朝のキッチンで、息子と嫁が英語で私の悪口を言っているのを聞いた。「この老女は本当に役立たずね。」そう言って2人は笑った。私は68歳。36年間、すべてを捨てて家族のために尽くしてきたのに、今ではただの「重荷」扱い。それでも私は何も言わずに黙っていた。英語も中国語も全部理解できるのに。ある日、牧は友人たちの前で私を「無学な田舎者」と嘲笑った。そして息子も「母さんは僕たちの重荷だ」と同意した。あの…
朝の静寂を破る英語のつぶやきがキッチンから聞こえてきた。私は廊下で足を止め、胸が締めつけられる感覚に襲われた。まさか私のことを言っているのだろうか。恐る恐るリビングを覗くと、息子夫婦がダイニングテーブルで顔を寄せ合って話していた。 「彼女にはわからないわ。」嫁の牧が英語で言い、クスクスと笑った。「そうだね。都合がいいよ。」息子の高弘も同調する。 68歳の私が、まるで透明人間のように扱われている。長年息子のために尽くしてきた母親が、今や役立たずと呼ばれる存在になってしまったのか。深呼吸をして、何事もなかったように部屋に入った。 「高弘、おはよう。」 2人は一瞬ぎくりとしたような表情を見せ、それから取り繕うような笑顔を作った。牧の声には先ほどまでの冷たさは消えていたが、その演技じみた優しさが余計に私の心を重くさせた。 数日後、リビングで編み物をしていると、また英語の会話が聞こえてきた。 「あの老女は日に日に鬱陶しくなってくるわ。」牧の声には明らかな苛立ちが含まれていた。私の手が震え、編み針を落としそうになる。 「分かるよ。いつも何にでも口を出してくるし。」高弘の同意する声。 私が大切に育てた息子が、妻と一緒になって母親を侮辱している。その時、玄関のチャイムが鳴り、牧の母親が訪ねてきた。牧が嬉しそうに母親を迎えると、今度は中国語での会話が始まった。 「この老婆は本当に役立たずね。」牧の母親がそう言うと、3人で顔を見合わせて笑い出した。英語に続いて中国語でも私を笑いものにしている。 「お母さん、お茶でもいかがですか?」牧が急に日本語で話しかけてきた。まるで今までの会話など存在しなかったかのように。 「ありがとう。でも大丈夫よ。」私は静かに答えた。3人の輪から完全に排除された孤独感が、じわじわと心を蝕んでいく。 その日から英語での侮辱は日常的になっていった。朝食の準備をしている私の背中越しに、息子夫婦は遠慮なく英語で会話を交わすようになった。 「彼女の料理を見てよ。とても遅くて不味い。」牧が嗤いながら言う。「料理の味も時代遅れだね。」高弘が追い打ちをかける。 私は黙々と味噌汁を作り続けた。30年以上家族のために作り続けてきた料理を、こんな風に言われるなんて。 ある日、掃除機をかけているとリビングから聞き慣れない声が聞こえてきた。牧の友人たちが遊びに来ているようだった。 「あれが義母よ。でも心配しないで。彼女は英語が全くわからないから。」牧の説明に友人たちが笑い声をあげた。 「便利ね。彼女の前で何でも言えるじゃない。」 「その通り。見ててよ。」牧が立ち上がり、私に向かって満面の笑みを浮かべた。「お母さん、お掃除ありがとうございます。」日本語で言った後、すぐに友人たちの方を向いて英語で続けた。「この老女は本当に役立たず。だけど、少なくとも掃除はできるのよ。」 友人たちの笑い声が部屋中に響き渡った。私は何も聞こえなかったふりをして、掃除を続けるしかなかった。 夕方、孫が学校から帰ってきた。最近、孫まで英語の勉強に熱心になっていた。 「おばあちゃんがまた夕飯を作ってる。」孫が英語で言うのを聞いて、牧が嬉しそうに反応した。「とても上手。発音が完璧よ。」 「おばあちゃんって遅くて退屈でしょう。」孫の無邪気な声が、鋭い刃物のように私の心に突き刺さった。 「その通り。おばあちゃんには私たちの会話が分からないのよ。」牧が子の頭を撫でながら言った。高弘も隣で満足げに微笑んでいる。 夜、寝室に戻ってから私は鏡に映る自分の顔を見つめた。いつの間にこんなに疲れた顔になったのだろう。家族のために尽くしてきた人生が、「役立たず」の一言で否定されている。 翌朝、決定的な瞬間が訪れた。私がリビングの花に水をやっていると、息子夫婦がソファでくつろぎながらいつものように英語で会話していた。 「もう我慢できない。この役立たずのばあさんは消えてしまえばいいのに。」牧の声は今までになく冷たかった。 「どうかな。彼女は僕たちにとってただの重荷だよ。」高弘の言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが音を立てて崩れた。私を生み育ててくれた母の顔が脳裏に浮かんだ。母は最後まで「子供からは離れない」と言っていた。でも私の息子は、母親を重荷と呼んだのだ。 震える手で水差しを置き、静かにその場を離れた。もう限界だった。これ以上、侮辱に耐える理由がどこにあるというのだろうか。 週末の午後、牧が友人たちを大勢招いてホームパーティーを開いた。私は朝から料理の準備に追われ、リビングには華やかに着飾った女性たちが集まっていた。 「皆さん、義母を紹介するわ。」牧が私を招き入れた。疲れた体を引きずってリビングに入ると、10人ほどの女性たちの視線が一斉に私に注がれた。 「彼女は英語が全く話せないから、自由に話せるのよ。」その言葉を合図に、女性たちがクスクスと笑い始めた。 「彼女は何歳?」「68歳。でももっと老けて見えるでしょう。」「ファッションセンスも最悪ね。」 私の目の前で、まるで品評会のように私の外見や年齢について英語で批評が始まった。私は愛想笑いを浮かべながらお茶を配るしかなかった。 「私の義母は田舎出身の無学な老女なのよ。」牧の言葉に、高弘が横から口を挟んだ。「その通り。母さんはまともな教育を受けていない。スマートフォンすら上手く使えないんだ。」 息子の口から出た言葉に、私は息が詰まりそうになった。私は確かに大学は出ていない。でも高弘を大学に行かせるために、朝から晩まで働き続けた。その息子が今、母親の学歴を笑っている。 「どうやって彼女とコミュニケーションを取るの?」友人の1人が興味深そうに尋ねた。 「特に必要ないわ。彼女はただ料理と掃除をするだけだから。」牧の返答に、女性たちが声をあげて笑った。 「召使いみたいね。しかも無料の。」 私は震える手でティーカップを持ち上げた。68年の人生で、これほどの屈辱を味わったことはなかった。 パーティーが盛り上がる中、私は台所で後片付けをしていた。リビングからは相変わらず英語の笑い声が聞こえてくる。 「あなたの義母はとても従順そうね。」 「そうせざるを得ないのよ。彼女の年齢で他に何ができる?」高弘の冷たい声が響いた。「母さんは僕たちに完全に依存している無学な老女だから。」 その瞬間、私の手から皿が滑り落ち、大きな音を立てて割れた。 「お母さん、大丈夫ですか?」牧が心配そうな顔で駆け寄ってきたが、すぐに友人たちの方を向いて英語で言った。「ふふ、不器用にもなってきたわ。老いって恐ろしいわね。」 私は黙って割れた皿の破片を拾い集めた。指先に小さな破片が刺さり、血が滲んだ。でも心の傷に比べれば、この程度の痛みは何でもなかった。 夕方、友人たちが帰った後も、上品な笑顔は続いていた。 「パーティー大成功だったわ。お母さん、お疲れ様でした。」そう日本語で言った後、高弘に向かって英語で続けた。「こういうことには少なくとも役に立つわね。でもそれくらいよ。それ以外はただ場所を取ってるだけ。」 高弘が同意するように頷いた。2人の間で、私は完全に物扱いされていた。 その夜、私は実家で昔のアルバムを開いた。若い頃の写真、高弘が生まれた時の写真、家族で出かけた思い出の写真。あの頃の幸せは、もう2度と戻ってこないのだろうか。涙が頬を伝った。でもその涙は、もう悲しみだけではなかった。心の奥底で、何かが静かにしかし確かに変わり始めていた。 「もう限界ね。」私は小さく呟いた。 翌朝、私は普段より早く目を覚ました。静かな朝の空気の中、押入れの奥から古いダンボール箱を取り出した。36年間、誰にも見せることのなかった思い出の品々がそこには眠っていた。紺色の制服、金色の翼のバッジ、そして数えきれないほどの写真。若き日の私が世界中の空を飛び回っていた証だった。 「JAL国際線チーフパーサー、石田ゆみ子。」古い社員証を手に取り、懐かしさと共に複雑な感情が込み上げてきた。結婚して、この輝かしいキャリアを全て捨てて高弘のために専業主婦になったのだ。写真の中の私は、各国のVIP客たちと共に自信に満ちた顔で写っていた。フランス語、ドイツ語、スペイン語、中国語、そして英語。5か国語を操り、ファーストクラスのお客様をもてなしていた日々。キャプテン・ジョンソン、サラ、マイケル……懐かしい同僚たちの顔を見つめながら、ある考えが頭に浮かんだ。 今でも連絡を取り合っている元同僚たちがいる。彼らに会いたいという気持ちが急に強くなった。スマートフォンを手に取り、国際線時代の親友・サラにメッセージを送った。彼女は今、成田空港近くで英会話スクールを経営している。 その後、リビングで息子夫婦がまた英語で会話をしていた。私は編み物をしながら静かにその会話を聞いていた。いや、正確には理解していた。 … Read more