夕食の席で、八歳の孫が突然言ったんです。「おばあちゃんみたいな年寄りは必要ない」と。箸を持つ手が震えて、私はその場に固まりました。でも、もっと衝撃だったのは、その後の息子と嫁の反応でした。二人は顔を見合わせて、くすっと笑ったんです。私は八千万円の預金を隠していたけれど、もう黙って我慢するのはやめようと決めました。その夜、誰もいない家を出て、私は新しい人生を始めることにしました。しかし、彼らが…
「おばあちゃんみたいな年寄りは必要ない。」 温かい夕食の席で、八歳の孫・勇気が突然放ったその言葉に、私は息を呑んだ。箸を持つ手が震え、汁物から目が離せなくなってしまった。 一瞬の静寂の後、信じられないことが起きた。 息子の信幸と嫁の春菜が顔を見合わせて、くすっと笑い始めたのだ。 「勇気、そんなこと言っちゃだめよ」 春菜はそう言いながらも、明らかに笑いをこらえきれない様子だった。信幸も肩を震わせて、まるで面白い冗談でも聞いたかのような反応だ。 私の心は凍りついてしまった。この瞬間、長年大切に育ててきた息子と、可愛がってきた孫が、私をどのような存在として見ているのかがはっきりと分かってしまったのだ。 食卓の温もりは一瞬にして消え去り、私だけが取り残されたような感覚に襲われた。家族の笑い声が、まるで遠くから聞こえてくるようだった。 この夜から、私の人生は大きく変わることになる。 私は原田ナツ子、67歳。三年前に最愛の夫を病気で亡くした。それまで38年間、小学校の教師として地域の子供たちの教育に携わってきた。夫も同じく教師で、二人で慎ましくも充実した生活を送っていたのだ。 夫が亡くなって半年後、息子の信幸から同居の申し出があった。 「母さん、一人暮らしは心配だろ。一緒に暮らそう。勇気もおばあちゃんと暮らせるって喜んでるよ」 その優しい言葉に、私は心から嬉しくなった。寂しかった気持ちが、温かい何かで満たされていくようだった。 同居してからは、家事全般を私が担当することになった。朝の準備、洗濯、掃除、買い物、夕食の支度。息子夫婦は共働きだから、これは当然のことだと思っていた。 しかし、実は私には家族の誰にも話していない秘密がある。夫と二人でコツコツと貯めた預金と退職金、そして夫の生命保険金を合わせて、約一億円の資産が私の名義で眠っているのだ。息子には「年金でやっとの生活」と伝えていた。いずれは全て息子家族に残すつもりだった。孫の教育費や家族の将来のために使ってもらおうと考えていたのだ。 でも、今夜の出来事が、私の心に大きな変化をもたらすことになる。 同居生活が始まって最初の数ヶ月は、確かに幸せだった。孫の勇気は私に懐いてくれたし、息子夫婦も私に気を使ってくれていた。 しかし、半年を過ぎた頃から、少しずつ雰囲気が変わり始めたのだ。 最初の違和感は、春菜のある言葉から始まった。 「お母さん、さっきも同じこと聞かれましたよね」 私が夕食の献立について尋ねただけなのに、春菜は困ったような顔でそう言った。実際には、そんなことを聞いた覚えはなかった。 「最近、物忘れ多くないですか? 一度病院で見てもらった方がいいですよ」 その言葉に、信幸も同調した。 「そうだよ、母さん。認知症の検査とか、早めに受けた方がいいかもしれない」 私は必死に「大丈夫です」と答えたが、二人の目には明らかに疑いの色が浮かんでいた。それ以来、私が何か忘れ物をしたり、同じ話をしたりすると、必ず「やっぱり」という視線を向けられるようになった。 食事の扱いも、徐々に変わっていった。 ある日の夕食、家族の前には豪華なすき焼きが並んでいるのに、私の前だけ昨日の残り物の煮物が置かれていた。 「母さんは脂っこいもの苦手でしょ」 信幸は当然のように言ったが、私がすき焼きを苦手だなんて言ったことは一度もない。 「でも、たまにはお母さんの健康を考えてのことですから」 春菜の口調は優しげだったが、その目は冷たく、これ以上の反論を許さない雰囲気だった。 勇気の態度も、両親の影響を受けて変化していった。 「おばあちゃんの作る料理、いつも同じ味で飽きた」 「友達のおばあちゃんはスマホ使えるのに、うちのおばあちゃんは使えないの」 「おばあちゃんの服、ダサくて恥ずかしい」 そんな言葉を平気で投げつけてくるようになった。私が注意しようとすると、必ず春菜が遮る。 「勇気は正直なだけですよ。子供の素直な意見も聞けないなんて、心が狭いですね」 ある日、買い物から帰ってきた私は、リビングから聞こえてくる会話に足を止めた。春菜が勇気に何か教えているようだった。 「いい、勇気? おばあちゃんは昔の人だから、考え方が古いの」 「古いってどういうこと?」 「今の時代に合わないってこと。だから、おばあちゃんの言うことはあまり聞かなくていいのよ」 「じゃあ、無視してもいいの?」 「無視はダメだけど、適当に返事しておけばいいの。ママとパパの言うことだけ聞いていればいいからね」 私は玄関に立ち尽くしたまま、涙をこらえるので精一杯だった。自分がこの家でどういう存在として扱われているのか、これ以上ないほどはっきりと分かってしまった。 部屋の問題も持ち上がった。私は南向きの明るい部屋を使わせてもらっていたが、ある日春菜が奇妙な顔で切り出してきた。 「お母さん、実は勇気も大きくなってきて、勉強部屋が必要になったんです。お母さんの部屋を勇気に使わせていただけませんか?」 代わりに用意されたのは、北側の、窓も狭い納戸部屋だった。窓は小さく、昼間でも薄暗い。 「こんな部屋では嫌なら、他を探していただいても構いませんよ」 春菜の言葉の裏には、「出て行ってもらっても構わない」という意味がはっきりと込められていた。 信幸に相談しても、帰ってくる言葉は冷たいものだった。 「春菜の言う通りだよ。勇気の教育が最優先だから。母さんも孫のためなら我慢できるだろう」 私は毎日朝五時に起きて家族のために働いているのに、この待遇はあまりにもひどすぎる。でも、行くところもない私は、黙って従うしかなかった。 そんな日々の中で、私の存在価値はどんどん小さくなっていった。食事の時も家族の会話に入ることは許されず、ただ黙って給仕をするだけ。まるで家政婦のような扱いだった。 … Read more