二十六歳のあずみは、夫の正が実の姉・り子と二重不倫をしていることを知った。しかも二人は悪びれる様子もなく、「子供を産めないお前が悪い」と言い放ったのだ。あずみは正と離婚し、実家で暮らし始めたが、数年後、再び二人が現れた。
「まさと私の子供よ。これであなたたちが不妊の無能だって証明されたわね」
姉は赤ちゃんと映る写真を見せつけてきた。勝利を確信したような目をしていたが、あずみは同じだった。
「え? 何も知らないの?」
出産したと自慢するり子を横目に、あずみは寝室へ向かった。ベビーベッドで眠る娘を抱き上げ、二人の前に連れて行く。
「私と純一さんの子供よ」
「なんですって?」
り子はじっと娘の顔を覗き込んだ。娘の目は純一そっくりで、鼻はあずみとそっくりだった。
「私も純一さんも不妊なんかじゃなかった。不妊は私の体が原因じゃなかったことが証明されたわね」
呆然とした表情を浮かべるり子に、あずみは続けた。
「てか、私と離婚してないのにあずみと子供を作るなんて、あんたたちだって不倫じゃない?」
り子は勝ち誇ったようにあずみたちを見下ろした。
「いや、俺たちはすでに離婚は成立している」
「そ、そんな……」
り子は顔をくしゃくしゃに歪め、その場に崩れ落ちた。
あずみの家庭は、公務員の父とパート勤務の母、二歳年上の姉の四人家族だった。姉のり子とはあまり仲が良くなかった。り子は小さい頃からあずみのものをよく取り上げた。両親は姉妹を平等に育ててくれたのだが、り子は両親があずみばかり可愛がると嫉妬していたのだ。
り子が中学に上がると、外でも問題行動を起こすようになり、両親は手を焼いていた。学校に呼び出されることは日常茶飯事で、両親がいくら態度を改めるように諭しても、彼女が聞き入れることはなかった。高校に入ると悪い仲間と付き合うようになり、警察に補導されることも増えていった。
ある日、あずみが学校から帰ると、リビングから父の怒鳴り声と母の泣き声が聞こえてきた。不安に思いながらリビングに行くと、両親の前にはり子の姿があった。また何か事件を起こしたんだ。とっさに察したあずみは自分の部屋に行こうとしたが、父に「あずみも一緒に」と言われ、ソファーに座って話を聞いた。
「お前は自分が何をやったのか分かってるのか?」
「別に大したことじゃないし、みんなやってることだよ」
「みんなって? 学校を停学になって、この先卒業できなかったらどうするの?」
どうやらり子は何かの問題を起こし、高校から停学を言い渡されたらしい。り子は両親の話をまともに聞こうともせず、暴言を投げつけて部屋を出て行ってしまった。停学の間、り子は友達の家を泊まり歩いていたようで、両親は毎日頭を抱えていた。
しかし停学が明けてもり子は帰ってこなかった。ようやく帰ってきたのは、それから三ヶ月が過ぎた頃だった。
「今までどこにいたの?」
心配する母の質問には何も答えず、り子は一方的に結婚すると宣言した。
「お前はまだ高校生だぞ。結婚なんて認められるわけないだろう」
「反対しても無駄。もう決めたんだから」
相手はどこの人なのか、学校はどうするのかと聞いても、り子は「学校はもうやめた。心配しなくても相手は大人だから問題ないよ」と言うだけだった。結局り子は両親の反対を押し切るように、翌日には家を出ていった。おそらく相手の男性と駆け落ち同然で結婚したのだろう。その後は連絡一つなく、両親もり子のことは話さなくなった。
しかし半年後、り子は夫を連れて家に帰ってきた。
「純一が働けなくなったから、これからはここに住むわ」
り子の夫と紹介された純一は、元々鳶職をしていたが、仕事中に大怪我をして働けなくなってしまったらしい。
「そんな勝手なこと許すわけないだろう。働けなくなったからって」
「それじゃあんたが働けばいいでしょ。説教を聞きに来たんじゃない。出てけって言われても出ていかないから、よろしく」
り子はそのまま実家に居座ってしまった。純一は申し訳なさそうにしながらも、り子には逆らえないようだった。
それからり子たちとの同居が始まった。純一は一人で歩くことが困難で、外では車椅子を使っているが、古い建物の実家では車椅子が使えない。そのため移動には誰かの介助が必要だった。しかしり子は一日中外に出かけてしまうため、純一は最低限の移動のみをあずみや母に頼んできた。断るのも申し訳なく手を貸していたのだが、そのお礼にと純一は楽しい話を聞かせてくれた。
ある日、あずみは純一にり子との馴れ初めを聞いてみた。
「お姉ちゃんとはどこで出会ったの?」
「前の職場の近くで。数人の男に絡まれてたのを助けたんだ。それ以来、何がいいのか俺の周りについてしまって……」
「だけど結婚する気はなかったんでしょ。それなのにお姉ちゃんが強引に迫ったんでしょ」
純一ははっきりとは言わなかったが、り子の性格を考えれば容易に想像できた。子を追い返すこともできず、純一は言われるまま結婚し、これまで支えてきてくれたのだ。
純一は怪我をしてから始めたという在宅ワークをしながら母の家事も手伝っているようで、母も次第に純一を受け入れるようになった。それに比べ、り子は数ヶ月経っても働くことはなく、毎日遊び放けている。
ある日、父は純一に「一緒に飲もう」とお酒を手渡した。
「足が不自由だというのに前向きに頑張って、君は偉いな」
「いえ、自分にできることをやっているだけです。それより突然上がり込んでしまって本当に申し訳ございません」
「いや、謝る必要はないよ。ちゃんと生活費も入れてくれて家事まで手伝ってくれてるじゃないか。私たちは君に感謝しているんだよ」
父も純一の人柄にすっかり心を許しているようだった。
ある朝、純一は出かけようとしていたり子を呼び止めた。
「たまにはお母さんの手伝いをしたらどうだ?」
「何よ。吃驚(きょうが)なしのくせに私に意見するつもり?」
「意見とかじゃなくて、世話になってるんだから少しくらい手伝ってもいいだろう」
純一はり子に家事をするよう諭しているようだ。
「うるさいわね。あんたがこんな役立たずだとは思っても見なかったわ。結婚して損したわよ」
「それは悪かったよ」
り子は怪我をして収入が半減した純一のことを避難し、純一はひたすら謝っていた。実際のところ、実家の生活は厳しいものがあった。り子は浪費を止めず、母の財布から勝手にお金を持っていってしまう。純一が収入のほとんどを生活費として入れてくれているから助かっているものの、あずみが大学に行けるお金はなかった。
仕方なくあずみは高校を卒業した後、地元企業に就職した。その頃にはり子は朝出た切り深夜まで帰らなくなっていたが、正直なところり子が家にいない方があずみは気が楽だった。純一はすっかり家族と打ち解け、在宅でできる仕事を新たに増やしたようで、毎日必死に頑張っていた。その姿を見て両親もいつしか純一を応援するようになっていた。
数年が経ち、あずみは取引先の担当者だった正と交際を始め、一年後に結婚することになった。正はとても優しい性格で、仕事も真面目に頑張っている。結婚してもきっと幸せになれると信じていた。結婚後は実家の近くにマンションを借りて生活することになった。純一の介助を母に任せてしまうのは心苦しいものがあったが、「大丈夫だから」と母に背中を押され、別々に暮らすことにした。それでも週末はまとまった共に実家に帰り、家族で食事をするようにした。
しかし結婚して三年が経つ頃から、正の様子がおかしくなっていった。あずみとの会話を避けるようになり、明らかに冷たい態度を取るようになった。それに加え、毎日家に帰るのは二十三時を回り、いつしか家に給与を入れなくなった。
「どうして家にお金を入れてくれないの?」
「三年経っても子供もできないお前を、どうして養わなきゃいけないんだ」
その言葉にあずみは耳を疑った。確かに三年経っても子供は生まれていない。しかしだからと言って夫の責任を放棄する理由にはならないはずだ。
「子供ができないのは私のせいだけじゃないわ。あなたがもう少し早く帰ってきて家事を手伝ってくれたら、私の負担も減るし、そしたら赤ちゃんだってできるかもしれないじゃない」
「子供も産めないくせに、家事まで俺にさせようっていうのか」
正は何かにつけて子供を産めない女だとあずみを避難した。しかしあずみは病院で妊娠に問題ない体だと診断されていた。
「私の体に異常はなかったわ。そんなに子供が欲しいなら、正も病院で検査を受けてみてよ」
「なんで俺が? まさか俺に問題があるって言いたいのか?」
「そうじゃないけど、妊娠しない理由が分かるかもしれないでしょ」
正は頑なに検査を拒否し、一方的にあずみに問題があると決めつけた。そればかりか正は職場で同僚たちに「あいつは産めない」と吹聴して回った。その結果、あずみは同僚たちから好奇の目を向けられるようになった。いくら違うと否定しても、実際に子供ができない現実がある以上、誰も信じてくれない。いつしかあずみは否定することもやめてしまった。
ある日、珍しく早く帰ってきた正が風呂に入っている時、リビングに置いていった彼のスマホが鳴った。画面の通知にはり子のアイコンと名前が表示されている。なぜ正が姉と連絡を取っているのかと不思議に思ったあずみは、彼のスマホを開いてみた。すると正とり子は毎日のように二人で会っていることが分かった。写真フォルダには正とり子が裸でベッドに横たわっている写真もあり、二人が二重不倫の関係であることを知ってしまった。
腹立たしくて仕方なかった。あずみは風呂から上がった正を連れて、すぐに実家へ向かった。
「お姉ちゃんいる?」
「さっき帰ってきたみたいだけど」
あずみの様子がおかしいことに気づいた母は心配そうに声をかけたが、その時のあずみはそれを無視してり子の部屋へ向かった。
「こんな時間に一体何?」
「お姉ちゃん、正って不倫してるよね」
その言葉に純一も驚いた顔を見せた。
「証拠があって言ってるのよね。じゃなきゃ名誉毀損で訴えるわよ」
「証拠ならあるわ」
あずみは正のスマホを取り出し、二人のやり取りや一緒に映る写真を見せつけた。
「信じられない。純一さんや私を馬鹿にするのもいい加減にしてよ」
「仕方ないじゃない。まともに給与も稼げない上に、子供も作れないのよ」
「俺はこんなに子供が欲しいのに、お前が産めないから寂しかったんだ」
二人は開き直り、身勝手な言い訳を繰り返した。
「これからも関係を続けるなら、私にも覚悟があるから」
「どんな覚悟よ? 恨むなら子供が産めない自分を恨んだら」
り子は相変わらず強気な態度であずみを見下した。
その日以来、正とり子は実家でも公然と親密な様子を見せつけてきた。両親が一緒の時はよそよそしい態度を取るものの、あずみと純一だけになった途端、二人でいちゃつき始めるのだ。
ある日、あずみは純一になぜり子に何も言わないのかと尋ねてみた。
「り子の男遊びは前から知ってたよ。だけど俺がこんな体になって、満足に相手もしてやれない。それに家を追い出されたら、俺は一人じゃ生きていけないから」
純一はり子に追い出され、家を失うことを恐れて何も言えなかったのだ。
「行く場所がないならずっとここにいればいいわ。お父さんたちだってきっと賛成してくれる」
「そんなわけにはいかないよ」
「遠慮なんてない。純一さんはもう私たちの家族よ」
この時純一は独学で経営学を学んでいた。家計を少しでも助けようと努力を続けてくれる純一のことを、両親は本当の息子のように思っている。それでも悪いからと遠慮しているようだった。
数日後、実家に行くと父の怒鳴り声が聞こえてきた。慌ててリビングに向かうと、両親とり子、正の四人が対峙していた。どうやら二人の不倫が父にバレてしまったらしい。
「出ていけ。二度とこの家の敷居をまたぐな」
「いいわよ。こんな家に何の未練もないわ」
り子は正を連れて家を出て行った。
「あずみも純一さんも気づいてたんでしょ。二人とも辛かったわね」
母の言葉にあずみは涙が溢れた。
「僕が至らないばっかりに、本当にすみません」
「純一君のせいじゃない。全部あの二人が悪いんだ」
純一はり子との離婚を決意したようで、他人の自分は出ていくと言った。
「他人だなんて。どこにも行く当てなんてないんでしょ。純一君はもう俺たちの息子だ。ずっとここにいてくれていいんだ。遠慮なんかしなくていい」
父が純一の肩に手を置くと、純一はそれまで堪えていた感情が爆発したのか、大粒の涙を流して「ありがとうございます」と何度も感謝を伝えた。
翌日、会社に行くと同僚から「大変なことになっている」と告げられた。何事かと事情を聞くと、SNSで正が「義両親と嫁に追い出された」と悲劇のシナリオを投稿していたのだ。それを見た職場の同僚たちはあずみを白い目で見つめてきた。その日、早退したあずみは自宅に立ち寄り荷物をまとめて、実家に帰ることにした。
実家に戻ると、純一が一人で仕事をしていた。
「大変だったね。大丈夫?」
「うん。だけど、仕事はやめようと思ってるの」
「それなら、僕の仕事を手伝ってくれないか?」
純一は在宅で自身の会社を立ち上げるつもりだと話してくれた。
「僕はこんな体だし、外に行くことも難しい。だから手伝ってもらえると嬉しいな」
純一は自身の経験を生かして福祉関連の事業を始めるという。障害を負っても自分の力で生きていけるように、補助機器のレンタルやサポート窓口との橋渡しをするのだそうだ。まだ試験段階ではあるけど、メーカーと一緒に小型の車椅子の開発も進んでいる。
「他にも利用者の立場で補助機器を開発して、必要な人に届けて行けたらって思ってる」
「すごいわ。障害を負っても前向きに生きていける手助けができるのね」
あずみはとても感動した。その日、両親にもその話をすると、二人ともできる限り協力すると約束してくれた。あずみは純一と共に新しい一歩を踏み出すことにした。
数日後、実家のポストには正から記入済みの離婚届が届いていた。あずみはすぐに役所に届け出て、その足で弁護士事務所を訪ねた。正と関わることはしたくなかったが、純一の会社が軌道に乗るまでは少しでも資金が多い方がいい。そう思い、あずみは正に慰謝料を請求することにした。正は異論を唱えることなく、素直に支払いに応じてきた。その後は正ともり子とも関わることなく、月日が流れていった。
純一の事業は順調に業績を伸ばし、安定的に収入が得られるようになっていった。一年後、開発していた小型の車椅子が完成した。その後も次々に画期的な機器が開発され、二年後には実家の近くに事務所を構え、社員を迎えられるようになった。三年が経つ頃には純一の会社は大成功を収め、メディアでは連日彼のことが取り上げられるようになった。
ある日、仕事を終えて家に帰ると、り子と正が待ち構えていた。
「今更何の用?」
「そんな怒らなくてもいいじゃない。今日は大事な話をしに来たの」
り子は相変わらず不貞腐れた態度で不敵な笑みを浮かべている。
「話って何よ?」
「純一と離婚するわ」
り子は純一に離婚届を突きつけ、これまで離婚に踏み切らなかったのは財産分与の取り分を増やすためだったと言った。
「そんな身勝手な言い分が通るわけないでしょう」
「いいえ、婚姻関係にあるんだもの。財産分与は当然の権利よ。もちろん純一の会社で得た収益もその対象になるわ」
「純一とお姉ちゃんの婚姻関係はとっくに破綻しているわ。身勝手に不倫しておいて財産分与を求めるなんて、どこまで歪んだ性格してるのよ」
あずみが食ってかかると、り子は勝ち誇ったように高笑いした。
「どう言われたって、これは正当な権利なの。純一もあんたも不良品。不妊症同士で慰め合えばいいのよ」
り子はそう言うとスマホを開き、一枚の写真を見せつけてきた。その写真にはり子が赤ちゃんを抱いている姿が映っていた。
「まさと私の子供よ。これであなたたちが不妊の無能だって証明されたわね」
彼女は勝利を確信したような目をしていたが、あずみは同じだった。
「え、お姉ちゃん、何も知らないの?」
出産したと自慢するり子を横目に、あずみは寝室へ向かった。ベビーベッドで眠る娘のゆいを抱き上げ、二人の前に連れて行った。
「私と純一さんの子供よ」
「なんですって?」
り子はまじまじとゆいの顔を覗き込んだが、娘の目は純一そっくりで、鼻はあずみとそっくりだった。
「二人がここを出ていった二年後に、この子が生まれたのよ。私も純一さんも不妊なんかじゃなかった。私の体が原因ではなかったことが証明されたわね」
呆然と表情を浮かべている。
「この子は本当に純一君の子なのか?」
純一はり子の見せた写真の子が正に似ていないことを指摘した。
「え、正の子に決まってるじゃない。大体、私と離婚してないのにあずみと子供を作るなんて、あんたたちだって不倫じゃない」
り子は勝ち誇ったようにあずみたちを見下ろした。
「いや、君たちが出ていった後、すぐに離婚は成立しているよ」
「なんですって?」
純一が怪我を負った際、り子は激しく彼を罵ったそうだ。その時に記入済みの離婚届を突きつけてきたらしい。純一は「ずっとここにいていい」という両親の言葉を受け、離婚届を役所に提出したのである。
「僕と一緒になってからも、君はずっと不貞行為を繰り返していた。全ての慰謝料と財産分与を計算すると、君が支払う方が多くなる」
純一が離婚届を提出したのは会社を設立する前のことで、財産分与の対象とはならない。思惑が外れたり子はその場に崩れ落ちてしまった。
「ちょっと待て。だからって、あいつらが不倫じゃなかったことにはならないだろう」
「いいえ。私が純一さんと交際を始めたのは、ゆいが生まれる一年前のことよ。嘘だと思うなら両親に聞いてみればいいわ」
純一の会社を手伝いながら日常の世話をしているうち、二人は互いに惹かれ合うようになった。その様子を見ていた両親は、二人が一緒になることを後押ししてくれたのだ。
「お姉ちゃんの赤ちゃんは、本当に正の子供なの? 当然だろ。変な言いがかりつけないでよ」
間違いないと言い張る二人に、あずみは数枚の写真を突きつけた。
「実は、り子と正の不倫に気づいた後、離婚を決意した私は探偵を雇い、二人の素行調査をしてもらっていたの。その中で、り子が正とは別の男性のマンションに出入りしていることが分かったのよ」
り子が出入りしていたマンションは、男性が契約したものだった。その男性と長年不倫関係にあったのよね。
「り子が長年不倫関係にあった男性には妻子があり、純一と結婚している頃からの付き合いだったらしいわ。さらにり子には、他にも関係を持っている男性がいたの」
「生活費を稼ぐためよ。純一の収入が減ったから、仕方ないじゃない」
り子は収入を増やすため、金銭を受け取って男性と関係を持っていたと言い張った。
「その証拠に、今は誰とも関係を持っていないわ」
「それはどうかしら」
あずみはり子が男性とホテルに入る動画を再生した。
「これが何だっていうのよ」
「この動画を撮ったのは、つい三日前よ。私が純一の会社の仕事で外出している際、偶然正とは違う男性と歩くり子を見つけたの。中睦まじく腕を組んで歩く二人の後を追っていくと、まっすぐホテルへと向かい、ご丁寧に入り口の前でキスをして入っていったわ」
動画を見せつけられ、り子は顔を青ざめさせ、正は激怒した。
「俺を騙していたのか」
「うるさい。吃驚(きょうが)なしのあんたが悪いんでしょ」
り子と正はその場で大喧嘩を始めた。その声にゆいが泣き出してしまった。
「喧嘩なら外でやってくれ。迷惑だ」
あずみと純一は二人を家から追い出した。その後ろから母がやってきて、二人に向けて塩を撒いた。
「あなたはもう私たちの娘じゃないわ。二度とこの家に近寄らないで」
「お前の相続権はすでに剥奪してある。今後お前がどうなろうと、俺たちは一切関与しない」
両親はり子に絶縁を宣言した。
数週間後、正が家を訪ねてきた。
「やっぱり俺の子供じゃなかったんだ」
正はり子の産んだ子のDNA鑑定を行ったらしい。その結果、り子の産んだ子は正との間に親子関係がないことが判明したのだとか。
「俺が間違ってたよ。この通り謝るから、もう一度俺とやり直さないか」
正はり子に騙されていたのだと言い、一方的に復縁を求めてきた。
「俺たち、子供がいなくても仲良くやってたじゃないか。これからだってきっと」
「お断りよ。あなたはお姉ちゃんと不倫をしただけじゃない。私が不妊症だって言いふらして、おまけに両親と一緒に追い出されたって投稿までしたのよ」
「それは謝るよ。あの時はり子にそうしろって言われて、仕方なく」
正は全てをり子のせいにすればあずみが許すとでも思っているのだろうか。あくまでも被害者のような顔で話す正に腹が立った。
「どっちが言い寄ったかなんて、今更どうでもいいわ。私は純一さんと一緒になって、今とても幸せなのだから。あなたとやり直すなんてありえない」
「そんな障害のあるあいつのどこがいいんだよ」
障害があるというだけで純一のことを見下す正に、あずみの怒りは頂点に達した。
「少なくとも純一は、あなたたちよりも立派な人間よ。これ以上侮辱したら、代償は高くつくからね」
捨て台詞を吐きながら正は帰って行った。
数日後、SNSでは純一の会社が不正を行っているという嘘の情報が流れた。あずみに復縁を断られた正が腹いせに流したものだ。あずみと純一はすぐに記者会見を開き、不正の事実はないことと離婚の経緯を発表した。それにより、世間の非難は正に集中した。正とり子の二重不倫は、彼が務める会社にも知られることとなった。
正の務める会社は家族の幸せをコンセプトに事業展開を行っている。そんな会社にしてみれば、正のやったことは到底許せるものではなかったのだろう。しばらくして、正は解雇を言い渡された。り子は正にも捨てられ、一人で子供を育てていかなければならなくなった。複数の男性と関係を持っていたり子は、自分の子供の父親が誰なのか突き止めようとしたらしいが、DNA鑑定に応じてくれる人はいなかった。その上、り子が自分以外にも関係を持っていることを知り、男性たちは彼女の元を去っていった。
追い込まれたり子は、一番長く続いていた愛人の男性の自宅に突撃したようだ。そこで男性の妻に洗いざらいぶちまけられたそうだが、男性の妻は冷静に「子供は夫の子ではない」と否定し、り子を追い返したらしい。後で分かったことだが、男性はかねてより浮気癖があり、妻との子供が生まれた後、非妊手術を受けていたのだとか。
またもや拒絶されたり子は、純一に復縁を迫った。純一は「君とはとっくに終わっている」と相手にしなかった。両親からも絶縁され、他に頼る人もいなくなったり子は、その後あずみたちの自宅周辺をうろつくようになった。子供の安全を考えたあずみたちは警察に通報し、り子に接近禁止命令を出してもらった。その後り子の姿を見ることはなかったが、風の噂では子供を施設に預け、町を出ていったらしい。
会社を解雇された正は、生活を立て直すため土木会社でアルバイトを始めたようだが、その仕事中に大怪我を負ったと人に聞いた。働けなくなった正は金銭を求めてきたが、あずみは助ける理由はないと拒否し、正の電話番号を着信拒否に設定した。正には両親がなく、頼れる親戚もいない。それを思うと心苦しい気もしたが、身勝手な行動を取り続けた彼の自業自得である。
数年後、あずみたちは家族旅行に出かけるため、空港へ向かうタクシーに乗っていた。タクシーが信号待ちで停車した時、車窓の外を見ると、目の前に正らしき姿を見つけた。ボロボロの服を身にまとい、髪も髭も伸び放題だったが、面影は残っていた。どうやら行く場所を失った正は、路上生活を送っているらしい。しかしあずみは気づかないふりをした。
り子や正と縁が切れ、あずみは純一とゆい、そして両親と共に平穏に暮らしている。今更関わって、この幸せを壊したくない。その後も純一の会社は順調に経営を続け、今では海外に視点を出せるほどに成長している。ゆいはよく笑う明るい子に育ってくれている。あずみはこの上ない幸せを感じながら、毎日を楽しく過ごしている。これからもこの幸せを守っていこう。そう心に誓っている。
