「ご祝儀が……みなさんから頂いたご祝儀が、全部なくなっちゃったの」。結婚式が始まる直前、受付に預けたご祝儀が消えた。友人は真っ青で、今にも泣きそうだった。みんなで必死に探している最中、私の携帯が鳴った。出た瞬間、姉の嬉しそうな声が聞こえた。「今日のご祝儀は私がもらってあげたから。三百万円もあったわよ。有効活用してあげる」。悪びれもせず、当然のことのように言い放ち、一方的に切られた。控え室で私…

「ご祝儀が……みなさんから頂いたご祝儀が、全部なくなっちゃったの」。結婚式が始まる直前、受付に預けたご祝儀が消えた。友人は真っ青で、今にも泣きそうだった。みんなで必死に探している最中、私の携帯が鳴った。出た瞬間、姉の嬉しそうな声が聞こえた。「今日のご祝儀は私がもらってあげたから。三百万円もあったわよ。有効活用してあげる」。悪びれもせず、当然のことのように言い放ち、一方的に切られた。控え室で私...

ウェディングドレスが乱れるのも構わず、私は机の上を漁り、床に這いつくばった。

「ない、ないわ……」
「どうしたの?」
「ご祝儀が……みなさんから頂いたご祝儀が、全部なくなっちゃったの」

今まさに私の結婚式が始まろうとしている。受付に預けてあったご祝儀が、消えた。受付を担当してくれていた友人は真っ青な顔で、今にも泣き崩れそうだった。みんなが必死に探し回る中、私の携帯電話が鳴った。

「あ、もしもし。直子? もう分かってるかもしれないけど、今日のご祝儀は私がもらってあげたから」

姉の言葉を、私はすぐには理解できなかった。常識外れすぎる内容もそうだが、電話の向こうの声がまるで悪びれていない。むしろ、当然のことをしてあげたとでも言いたげな、嬉しそうな声だった。

「今、どこにいるの?」
「言うわけないでしょ。ばっかね。それよりご祝儀、三百万円もあったわよ。すっごいでしょ。このお金、私が有効活用してあげるから安心してね」

そう言うと、姉は自分の言いたいことだけを話して、一方的に電話を切った。その後何度かけ直しても、着信拒否されているようで繋がらなかった。

私は式場の控え室に座り込んだ。どうして、こんなことになったのか。誰もが何もできず、ただ重い空気が流れていた。

私は半田直子。OLだ。今は実家を離れて一人暮らしをしている。実家には両親と、姉の里子が住んでいる。私が実家を出た表向きの理由は大学進学だった。本当は、とにかく一日でも早く家を出たかった。その理由は、姉の里子にあった。

里子は一見、綺麗で清楚な見た目で、人当たりも良く、周囲の目を引く存在だった。しかし、その本性はジャイアンだった。幼い頃から欲しいものは手に入れないと気が済まない。それが他人のものであろうとも、何が何でも自分のものにしようとする。友達のおもちゃやお菓子はもちろん、文房具やバッグ、洋服まで。里子が欲しいと思ったものは、手に入れるまで駄々をこね続けた。

しかも意地が悪いことに、譲ってくれない相手が悪いかのように、両親や周りの大人に思わせてしまうのだ。見た目も可愛いので、大人たちはすっかり里子に同調した。「里子ちゃんにあげたらいいじゃないの」「里子ちゃんが可哀想でしょ」となる。私や友達がいくら「里子が悪い」と訴えても、里子が涙を浮かべて謝るふりをするだけで、簡単に許されてしまう。そうして出来上がったのが、今の女ジャイアンだった。

果てには、物だけでなく他人の恋人まで奪うようになった。そして悲しいことに、両親はいつだって里子の味方だった。私が大切にしていたものでも、里子が欲しがれば、それは姉のものになる。喧嘩をしても悪いと言われるのはいつも私で、我慢するのもいつも私だった。

私は大学を卒業し、就職した。ある時、同じ会社の同僚である大輔からプロポーズされた。本分とした雰囲気で面倒見がいい人。一緒にいて心から安心できる人だった。両親も大輔を気に入ってくれ、里子は大輔に興味も示さずスマホをいじっていたが、そんなことはどうでも良かった。結婚の話はトントン拍子に進み、あっという間に結婚式当日を迎えた。

式の開始を待つばかりという時、控え室のドアが小刻みにノックされた。立っていたのは、受付を頼んでいた大輔の友人のA子さんだった。顔色は真っ青で、肩で息をしている。

「ご祝儀が……消えてしまったんです」

話を聞くと、こういうことだった。受付にはA子さんともう一人のB子さんがいたが、B子さんがお手洗いで席を外した時、受付から少し離れた場所で突然大きな音と悲鳴が上がった。見ると、倒れた車椅子と、そのそばに横たわる高齢の女性がいた。看護師であるA子さんはすぐに救助に向かおうとしたが、お金を預かっている場所を離れるわけにもいかない。焦っていると、一人の女性が声をかけてきた。

「私がこちらで受付を変わりますから、どうぞお見舞いに行っていただけませんか」

その女性は、先ほど新婦の姉だと紹介を受けた人物だった。確かに親族の確認も取れていた。A子さんは受付を任せて、女性の救助に向かった。女性に大きな怪我はなく、A子さんが受付に戻ると、受付を変わってくれた女性も、ご祝儀も消えていた。転んでいた女性は、私たち一族のトップにいる大葉だろう。九十歳を超えてもなお大会社の会長職にある人だ。足が悪いのに、私の晴れ舞台だからと車椅子で来てくれると言っていた。

「本当に申し訳ありません。私が受付を離れたりしなければ……」
「いえ、大葉を助けてくださってありがとうございました。大丈夫ですよ」

責任を感じて泣き出しそうなA子さんをなだめ、受付に戻ってもらった。控え室に一人になった私は考える。結婚式の日に親族を名乗ってご祝儀を盗む話は聞いたことがある。だけど、今回はちゃんと身元の確認が取れていた人物が代わると言ったのだから、A子さんが安心したのも無理はない。そういえば、前に里子が「受付してあげようか」と言っていたのを思い出した。大輔の友人が先に引き受けてくれたので断ったが、あの時の里子は残念そうな顔をしていた。

やはり、初めからご祝儀を狙っていたのか。スタッフに里子が席にいるか確認してもらうと、やはりいない。もう、警察に相談するしかないだろう。そう思ってスマホを取った時、里子から電話がかかってきた。さっきと同じことを繰り返す。ご祝儀を盗んだことを自慢し、有効活用してあげると言って、また一方的に切った。

そこへウェディングプランナーが慌てて駆け込んできた。
「式を中止なさいますか?」

私はにっこり笑った。
「いいえ、予定通りに行ってください」

結婚式から半年ほど経ったある日、出先から帰ってきた私のスマホには、里子からの凄まじい件数の着信があった。私はわざと放置していた。何度もかかってくるのを確認して、ニヤニヤしながら再び着信を待つ。たっぷり十回以上のコールを聞いてから、私は電話に出た。

「直子、あんたふざけてんじゃないわよ!」
「何よ、そんな怖い声で。今日はお姉ちゃんの結婚式でしょ?」

私はついさっきまで、里子の結婚式の式場にいた。招待は届いていたが、参加する気なんてさらさらなかった。ご祝儀袋だけ置いて、帰ってきたのだ。

「あんたでしょ? こんなふざけたことを仕組んだのは!」
「は? 何の話?」
「とぼけるのもいい加減にしなさいよ! ご祝儀のことに決まってんでしょ!」
「ああ、それなら私の気持ちをしっかり込めて、受付の人に預けて帰ってきたわよ」
「それが! それがふざけてるって言ってんのよ!」

電話の向こうから、ギャンギャンとまくし立てる里子の話はこうだ。里子は受付の女性から「妹さんと名乗る方がご祝儀だけ置いて帰って行かれた」と報告を受けた。もしや仕返しかと、里子は私からのご祝儀袋を真っ先に確認した。見ると、分厚くずっしりとした重みがある。パンパンに膨れた袋に、里子は思わず鼻の穴を膨らませた。

「あら、あの子もいいところあるじゃない」

ニコニコしながら袋を開けると、中からはパンパンに詰まった写真が出てきた。それは全て、里子が旦那ではない男と仲良く腕を組んでホテルに入ろうとしている写真だった。服が何種類もあるということは、日を変えて何度も会っていたということだ。

「何よ、これ!」

勢い任せに床に叩きつけられた写真。そして里子ははっとした。受付に集まっていたご祝儀袋を全て開封して確認すると、なんと新婦側の親戚からのご祝儀袋が全て空っぽだったのだ。

「直子よ! きっと直子が盗んで持っていったんだわ!」

うろたえる受付の女性を前に、里子は大声で私のことをののしり続けた。その騒ぎを聞きつけて、旦那様や向こうのご両親、親戚が里子の控え室を確認しに来た。そこで床一面に落ちている写真を見てしまった旦那様と親族は、一瞬の無言の後、全員から「どういうことだ?」と追求しているそうだ。もちろん、現在進行系で。

「へえ。そんな状況で電話なんかしていて大丈夫?」
「誰のせいでこうなったと思ってんのよ!」

電話の向こうには、ドアを叩く音や「鍵を開けて出てきなさい」という叫び声が聞こえてくる。なるほど、責められるのが怖くてトイレに隠れているのか。やがて「誤解よ! 誤解なのよ! 私が全部悪いのよ!」と叫ぶ声が聞こえ、電話は突然ぷつりと切れた。

後日、結婚式に参加していたいとこのお姉ちゃんから、顛末を聞いた。実は私が仕組んだのは写真の件だけで、親戚のご祝儀が空っぽだったのは大葉の指示によるものだったらしい。大葉は私の結婚式の時の一件をきっかけに、里子のこれまでの行いを詳しく調査していた。すると、とんでもない話が次から次へと出てきた。

まず、里子は就職先の大手企業で上司と不倫騒ぎを起こし、その上司から相当な額を巻き上げていた。騒ぎが明るみに出るとさっさと退職し、次に父の伝手で入った小さな会社でも会社のお金を横領して首になっていた。この二件は親が頭を下げて賠償することで警察沙汰にはならなかった。もちろん、里子の辞書に反省の二文字はない。「ごめんなさい、今度こそちゃんとするから」という涙ながらの訴えで両親を丸め込み、今も堂々と親元で暮らしている。さらに、自分の結婚式が控えている状況にも関わらず、浮気相手がいた。

こんなやらかしをしておいて、私のご祝儀を盗んだことも分かっていながら、それでも里子を甘やかすばかりの両親に、大葉は心底嫌気が差した。大葉は調査報告書を持って、親戚一同を連れて両親の元へ乗り込んだ。「これを今まで見逃してきたのか」と厳しく叱責されても、両親は「でもでも」を繰り返すばかり。痺れを切らした大葉は「いい加減にしなさい」と、あの迫力で黙らせた。

「里子をこのままにはしておけない。今回のことは直子をないがしろにして里子ばかりを甘やかしていたお前たちに責任がある。お前たちは私と直子の仕返しに協力しなさい。今度の里子の結婚式で、あの子にはきっちりとけじめをつけさせる」

そして親戚一同には「ご祝儀袋には何も入れるな。あの子は妹のご祝儀に手をつけた。あの子にくれてやるご祝儀なんてあるものか」と指示を出した。その場にいた全員が、心から頷いたそうだ。

この話を聞いた時、私は胸がすっとしたと同時に、大葉が私のことを気にかけてくれていたことが分かり、涙が出るほど嬉しかった。けれど、気になることが一つあった。人の気をそらすためにトラブルを仕組むなんて、あの残念な姉がよく思いついたものだと思っていたが、これにも裏があった。ご祝儀を狙ったのは、どうやら里子の浮気相手の入れ知恵らしい。浮気相手の男は元々暴走族がりの半グレで、こうした犯罪にも手を染めていた。男のアドバイスで受付近くのカーペットをめくり小石を仕込む里子の姿は、式場の防犯カメラにバッチリ映っていた。受付からみんなの気をそらすための仕掛けだったのだ。

この事実を知った大葉はさらに激怒した。
「その根性、私が叩き直してやるからね。覚悟しておきなさい」

そう言って、里子の首根っこを掴んで連れて行ったそうだ。ちなみに、半グレ男は里子から受け取った三百万を持って違法賭博にいたところを別件逮捕され、現在は拘置所の中にいるらしい。

私たちの結婚式が問題なく行えたのは、私と大輔がお互いに高収入で貯金があったからだ。里子は私たちの会社のことを「聞いたこともない会社」と小馬鹿にしていたが、実は業界内ではシェアを誇る大企業だった。そのことを後から聞かされた里子は「何よそれ」と、ものすごく悔しがっていたという。その様子を自分の目で見られなかったのが、本当に残念だ。

今、里子は大葉の会社で休みも問わず働かされているらしい。直子への慰謝料は自分で働いて稼げと、鬼の形相で言ったとか。誰もが恐れる一族の大御所をあれほど怒らせたのだ。「頑張れよ」としか言いようがない。里子の口座から毎月分割で慰謝料の振り込みがあるので、まあ生きてはいるのだろう。その里子、私以外からも慰謝料請求されている。浮気相手の男には実は奥さんがいて、その奥さんからも慰謝料を払えとなったらしい。こちらの慰謝料は分割にはできず、両親が家を売却して立て替えた。さすがに今回の件で両親も目が覚めたようで、大葉が里子の給料が出るたびに「立て替えた分のお金はきっちり返しなさいよ」と取り立てに行っている。

今回の件を丸く収めたことで、義両親にはすっかり気に入られた。「うちのお嫁さんは本当に頭がよく回るわ。ぼんやりしてる大輔よりも頼りになるわね」と。何か問題が起きると、義両親は大輔ではなく私の元へ相談に来てくれる。頼りにされるのは嬉しいし、実の両親よりも義両親と一緒にいる方が、ずっと家族として居心地がいい。

一方の大輔は、そのモブ顔が大葉の母性本能を激しく揺さぶったようだ。プレゼントを贈られたり、しょっちゅうデートに誘われたりしているらしい。優しい大輔はそれらを真面目に受け止めているから、大葉はますます大輔が可愛くて仕方ないらしい。大輔は「俺、この顔で結婚してからこんなにモテるとは思わなかった」としみじみ呟く。その姿を見て、私は思わず吹き出してしまった。「明日の大葉さんとの約束、何を着ていこう」と真剣に悩む大輔を見て、微笑ましい気持ちになると同時に、やっぱりこの人は面白いと思うのだった。

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