子がおかしくなったのは三ヶ月ほど前からのことだ。健太郎たちが私の財産を狙う理由があるとすれば、彼の借金以外に考えられない。考えれば考えるほど、疑問ばかりが増えていく。
「ママ、騙されたんだよ」
カイトは大人びた瞳でまっすぐ私を見つめ、現実を突きつけてきた。そうかもしれないわね。もしも健太郎が最初から私の財産を狙って近づいてきたのだとしたら、一連の行動も納得がいく。分かってはいたのだが、それでもまだ健太郎を信じたい自分がいた。
みつ子の家に到着し、インターホンを鳴らすと、パジャマ姿のまま立っている私とカイトを見て、何かあったのだと察してくれたようだ。みつ子は辺りを伺うように見渡した後、家の中に引き入れてくれた。私はカイトが聞いた健太郎たちの計画や、強引に交わさせようとした同意書のことを話した。
「やっぱりあの三人は、最初からあなたの財産を狙っていたのね」
「でも健太郎とは偶然出会ったのよ。赤の他人だった彼が、どうやって私の財産を調べたって言うの? 私は何も話していないのに」
「世の中にはね、悪いことを企らむ人たちが大勢いるの。個人の財産だって、知ろうと思えばいくらでも調べられるわ」
みつ子と話しながら、私の中には虚しさばかりが広がっていた。その時、インターホンが鳴った。モニターを見たみつ子は顔をこわばらせる。そこに映っていたのは、健太郎と義両親だった。
「あなたたちはここで静かにしていてね」
「分かったわ」
みつ子は何かを決意したように玄関へ向かった。
「秋穂を出してくれ」
「何のこと? ここには誰も来ていないわ」
「嘘をつかないで。秋穂もカイトも、頼れるのはここしかないのよ」
健太郎と義両親は私を出せとみつ子に詰め寄っているようだ。私はカイトと二人で身を寄せ合い、息を潜めた。
「秋穂、カイト、いるんだろ? 一緒に帰ろう」
健太郎はみつ子を押しのけて部屋に上がろうとしたようだが、義母に静止され思いとどまったようだ。
「あなた方が何をしようとしているのか、分かっているわ。この件で、すでに弁護士にも動いてもらっている。しつこくつきまとうなら、警察に通報するわよ」
「喧嘩して出ていった妻を迎えに来た夫を、警察が逮捕できるわけない」
「そう。それじゃあ試してみる」
みつ子は毅然とした態度を崩さなかった。
「まあいい。また来るよ」
健太郎たちは、警察に通報されると困るようだ。その夜は大人しく帰っていった。
「しばらくあの家には帰らない方がいいわね」
「ええ」
その夜、私は眠れぬ夜を過ごした。健太郎との出会いは単なる偶然ではなかったのかもしれない。そう考えると、健太郎との日々の全てが信じられなくなった。裏切られた悔しさと悲しさが入り混じり、涙が止まらなかった。
翌日、みつ子の家に男性が尋ねてきた。彼は私のために動いてくれる弁護士の有田さんだった。みつ子が私のことを相談し、有田弁護士が尋ねてきてくれたのだ。
「みつ子さんに話を聞いて、健太郎さんのことを少し調べたんです。そしたら、驚くべきことが分かりました」
有田弁護士の話を聞いて、私は驚愕してしまった。義両親は、配偶者や親族の資産乗っ取りを狙う犯罪組織「アセットライフ設計」の幹部だというのだ。アセットライフ設計が関与したと思われる詐欺事件は、度々ニュースでも話題になっており、その名を知らない者はいない。しかしそれはどこか他人事だと思っていた。それなのに義両親がその幹部だったとは、想像もしていなかった現実に私は理解が追いつかなかった。
「実は以前から秋穂さんのケースと同様の相談が相次いでいまして、すでに警察の内偵も進んでいるんです。みつ子さんから名前を聞いた時は、私も驚きました」
「どうして健太郎たちは逮捕されないんですか?」
「それが、被害者は自ら資産を差し出し、相手が家族や家族同然の場合、詐欺と断定するのが難しくなるんです」
義両親たちアセットライフ設計のメンバーは、巧妙な計画を立て、警察が介入しても大丈夫なようにシナリオを書いていたのだ。
「健太郎は最初から、私の財産を狙って近づいたってことでしょうか?」
「おそらくそうでしょう。彼らはごく自然な出会いを装って近づき、相手の資産を全て奪ってしまうんです」
アセットライフ設計は、あらかじめ資産のある人間に近づき、恋愛感情を抱かせた後に婚約や結婚に持ち込み、相手が完全に信じたところでトラブルに巻き込まれたふりをしてお金を出させるのだそうだ。夫婦間のトラブルとなれば警察も手を出しにくい。これを利用し、相手の財産はもちろん、親族の資産まで寝そぎ手に入れるらしい。
「まんまと騙されたってわけですね。健太郎たちの思惑にも気づかず、浮かれた自分が情けない」
「秋穂さんはまだ間に合います。しっかり対策を取って、奴らの計画を壊してやりましょう」
その後、有田弁護士の助言に基づき、私は銀行口座の不正引き出し防止措置を取り、法務局に不動産処分禁止の仮処分を申請した。これで健太郎たちが私の名を語り、無断で資産を手に入れようとしてもできなくなる。その上で私は有田弁護士と共に警察署へ向かい、詐欺未遂事件として被害届を出すことにした。
数日後、すでに提出されていたアセットライフ設計関連の被害と共に、本格的な捜査が行われることになった。アセットライフ設計は、義両親たち幹部六名と実行犯二十名でなる組織で、これまでの被害総額は数十億に上るという。健太郎は義両親の指示により女性に近づく実行犯だった。警察は組織壊滅を目標に、健太郎に任意同行を求めたようだ。
焦った健太郎は私にメッセージを送ってきた。
「全部両親のせいだ。俺も利用されていた」
「君に迷惑をかけたことは申し訳ない。だけど本当に知らなかったんだ」
「これ以上一緒にはいられない。別れよう」
健太郎は自分は計画を知らなかったと言いたいのだろう。その上で反省しているふりをして、自身の罪から逃れたいだけなのだ。私はあえて何も返信せず、警察の捜査の行方を見守った。そして二週間後、健太郎と義両親を始め、組織の幹部や実行犯たちが逮捕されたのである。
しかし大変だったのはこの後だった。アセットライフ設計の残党による報復が始まったのだ。残党たちはSNSに、夫と義両親を陥れた毒妻として私を誹謗中傷する投稿をし、私には若年性アルツハイマーの症状があると嘘の情報を流した。困ったことに、彼らの矛先は私だけにとどまらず、擁護してくれているみつ子にも向けられた。みつ子にも認知症のような物忘れが見られると噂を立て、私たちの証言の信頼性を奪ったのだ。真実ではないのに、一度流れた噂は次第に一人歩きし始め、世間は私たちに冷たい視線を送った。
町内会やカイトの学校周辺では、「アルツハイマーの母親から子供を守るべきだ」と声が上がり、カイトを自動養護施設に預けるべきだという意見まで飛び交った。みつ子は「気にしなくていい」と言うが、毎日のように繰り返される誹謗中傷の声に、私は耐えられなくなっていた。
「しばらくここを離れてみてはいかがですか?」
有田弁護士は私の精神的負担を考え、一時的に身を隠す戦略的撤退を提案してくれた。
「ちょうどあなたのお母さんが残してくれた郊外の小民家が空いているわ。落ち着くまでそこで過ごすといいわ」
みつ子の後押しもあり、私はカイトを連れて郊外の小民家に身を寄せることにした。都会を離れ、庭の畑を耕していると、それまでの生活が嘘だったように思える。カイトと二人だけの空間と、静かに流れる時間が私の心を癒してくれていた。
数日後、有田弁護士から電話がかかってきた。
「組織内部をよく知る人物と接触することができました」
有田弁護士は、組織内部での金銭トラブルで反目していた元幹部の存在を突き止めたそうだ。翌日、私は有田弁護士に同行してもらい、元幹部に会ってみることにした。約束の場所に到着し周囲を見回していると、白髪の男性がこちらに近寄ってきた。
「あなたがターゲットか」
男性は名乗る前から、私が誰か分かっているようだ。
「ターゲットだということは、やはり組織的な犯行なんですね」
「俺たちは組織でしか動かない。一人の勝手な行動が、組織を危機に陥れるからな」
男性はアセットライフ設計に対し強い恨みを持っているようで、こちらの質問には全て答えてくれた。
「私をターゲットにした証拠はありますか?」
「ああ、もちろんあるさ。これを警察に渡せば、奴らは一網打尽だ」
そう言うと、男性は組織内部のマニュアルと、私をターゲットにした「嫁追い出し作戦」の計画書を差し出してくれた。その中にはアセットライフ設計の組織図が描かれており、その中に健太郎と義両親の名前も書かれていた。有田弁護士はすぐにその証拠を警察に届けた。
その後、私は記者会見を開き、有田弁護士同席のもと、全国規模の詐欺組織アセットライフ設計を告発すると宣言した。その会見で私は医師の診断書を開示し、若年性アルツハイマー病ではないことを証明したのだ。記者会見の様子はSNSでも拡散され、それにより「自分も被害にあった」と有田弁護士の元に訴えてくる人が後を絶たなかった。世論は大きく動き、近隣住民からは謝罪の電話やメッセージが送られてきた。カイトはまた学校に戻ることができ、喜んでいる。
同じ頃、健太郎と義両親の裁判が始まった。義両親は「あくまで健太郎の借金返済のために、妻である私に協力してほしかっただけだ。組織のことは何も知らない」と白を切り通している。健太郎もまた組織のことは何も知らないと言い、「私を傷つけてしまったことは申し訳ないが、あくまで夫婦間のトラブルだ」と詐欺を否認した。ここに来てなお、自分たちに悪意はないと言い張る三人に腹が立った。
一ヶ月後、私はカイトと共に証言台に立ち、健太郎と義両親の計画を証言した。元幹部の男性も三人が組織の人間であると証言し、有田弁護士が提出した証拠と合わせ、審議が行われた。そして迎えた判決の日、健太郎と義両親には実刑判決が言い渡されたのである。同時進行で行われていた他の組織幹部にもそれぞれ実刑判決が言い渡され、組織は事実上壊滅した。
その後、この事件が家庭内詐欺に対する警鐘となり、法整備を求める声が高まった。これにより家族間であっても詐欺が適用されるようになり、同居の親族でも申告すれば罪に問えるようになった。一緒に暮らす家族を信じられないのはどこか寂しい気もするが、そこにつけ込んでくる人がいるのも事実なのだ。
その後、私は健太郎と正式に離婚した。またカイトと二人の生活に戻ったわけだが、健太郎たちのことは私とカイトを大きく成長させてくれた気がしている。カイトは以前にも増して大人びた顔を見せるようになり、「家族を守れる強い人になりたい」と弁護士になるという夢を持ち始めた。息子の夢を叶えるため、全力でサポートしようと私もまた走り出したのである。
みつ子に見守られながら穏やかに暮らす中で、息子との揺ぎない絆を感じていると、信頼できる人々の存在こそが最も大切な宝物なのだと実感が湧く。どれだけお金があっても手に入れることができない、掛け替えのない人との繋がりを大切に、充実した新しい人生を歩み始めたのである。



