結婚35周年の朝、夫が投げつけた言葉に、手に持っていた箸が滑り落ちた。「金も稼げない女なんてもう用はないんだよ。俺は若い女と再婚する。出て行ってくれ。」38年間、保険士として働き、家事も完璧にこなし、夫の借金2000万円まで私の退職金で返済した。それなのに、28歳のモデルと来月結婚するという。夫は私を「寄生してただけ」と罵り、慰謝料も財産分与も一切なしだと離婚届を突きつけた。涙は出なかった。…
結婚35周年の朝、夫が投げつけた言葉に、手に持っていた箸が滑り落ちた。 「金も稼げない女なんてもう用はないんだよ。」 いつものように早起きして、夫の好物の魚の塩焼きと味噌汁を用意した記念日の朝。まさか、そんな残酷な言葉を聞くことになるとは思わなかった。 「けいさん、どういう意味?」 震える声で問いかける私を、夫は見たこともない冷たい目で見下ろした。 「言葉通りだよ、あこ。俺はもう若い女と再婚することに決めた。だから出て行ってくれ。」 テーブルに置かれた離婚届には、すでに夫の署名がされていた。 38年間、保険士として働きながら家事も完璧にこなし、夫の事業失敗の借金2000万円も私の退職金で返済した。それなのに、28歳のモデルと来月結婚するという。 「お前みたいなふけた貧乏女と違って、彼女は俺を愛してくれる。お前は俺に寄生してただけだろ。」 胸が引き裂かれるような痛み。でも、不思議と涙は出なかった。代わりに、心の奥底で何かが静かに、でも確実に燃え始めるのを感じていた。 離婚届を見つめながら、私は38年間の日々を思い返していた。地域の人々の健康を守り続け、月収の全てを家に入れてきた。自分の服一枚買うにも夫の許可が必要で、化粧品なんて100円ショップで済ませる日々。 「あこ、俺の投資が失敗してさ、2000万の穴が開いたんだ。」 2年前のあの日、青い顔で土下座する夫を見て、迷わず退職金を差し出した私。「けいさんの夢を応援したいから」そう言って笑顔を作った。 息子の大学費用550万。娘の結婚資金300万。住宅ローン4000万。全て私の収入から支払ってきた。夫の給料は、夫が将来の投資に使ってしまっていた。 朝ごはん作り、弁当作り、フルタイムの仕事。帰宅すれば家事に追われる。休日も夫の母の介護。それでも文句一つ言わなかった。家族のためだと信じて。 「お前は俺に寄生してただけだろ。」 今朝の夫の言葉が蘇る。寄生?38年間この家を支えてきたのは誰だったのか。夫は私という存在の本当の価値をまだ何も分かっていない。きっと思い知る日が来るだろう。その予感だけが今の私を支えていた。私の本当の力を、あなたはまだ知らないのだから。 翌朝、夫は何事もなかったかのように朝食を要求してきた。 「おい、飯はまだか?今日は大事な日なんだ。」 大事な日?まさか、嫌な予感が的中した。玄関のチャイムが鳴り、そこに立っていたのは若い女性。肌は陶器のように白く、神はやかで、ブランド品に身を包んでいた。 「初めまして。来月から妻になる予定の美咲です。」 28歳のモデル。夫より36歳も年下の美咲と名乗った女性は、私を値踏みするような目で見てきた。 「あら、本当にふけてるのね。けいさんから聞いてたけど、想像以上だわ。」 心臓をわし掴みにされたような痛み。でも、私は背筋を伸ばして立っていた。 「けいさん、この人まだいるの?さっさと追い出してよ。気持ち悪い。」 美咲が夫の腕に絡みつく。夫は得意げな顔で私を見下ろした。 「あこ、見ろよ。これが俺にふさわしい女だ。お前みたいなはだらけの老婆とは違う。」 老婆。62歳の私を老婆呼ばわり。38年間朝から晩まで働き続けてふけたのは、誰のためだったのか。 「お前の月給なんて、俺から見れば小遣い程度だ。保険士なんて底辺職でるなよ。」 底辺職。地域の健康を守る誇りある仕事を、そんな風に言うなんて。私は唇を噛みしめた。毎日病気の人々に寄り添い、赤ちゃんからお年寄りまで見守ってきた。その誇りある仕事を、底辺だなんて。 「けいさん、私の収入で家のローンも子供の教育費も払ってきたでしょう。」 「はあ。俺が管理してやったから、たまったんだろ。お前みたいな頭の悪い女に金の管理なんてできるわけない。」 美咲がクスクスと笑った。その笑い声が私の心をえぐった。 「本当に見晴らしい人ね。服もスーパーの安物でしょ。私なんてけいさんに月100万円のお小遣いもらってるのに。」 月100万円。私が必死に稼いだお金を、この女に渡していたのか。怒りで手が震えた。私は月に5000円の小遣いすらもらえず、化粧品も買えなかったのに。 「けいさん、この人の顔本当にひどいわね。シミだらけ。私の母の方が10歳は若く見えるわ。」 美咲の母親は52歳だという。私より10歳年下だ。でも確かに、エステにも行けず基礎化粧品すら満足に買えなかった私の肌は、年齢以上にふけて見えるかもしれない。 「そういえば、お前の実家も貧乏だったよな。親父は町場の公引。お袋はパート。そんな千筋の女と結婚した俺がバカだった。」 父は確かに町場で働いていた。でも誇り高い職人だった。母も懸命に働いて私を大学まで行かせてくれた。その両親を侮辱するなんて。 「貧乏人の娘は初詮貧乏人。金の稼ぎ方も知らない。センスもない。美咲とは育ちが違うんだよ。」 美咲が得意げに付け加えた。 「私の実家は会社経営よ。お金に困ったことなんて一度もないの。」 「離婚の条件だが、慰謝料も財産分与も一切なしだ。この家も預金も全部俺のものだ。」 「でも共有財産は半分ずつの初。」 「何が共有財産だ?名義は全部俺だろ。お前には一戦もやらん。」 夫は書類を突きつけてきた。そこには「財産分与の放棄」と書かれていた。 「さっさとサインしろ。お前みたいな貧乏人は生活保護でも受けて、細と生きていけばいい。」 生活保護。38年間必死に働いてきた私の末路が、それだというのか。 「あ、そうそう。」美咲が思い出したように言った。「けいさんから聞いたけど、あなたのお父様亡くなる前に何か言ってたらしいわね。娘に財産を残すとかなんとか。でも、貧乏人の財産なんて高が知れてるでしょうけど。」 父の最後の言葉。確かに何か言いかけていた。でも、その時は聞き取れなかった。 「どうせ数100万程度だろ。そんな橋もいらねえよ。ゴミみたいな遺産なんて。」 夫は吐き捨てるように言い、美咲と腕を組んで出ていった。玄関のドアが閉まる音が、35年間の結婚生活の終わりを告げているようだった。 一人残された私は、父の遺品を納めた箱を開けた。その中に見覚えのあるナイフと、「あこへ」と書かれた父の文字。震える手で開封すると、信じられないようなことが記されていた。 父の手紙を読み始めた私の手が震えた。そこには予想もしなかった事実が書かれていた。 「あこ、お前にはずっと黙っていたが、我が家には先祖代々受け継がれてきた土地がある。北海道、九州、そして海外にも。詳しくは弁護士の山田先生に聞いてくれ。」 … Read more