夫が玄関で土下座した。靴も脱がず、額を床に擦りつけるようにして、涙声で言った。「栗原さんと関係を持ってしまった。本当に申し訳ない。もう二度としません。」背中が震えていた。私はその姿を静かに見下ろしていた。
「別に怒ってないよ。」自分でも驚くほど穏やかな声だった。夫は顔を上げ、信じられないという表情を浮かべた。泣き叫ぶか、怒鳴るか、物を投げるか、そんな反応を期待していたのだろう。私は怒りも悲しみも通り越して、冷たい計算にたどり着いていた。
私は萩原あ里、38歳。税理士事務所で10年働く経理のプロだ。夫の吉明は営業課長で、12年の結婚生活を送ってきた。子供には恵まれず、5年間の不妊治療の末に諦めた。義母からは「子供も産めない嫁」と何度も嫌味を言われた。それでも私はこの結婚を守ってきた。親友のなでし子だけが、私の支えだった。
異変に気づいたのは、梅雨の頃だった。吉明の帰りが遅くなり、休日も出かけることが増えた。新しいヘアワックスを買い、見覚えのない香水を使い始めた。洗濯物から高級レストランのレシートが出てきた。3万8000円、2人分のディナー。会社の経費なら会社名で切るはずなのに、個人のカードで支払われていた。車の中からは、都心のホテルの駐車場の領収書が見つかった。午後6時から翌朝8時まで。仕事の付き合いでは説明できない。
決定的だったのは、ある夜のこと。吉明がシャワーを浴びている間、置きっぱなしのスマホが光った。画面には「昨日は楽しかったね。また来週ね。なでし子」と表示されていた。私の親友の名前だった。
スマホのロックを解除した。暗証番号は結婚記念日の0615。皮肉なことだ。メッセージアプリを開くと、なでし子との膨大なやり取りが溢れていた。「今日のホテルすごく素敵だった」「アリには絶対にバレないようにしようね」。吉明がなでし子に送った言葉は、私には一度も言ってくれたことのないものばかりだった。「早く会いたい」「君がいないと寂しい」。写真フォルダには、2人で寄り添う姿が何十枚も保存されていた。
その瞬間、12年の結婚生活と20年の友情が、同時に崩れ落ちた。
吉明が風呂から出てきた。何も知らない顔で「ビールある?」と聞いてくる。私は必死に平静を装い、冷蔵庫からビールを出した。指先が触れただけで、気持ち悪くてたまらなかった。
その夜から、私は変わった。泣きたかった。叫びたかった。でも、感情に任せたら何も残らない。税理士事務所で、感情的に動いて証拠を失い、不利な条件で離婚を受け入れた女性を何人も見てきた。私は同じ轍を踏まない。
まず、吉明の給与明細をコピーした。年収650万円、手取り38万円。共有口座に25万円、残り13万円は個人口座に入っている。通帳を撮影すると、不審な出金が並んでいた。月に3〜5回、2〜5万円の現金引き出し。さらに、月に10万円の振り込みが別の口座へ。クレジットカードの明細には、高級レストランやホテルの記録がずらり。スマホのメッセージは、毎晩スクリーンショットを撮って保存した。
浮気の開始時期は約1年前。なでし子が彼氏と別れた時期と重なる。あの時、私は「いい人がきっと見つかるよ」と励ました。その「いい人」が、まさか自分の夫だったとは。
証拠は日に日に厚みを増した。私はそれを「帳簿」と名付けて、バインダーに閉じた。
所長の稲垣富子さんに打ち明けると、彼女は静かに聞いてくれた後、こう言った。「私も15年前に同じ経験をした。感情で動いたら負けよ。数字で戦いなさい。あなたにはその力がある。」富子さんは、財産分与の基礎、証拠の保全方法、日記のつけ方まで、具体的に教えてくれた。
実家の母にも話した。母は黙って聞いた後、私の手を握って「辛かったね。帰る場所はあるから」と言ってくれた。
証拠集めを進めるうちに、さらに重大な事実が判明した。吉明は会社の経費を二重請求していた。同じ領収書を会社に提出し、個人のカードでも支払い、払い戻しを受ける手口だ。過去1年で約200万円。これは業務上横領にあたる。私はこの証拠も「帳簿」に加えた。
さらに、吉明の個人口座から毎月10万円が振り込まれている口座の名義を調べると、なでし子だった。送金総額は約500万円。私たちの貯蓄の半分以上が、親友の口座に流れていた。
私は何も気づかない妻を演じ続けた。なでし子は相変わらずランチに誘ってくる。「アイリ、最近吉明さんとはうまくいってる?」白々しい質問に、私は笑顔で答えた。「うん、いつも通りだよ。」この女は昨夜、私の夫とホテルにいたくせに。
ある日、吉明のスーツのポケットから、なでし子への手紙の下書きが見つかった。「あ里との離婚が成立したら、すぐに君と結婚したい。」私はそれを撮影し、元に戻した。
そして、吉明が突然、土下座して謝ってきた。おそらく、離婚の原因を「浮気」にしないための工作だろう。私は「怒ってないよ」と答えた。吉明は「許された」と都合よく解釈し、翌日からまたなでし子との密会を再開した。泳がせておけば、証拠が増える。
義母からの嫌がらせも激しくなった。「子供も産めない嫁」と電話で責められ、家に上がり込んで「慰謝料なんて出さないわよ」と言い放った。なでし子まで家に来て、私の台所で紅茶を入れ始めた。義母に「お母さん、お砂糖はいくつですか?」と呼びかけている。
吉明は弁護士を連れてきて、離婚協議書の案を突きつけた。慰謝料0、財産分与は貯金の2割のみ。私は「条件はこちらで弁護士を立ててから」とだけ答えた。
ある日、帰宅すると玄関の鍵が変わっていた。何度差し込んでも回らない。インターホンを押しても応答がない。私は実家に電話した。「お母さん、今夜泊めてもらってもいい?」母は「すぐにいらっしゃい」と言ってくれた。
実家で母に全てを話した。母は「泣きなさい。でも、明日の朝になったら顔を洗って前を向くんだよ」と言った。
翌日、富子さんの紹介で弁護士に相談した。弁護士は証拠ファイルを見て「これだけあれば、圧倒的に有利に進められます」と言った。
調停の日。私は証拠ファイルを抱えて家庭裁判所へ向かった。待合室で吉明と目が合った。彼は余裕の笑みを浮かべていた。
調停が始まり、私は証拠を順番に提出した。浮気の記録、隠し口座への送金記録、そして最後に横領の証拠。調停委員は書類を食い入るように見つめた。
吉明側は、浮気は認めたが、隠し口座は「貸し付け」だと主張した。しかし、横領の証拠を突きつけると、態度が一変した。休憩を挟んだ後、吉明側から大幅な譲歩の申し出があった。慰謝料500万円、自宅の権利は私に、貯金の大半も私に、年金分割も最大比率。私はその条件を受け入れた。
調停はあっという間に合意に達した。
裁判所を出ると、秋の風が頬を撫でた。私はなでし子に電話をかけた。「今日の調停で、吉明はあなたとの関係を『遊びだった』と証言したよ。」沈黙の後、なでし子は震える声で「嘘でしょ?」と言った。私は「嘘じゃないよ」と告げて、電話を切った。連絡先から彼女の番号を削除した。
義母の家にも行った。横領の証拠のコピーを封筒に入れて渡すと、義母は顔色を変えた。「お母さんが守ろうとした息子さんの本当の姿です。」私はそれだけ言って、振り返らずに去った。
離婚が成立してから2週間後、吉明の会社で経費の不正が発覚した。吉明は懲戒解雇され、横領の全額返済を求められた。なでし子も、不倫関係が知れ渡り、友人を失い、職も失った。義母も、息子の横領が近所に知れ渡り、ひっそりと暮らすようになった。
あの日、吉明が土下座した時に「怒ってないよ」と言ったのは正解だった。怒りに身を任せていたら、今の私はいない。冷静さと数字が、私を支えてくれた。
今、私は実家の近くの小さなマンションで、税理士資格の取得を目指して勉強している。週末には母と夕食を共にする。母の味噌汁を飲みながら、他愛のない話をする時間が、何よりも贅沢だ。
窓の外には春の気配が漂っている。新しい季節が、新しい人生が、静かに始まろうとしていた。



