搭乗ゲートの前で、息子の嫁が私に言った。「おばさんは家族じゃありませんから。部外者ですよ」その瞬間、私は三ヶ月間楽しみにしてきたハワイ旅行から、一人だけ置き去りにされた。支払った二百万円は、私の老後の蓄えのすべて。息子や嫁は、私をただのATMだと思っていた。でも、彼らは知らなかった。私が黙ってきた秘密の財産を。そして、私は静かに決意した。「もう支払い担当は辞める」と。それが、彼らの人生を大き…
国際空港の出発ロビー。旅行客たちの楽しげな声が飛び交う中、その言葉は私の耳に鋭く突き刺さった。 「母さんの役目は、ただ金を支払うことだけだろ」 目の前には、息子の陽(ひ)と嫁の美紀(みき)が、まるで汚い物でも見るような目で私を見下ろしていた。孫の駿(かける)はスーツケースにまたがって無邪気に遊んでいる。その姿さえ、今の私には遠く感じられた。 「それ、どういうこと?」 私は震える唇を必死に動かして問い返した。三ヶ月前から待ち望んでいた、家族四人でのハワイ旅行。老後の蓄えを切り崩して用意した二百万円は、すべてこの旅のためだった。 「おばさん、勘違いしないでくださいね」 美紀が氷のような微笑みを浮かべて言った。 「家族旅行とは言いましたけど、おばさんは家族の範疇には入りませんから。旅費だけ負担していただければ、それで結構なんです」 「空港までのお見送り、ご苦労さん。これで役目は終わりだ」 陽の無慈悲な一言に、私は言葉を失い、その場に立ち尽くした。チェックインカウンターには、確かに三席分の搭乗手続きしか用意されていなかった。 「じゃあ、行ってくるから」 息子夫婦は私を振り返ることなく、搭乗ゲートへと消えていった。私は巨大なスーツケースを抱えたまま、ひとり呆然と取り残された。 空港の冷たいベンチに腰を下ろし、私はこの悪夢が始まった三ヶ月前のあの日を思い出していた。 「母さん、みんなでハワイに行こうよ」 陽が笑顔でそう提案してきた時、私の心は躍った。夫の健二を亡くしてから三十五年。女手ひとつで息子を育て上げてきた苦労が、ようやく報われる時が来たのだと感じた。 「費用は二百万円くらいかかるけど、母さんの貯金なら大丈夫だろう」 私は迷わず頷いた。陽の教育費に二千万円、結婚資金に三百万円、マイホームの頭金に八百万円。これまで惜しみなく援助を続けてきた。駿の習い事にも毎月十万円を支援していた。 「おばさん、支払いの手続きはお任せしますね」 美紀はいつも、それが当然であるかのように振る舞っていた。私が元銀行員だと知ってから、家計に関わる支払いはすべて私に押し付けられていた。 今思えば、違和感はその頃からあった。旅行の計画段階でも、私の希望が聞かれることは一度もなかった。ホテルも観光地も、すべて息子夫婦だけで決定されていた。 「おばさんは高齢で疲れやすいでしょうから、無理のないプランにしておきました」 そう言いながら、実際には最初から私を連れて行く気など微塵もなかったのだろう。 ここ数年の出来事が、走馬灯のように頭を駆け巡った。いつからだろうか。息子夫婦からの金銭要求が、日常茶飯事になったのは。 「母さん、車の修理費で三十万円必要なんだ」 最初は申し訳なさそうな顔を見せていた陽も、次第にその表情すら作らなくなった。 「先月も車検代を出したばかりじゃない。私も生活があるのよ」 「仕方ないだろう。子供の送り迎えに必要なんだから」 結局、息子の困る顔を見たくなくて、私は黙って財布を開いた。 美紀からの要求はさらに露骨だった。 「おばさん、駿の塾代が足りないんです。五万円、追加でお願いします」 「先月も十万円渡したはずだけど」 「教材費が別途必要なんです。可愛い孫の将来のためですよ」 「孫のため」という言葉を盾にされれば、断ることなどできなかった。 私はわずかな年金と虎の子の貯金を切り崩し、彼らの要求に答え続けた。その一方で、私自身の生活は極限まで切り詰められていった。スーパーでは値引きシールが貼られた商品ばかりを選び、服は十年以上前のものを着続け、美容室に行くことさえ諦めた。食事は卵かけご飯や納豆だけで済ませる日々。 ある日、陽の家を尋ねた時のことだ。 「今日は駿の誕生日パーティーなの」 美紀が高級洋菓子店のホールケーキを切り分けていた。テーブルには豪華なオードブルが並び、部屋の隅にはプレゼントの山が積まれている。 「おばさんも食べます? 残りですけど」 私は首を横に振った。その日の朝、私が口にしたのは、賞味期限切れの食パン一枚だけだったから。 陽に、私は意を決して相談した。 「最近生活が苦しくて。援助の額を少し減らしてもらえないかしら」 「何言ってるんだよ、母さん」 陽は不機嫌そうに眉をひそめた。 「俺たちだってカツカツなんだよ。母さんは年金があるし、父さんの遺産だってまだ残ってるだろう」 実際には、夫の遺産のほとんどは陽の教育費や結婚費用で消えていた。しかし、それを言い出すことはできなかった。 最も衝撃的だったのは、半年前の出来事だ。息子夫婦の家を尋ねた際、偶然美紀の友人たちが遊びに来ていた。その時、私は聞いてしまったのだ。 「うちの姑、便利なATMみたいなものなのよ」 美紀の言葉に、友人たちが下品な笑い声をあげた。 「いいわね。うちにも一台欲しいわ」 「お金が必要な時は、ボタン一つで出てくるんでしょう」 「ええ、文句も言わずに必ず出してくれるわ」 私は逃げるようにその場を去った。廊下で涙を拭っていると、陽の声まで聞こえてきた。 「母さんは本当に使い勝手がいいよな。何でも言うことを聞くから」 息子までもが、私を母親ではなく、ただの金蔓として見ていた。 … Read more