「ねえ、食費に一ヶ月三万ってかけすぎだよな。母さん、かなり説教してやってよ」。義実家の食卓で夫がそう言い放った瞬間、私の箸が止まった。結婚して一ヶ月、私は毎日働きながら、チラシを比べて三十分歩いて安いスーパーまで通い、祖母の知恵を借りて食費を五万から三万まで削った。それなのに夫は、一人暮らし時代は月一万で食費を抑えていたと自慢げに家計簿アプリを見せた。画面に並んでいたのは、十九円のもやし、百…

「ねえ、食費に一ヶ月三万ってかけすぎだよな。母さん、かなり説教してやってよ」。義実家の食卓で夫がそう言い放った瞬間、私の箸が止まった。結婚して一ヶ月、私は毎日働きながら、チラシを比べて三十分歩いて安いスーパーまで通い、祖母の知恵を借りて食費を五万から三万まで削った。それなのに夫は、一人暮らし時代は月一万で食費を抑えていたと自慢げに家計簿アプリを見せた。画面に並んでいたのは、十九円のもやし、百...

私は料理を作るのも食べるのも大好きなカナ、三十三歳。二つ年上の夫・り太も、食べることにかけては天下一品の男だ。二人の出会いは、とあるホテルのモーニングビュッフェだった。退職して時間ができた私は、七百円で食べ放題という破格のその場所に、毎週末必ず通っていた。そこで同じように毎週末一人で来ている男がいることに気づいた。見た目はなかなかのイケメンで、大量に食べているのに痩せている。ずっと気になっていたから、ある日思い切って声をかけた。

「り太さんって、あんなに食べるのに太らないんですね」

彼は軽く笑って返してきた。「いやいや、極貧生活だから週一でしか肉食えないんですよ。カナさんこそ、俺に負けないくらい食べてるのに、十分細いじゃないですか」

「この食事のために、毎朝毎晩公園を走ってるんですよ」

そんなやり取りから始まった会話はすぐに意気投合し、毎週末一緒にビュッフェに行くデートが始まった。付き合い始めて三年、結婚の話が出た時、性格的にはぴったりだと思った。ただ、心配なことが一つだけあった。り太が自嘲気味に言っていた「極貧生活」という言葉が、あながち冗談ではないほど、彼の給料が安かったのだ。正直、零細企業の事務員である私の収入だって高くない。二人の給料を合わせれば、二人だけの生活なら何とかなる。だが、子供でもできたら絶対に無理だろうと思った。

私が不安を打ち明けると、り太は脳天気な笑顔で言った。

「大丈夫だって。俺たちより収入が少なくて、子供二人育ててる家だってあるんだから。最悪の場合、俺の父さんに借りるって手もあるし」

確かに、私の両親も初孫のためとなれば、きっと助けてくれるだろう。二人でそんな楽観的な話をして結婚を決め、式も披露宴もやらない地味婚にした。しかし、その楽観が甘かったと気づくまでに、一ヶ月もかからなかった。

新居のアパートを借りるのに、家賃の他に礼金、敷金、仲介手数料、引っ越し代。家具はそれまでお互いカラーボックスやら安物で済ませていたのに、「新婚生活にふさわしいものを」と、り太が数十万円のセットを勝手に注文してしまった。カーテンはサイズが合わず買い換え、食器は引っ越しの際にり太が派手に割ってくれて全品買い直し。出来上がった新居は確かに綺麗だったけれど、私は来月からいくら引き落とされるのかと思うと気が気でなかった。購入はほとんどローンで組んだ。一応り太の口座から支払うことになっていたが、結婚生活で必要なものは全て折半、という約束だったから、最初の請求書を見た時は冷や汗が出た。

このままでは生活が破綻すると、二人で話し合い、共有の口座を作ることにした。毎月お互いが決まった額を入れ、光熱費や生活必需品は全てそこから出す。足りない場合は相談する。そう決めたのだが、切り詰められるものがあまりにも少ない。二人とも正社員で働いているから家にいるのは週に一、二日。光熱費は元々さほどかかっていない。私はスマホを格安SIMに切り替えたが、り太は三大キャリアでなくては絶対に嫌だと言い張る。服はファストファッションやリサイクルショップを活用するようにしたが、り太は絶対にダメだと拒否する。

化粧品だって、私は手作りで頑張るようにしたのに、り太は「最近髪が気になる」と言って、高額な育毛剤を通販で継続購入し始めた。しかも、その費用まで共有の口座から払わせようとする。

「ねえ、おかしくない? なんで共有口座から、り太の育毛剤まで払わなきゃいけないの?」

そう私が不満を言うと、り太は何言ってんだとばかりに言い返した。

「旦那様が禿げてたら、カナだって恥ずかしいだろ。これは夫婦で取り組むべき問題なんだよ」

もうこうなったら食費を削るしかない。私には得意分野だった。ネットを最大限に活用して節約レシピを作り、近くのスーパー数店のチラシを比較して一番安い店までショッピングカートを引きずって三十分歩き、夕方のタイムセールを狙う。祖母は昭和一桁生まれで、節約が骨の髄まで染みついた人だ。彼女の知恵もよく借りた。そんな努力の甲斐あって、新婚生活最初の月は五万近くかかっていた食費を、三万まで落とすことができた。もちろん栄養と味を考えた上での数字だ。私は「やればできる妻だ」と自分を褒めてやりたかった。

ところが月末、たまたま共有口座をチェックしたり太が、不審な引き出しを見つけた。

「あれ、この二万九千五百六十一円って何? 月末に下ろしてるみたいだけど」

「え? ああ、食費よ。今月一ヶ月分」

購入する度に共有口座から出すのは面倒なので、日々の買い物は私が立て替え、月末にレシートを計算して食品にかかった金額をまとめて下ろす、という方法にしていたのだ。

「嘘だろ? 一ヶ月三万?」

「そうよ。すごいでしょ」

つい自慢げに返事をしてしまったが、り太は信じられないと言いたげな目で私を見た。

「何言ってんだ? 三万なんて、なんでそんなにかかるんだよ」

「え、そっちこそ何言ってるの? 夫婦二人で三万なんて、かなり低い方なんだから」

「嘘つけ。せいぜい二万だろうが」

私は呆れて、り太の顔を穴が開くほど見つめてしまった。確かに、専業主婦で実家からお米や野菜、卵をもらっているなら、もしかしたら可能かもしれない。でも私はフルタイムで働いているし、うちの実家は農家じゃないから何かをもらえるわけでもない。正直、出来合いのもので手抜きしたいのを必死にこらえて、クタクタの体で毎日食事を作っているのに。しかもり太は一人で男性二人分くらい平気で食べる。加えてお菓子まで、「俺が甘いものを必要とするのは、二人の生活のためにガンガン働いているからだ」と言って、共有口座から買わせようとする。

「ねえ、うちはビュッフェじゃないのよ」

何度そう言ってキレたことか。それでも毎月三万で抑えているのに、褒められて当然じゃないか。くだらないことかもしれないが、三十三歳にもなって、私は夫に対する気持ちが日々急速に冷めていくのを感じていた。

そんな私を見て、り太は義母に私を叱ってもらおうと考えたらしい。突然週末に義実家へ行くと言い出した。私としても、ベテラン主婦である義母に「カナのやり方が間違っている」とはっきり言ってもらい、り太の味方をしてもらいたかったから、渡りに船とばかりに了解した。義母は専業主婦歴三十七年の大ベテランだ。特に一つの食材をバラエティ豊かに使い回すのが抜群にうまい。例えば大根一本で、葉っぱはふりかけやお味噌汁の具、皮はきんぴら、身は煮物。捨てるところがほとんどない。結婚前に婿入りする私が義実家に通って、食事の作り方を色々教わったほどだ。

義実家に着くと、すぐに義母が夕食を出してくれた。私たちが来るということで少し豪華にしたらしいが、出てきたのはおから入りハンバーグ、卵とカニカマのあんかけ卵焼き、野菜の皮の漬け物など、いつも通りの節約料理だった。美味しくてぱくぱく食べていると、やっぱりり太が口を開いた。

「母さん、食費に一ヶ月三万ってかけすぎだよな。かなり説教してやってよ」

いきなりすぎる言葉に呆気にとられている義母に、私が状況を説明すると、義母はぽつりと言った。

「夫婦二人なら普通じゃない。私みたいに節約命の専業主婦ならもう少し抑えられるかもしれないけど、カナさんは毎日働いているんだから、十分よくやってると思うわよ」

しかしり太は折れない。

「母さん、こいつをかばうなよ。俺だって一人暮らしの時、料理作ってたんだ。しかも月一万だ」

「いくらなんでも、それは無理だろう。そんなのありえないよ」

私がそう返すと、り太はスマホをいじり、得意げな顔で家計簿アプリを見せつけた。

「ほら、これが証拠だよ」

確かに、一人暮らし時代の食費は月一万以下だった。

「ほら見ろ。男の俺だってこれだけ節約できるんだ」

「あのさ、買ってるのって、もやしとかインスタント麺とかばっかりじゃない?」

私は思わずため息をついた。彼の家計簿には、格安スーパーの一袋十九円のもやし、五本百六十八円の魚肉ソーセージ、五食百五十二円のインスタント麺、七十八円の食パンといったものばかりが並んでいた。

「そりゃそんなものばっかりケチケチ食べてるなら、毎週末ビュッフェに行っても一ヶ月一万以内に収まるわよ」

義母も呆れ顔で言った。

「通りで、あんたが我が家に来るたびに肉ばっかり爆食してたわけね。呆れた」

すると今度は、黙って聞いていた義父が口を挟んだ。

「カナさんは、安い食材で栄養もしっかり考えて作ってくれてるんだろうが。腹が膨れればいいだけの料理を作ってたお前が、偉そうに言うんじゃない」

義父は全面的に私の味方になってくれた。しかしプライドを傷つけられたり太は、不機嫌そうに何も言わず、義母の料理を一気に吐き出すように食べて、外へ出て行ってしまった。

「ごめんなさいね。あの子、主婦の大変さが全然分かってないから」

義母が私に謝ってくれた。すると義父がこんな提案をしてくれた。

「母さん、あいつを一ヶ月ここに呼んで、買い物から料理まで全部やらせたらどうだ。仕事しながらバランスの取れた食事を安く作ることが、どれだけ大変か身に染みて分かるんじゃないか」

しかし義母は困った顔で言った。

「うん。でもね、あの子、気に入らないと今みたいにすぐ逃げちゃうから」

その言葉を聞いて、私はふと思いついた。

「そうだ。いい案があります」

私は義両親に、思いついた作戦を話した。それは、り太を私の祖母のところへ行かせるというものだった。祖母はもう九十歳に近いが、第二次世界大戦を生き抜き、貧しい中で私の母を含む五人の子供を一人で育て上げた大女傑だ。今は私の実家の近くで一人暮らしをしているが、足腰はまだしっかりしている。そして何よりも、人に何かを教えるのが大好きなのだ。私がメニューに悩んで電話すると、いつも喝を入れるように激安料理のアイデアを授けてくれる。そんな祖母なら、り太の自分勝手な生活観念も叩き直してくれるかもしれない。

話を聞いた義両親は大賛成してくれた。早速祖母に電話すると、祖母は嬉しそうに言った。

「最近暇で仕方なかったんよ。楽しみができたわ」

翌日の夜、私はり太を連れて祖母のもとを訪れた。祖母に会って初めて私の計画を知ったり太は、最初こそ「なんで俺がそんなこと教わらなきゃいけないんだよ」と抵抗した。しかし祖母が、にやりと笑って言った。

「今時の男は口先ばっかりだからねえ。どうせあんただって、嫁さんをこき使ってふんぞり返ってる口だろうが。なんもできやしないんだろうねえ」

この挑発に、り太はさすがにむっときたらしい。

「余裕ですよ。明日の晩から通います」

ところが祖母は、一喝した。

「あんた、朝飯はどうするんだい。このままここに住み込みだよ」

り太はしぶしぶそれに従うことになった。

それから一週間後、り太から泣きの電話がかかってきた。

「カナ、悪かった。俺が悪かった。もう反省してるから、助けてくれ」

り太の話を聞くと、かなり祖母に絞め上げられたようだ。米の研ぎ汁を捨てようとしたら、「何捨ててんだい。食器の油汚れを落としたり、拭き掃除に使ったり、野菜の下茹でに使えるだろうが」と大目玉を食らった。ネギの根っこを捨てようとしたら、「土に植えろ。数ヶ月で食えるようになるのを知らんのか」と雷を落とされた。ドレッシングを買ってきたら、「油に醤油やごま、味噌、酢を混ぜれば安く作れるだろうが。大体、ドレッシングなんて贅沢品は要らん」と怒鳴られた。肉が食いたいと言ったら、「豆腐だってタンパク質だよ。贅沢言うんじゃない」とどやしつけられた。まあ、こんな具合で毎日説教され続けたらしい。さらに、食材を買うことも全部任されたので、自分が何も考えずに食べていた食事にどれだけ金がかかっていたのか、身をもって知ったようだ。

「知らなかったよ。肉とか魚とか、あんなに高かったんだな」

一人暮らしの時は実家でしか食べなかったから、食材の値段をまったく知らなかったそうだ。

たった一週間で音を上げたり太だったが、私は彼が一ヶ月持たないだろうことを最初から予想していた。だから、来る前に「一ヶ月持たなかったら十万円を私に払う」という内容の制約書にサインをさせておいたのだ。り太にそんな余裕があるはずもなく、泣く泣く一ヶ月、祖母のもとで修行を続けた。

あれからり太は、食費に一切文句をつけなくなっただけでなく、服をファストファッション店で買うようになり、スマホも格安タイプに切り替えるようになった。

「給料がなかなか上がらないんだから、こういうところで節約しないとな。子供もそろそろ欲しいし」

節約にとても前向きになったことは素直に嬉しい。まあ、本音は「あのばあちゃんのところに、もう行かされたくない」らしいけれど。ただ、まだ掃除や洗濯の手際は祖母の合格点をもらえていないようなので、子供が生まれたら、また祖母のもとへ修行に出してもらおうと、私の胸の中では着々と計画が進んでいる。

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