コストコで買い物中、姑が「ちょっとトイレに行ってくるわ。よかったらフードコートで待ってるから」と言い残し、山盛りのカートを置いて消えた。まさかこれが、あとでご近所中に広まる大事件になるなんて、その時の私は思ってもみなかった。私はミカ、四十三歳。契約社員で、夫と四歳の娘との三人暮らし。結婚してからずっと、夫の実家がある町に住んでいる。姑は歩いて行ける距離にいて、会うたびに孫の催促と年齢への嫌味…

コストコで買い物中、姑が「ちょっとトイレに行ってくるわ。よかったらフードコートで待ってるから」と言い残し、山盛りのカートを置いて消えた。まさかこれが、あとでご近所中に広まる大事件になるなんて、その時の私は思ってもみなかった。私はミカ、四十三歳。契約社員で、夫と四歳の娘との三人暮らし。結婚してからずっと、夫の実家がある町に住んでいる。姑は歩いて行ける距離にいて、会うたびに孫の催促と年齢への嫌味...

私はミカ、四十三歳。契約社員として働いている。夫の修二は四十八歳で会社員、保育園に通う四歳の娘がいる三人家族だ。結婚してからずっと、夫の実家がある町に住んでいる。周囲の人にも恵まれて、穏やかに暮らしている……はずだった。ただ一つ、姑が悩みの種だった。

姑は専業主婦で、家はスープの冷めない距離にある。週に何度も顔を合わせるたびに、嫌味を言われた記憶しかない。今になって思えば、結婚の挨拶に行った時、最初に「孫の顔を早く見せて」と言ったのも姑だけだった。

「一日も早く孫の顔を見せてちょうだいね」

あの時は緊張していたし、私自身も子どもを望んでいたので、適当に相槌を打っていた。田舎だし、年寄りだし、まあ想定内だろうと思っていた。だが結婚してから、姑の嫌味はエスカレートするばかりだった。孫への要求は激しさを増し、夫がいない時に限って、遠慮なく言葉を投げてくる。

「ミカさん、まだおめでたの話はないの?」

「はい。でも、授かり物ですから、何とも」

「それは若い人の言うことよ。あなたはそんな悠長なこと言ってられないでしょ。年が年なんだから」

「はあ……」

「大体、私はあなたとの結婚に反対だったのよ。あの時は修二に止められてたから言わなかったけど」

結婚した時、私は三十五歳だった。それが反対した理由らしい。子どもができないかもしれないし、できたとしても高齢出産になるから嫌だったそうだ。姑は「どうせならもっと若い人の方がいいものね」とあっさり言ってのけた。私への地雷を踏んだことに、まったく気づいていない様子だった。

確かに私は若くない。でも、今は四十代で出産する人も少なくないし、もし子どもができなくても、夫と二人で幸せに暮らせればいいと思っている。夫も同じ考えだと思っていたが、だんだん不安になってきた。本当は夫も、心のどこかで姑と同じように考えているのではないか。夫を育てたのは姑だ。共通の価値観を持っていても、不思議ではない。そういえば、子どものことについて、夫婦でとことん話し合ったことはなかった。

姑からは、つまらない用事で何度も連絡が入る。度々呼びつけられるのだが、近所に住んでいるため断りにくい。会うたびに、姑からは孫を催促される。しかもそれは、年齢という変えられない事実に対する嫌味とセットだ。外見のことから学歴、家柄まで、動かしようのないことについて侮辱されるのは辛い。私の言動一つひとつについても、延々とけなされる。さらに耐えがたいのは、私の両親に責任があるかのような口ぶりで話すことだ。

ちなみに夫は、見てみぬふりをしていた。夫は優しいというより、押しが弱くて自己主張をあまりしないタイプだった。私はそんな状況に気がめいり、実母や友人に話を聞いてもらっていたが、解決策は見つからなかった。夫には、実家との関係など細々としたことは相談しにくい。しばらくは黙って耐えていた。夫は暴言や暴力こそないものの、ちょっと鈍感なところがあって、私の話をじっくり聞くことがあまりないからだ。「家のことは任せたい。いつでも家庭に入ってくれて構わない」と言われてもいる。愚痴を言って、仕事を辞めさせられては大変だ。

だが、このままでは心を病んでしまうと思い、結婚して一年ほど経った頃、夫に相談した。私が思い詰めていることが伝わったのか、夫はちゃんと聞いてくれた。

姑からしょっちゅう呼ばれて用事を言いつけられていること。運転手代わりに、買い物代行業者や出前業者のように使われていること。その買い物代については、以前にも話したことがあるが、一切負担してもらえず、我が家の家計から出していること。私は「お母さんの分も、結局うちが払ってるのよ」と言った。夫は「出してやってくれて、あなたが言ったからそうしてるんだけど」と呟いた。「そうだったかな。でも、そんなにひどいのか」

一回一回の金額は大きくない。だが、買い物だけで週に一、二回は頼まれる。私はためていたレシートや領収書を夫に渡した。少し離れたスーパーやホームセンター、各種飲食店、洋菓子店、和菓子店、医療品店。レシート類が残っているものだけで、重たい束になるほどだった。商店街の店などレシートが出ないところも含めて、月に数万円の出費になっている。

加えて、姑の送り迎えだ。私は仕事をしているため、片道だけのことが多い。朝の送りか、夕方以降の迎えを頼まれる。場合によっては、一回に一時間以上、姑のために運転させられるのだ。職場から離れていたり、反対方向だったりすることも少なくない。ガソリン代が結構かかるのも事実だ。出せない金額ではないものの、このまま払い続けることは難しいのではないか。

「お母さんたちは年金で生活できるんでしょ? それにお姉さんたちには、色々出してあげてるみたいなのよ」

「え、そうなのか」

週末は、姑から運転手を頼まれることが少ない。隣の市から義姉一家が遊びに来るからだ。私が頼まれる用事の中に、義姉たちのためと思われるものもある。ケーキなどを週末に買いに行くとか、平日に義姉宛ての宅配便を出しに行くとか。想像だが、あの調子なら、一緒に買い物や食事に行く時の費用は、義両親が持っているのではないだろうか。イベントごとのプレゼントやお小遣いもあげていると思う。これに関しては、それらしい場面を見たこともある。

「でもね、本当に辛いのはお金のことじゃないのよ」

私は姑から言われたことを、夫に買い集めて話した。私たちの結婚自体に姑が反対していたこと。夫ももっと若い女性を望んでいるはずだと言われたこと。常に嫌みを言われ続けていることも、全て打ち明けた。

夫はしばらく黙り込んでから、頭を下げた。

「本当にすまない」

それから夫はぽつぽつと語り始めた。私との結婚は、夫自身が望んだこと。理由は愛情があるからに決まっている。もちろん、私の年齢に対する不満などない。結婚前に姑から難色を示されたが、強く抗議したら反対しなくなった。私に陰質な嫌がらせをしているなどとは、思いもよらないことだし、許せない。子どもについては、夫も欲しいと思ってはいるし、調べたこともある。「結婚してから半年ほど経つから、一度検査を受けてみないか。ただ、無理にというつもりはない。受診しなくても構わないし、検査の結果によって考えてもいい。子どもがいたら幸せだろうが、二人の生活も同じくらい幸せだと思う。だから、これからも一緒にいてほしい」

私はもう途中から、涙が止まらなくなっていた。号泣する私をなだめるように、夫は続けた。

「お母さんにはきつく注意する。買い物や送り迎えも、仕事もあるんだから断っていい。義姉に確認して、義母にも話を聞くつもりだが、それは君を疑ってのことではない。あくまで言い分を聞くだけのことだ。君のことは信用しているし、今聞いたことも全て信じる。すまない。謝ることしかできないが、許してくれ。そして、これからも悩み事があったら相談するように」

それ以来、姑からの攻撃を受けることは減った。夫の苦言が効いたのはもちろん、私もなるべく距離を置くようにしたからだろう。ストレスが減ったおかげなのか、結婚三年目に娘を授かることができた。姑からは、やはりというか、女の子であることへの嫌みを言われた。今も「後継を生まなかった」と責められ続けている。でも、もう気にならないし、気にしている暇もない。

夫は予想よりもはるかに娘を可愛がり、送り迎えやお風呂などを手伝ってくれている。ワンオペを覚悟していたので助かっているが、やはり大変だ。だが、夫婦で娘の成長を見守ることができて嬉しい。

そんなある日、夫が休みの日に、姑から連絡が来た。

「もしもし。ミカさん、ちょっといいかしら」

「お母さん、どうしました?」

今自宅にいるのかと問われたので、迷ったが正直に答えることにした。

「今日は夫が休みのため、車でコストコに行く途中です」

「あら、ちょうどいいわ。私たちも行くから、向こうで待ち合わせましょう」

月に二、三回ほど、夫が水曜日に休みの時、私たちがコストコで買い物をするのは、姑も知っているはずだ。前から「今度一緒に行きたい」と言っていたし、わざとだろう。私は夫に「お母さんたちも来るんですって」と伝えた。

「そうか」

合流すると、姑はいつも以上にテンションが高く、夫は相変わらず空気のようだった。今日はこの後、習い事に行っている娘のお迎えによるから、生鮮食品は買わないと言うと、姑は残念そうにしていたが、すぐに立ち直る。「これはお姉ちゃんに、これは孫ちゃんに」などとつぶやきながら、品定めをしていた。お友達やご近所さんの分まで買おうとするので驚く。あっという間にカートはいっぱいになり、夫も呆れているようだった。

案の定、買い物を満喫した姑は、レジに並ぶ前に言った。

「ちょっとトイレに行ってくるわ。よかったらフードコートで待ってるから」

山盛りのカートと夫を残して、そそくさと立ち去る。姑が見えなくなると、私は夫と顔を見合わせて大笑いしてしまった。それから商品を仕分けし、我が家の分だけ支払うことにした。順番が回ってくると、夫がレジ係の人に断る。

「カートに残ったものは別会計にしてください。今トイレに行っている人の分ですので」

そして義父に後を任せて、さっさと支払いを済ませる。

「じゃあ父さん、あとはお願いするね。娘が待ってるから早く行かないと。母さんにそう伝えて」

「え? ああ、そうか。さて、帰るか」

「うん」

さて、この話には後日談がある。あの日、私には姑からの着信やメールが鬼のように届いたが、夫に了解を得て全て無視していた。内容は「なんで帰ったのか」とか「お金が足りないから戻って来てくれ」とかだった。その後、姑が何も言ってこないと思っていると、二週間ほど経った頃に、義父から夫に電話があった。とても怒っている様子だ。

この近所で、姑が息子夫婦の態度のことで笑い物にされており、義父も巻き添えになっているという。考えた末に、あの日コストコのレジを出たところで、ご近所の奥さんに会って挨拶したことを思い出した。そうか。商品が残ったカートと義父を置き去りにしたところを見られて、怪しまれたのか。

「お母さんたち、お金が足りなかったそうじゃないの。立て替えもせずにほったらかして帰るなんて、何考えてるの?」

義父は、ご近所の奥さんに「息子夫婦と一緒に来たが、二人は自分たちの支払いだけして帰ってしまった」と話したそうだ。その奥さんは、ご近所のインフルエンサーと呼ばれている。勘が鋭く、観察力も優れているから、短い会話でも全てを理解したに違いない。

夫はため息をついて、義父に言った。

「今まで散々やってもらってるよ。姉さんこそ、たまには助けたら? 母さんにはいつもお世話になってるんだろう」

「私はそこにいなかったんだから」

「お世話はあんただって同じでしょ。そんなに言うなら、駆けつけろよ。それと、ついでだから言うけど、うちは一切助けてもらったことはない」

「え?」

夫は実家からは何ももらっていないことを伝えた。それはもう徹底的で、結婚式のご祝儀さえなかった。もちろん、義姉たちがいつも受けている恩恵もない。娘の誕生日プレゼントやお年玉さえもないのだ。

義父は人非人ではない。お金の話は全く知らなかったらしく、驚いて謝っていた。

「ごめんね。知らなかった。すぐにお母さんと話してみる」

その後、姑は義父に激しく避難されたようだ。さすがに夫にもこっぴどく叱られたらしい。以来、姑はすっかり大人しくなったので、適度な距離を保ちつつ、安心して暮らしている。

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