ロビーの真ん中に姉が一人で立っていた。黒い着物の裾には白い藤の花が流れている。母が縫った花嫁衣装だ。頭には角隠しを載せたまま、姉は俯いて両手を前で重ねていた。周りには大勢の人が輪になって立っている。誰も近づかない。何人かは手で口を覆って肩を揺らしていた。
「冗談に決まってるでしょう」
その声がはっきり聞こえた。輪の中の誰かが、姉がまだ何も知らないと言うように笑った。俺はロビーの入り口で立ち尽くした。持っていた祝儀袋の角が指に食い込んでいるのに、しばらく気づかなかった。
あの人だ。7歳で親を亡くした俺を、自分もまだ子供だったのに育ててくれた人。進学も恋も全部後回しにしてくれた人。その人が今、これ以上ない形で偽物にされている。
その日が、姉の47年と俺の37年をまとめて作り直す日になるとは、この時の俺はまだ気づいていなかった。
俺の名前は七尾港。39歳で、青空物流システムという会社の社長をしている。全国の食品メーカーや卸の荷物を預かり、倉庫の中の動きを作り、配送の順番を組み立てる。地味な仕事だ。派手さは何もない。それでも社員は1800人、売上は950億円を超えている。同じ業界の人間なら名前くらいは知っている。ただ、街を歩いていて声をかけられることはない。俺はその距離の取り方が気に入っていた。
結婚はしていない。休みの日に何をすればいいのかも思いつかない。俺の暮らしはほとんど会社の中で終わっていた。ただ一人だけ、俺には家族がいる。10歳上の姉、あやだ。両親は早くに死んだ。俺の記憶に残っている家族は、ほとんど姉しかいない。今の俺があるのは、全部あの人のおかげだ。ただ、俺はそのおかげの中身をほとんど何も知らなかった。
うちは町外れの古い仕立て屋だった。玄関を開けるといつも生地の匂いがした。糊の匂いと木の匂いと、アイロンの湯気の匂いが混ざったような匂いだ。母は和裁の職人だった。着物を縫う仕事だ。日中は座敷にへら台という長い台を置き、その前に座って一日中針を動かしていた。母の運針を俺は今でもよく覚えている。右手の指ぬきに針の頭を当てて、左手で布を送る。針が動くというより、布の方が吸い込まれていくように見えた。縫い目は米粒よりずっと小さく、しかも全部同じ幅だった。
「母さん、どうやったらそんなに細かくなるの?」
母は顔を上げずに笑った。それから、横で真似をしていた姉の手を見ていった。
「あやは指がいいね。針が素直に入るもの。急がなくていいのよ。一針ずつ縫えばいいの。一針ずつ縫っていけば、いつか裾まで行くんだから」
その言葉を母は、仕事の時も俺が算数の宿題で泣いている時も、同じ調子で言った。
母のところには近所の人がよく物を持ってきた。母は玄関でそれを広げて光にかざして、それから値段の話をした。安かったと思う。「もっとなさいよ」と何度も言われていた。うちは街の下駄屋だから、これでいいの。母は仕事の合間に俺と姉の服も縫った。俺が幼稚園の時着ていたスモックには名前の刺繍が入っていた。姉の襟にはレースの縁がつけてあった。近所の子が「それどこで買ったの」と聞いてくると、姉は得意そうに「お母さんが作ったの」と答えていた。
父は運送会社の運転手だった。大きな冷凍車で遠くの市場まで魚や野菜を運んでいた。帰って来ると必ず土産の飴玉を持っていて、俺の頭を乱暴に撫でた。手が大きくていつも冷たかった。
その父が死んだのは俺が5歳の時だ。高速道路で前の車を避けようとして横転したと聞いた。姉は15歳だった。父の葬式のことはほとんど覚えていない。覚えているのは、母が泣かなかったことだけだ。喪服のまま座敷に戻り、その日の分の仕事を最後まで縫った。手を止めたら立てなくなると思ったのだろうと、後で姉に聞いた。
そこから2年、母は昼も夜も針を持った。三人が食べていくにはそれしかなかった。夜中に目が覚めると、隣の部屋にいつも明かりがついていた。
母が倒れたのは俺が小学1年生の冬だった。病名は俺には難しくて分からなかった。ただ、一度入院してからは家に戻ってくる日がだんだん減っていった。姉は学校の帰りに毎日病院へ寄り、俺の手を引いて病室に入った。母は痩せていったが、病室でも膝の上に布を広げて少しずつ針を進めていた。看護師さんが止めても、笑って首を振った。
「これだけは仕上げておきたいの」
母が病室で縫っていたのは黒い着物だった。裾の方に白い藤の花が描かれていた。姉がある日、その裾をそっと持ち上げていった。
「これ、お母さんが結婚した時の着物でしょ?」
「そう。生地は染め屋さんに藤の裾模様をお願いして、縫うのは全部自分で」
「お母さんが自分で作ったの?」
「そうよ。お父さんに既製品でいいって言われたけど、どうしても自分の手で縫いたかったの」
母は少し得意そうな顔をした。あんなに嬉しそうな顔を、俺はそれ以外に見たことがない。母はその着物を姉の寸法に直していた。肩から手首までの寸法と袖の長さを、姉の体に合わせて縫い直していた。裾を引いて着る着物なので、褄の方は先に仕上げ終わっていた。着物というのは、縫い代さえ残っていれば、そうやって次の人に渡していけるものらしい。
「あやは背が高いからね。褄は先にやっておいたの。あとは肩と袖だけ」
「お母さん、まだいいよ。そんなのずっと先の話だよ」
「先の話だから、今のうちにやっておくの」
その会話を俺は病室の丸椅子に座って聞いていた。何の意味も分からずに、ただ足をぶらぶらさせていた。
最後に病室へ行った日、母はもう起き上がれなかった。着物は畳んで枕元の紙袋にしまってあった。母は姉の手を引き寄せて、自分の手のひらに重ねた。
「あや、手は冷やさないようにね。冷えると縫い目が硬くなるから」
「うん」
「港」
「はい」
「姉ちゃんの言うことを聞きなさい」
俺は頷いた。母は満足したように目を閉じた。それが俺の覚えている最後の会話だ。母が死んだのはその冬の終わりだった。42歳だった。姉は17歳、高校2年生だった。
葬式が終わって2日後、叔父夫婦が家に来た。父の兄の翔平さんと、その奥さんのよしえさんだ。座敷に座って湯飲みを両手で包みながら、叔父はなかなか本題を言い出さなかった。先に口を開いたのは叔母の方だった。
「あやちゃん、あなたね、まだ高校生でしょ?」
「はい」
「港君はまだ7歳よ。あなた、自分が何を言ってるか分かってる?」
姉は黙っていた。代わりに叔父が口を開いた。
「悪いようにはしない。児童相談所に話は通してある。ちゃんとした施設だ。飯も食える、学校にも行ける。港にとっても、その方がいいんだ」
「若い娘さんが子供を育てられると思うの? あなたの人生はどうなるの? 進学もあるでしょうに」
俺は襖の後ろでそれを全部聞いていた。「施設」という言葉の意味は分からなかった。ただ、自分がどこかへやられる話だということは分かった。膝が震えて、その場から動けなかった。
その時、姉が言った。
「この子には、もう私しかいないから」
声が大きかったわけではない。むしろ小さかった。
「お父さんもお母さんもいません。この子には私しかいないんです。私が育てます」
「あやちゃん、感情で決める話じゃない」
「感情で決めます。それ以外に何で決めるんですか?」
叔母が何か言いかけてやめた。その日は話がつかなかった。叔父は何度か来たが、その度に姉は同じことを言った。三度目に来た時、叔父はため息をついていった。
「分かった。書類上の後見人は私がやる。家庭裁判所には私から申し立てる。それでいいな」
「ありがとうございます」
「言っておくが、金は出せんぞ。うちにも子供がいる」
「はい。お願いしません」
叔父はそれきり、ほとんど家に来なくなった。名前だけの後見人というのは、本当に名前だけだった。
その夜、姉は俺を膝の上に乗せて、長い間何も言わずにいた。
「港、お姉ちゃん、あんたをどこにもやらないから」
俺は頷いた。頷きながら泣いていた。何が悲しいのかも分からずに泣いていた。姉は俺の背中をずっと叩いていた。あの手の動きも、母の運針みたいに一定だった。
家の中から色々なものが消えていった時期だった。母のへら台も布を張る台もなくなり、大きな立ち針だけが台所の引き出しに残った。姉が道具屋を呼んで、少しずつ売ったのだと後で知った。家賃は毎月やってきた。父の保険金は葬式と借金でほとんど消えていた。子供に出る年金がわずかにあって、それと姉の給料でうちは動いていた。
姉は大学ノートに鉛筆で家計簿をつけていた。米いくら? 電気いくら? 港の給食費いくら? 書いては消し、消しては書いていた。夜中にトイレに起きると、台所の電気がついていて、姉が机に向かってそのノートを見ていた。一度だけ、姉が泣いているのを見た。声は出していなかった。背中が小さく動いているだけだった。
姉は俺に気づくと、慌てて顔を拭ってから振り向いた。
「起きたの?」
「おしっこ」
「うん。行っておいで。手洗いなさいよ」
と、同じ声だった。俺は何も言えずにトイレへ行って戻って布団に入った。翌朝、姉はいつも通り卵焼きを焼いていた。
学校で「お母さん」と言われるたびに、俺は黙るようになった。答え方が分からなかった。授業参観のプリントには保護者の名前を書く欄がある。俺はそこに何と書けばいいのか分からなくて、白いまま持って帰った。姉はそのプリントを見て、少しの間黙っていた。それから鉛筆を取って、保護者の欄に自分の名前を書いた。
「七尾 あや」
丸くて大きな字だった。
「これでいいの? 私が行くから」
「でも、姉ちゃんは姉ちゃんじゃん」
「そうだよ。姉ちゃんが行くの。文句ある?」
「お姉ちゃんが言い返してあげる」
三日、教室の後ろに並んだ人たちの中で、姉だけが制服を着ていた。学校が終わってすぐ食堂に入るので、着替える時間がなかったのだ。俺は恥ずかしかった。恥ずかしいと思った自分に、家に帰ってから死ぬほど嫌になった。
その夜、姉は「あんた、算数の手が上がってたね」とだけ言って笑っていた。
母が使っていた箪笥は家の一番奥の部屋にあった。その一番下の引き出しに、「他」という白い和紙の包みが二つ入っていた。着物はそうやって和紙に包んでしまっておく。一つは母の普段着の継ぎで、もう一つがあの黒い着物だった。
母が死んで最初の夏、土曜の晴れた日に姉はその引き出しを開けた。縁側の日の当たらないところに衣桁という掛け台を出して、着物をかけて風を通す。虫干しというやつだ。年に一度か二度、こうしてやらないと着物は湿気で痛むらしい。殻になった箪笥も隣に広げて乾かしていた。俺は縁側に寝転がって、その着物を眺めていた。
黒い生地の上に、白い藤の花がこぼれるように咲いていた。
「これ、姉ちゃんの? まだお母さんのんだよ」
「お母さんが直しかけてくれてただけ」
姉は袖を持ち上げて内側を見せてくれた。袖の内側には白い糸が荒く渡してあった。母の細かい縫い目とはまるで別のもので、指の先ほどの感覚で、それでも同じ調子でずっと続いている。
「これ、しつけっていうの。仕直したら、こうやってまた仮に止めておくんだって」
「切る時に全部抜くの?」
「じゃあ、抜いてないってことは……」
「うん。お母さんが私に直してくれてから、まだ誰も袖を通してないってこと」
姉は指先で糸をそっとなぞった。それから糸を少しだけ持ち上げて、その下を見せてくれた。しつけは仮に止めてあるだけで、本当に袖を繋いでいるのはその下の細かい縫い目の方だ。そこには米粒よりも細かい縫い目が並んでいた。その途中から、目の大きさが急にばらついていた。それまで上機嫌で引いたように揃っていたものが、あるところから広くなったり狭くなったりしている。
俺はそこを指さした。
「ここ、下手になってる」
姉が笑った。
「そうだね」
それ以上、姉は何も言わなかった。俺もそれきり忘れた。その乱れた縫い目が何を意味していたのかを、俺が知るのはずっとずっと後になってからだ。
日が傾くと、姉は着物を畳んで箪笥に戻した。母から教わった通りの順番で、皺を伸ばしながら畳む。その時、姉がぽつりと言った。
「もしお姉ちゃんが結婚式をすることがあったら、この着物を着たいな」
「なんで?」
「なんでって? お母さんが縫ったからだよ」
姉は帯の紐を結びながら続けた。
「これを着てたら、お母さんに見てもらえる気がするでしょ」
俺は「うん」とだけ言った。7歳の俺には、まだ何の重さもない言葉だった。
姉は高校をやめなかった。朝の5時に起きて弁当を二人分作り、洗濯物を干して学校へ行く。放課後は駅前の食堂へ走って、夜の9時まで働く。帰ってから俺の宿題を見て、それから自分の宿題をやる。
その食堂が春食堂だった。駅前の商店街の一番端にある小さな店だ。カウンターが六席と、四人掛けの座敷が二つ。それだけの店で、昼は近所の勤め人が、夜は駅前で飲む前の人たちが来た。店主の小坂はるさんは、当時50を過ぎたくらいだったと思う。背が高くて、腕がやたらと太い人だった。はるさんは高校生だと知って、一度は断ったそうだ。それでも姉が三日続けて頼みに行ったら、折れた。
「うちは賄いが出るよ。弟の分も持って帰りな」
それが条件だ。だから俺の夕飯は、しばらくの間ずっと春食堂の残り物だった。煮物と焼き魚と汁物。今でもあの味を覚えている。
その秋のことだ。日曜の昼に、うちに知らないおばあさんが来た。小さくて背筋が真っすぐな人だった。着物を着ていた。玄関に立ったまま、姉に向かって深く頭を下げた。姉はその人を知っているようだった。
「九瀬です。お母さんには随分助けてもらいました」
姉は急いで座布団を出してお茶を入れた。俺は台所の入り口からその様子を見ていた。おばあさんは長いこと母の話をしていた。手がどれだけ早かったか、仕上げがどれだけ綺麗だったか。若い頃、自分のところで何年も修行していたこと。そして最後にこう言った。
「あやさん、うちに来なさい」
姉が顔を上げた。
「住み込みでいい。賃金は最初は出ないけれど、飯と部屋は出す。あなたの手はお母さんに似てる。子供の頃から見てるから分かるの。今から始めれば5年で一通り縫えるようになる。10年で人に教えられるようになる。あなたのお母さんがそうだったのよ」
姉は畳の上の湯飲みを見ていた。それから顔を上げて、まっすぐにおばあさんを見た。
「ありがとうございます。でも、行けません」
「どうして」
「弟がいるので」
おばあさんもしばらく黙っていた。それからゆっくりと湯飲みを置いた。
「そうよね。そうだと思った」
おばあさんは帰りに、玄関でもう一度振り返った。
「気が変わったらいつでもいらっしゃい。町の北の外れの最上。私はあそこを動かないから」
姉は頭を下げたまま、その背中を見送った。俺は台所から出ていって、姉の服を引っ張った。
「今の人、誰?」
「お母さんの先生だよ」
「何の用だったの?」
「なんでもない。お線香を上げに来てくれただけ」
姉は笑って、俺の頭をぐしゃぐしゃにした。俺はそれを信じた。8歳だったし、疑う理由もなかった。お線香なんて、あのおばあさんは一度も上げていかなかったのに。
その年の秋の運動会に、姉は来なかった。土曜日で食堂が一番忙しい日だった。俺は徒競走で2位になって赤いリボンをもらった。家で見せると、姉は「すごいじゃない」と言って、それを冷蔵庫に貼った。
姉の高校の卒業式には、俺が行った。3月の寒い日だった。小学2年生の俺は一人で歩いて学校まで行った。門で用務員のおじさんに止められたが、姉の名前を言ったら通してくれた。体育館の入り口から中を覗くと、保護者の席がずらりと並んでいた。姉の列のところだけ、後ろの席が開いていた。俺は入り口に立ったまま、式が終わるまでそこにいた。中に入る勇気がなかった。
式が終わって出てきた姉は、俺を見つけて目を丸くした。
「なんでいるの? 学校は休んだの?」
「バカ」
そう言って俺の頭を叩き、それからしゃがんで抱きしめた。制服の胸の校章が頬に当たって、少し痛かった。その日、姉は泣かなかった。帰り道でコロッケを二つ買って、一つずつ食べながら歩いた。
姉は高校を卒業すると、朝は仕出し弁当の工場で働き、夕方から春食堂に立つようになった。一日に二つの仕事だ。朝の4時に家を出て、夜の10時に帰ってくる。それが姉の一日だった。
翌年の運動会に、姉は半日だけ休んできた。朝の競技だけ見て、走って店へ戻っていった。俺の出番は午後だったが、言わなかった。言えば午後も休もうとするからだ。
家を出る前に、姉は必ず俺の弁当を作った。台所の電気だけをつけて、鍋の音を立てないように動く。俺が起きる頃にはもういない。台所の机の上に、包んだ弁当と小さなメモ用紙が置いてある。
「ご飯炊いてあります。体操着にアイロンかけてあります。傘持っていくこと」
字はいつも急いでいて、最後の方が崩れていた。俺は中学に上がった頃から、その紙を捨てずに取っておくようになった。理由はうまく言えない。ただ、捨てるのが嫌だった。
姉が工場でしていたのは、弁当のおかずを詰める仕事だった。ベルトコンベアの横に立って、同じおかずを同じ場所に何百個も詰める。夏は蒸し暑くて、冬は冷たい水を使う。
日曜の昼だけ、姉は家にいた。洗濯と掃除をまとめて済ませて、それから昼寝をする。俺はテレビの音を消して漫画を読んでいた。起こしてはいけないと思っていた。姉の寝顔は、いつもの間にしわが寄っていた。
俺が小学校の高学年になった頃、姉の手が変わった。母のような細くて白い手だったのが、指の関節が太くなって、あちこちに切り傷ができるようになった。冬になるとひび割れて血が滲んだ。
「姉ちゃん、手痛くないの?」
「痛くないよ」
「嘘だ」
「嘘じゃない。これはね、働いてる人の手なの。かっこいいでしょ」
姉はそう言って、わざと手をひらひらさせた。
姉は自分の服を買わなかった。俺が中学に上がる時、制服と指定の鞄と体操着と上履きを一度に買わなければならなかった。あの月、姉は同じトレーナーをずっと着ていた。参考書もそうだった。俺が本屋で問題集を眺めていると、次の日にはそれが机の上に置いてあった。値札は必ず剥がしてあった。俺が申し訳ない顔をすると、姉はいつも同じことを言った。
「あんたがちゃんと食べて、ちゃんと寝てくれたら、それでいいの」
その言葉を、姉は何かのお守りみたいに使った。俺が謝ろうとするたびに、その言葉で先回りして塞いだ。俺は何度も思った。いつか必ず姉ちゃんを楽にする。姉ちゃんに何かを買わせる側になる。子供の決意だ。中身は何もない。それでも俺の中では、それがずっと消えなかった。
俺が中学に入ってから、うちの暮らしは少しだけ楽になった。姉の給料が上がったわけではない。ただ、俺が自分のことを自分でできるようになった分、姉の手が空いたのだ。米を研ぎ、風呂を洗い、洗濯物を畳む。姉が帰ってくる10時までに全部済ませておくのが、俺の仕事になった。姉は帰ってくると、必ず一度だけ家の中をぐるっと見た。それから「上手」と言って笑った。その一言が欲しくて、俺は隅々まで拭いた。
中学2年の春、俺は新聞配達の募集の紙をもらってきて、台所の机に置いておいた。朝の2時間で月に2万円。それだけあれば、姉の仕事を一つ減らせると思った。その夜、姉はその紙を長いこと見ていた。それから二つに折って、俺の方へ滑らせた。
「だめ」
「なんで? 俺だってもう働ける。働けるよ」
「でも、だめ。今のあんたの仕事は勉強すること。私の仕事は働くこと。順番を守らないと、二人とも中途半端になるから」
「順番って、誰が決めたんだよ?」
「私。この家では私が決めるの。文句があるなら、大人になってから言いなさい」
俺は何も言い返せなかった。今になって分かる。姉は俺に朝を売らせたくなかったのだ。自分がそうしていたから、なおさら。
春食堂には、俺もよく行った。宿題を持って、カウンターの端に座らせてもらう。はるさんは「邪魔になるから、そこ動くなよ」と言いながら、必ず何か食べさせてくれた。はるさんには息子がいた。俺より五つほど上の人だ。俺が中学に上がる前の年に東京へ出て、それきり帰ってこなくなったと聞いた。一度だけ、はるさんが姉に言っているのを聞いたことがある。
「男の子はね、出ていくもんだよ。それでいいの。その代わり、出てったら振り返らなくていいって、ちゃんと言ってやらないと。振り返らせちゃ、かわいそうだ」
姉は「うん」とだけ答えていた。
その頃、俺は自分の成績が上がると姉の機嫌が良くなることに気づいていた。だから勉強した。単純な動機だけれど、それが一番効いた。中学2年の終わりには、学年で10番に入るようになっていた。塾には行かなかった。行かせようとした姉に、学校の教科書で足りると言い張った。姉は「じゃあ、足りなくなったら言いなさい」と言って引いた。俺は最後まで言わなかった。図書館の閉館時間まで残って参考書を立ち読みして帰る。それでどうにかなった。
三者面談には姉が来た。担任の先生は姉を見て一瞬止まった。20代前半の女が保護者席に座っているのだから、当然だ。姉は名刺も持っていなかったし、肩書きもなかった。ただ、椅子に浅く腰かけて、先生の話を一つも聞き逃さないという顔で聞いていた。先生が「港君は進学校を狙います」と言った時、姉は初めて口を開いた。
「お金のことはなんとかしますので、この子の行きたいところに行かせてやってください」
その言い方が妙にはっきりしていて、俺は隣で顔が熱くなった。
高校は家から自転車で30分の県立高校になった。その高校の担任が沢谷先生だった。数学の教師で、口数が少なく、いつも同じ茶色のジャケットを着ていた。褒めないし笑わないので、生徒には人気がなかった。その沢谷先生が一度だけ、俺を職員室に呼んだことがある。1年生の秋だった。
「七尾、お前、家のことで学校を休むな」
「休んでません」
「休んでる。9月に2日」
姉が熱を出した日と、その次の日だ。俺は黙った。姉が熱を出したのは本当で、その時俺は代わりに仕出しの工場へ電話をかけたり、食堂に謝りに行ったりしていた。
「事情は聞いた。それでも休むな」
「先生には関係ないでしょう」
「関係ある。俺は前に一人、そうやって取りこぼしてる」
先生はそれだけ言って、また何も説明しなかった。俺はしばらく腹を立てていた。
姉は相変わらず自分のものを買わなかった。冬になると同じ黒いコートを着る。袖の口が擦り切れて、内側の白い糸が見えていた。俺が「新しいの買えば」と言うと、姉はこう言った。
「これ、まだ着られるよ。ほら、ここ」
姉は袖をめくって内側の縫い目を見せた。擦り切れたところに、細かい糸が縦横に渡してあった。かがってあるのだ。
「お母さんに習ったの。こうしておけば、まだ2年は持つ」
「2年も持たせるつもりなの?」
「持つよ。ちゃんと直せば、大抵のものは持つんだから」
その年の冬、俺は初めて姉に物を買った。高校1年の冬休みだ。学校が許可していた年賀状の仕分けのバイトを7日やって、手元に1万円と少しが残った。俺は薬局でハンドクリームを買った。棚で一番高いやつを選んだ覚えがある。店員に「ひび割れに効くのはどれですか」と聞いた。家に帰って、机の上に置いておいた。姉はそれを見つけると、箱を持ち上げてひっくり返し、しばらく黙っていた。
「あれ、どうしたの?」
「バイトしたの?」
「言わない」
姉は箱を持ったまま座り込んだ。そこで泣いた。俺はぎょっとした。姉が俺の前で泣いたのは、あの夜の所以来だった。
「ごめん。嬉しいのに。なんで泣いてんだろうね」
姉はそう言って笑いながら、また泣いた。
その夜から、姉は寝る前に必ずそれを塗った。使い切った後も、空の容器を台所の窓辺に置いたままにしていた。俺が「捨てれば」と言うと、姉は首を振った。
「もったいない」
「もう空だよ」
「そういうもったいないんじゃないの」
俺には意味が分からなかった。分からないまま、その容器はずっとそこにあった。
その頃、春食堂の常連の一人が、姉に縁談を持ってきたことがあった。近くの呉服店の息子だとかいう話だった。はるさんが台所から顔を出して、姉に言った。
「あやちゃん、あんた、いつの番が来るの?」
「まだいいです」
「まだっていつまで?」
「港が出ていったら、考えます」
「港君は20年後も弟だよ」
姉は笑って、それ以上答えなかった。俺はカウンターの端で聞こえないふりをして問題集を開いていた。聞こえていた。全部聞こえていた。
春食堂の壁には、色あせた写真が一枚だけ貼ってあった。小学生くらいの男の子が店の前で自転車にまたがっている。はるさんの息子さんだ。一度、その写真を見ているはるさんに、姉が声をかけたことがある。
「連絡ないんですか?」
「ないよ。私が追い出したようなもんだからね。店を継げって言い続けたんだ。あの子はそれが嫌で出てった。親ってのは勝手なもんだよ。自分の続きを子供にやらせたくなる」
姉は何も言わずに、鍋を火にかけていた。
「あやちゃん、あんたは港君に自分の続きをやらせるんじゃないよ」
「はい」
「あの子はあの子の道を行かせな。その代わり、あんたも自分の道を持っときな」
その時の姉が何と答えたのか、俺は覚えていない。覚えていたくなかったのだと思う。その縁談の時も、俺は何も言わなかった。姉が結婚してどこかへ行ってしまうことの方が、その時の俺には怖かったのだと思う。自分が姉の何を止めているのか、17歳の俺は考えようともしなかった。
高校3年の秋、姉が倒れた。仕出しの工場で、詰め終わった弁当を運んでいる途中だったらしい。台車ごと横に倒れて、頭を打った。工場の人が救急車を呼んでくれた。知らせてくれたのははるさんだった。学校にいた俺の携帯に、はるさんから電話がかかってきた。あの人が俺に電話をかけてきたのは、後にも先にもその一回きりだ。
「港君、落ち着いて聞きな。あやちゃんが工場で倒れた。命に別状はないって。だから走るんじゃないよ。転ぶから」
俺は走った。自転車をこいで、途中で乗り捨てて走った。俺が病院に着いた時、姉はもうベッドで目を開けていた。点滴の管が腕についていた。
「ごめん。びっくりしたでしょ。貧血。恥ずかしいだけ」
医者の話は貧血で済む話ではなかった。貧血と極端な睡眠不足と、体重の落ち過ぎ。数字を並べられて、最後に言われた。
「働き方を変えないと、また倒れます。次は運が悪いかもしれない」
姉は「はい」と答えた。答えただけで、何も変える気がないのが分かる答え方だった。
その夜、俺は病室の丸椅子に座って言った。
「姉ちゃん、俺、進学やめる」
姉は天井を見ていた。
「就職する。地元の工場なら多分受かる。そしたら、姉ちゃんは工場の方をやめられるだろう。もう十分だよ」
しばらく返事がなかった。やがて姉はゆっくり体を起こした。点滴の台がカタンと鳴った。
「何て? もう一回言ってごらん」
俺は言えなかった。姉の目が、見たことのない目をしていた。
「私はね、あんたに楽をさせたくて働いてきたんじゃないの。あんたが選べるようにしてきたの。行きたいところに行って、やりたいことをやって、嫌なことは嫌だって言える人間になって欲しくて、そのために十年やってきたの。その十年を、あんたが今ここで捨てるの?」
俺は何も言えなかった。
「私の十年は、そんなに軽い?」
姉は泣かなかった。泣かないから、余計にどうしようもなかった。
「ごめん」
「謝らなくていい。行きなさい。行って、ちゃんと出て。それでこっち向いて笑いなさい。私が欲しいのは、それだけ」
俺はその夜、家に帰ってから声を出して泣いた。
三日後、俺は沢谷先生のところへ行った。職員室ではなく、放課後の教室で先生を待った。
「先生、金がなくても行ける方法を教えてください」
沢谷先生は椅子に座って、俺を上から下まで見た。それから机の引き出しから紙の束を出してきた。
「遅い。夏に来い」
「すみません」
「まだ間に合う。ここからは点数の話だ」
先生が出してきたのは、授業料の免除と成績で決まる特待の資料と、大学型の奨学金の書類だった。付箋が張ってあり、日付も書き込んであった。その日に集めた紙ではない。
「先生、これ、いつから?」
「やるのか、やらないのか?」
「やります」
帰り際、俺は振り返って聞いた。
「先生、前に取りこぼしたって、どういう意味ですか?」
沢谷先生は書類を片付ける手を止めなかった。
「昔の教え子だ。家の事情で進学を諦めさせた。当時はそれが正しいと思ってた。今は思っていない」
「その人は、今どうしてるんですか?」
「知らん。知らないから、こうやって紙を集めてるんだ」
先生はそこで手を止めて、俺を見た。
「七尾。お前のお姉さんは間違ってない。ただ、無理はしてる。無理をしてる人間を楽にする方法は一つしかない。お前が早く自分の足で立つことだ」
その日から受験までの四ヶ月を、俺はほとんど覚えていない。学校と図書館と家の三つしか記憶にない。覚えているのは、夜中に台所へ水を飲みに行くと、姉が必ず起きていたことだ。姉は俺が座敷の電気を消すまで寝なかった。自分は朝の4時に起きるのに、俺より先に寝ようとしなかった。
「先に寝てよ」
「寝てるよ」
「起きてるだろう」
「目をつぶってるの、同じことでしょ」
俺はそれから、なるべく早く電気を消すようにした。消してから布団の中で単語帳を見た。姉は多分、それにも気づいていたと思う。
姉は仕事を辞めなかった。代わりに、春食堂の夜のシフトを1時間だけ短くした。それが姉にできる最大の譲歩だった。俺は一度だけ、工場をやめてくれと頼んだ。
「無理。あっちは時間で確実に入るから」
「体が先だろ」
「体は治るの。お金は湧かないの」
その理屈に、俺は勝てなかった。今考えると、姉はこの時、あと数ヶ月の話をしていたのだと思う。俺の入学の手続きが終わるまでの数ヶ月だ。
年が明けて、俺は東京の私立大学に受かった。学費の免除がつく枠にも入った。合格の手紙を持って帰った日、姉は玄関で紙を受け取って、そのまま座り込んだ。
「よかった。本当によかった」
その姿を見て、俺はやっと少しだけ返せた気がした。けれど数日後、大学から封筒が届いた。入学の手続きの書類だ。入学金と前期の分をまとめて納める期限が書いてあった。免除がつくのは翌年からだった。最初の一回だけは、どうしても現金がいる。それに、東京での部屋の敷金と引っ越しの金がいる。金額を見て、俺は封筒を持ったまま動けなくなった。
姉はそれを覗き込んで、一度だけ息を吸った。
「分かった」
「無理だよ、これ」
「無理じゃない。3月までに用意する」
「どうやって?」
「大人には大人のやり方があるの」
姉は笑って、封筒を仏壇の上に置いた。そして本当に、3月の頭に金は揃った。
姉は何も言わずに、台所の机の上に封筒を置いた。銀行の名前が入った白い封筒だった。俺はそれを手に取って中を見て、机に戻した。姉は流しに向かって洗い物をしていた。背中を向けたまま言った。
「明日、一緒に振り込みに行こう。窓口は3時までだから、学校の帰りに寄れる」
「うん」
「忘れないでよ」
「うん」
洗い物の音だけが、しばらく続いた。姉の手はその冬もひび割れていた。俺はその時、どこから出た金なのかを聞かなかった。聞けば姉が困ると思った。困らせたくないというのは半分で、後の半分は知りたくなかったからだ。
東京へ出る日の朝、姉は駅まで送ってくれた。荷物はダンボールが二つと布団袋が一つだけだった。姉はそのうちの一番重い箱を持とうとして、俺が取り上げた。改札の前で、姉は急に何かを思い出したように鞄を探った。
「これ、忘れてた」
出てきたのは小さな桐の箱だった。中に入っていたのは、銀色の指ぬきだった。
「お母さんの。縫い仕事の時に指にはめるやつ」
「俺、縫い物しないよ」
「知ってる。お守り」
姉は俺の手のひらに乗せて、上から押さえた。
「お母さんが一番長く触ってたものだから、持ってなさい」
俺はそれを財布に入れた。そのまま19年、俺はそれを財布から出していない。その金の出所を俺が知るのは、19年後の姉の結婚式の日になる。
東京での暮らしは、思っていたよりずっと簡単だった。家賃3万円の風呂なしのアパートを見つけた。窓の外はすぐ隣の建物の壁だ。それでも俺には十分だった。授業料の免除は外されたら終わりなので、成績は落とせない。それが分かっていたから、俺はよく勉強した。生活費は自分で稼いだ。選んだのは倉庫の夜勤だ。時給が高くて、しかも人と話さなくていい。
その倉庫が、結果として俺の人生を決めた。食品の物流センターで、夜の間に翌日分の荷物を組み換え、朝までにトラックへ積み込む。俺の担当は、棚から商品を集めて回るピッキングだった。働き始めて1ヶ月で、俺は妙なことに気づいた。同じ量の仕事をしているのに、人によって歩く距離がまるで違う。原因は棚の並びだった。よく出る商品が奥にあって、滅多に出ない商品が入り口にある。誰かが並べた順番のまま、誰も直していない。
俺はノートに、商品ごとに何回取りに行ったかを書き始めた。3ヶ月分貯めて、社員の人に見せた。
「学生さん、こんなの調べてどうすんの?」
「並べ替えたら、多分歩く距離が半分になりませんか」
社員は笑ってノートを返し、そのまま忘れた。それでも半年後、棚の並びは変わっていた。俺の書いたノートに近い並びだった。その夜、自分の歩数を数えながら働いた。本当に半分近くになっていた。体が軽いという感覚を、俺は初めて仕事で味わった。
その頃から、俺はこの種類のことをずっとやっていきたいと思うようになった。物を運ぶことそのものではなく、運び方の順番を考えることだ。父はハンドルを握る側だった。俺は順番を作る側に来たのだと思った。
姉とは月に2回か3回、電話で話した。家に帰るのは盆と正月だけにした。新幹線と在来線で片道2時間半かかる。往復の交通費が、俺の1週間分の食費と同じだった。元日の午前中だけ、姉は毎年どこかへ出かけた。行き先を聞いても「ちょっとね」としか言わない。俺は初詣だろうと思って、それ以上聞かなかった。思えば、同じ家に住んでいた頃も、元日の朝だけ姉はいなかった。
電話の内容はいつも同じだった。
「ちゃんと食べてる?」
「食べてる」
「ちゃんと寝てる?」
「寝てる」
「じゃあ、いい」
それで終わる。長くても5分だ。姉は俺の学校のことも東京のことも、あまり聞かなかった。一度、なぜ聞かないのか尋ねたことがある。
「聞いたら、あんたが気を使うでしょ」
「使わないよ」
「使うの? あんたはそういう子だから。困ってたら自分から言うでしょ。言わないってことは、大丈夫ってことでしょ」
その理屈は、俺には少し寂しかった。今なら分かる。姉は自分が踏み込むことで、俺の東京の生活が薄まるのを恐れていたのだ。俺の生活が姉のものにならないように、あの人は距離を測っていた。
一度だけ、姉が東京に来たことがある。2年の秋だった。食堂の慰安旅行が東京であって、ついでに1泊伸ばしたのだという。俺は駅で待ち合わせて、姉を連れて歩いた。姉は俺が思っていたよりずっとよく笑った。信号待ちの人の数に驚き、地下鉄の乗り換えで迷子になった。
「あんた、早歩きになったね」
言われて初めて気づいた。俺は姉より2歩分前を歩いていた。少し歩幅を落とした。昼は600円の日替わり定食を食べた。姉は一口食べて、ゆっくり顎を動かしてから「美味しいね」と言った。味噌汁の椀を両手で持って飲む。はるさんの店でいつもやっている持ち方だった。
食べ終わってから、俺のアパートに寄った。姉は玄関に立ったまま、部屋の中をぐるっと見た。中学の頃と同じ見方だった。
「上手」
「何が?」
「洗濯物が溜まってない」
姉はそれだけ言うと、押し入れを開けて俺の布団を勝手に干した。夕方、駅まで送った。改札の手前で、姉は財布から折りたたんだ札を出そうとした。
「いらない。バイト代あるから」
姉は少し困った顔をして、札を財布に戻した。
「そう。じゃあ、いい」
その「じゃあ、いい」の言い方が、なぜか胸に残った。姉は俺に何かを渡す役を下ろされて、居場所をなくしたような顔をしていた。あの時、俺はそれを成長の証拠だと思っていた。改札の向こうで、姉は一度だけ振り返って手を振った。姉が着ていたのはあの黒いコートだった。袖口はかがったままだった。
4年の夏に帰省すると、春食堂の厨房で鍋を振っていたのは姉だった。はるさんは椅子に座って伝票を書いている。腰を痛めて、長く立てなくなったのだという。常連の年寄りが俺を見ていった。
「おお、あやちゃんの弟か。東京の大学だってな。大したもんだ。あやちゃんは偉いよ。自分が高校出てすぐから、弟のために働き詰めだもんな」
姉は厨房から「うるさいですよ」とだけ返した。褒められると必ず、そうやって話を切る人だった。俺はカウンターで焼き魚定食を食べた。味は昔と少し違っていた。「うまいよ」と言うと、姉は「そりゃどうも」だけ返した。
はるさんが伝票から顔を上げずに言った。
「港君、あんたの姉さん、筋がいいんだ。教えたことを一回で覚える。手の使い方がうまいんだよ。私は何十人も見てきたけど、あんなのは初めてだ」
俺はその時、「そうなんですか」としか答えなかった。姉の手がなぜうまいのか。その理由を、俺は考えもしなかった。
帰り道、俺たちは商店街を歩いた。シャッターの降りた店が随分増えていた。その中に、古い看板の店が一軒だけ残っていた。「正時呉服店」と書いてある。木の格子の引き戸で、中は薄暗い。
「これ、まだやってるんだ」
「やってるよ」
「誰が来るんだよ、今時」
「来る人は来るよ」
姉はその店の前で、ほんの少しだけ足を止めた。それから何事もなかったように歩き出した。俺は追いつくのに2歩だけ早く歩いた。それ以上は何も思わなかった。
3年になると、俺は物流の会社の人に手紙を書くようになった。「話を聞かせてください」と書いて、断られてまた書いた。10通書いて、返事が来たのは2通。会ってくれたのは1人だった。黒田徹さんという人だった。当時30歳で、中堅の運送会社で現場の責任者をしていた。指定された喫茶店に行くと、作業着のままの人が座っていた。名刺を出されて、俺は自分が名刺を持っていないことに気づいた。
「学生さんが、物流の何を聞きたいの?」
「棚の並べ方の話です」
黒田さんの顔つきが変わった。
「それ、誰から聞いた?」
「バイト先です。自分で数えました」
俺はノートを出した。3年分溜まっていた。商品ごとの取り出し回数と、通路ごとの往復数と、季節による変動を全部書いてあった。黒田さんは黙って30分ほどそれをめくり、コーヒーが冷め切ってから言った。
「うちの現場、見に来るか?」
その日から、俺は月に一度その倉庫へ通うようになった。学生の見学という名目で、実際は無償で改善案を書いていた。卒業の半年前、黒田さんに聞かれた。
「就職、どうするの?」
「内定は出てます」
「でも、断ろうかと」
「バカ」
「はい」
「で、断るんだろ?」
「断ります」
黒田さんはため息をついて、灰皿を引き寄せた。
「うちが最初の客になってやる。その代わり、値段は叩くぞ。あと3年で結果が出なかったら諦める。だらだらやるやつが一番不幸になる」
それが俺の会社の始まりだった。契約書の一枚目の相手の名前は、今でもその会社になっている。
沢谷先生には年に一度、手紙を書いた。返事はいつも短かった。「読んだ。勉強しろ。沢谷」それだけの葉書が、4年間で4枚来た。俺はその4枚を、姉のメモと同じ箱に入れて取ってある。
大学の卒業式に、姉は来た。前の晩に夜行バスで東京へ出てきて、朝の6時に着いたのだという。新幹線代を浮かせたのだ。俺がそれを知ったのは当日の朝だ。式は10時からだった。
「6時って、それまでどこにいたの?」
「駅の待合室。あったかいよ」
「まさか。連絡してくれれば、迎えに行ったのに」
「寝てるでしょ、あんた」
姉は平気な顔で言った。目の下にはっきりとくまがあった。
待ち合わせは式場の前だった。俺が立っていると、人の向こうから姉が歩いてきた。紺色のスーツを着ていた。俺の見たことのないスーツだった。そして首元に、レースの帯のような布を巻いていた。
「それ、お母さんの帯を切って、使えるようにしたの」
姉は布の端を指でつまんで見せた。
「お母さんの着物、虫が食っちゃうかもしれないでしょ。だから、傷んでた方の帯だけ切って、顔にしたの」
「もったいなくないの?」
「使わない方がもったいないよ」
その日の姉は32歳だった。式の間、姉は来賓席の一番後ろにいた。証書を受け取って戻る途中で後ろを見ると、背筋を伸ばしてまっすぐこっちを見ていた。泣いてはいなかった。泣いたのは式が終わって外へ出てからだ。俺が「終わったよ」と言った瞬間、姉は声も出さずにいきなり顔をくしゃくしゃにした。
「よかった」
「ああ、良かった」
「本当に良かった」
同じ言葉を三回言って、それから鞄からハンカチを出した。ハンカチにはアイロンがかかっていた。周りの家族連れがこっちを見て微笑んでいた。俺は恥ずかしくも何ともなかった。姉は鞄から使い捨てのカメラを出して、通りかかった人に二人の写真を頼んだ。その一枚は今も姉の部屋の棚に立ててある。俺は仏頂面で、姉だけが目を赤くしたまま思い切り笑っている。
その日の夕方、俺たちは地元に帰って両親の墓に行った。寺の裏の狭い墓地だ。姉は水を汲んで墓石を洗い、線香を上げた。手順は全部体に入っていた。俺は卒業証書の筒を墓の前に立てかけた。墓石には父と母の名前が並んで掘ってある。母の名前はさちという。姉はその文字を指でなぞった。母が布を送っていた時と同じ、ゆっくりした動きだった。
「お母さん、出たよ。4年でちゃんと出たよ」
姉は墓石に向かってそう言った。それから少し笑った。
「お母さん、この子ね、東京で一回もお金の無心をしてこなかったの。一回もだよ。ずるいよね。頼ってくれたら、私も少しは役に立てたのに」
姉はそう言って、墓石を軽く叩いた。
「これでお姉ちゃんも、肩の荷が降りた」
その一言を、俺はずっと覚えている。姉は15年間、それを荷物だとは一度も言わなかった。その日初めて、「荷物」という言葉を使った。線香の煙が横に流れていた。俺はふと、前から気になっていたことを聞いた。
「姉ちゃんさ、和裁やらないの?」
「なんで急に?」
「はるさんが言ってた。姉ちゃんは手がいいって。母さんも言ってたよ。あやは手がいいって」
姉はしばらく黙っていた。
「もう遅いよ」
「そうかな?」
「そうなの。ああいうのは10代のうちに手を作るの。今からじゃ、体が言うことを聞かない。それに、うちは食べていかなきゃいけないでしょ」
姉は笑って、線香を一本足した。その笑い方が、いつもの笑い方とほんの少しだけ違っていた。俺はそのまま、次の話をした。俺は言うタイミングを完全に間違えた。
「姉ちゃん、俺、就職しない」
姉の手が止まった。
「内定は断った。会社を作る。倉庫の中の動きを作る仕事だ。今のやり方は無駄が多い。それを直す会社をやりたい」
姉は線香の煙を見ていた。長い時間だった。
「お金はない。お客さんは一社だけ、話を聞いてくれる人がいる」
「食べていけるの?」
「分からない」
姉は深く息を吸って、それから吐いた。俺は怒られると思った。今まで何のためにやってきたんだと言われても仕方がないと思っていた。姉はこう言った。
「やりなさい」
「うん」
「やりなさいって言ったの。あんたが選べるようにするために、私はやってきたの。あんたが選んだんなら、それでいい。ただし、一つだけ約束して。食べること、寝ること。それだけは削らないで。体を壊したら、そこで全部終わりだから。私、知ってるの」
俺は頷いた。頷きながら、この人には一生叶わないと思った。
「それで、住むところは今のアパートにそのまま。事務所は?」
「そのアパートが事務所。机はこたつ」
「こたつの会社か」
姉は吹き出して、ひとしきり笑って、それから真顔になった。
「お金、少しなら足せるよ」
「姉ちゃんの金でやったら、失敗した時に姉ちゃんのせいにしそうだから」
これは本心で、同時に逃げでもあった。返せる見込みのない借金は、持っているだけで人を臆病にする。姉はすぐには答えなかった。
「分かった。じゃあ、うまくいったら奢っていいよ」
「何がいい?」
「うなぎ」
「安いな」
「安くないよ。うちの店じゃ出せない値段だもん」
帰り道、俺たちは川沿いの道を並んで歩いた。3月の終わりで、風はまだ冷たかった。姉が急に言った。
「港、お姉ちゃんね、お母さんの着物、いつか着られたらいいなって、まだ思ってるんだよ」
「着ればいいじゃん。箪笥にあるんだから」
姉は前を向いたまま、少しだけ間を置いた。
「そうだね。着る予定でもできたの?」
「ないよ。ないけど、思うだけならただでしょ」
姉は笑って、それきりその話をやめた。俺はその時、姉の横顔を見なかった。歩きながら、自分の会社のことを考えていた。
その日の夜、俺たちは春食堂で夕飯を食べた。はるさんが「今日は仕舞いだ」と言って、暖簾を早く下ろした。カウンターに三人並んで座って、おでんを食べた。
「港、卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
「で、就職はどこだって?」
「この子、会社を作るんだって」
「あー、はい」
はるさんはしばらく口を開けていた。それからいきなり笑い出した。
「そうかい。姉ちゃんに似たね」
「似てますか?」
「似てるよ。無茶を平気な顔で言うところが、そっくりだ」
姉が「私は無茶なんて言いません」と口を尖らせて、はるさんが「言うよ」と即座に返した。俺はその夜のことを時々思い出す。三人で笑っていた、何でもない夜だ。
俺は箪笥の一番下の引き出しを、戻る前に一度も開けなかった。開ける理由がなかったからだ。開ける理由がないというのは、便利な言葉だと思う。
姉はその日、駅まで送ってくれた。ホームに上がる階段の下で、俺の背中を一回だけ叩いた。
「食べること、寝ること。分かってる?」
「分かってる」
「行ってみて」
「食べること、寝ること。よし」
姉は満足したように頷いて、それから手を振った。
東京の部屋の引き出しには、姉のメモを貯めた箱があった。会社を作って最初の3年、金がなくて夜も眠れなかった夜に、俺はその箱を開けた。読んでも何も解決しない。それでも読むと、翌朝には机に向かえた。あの紙は俺の栄養だった。姉はそれを、多分一度も知らない。
俺は階段を上がりながら、心の中で数えていた。姉が俺のために働いた年数を数えていた。17歳から32歳まで、15年だ。その15年を、俺は10年で返すつもりでいた。金を稼いで、家を建てて、姉を楽にする。それが返済の形だと信じて疑わなかった。
そのやり方が、姉に何をしていたのか。俺はこの時、一つも見えていなかった。
物語はここから、もう半分ある。
会社を作ってから15年が過ぎた。最初の3年は、黒田さんの会社一社が客だった。俺は倉庫に泊まり込んで、棚の配置を直し、作業の順番を組み換えた。成果が数字で出ると、黒田さんは他社の担当者に俺を紹介してくれた。4年目に2社目が入り、5年目に社員を1人雇い、7年目に事務所をアパートから出した。
3年目に一度、潰れかけた。黒田さんの会社の仕事が一区切りして、次が決まらなかった。手元の金が家賃2ヶ月分になった月がある。俺は自分の給料をゼロにして、営業に回った。断られた会社の数は数えていない。数えたら折れると思ったからだ。
その3ヶ月を、俺は姉に一言も言わなかった。電話では「順調だよ」と言い続けた。姉は「そう」としか言わなかった。今にして思えば、あの人は分かっていたのだと思う。分かっていて、聞かずにいてくれた。
10年目に、大手の食品メーカーから全国の拠点をまとめて任された。そこで一気に人が増えた。今は社員が1800人いる。倉庫の設計から、中で動く機械の選定から、配送の順番を決める仕組みまで、まとめて引き受ける会社になった。黒田さんは6年目にうちへ来て、今は副社長だ。相変わらず俺のことを「バカ」と呼ぶ。
順調だったといえば順調だった。ただ、俺の生活は会社ができる前と何も変わらなかった。朝の5時に起きて、夜中に帰る。休みの日も資料を読んでいる。結婚の話は何度かあったが、全部うまくいかなかった。
姉には、年に2回か3回しか会わなくなった。金は渡そうとした。会社が形になった時、俺は姉に仕事をやめてくれと言った。生活費は毎月送ると。
「いらない」
「なんで?」
「働くのが嫌いじゃないから」
その次の年は、プロの大工に壊れたままの仕立て屋を直させてくれと言った。
「じゃあ、我慢する」
で終わった。その次の年は、うちの会社に来ないかと言った。総務でも何でもいいと。
「あんたの会社で、私が何をするの?」
「何でもいい。姉ちゃんが楽なら、それでいい」
「そういうのを、人はお情けって言うんだよ」
三回とも断られて、俺は申し出るのをやめた。代わりに、俺は別のことを言うようになった。
「姉ちゃんはさ、いつになるの?」
最初は冗談のつもりだった。電話の終わりに軽く言う。
「俺のことはもういいから、自分のことを考えなよ。姉ちゃんの人生、まだ半分あるんだから」
姉は笑って流していた。それでも俺は言い続けた。会う回数が減った分、会うたびに必ず言った。今思えば、あれは俺のための言葉だった。姉が幸せになってくれないと、俺は自分の借りを返した気になれない。だから、早く幸せになってくれと。俺は姉をせかしていたのだ。「急がなくていい」と母は言っていた。俺はその言葉を忘れていた。よりによって、一番せかしてはいけない相手に対して。
1年ちょっと前、姉から電話がかかってきた。いつもは俺からかける。姉からかかってくるのは珍しかった。
「あのね、今更なんだけど」
「うん」
「お付き合いしてる人がいるの」
俺は思わず立ち上がった。会議室にいたので、社員が驚いてこっちを見た。
「本当に?」
「本当に」
「だから、そんなに大きい声出さないで」
相手は篠原介さんという人だった。40歳。篠の食品ホールディングスで勤務をしている人だ。大手だ。全国のスーパーやコンビニへ食品を卸している。うちの業界にいれば、知らないものはいない。社長は篠原介さんの父親で、篠原雪という人だった。母親は清子さんという。姉は電話でその二人の名前を何度も繰り返して、覚えようとしていた。
篠原介さんは勤務と言っても、会社の決め事に口を出す立場ではないと聞いた。担当は営業と商品開発だ。物流の立て替えは社長が自分で見ている。つまり、俺の仕事と篠原介さんの仕事は、線が交わらない。
その時点で、うちの会社は篠の食品と大きな話を進めていた。全国12箇所の物流センターを立て替えて、中身を丸ごと入れ替える計画だ。金額は500億円になる。2年かけて設計図を引いて、その春に基本合意を交わしたところだった。正式な契約書に判を押すのは、その後の段取りになる。
俺は電話口でそのことを言わなかった。姉の喜んでいる話に、仕事の話を混ぜたくなかった。翌日、黒田さんにだけは伝えた。「担当を外れるか」と聞かれて、「外れない」と答えた。線が交わらない。その一点だけを理由にしたのだから、今思えば都合のいい線の引き方だった。
出会いは春食堂だったという。篠原介さんは3年前まで、この地方の営業所に出ていた。修行のようなものらしい。その間、週に2回は春食堂に通っていた。姉はとっくにはるさんから店を引き継いでいて、一人で厨房に立っていた。はるさんが厨房に立てなくなったのは、俺が大学生の頃だ。それから何年も、あの人は椅子から指示を出して店を回していた。8年前に、ついに店を閉めると言い出した時、姉が「私にやらせてください」と言った。仕出しの工場をやめたのもその時だ。20年余り働いた。家賃だけ払う形で、看板はそのままにした。だから店の名前は今も春食堂のままだ。
「自分の名前にすればいいのに」
「なんて、はるさんの店だもん」
姉はそういう人だった。自分の名前を前に出すという発想が、多分最初からなかった。
東京へ戻ることになった日、篠原介さんが姉に連絡先を渡したのだそうだ。それから2年余り、たまに食事をして、正式な話になった。
「よかった」
俺はそれしか言えなかった。喉の奥が塞がっていた。
「相手の家がね、ちょっと立派なところなの」
「立派って?」
「あちらのお父さんが社長さんで、あちらのお母さんがすごくきちんとした人で、私、ああいうところに行って大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。姉ちゃんほど立派な人はいない」
「何それ? 弟のひいき目」
姉は電話の向こうで笑っていた。あんなに軽い笑い方をする姉を、俺は久しぶりに聞いた。
俺は一度だけ、篠原介さんに会っている。去年の暮れ、姉が東京に来た時に三人で食事をした。物腰の柔らかい人だった。姉の椅子を引き、料理を取り分け、俺にも丁寧に話した。
「港さんは、東京でお勤めですか?」
「はい。倉庫関係の仕事です」
「そうですか。うちも物流には頭を悩ませていますよ」
俺は自分の会社の名前を言わなかった。姉が先にこう言ったからだ。
「この子ね、東京で会社員をしているの」
姉は俺の目を見ていた。言うなという顔だった。俺はそれに従った。理由は後で聞くつもりだった。
問題は、両家の顔合わせだ。3月に予定されていた食事会に、俺は行けなかった。海外の倉庫で事故があって、その対応で1週間現地にいた。日程を変えてもらおうとしたが、姉が止めた。
「向こうのお父さんが忙しい人だから、変えない方がいい。私、一人で行くよ。挨拶するだけだから」
俺は姉を一人で行かせた。一生かかっても、俺はあの判断を許せないと思う。
顔合わせから帰ってきた姉に、どうだったかと聞いた。
「良かったよ。ちゃんとしたお店で、美味しかった。向こうのご両親は、立派な方たちだった」
その言い方が短かった。姉は良かったことを長く話す人だ。短い時は、何かを飲み込んでいる。俺はもう一度だけ聞いた。
「向こうのご両親、姉ちゃんのこと、なんて?」
「ちゃんとご挨拶できたよ」
「そうじゃなくて」
姉も電話の向こうで、声の調子を変えた。
「私ね、今すごく幸せなの。だから、余計なこと考えさせないで」
俺はそこで止めた。止めてしまった。あの時、無理にでも問い詰めていれば、姉はあの日ロビーに立たずに済んだかもしれない。いや、多分違う。あの人は問い詰められても言わなかった。俺に心配をかけるくらいなら、自分で全部飲み込む人だ。それが分かっていたのに、俺は「幸せなの」という言葉に安心した。安心したかっただけだ。俺は気づいていた。気づいていて、忙しさを言い訳にして、掘り下げなかった。
4月に一度、姉は日帰りで東京へ出た。顔合わせだという。頭の形を測って、その後の掛かり具合を見る。当日いきなり乗せられるものではないらしい。付き添おうと言ったら、また断られた。あの時、篠の家の誰も同席しなかったことに、俺は何も思わなかった。
一度だけ、姉が「やっぱりやめようかな」と言ったことがある。5月の初めだった。俺が理由を聞き返す前に、姉は「何でもない」と笑った。次に電話した時には、その話は消えていた。
その代わり、姉は一つだけ嬉しそうに話したことがある。
「あちらのお母様が、着物を見たいっておっしゃったの」
「着物って、母さんの?」
「うん。私が式で着たいですって言ったら、写真を見せて欲しいって。送ったら、すぐお返事が来たの。是非それを着てらっしゃいって」
姉は電話の向こうで、少し照れたように笑った。
「向こうのお母様、着物に詳しいんだって。褒めてくださったよ。いい仕事してますねって」
「そりゃそうだよ。母さんが縫ったんだからね」
俺はその時、素直に嬉しかった。母の縫ったものが、そういう世界の人にも通じたのだと思った。嬉しかったのだ、本当に。あの返事の意味を、俺が知るのは式の当日の午前11時20分になる。
式は6月に決まった。場所は東京のホテル・アルカディアだった。篠の家が昔から使っている場所らしい。その名前を聞いて、俺は一瞬黙った。うちが毎年、創立記念の会をやっている場所だ。顔を知っている人間がいると思った。ただ、姉の式だ。俺は客ではなく、弟として行く。それだけ決めて、その日は何も言わなかった。
準備はほとんど篠の家が進めた。招待状も会場も引き出物も、向こうが手配した。
「こういうのって、普通は両家でやるんじゃないの?」
「向こうがやってくださるって。慣れてるからって。姉ちゃんの呼びたい人は、3人だけお願いした」
「3人?」
「150人規模の式で、新婦側の招待客が3人だ。少なすぎるだろ」
「多くても、困らせちゃうでしょ。私、親戚付き合いもないし」
俺はその時、姉に親戚がいないのは誰のせいだと思ったが、口には出さなかった。
姉が呼びたいと言った3人は、小坂はるさん、沢谷先生、そして九瀬さんだった。招待状は篠の家から3枚だけ届いた。日付と会場が書いてあるだけの、当て名も入っていない簡素なものだった。姉はそこに自分の字で、3人の名前を書いた。
招待を受け取る役は、俺が引き受けた。式の1ヶ月前、俺は久しぶりに地元へ帰った。
はるさんは店を姉に譲って、駅の裏の平屋で一人暮らしをしていた。82歳になっていた。招待状を渡すと、はるさんは老眼鏡をかけて、名前のところを何度も読んだ。
「そうかい。あやちゃんがね。私は行けないよ。腰がね。電車に2時間半は無理なんだ」
「車を出します。うちの会社の車で」
「いいんだよ。気持ちだけで」
「じゃあ、当日の朝に一度だけ車を回します。乗らなければ、そのまま帰らせますから」
はるさんは何も言わずに笑っただけだった。はるさんは招待状を仏壇の前に置いた。それから湯飲みにお茶を入れてくれた。
「港君、あんた、あやちゃんが給料をどう使ってたか、知ってるかい?」
「え?」
「うちはね、月に一度、給料を封筒で渡してたんだ。あやちゃんはその場で封を開けて、中から自分の分だけ抜くんだよ。千円札を2枚、3枚。残りは別の封筒に入れてしまう。自分の分ってのがね、いつも同じ額なんだ。20年見てても、変わらないの。あの子は自分の値段を自分で決めてたんだよ。安すぎる値段をね」
俺は湯飲みを持ったまま、何も言えなかった。
「だからさ、港君。あんたが幸せにしてやりなよ。いや、違うな」
はるさんは首を横に振った。
「あんたが幸せにするんじゃない。あの子が自分で幸せになるのを、邪魔しないでやりな」
俺はその時、うまく返事ができなかった。
沢谷先生は家庭菜園をやっていた。68歳で、相変わらず茶色のジャケットを着ていた。招待状を出すと、先生は「ほお」とだけ言って受け取った。
「行く」
「当日は早めに出る」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちだ」
先生は畑の脇の椅子に腰かけて、少し黙ってからこう言った。
「七尾。お前が受験の年、姉さんが学校に来た」
「え?」
「お前が東京の大学に受かった後だ。お前には言うなと言われた。わざわざ職員室まで来て、頭を下げていった。『この子を進学させてくださって、ありがとうございました』と。俺は何もしとらん。紙を集めただけだ。そう言ったら、姉さんはこう言った。『先生が紙を集めてくださらなかったら、私はあの子に諦めさせていました』と」
俺は口の中が乾くのを感じた。
「あの言い方が、俺はずっと引っかかっててな。『諦めさせていました』じゃない。『諦めさせるところだった』でもない。過去のことみたいな言い方をしたんだ。あの人は、あの時もう何かを諦めた後だったんだと思う」
先生は土のついた手を膝で拭いた。
「まあ、俺の勘だ。当たってなければ、それでいい」
九瀬さんの工房は、町の北の外れにあった。古い日本家屋で、道路に面した部屋の障子が開いていた。中に長い台が置いてあって、その前に小さな老婦人が座っていた。29年前の秋に、うちの玄関に立っていたおばあさんだった。あの時60歳だった人が、89歳になっていた。俺が名乗ると、九瀬さんは手を止めてこちらを見た。
「ああ、さちさんの弟さん。大きくなったね。あの時、台所からずっとこっちを見てた子でしょう」
「覚えてるんですか?」
「覚えてますよ。あんな目で見られたら、忘れません」
俺は招待状を渡した。九瀬さんは押し頂くようにして受け取り、しばらく胸に当てていた。
「よかった。あの人にも、やっと自分の番が来た」
「九瀬さん、母のこと、それから姉のことを教えてください」
九瀬さんは茶を淹れに立った。戻ってくるまで、俺は台の上を見ていた。掛けかけの白い布が広げてあった。
「お母さんはね、うちにいた8年で、うちの誰よりも早くなった。早いだけなら他にもいます。でも、さちさんは早くて揃ってて、しかもよそ行きの顔をしない縫い方をした。着る人が一番動く場所をちゃんと考えて縫うのよ。あれは教えて身につくものじゃない」
「あやさんは、うちに来ると布じゃなくて、縫っている人の手ばかり見てました。あれは見て盗む子の目です」
「姉は、和裁をやりたかったんでしょうか?」
「やりたかったに決まってるでしょう」
九瀬さんははっきりとそう言った。
「17でお母さんが亡くなって、あの子は高校をやめるって言ったの。私が止めました。卒業だけはしなさい。話はそれからだって。それだけ言って、帰りました。秋にうちへ伺ったのは、うちに来ないかと初めてちゃんと頼みに行ったんです」
俺は畳の目を見ていた。
「断られました。弟さんがいるからって。あの子は私の顔を見て断りましたよ。目をそらさずに。あれができる18歳は、そういません。その日から今まで、あやさんは毎年お正月にうちへ来ます。29年、一度も欠かさずにね。お茶を飲んで、うちの仕事を見て、それで帰るの。手は出さない。触らせてくださいとも言わない。触ったら、多分止まらなくなるからでしょう」
俺はその時、自分の膝の上で拳を握っていたことに気づいた。
「弟さん、あなたのせいじゃありませんよ」
「いえ」
「そういう顔をなさるだろうと思ったから、先に言っておくの。あの子は自分で決めたんです。人のせいにできることは、あの子の中には一つもない」
帰り道、俺は商店街を通った。シャッターの降りた店がさらに増えていた。それでも「正時呉服店」の看板はまだそこにあった。引き戸を開けようとした時、中から店主が出てきた。たださんだ。もう80近いはずだが、腰は曲がっていなかった。
「おや、あんた、七尾さんとこの港君」
「ご無沙汰しています」
「そうか、そうか。姉さん、いよいよ着るんだって。聞いてるよ」
たださんはニコニコして、俺の肩を叩いた。
「よかったなあ、本当に。あれを取り戻した時は、わしも泣いたんだ」
「あれって?」
たださんの手が止まった。笑顔がすっと消えて、口が半分開いたまま止まった。それから慌てたように目をそらした。
「いや、なんでもない。わしの勘違いだ。年寄りの話は聞くもんじゃない」
たださんは店の中へ戻って、引き戸を閉めた。ガラス越しに、こっちを見ないようにしているのが分かった。俺はしばらくその場に立っていた。
東京に戻る新幹線の中で、姉に電話をかけた。
「3人とも渡してきたよ。はるさんは腰が厳しいって」
「そう。ありがとう」
「姉ちゃん」
「うん?」
「正時呉服店のたださんって、知り合いだよね」
一瞬間が開いた。
「知ってるよ。商店街の人だもん」
「なんか、『あれを取り戻した時は泣いた』って言われたんだけど、何の話だろうね」
姉の声が、少しだけ高くなった。
「港、それより当日のことなんだけど、あんたの会社のことは言わないでね」
「なんで?」
「言わないで欲しいの。向こうの家に、弟がどんな仕事をしてるか聞かれたら、会社員でいい。それで通してきたから」
「意味が分からないよ。恥ずかしいことじゃないだろう」
「恥ずかしくないよ。誇りだよ。誇りだから、使いたくないの」
俺は黙った。
「あんたの名前を出したら、私はまた誰かの人生を借りることになるでしょう。お母さんの着物を借りて、あんたの名前を借りて、それで嫁ぐの。そんなの嫌なの。私は私で行きたいの。それくらいはさせて」
俺は「分かった」と言った。言ってしまった。あの時、別のことを言うべきだったと、俺は今でも思う。姉ちゃんの言う通りだ。でも、一つだけ違う。あんたの名前を借りるんじゃない。俺があんたの弟だという事実は、借り物じゃない。そう言えばよかった。言えば、姉は少しは楽になったかもしれない。
俺はその頃、自分の言葉を惜しむ癖がついていた。仕事では必要なことしか言わない。それが効率だと思っていた。家族には、無駄な言葉の方が効くのだと知ったのは、もっと後だ。
式の前の夜、姉からメッセージが来た。
「前の日に東京へ出て、駅の近くに泊まります。明日は朝8時に美容室へ入ります。着物着られるみたいで嬉しい。おやすみ」
短い文だった。最後に一つだけ絵文字がついていた。姉が絵文字を使ったのを、俺は初めて見た。
式は11時からだった。俺は朝一番の会議を入れてしまっていた。海外の案件で、どうしても外せなかった。終わってすぐ車に飛び乗った。ホテル・アルカディアの車寄せに着いたのが、11時10分だ。遅刻だ。姉の式に遅刻したのだ。あの日、俺が自分を責めた最初の理由がそれだった。
祝儀袋を上着から出して、俺は正面のロビーへ入った。そこで足が止まった。ロビーの中央に人がいた。着飾った人たちが輪のようになって立っている。輪の内側だけが開いていた。その開いたところに、姉が一人で立っていた。
黒い着物だった。裾に白い藤の花が流れていた。髪は結い上げた髪型で、その上に角隠しが白くかかっていた。母の着物だ。俺が7歳の夏に縁側で見た、あの着物だった。
姉は両手を前で重ねて、俯いていた。頭はまだ会議室から戻っていなかった。それでも体の方が先に、これはおかしいと言っていた。付き添いがいない。新郎もいない。そして、輪になった人たちが笑っていた。
「冗談に決まってるでしょう」
その声がはっきりと聞こえた。輪の中の誰かが「花嫁ご本人はご存知ないの」と言った、その返事だった。年配の女性だった。黒留袖を着ている。身内の祝いの席で母親が着る、一番格の高い黒い着物だ。髪はきっちりと結い上げている。姉から3歩ほど離れたところに立って、帯に差していた扇子を開き、口元に当てていた。
俺は走った。人の間を縫って、姉の前に出た。
「姉ちゃん」
姉が顔を上げた。目が真っ赤だった。それでも姉は俺を見て、笑おうとした。口の端を上げようとして、失敗して、また下を向いた。
「港、来ちゃったんだ」
「来るに決まってるだろ。何があったんだよ」
「なんでもないの」
「なんでもないわけないだろう」
姉は何も言わなかった。姉がロビーに立たされた経緯を、俺が聞いたのはその日の夜だ。朝8時に美容室へ入って、顔と襟足におしろいを塗って、かつらを乗せて、着付けが済んだのが10時半過ぎ。11時の5分前にかかりの人に呼ばれて、ロビーへ出た。「ここでお待ちください」と言われて、それきり誰も戻ってこなかったのだという。新郎も、付き添いの誰も来ない。代わりに大広間の方から、着飾った人が少しずつ出てきて、姉を囲んで笑い始めた。
「帰ろうかとも思ったの。でも、あんたが来るでしょ。誰もいないところに、あんたを来させたくなかった」
話をあのロビーに戻す。俺の横へ、さっきの女性が近づいてきた。
「あら、弟さん。わざわざお運びいただいて、ご苦労様ですこと」
「弟さんのお写真だけは、あらかじめ拝見させていただきましたのよ」
と、その人は付け加えた。それで分かった。篠原介さんの母親の、清子さんだ。清子さんは俺を上から下まで見て、それから姉に向き直った。
「あやさん、あなた、まだ分かってらっしゃらないの? 今日は篠原介の婚約披露のお席なんですよ。あちらの大広間で11時から始まっております」
「婚約?」
「ええ。お相手は取引先のお嬢様。ご両親も同席で」
俺は姉を見た。姉は唇を噛んで、床の一点を見ていた。
「あやさんにはね、こちらのロビーでお待ちいただいてるの。あなたのお席は、お広間にはございませんから。支度だけはこちらの美容室にお願いしてもらいましたのよ。せっかくの置き物ですもの。写真くらいは残りますでしょう。一度きちんと諦めていただかないと、篠原介がまたふらつきますから。口で申しても分からない子ですの。ですから、皆様の前ではっきりさせていただくことにしましたの。あの子にも、後で見に来ます」
あの招待状のことも、そこで分かった。日付も時刻も会場も、大広間で始まっている婚約披露のものと同じだった。当て名がなかったのは、書く必要がなかったからだ。受付も席も、姉の側には最初から一つも用意されていなかった。
その時、大広間の方から男が出てきた。黒いスーツを着た、背の高い男だ。去年の暮れに東京の店で会った、あの物腰の柔らかい人だった。篠原介さんは、俺を見ても顔色一つ変えなかった。姉の前に立って、少し首をかしげた。
「あやさん、本気でうちの嫁になれると思ってたんですか?」
姉の肩が、一度だけ大きく動いた。言い終わってから、篠原介さんはちらりと母親の方を見た。台詞を確かめる人間の目だった。
「悪意はないんですよ。ただ、家というのはそういうものなので。食堂の女将さんと篠の後継ぎが結婚する。そんな話が通ると思いますか?」
「あなた、何を言ってるんだ?」
「あなたには関係ありません」
「関係ある? 俺の姉だ」
「だから、その姉さんの話をしてるんです」
その時、清子さんがゆっくりと言った。ロビーの柱時計が、11時20分を差していた。
「それにしても、その着物、よくお似合いですこと。写真を拝見した時から、そう思っておりましたのよ。お誂えではありませんわね。それだけよそに出して、縫いはご自分で。素人仕事というのは、見れば分かりますの。今日は是非それでと申し上げたのは私だったの。その方が、最後の思い出にはちょうどいいでしょう」
輪の中で、誰かが小さく笑った。その笑い声が、俺の中の何かを切った。視界が白くなって、耳の奥がざわざわとなった。俺は一歩前に出ようとした。出なかった。出る前に、姉の手が俺の袖を掴んだからだ。
「港、帰ろう。ごめんね。こんな姿、見せて」
俺はそこで、自分が何をしなければいけないかを思い出した。この人たちに何を言うかではない。この人に何を言うかだ。俺は姉の正面に立った。背中を向けて、あの人たちを視界から外した。
「謝るのは姉ちゃんじゃない。一言も謝らなくていい。その人は、俺をここまで育ててくれた人だ。笑っていい人間なんて、一人もいない」
姉の目から、ようやく涙が落ちた。角隠しの下で、顎の先から着物の襟に落ちていった。着物に染みを作りたくなかった。母が縫った布に、この人たちのせいでできた染みを残したくなかった。姉の襟元に、涙の粒が一つ残っていた。俺はハンカチの端を底に当てて、押さずに布の方へ吸わせた。やり方は知らない。ただ、母が仕事の時に布を吸っていた手つきを真似た。
「姉ちゃん、その着物、すごく似合ってる」
姉が顔を上げた。
「本当に似合ってる。母さんが見たら、絶対に綺麗だって言うよ。お母さんがこれを縫ったのは、姉ちゃんが着るためだ。他の誰のためでもない」
俺はそこで初めて、背中側へ声を投げた。
「素人仕事じゃありません。母は九瀬先生のところで8年修行した、和裁師です」
姉は声を上げて泣いた。角隠しをつけたまま、両手で顔を覆って、子供みたいに泣いた。俺は姉の背中に手を当てた。あの夜、姉が俺の背中を叩いてくれたのと同じ場所だった。
輪の中の空気が、少しだけ変わったのが分かった。それを打ち消すように、清子さんが言った。
「弟さん、あなた、東京でお勤めですって。そちらのお家も、大した家柄ではないんでしょう。悪く言うつもりはありませんのよ。ただ……」
「身の程を」
その時、奥から人が走ってきた。黒い服を着た50代の男だった。胸にホテルの名札をつけている。支配人の島さんだった。うちは毎年、この宴会場で創立記念の会をやっている。島さんはその度に、車寄せで待っていてくれる人だった。
支配人は俺の3歩手前で止まって、腰を折った。角度が深すぎて、周りの何人かが息を飲んだ。
「七尾社長、島でございます。ご来場に気づかず、大変失礼をいたしました」
ロビーが静かになった。
「本日は、どのようなご用向きで?」
「いえ、失礼いたしました。ご案内が行き届いておりませんでした。立ち話でお恥ずかしい限りでございます。奥にお部屋をご用意いたします。お姉様を、どうぞこちらへ」
その一言で、俺はこの人が輪の外へ姉を逃そうとしたのだと分かった。
「島さん、うちの姉です」
「姉上様でいらっしゃいますか?」
島さんの顔から血の気が引いていくのが見えた。この人はその日の段取りを知っていたのだと思う。知っていて、止められなかったのだろう。
そこへ、大広間から男が出てきた。白髪を後ろに撫でつけた、風格のいい男だ。ネクタイに社章がついている。俺はその社章を知っていた。男は俺を見て、足を止めた。島さんが「七尾社長」と呼ぶ声が、大広間の入り口まで届いていたのだと思う。その男の口が開いて、それから閉じて、また開いた。
「まさか、青空の七尾さん」
「篠の社長、ご無沙汰しております」
俺は名刺入れを出した。一枚抜いて、両手で差し出した。
「青空物流システム、代表取締役の七尾港と申します。そこにいるのが、私の姉です」
篠の社長は名刺を受け取って、それを見た。手が震えていた。背中で、姉が小さく息を飲んだ。大広間から出てきていた何人かが、ざわつき始めた。その中の一人が「あの七尾さんじゃないか」というのが聞こえた。
篠の社長とは、基本合意の時に一度だけ同じ部屋にいた。挨拶をして、並んで写真を撮って、それきりだ。それ以外は全部、黒田さんに任せていた。その人にとって、俺は書類の一番上に印字されている名前でしかなかったのだと思う。姉の姓が七尾であることも、この人たちは書類で見ていたはずだ。ただ、珍しい姓でもない。調べさせてもいたのだろう。ただ、調べたのは姉の育ちだけだったのだろう。弟は東京で会社員をしている。姉自身がそう言い続けてきたのだから、そこから先を掘る理由がなかったのだ。家柄を見る人間は、相手の値打ちを先に決めてから調べる。
清子さんの扇子が下がった。篠原介さんは口を半分開けたまま、固まっていた。俺は誰に対しても、声を荒げなかった。荒げる必要がなかった。
「篠の社長、一つだけはっきりさせてください。今日のこれは、冗談だったんですよね」
「いや、それは奥様がそうおっしゃいました」
「『冗談に決まってるでしょう』と。ご子息もおっしゃった。『本気でうちの嫁になれると思ってたのか』と。つまり、婚約も式の話も、全部冗談だったということでよろしいですね」
篠の社長は答えなかった。
「分かりました。では、御社と進めている500億の契約も、冗談だったということにいたします」
ロビーが静寂となった。
「待ってください」
篠の社長の声が裏返った。
「あれは来週判子です。うちの取締役会も特に通っている。全国12箇所の物流センターの話です。あれがないと、うちは……」
「あの契約には、うちの会社の命運がかかっているんです。存じております。だからこそ、うちも2年かけて設計しました。うちの去年の売上が950億です。この案件は5年で、うちの背骨にあたります。それを手放すことが何を意味するかは、私が一番よく分かっています。そちらの取締役会が通っていても、判はまだ押されていません。判を押す前に降りるなら、違約金は1円も出ません。決めるのはうちの取締役会です。週明けに議案を出します。来週の役員会までに、降ります」
俺は自分でも驚くほど静かな声が出た。
「篠の社長、私は取引先を数字だけで選びません。うちの倉庫で夜中に台車を押しているのは、機械ではありません。人です。人を笑い物にする会社とは、信頼関係を築けません。私の姉の人生を冗談にした方々とは、なおさらです」
篠の社長は何も言えなかった。名刺を持った手が、だらりと下がった。
その時、篠原介さんが動いた。姉の方へ2歩近づいて、急に声の調子を変えた。
「あやさん、違うんだ。これは親が勝手に決めたことで、俺は本当は君と……」
「やめてください」
俺は間に入った。
「あなたは今日、ずっとそこにいた。一言も止めなかった。姉を守れない人に、姉を任せるつもりはありません」
篠原介さんが何か言いかけた。それを止めたのは、俺ではなかった。
「もういいです」
姉の声だった。さっきまで泣いていた人の声とは思えないくらい、はっきりしていた。
「篠原介さん、私は冗談で花嫁になるために、ここへ来たんじゃありません。今日、この着物を着たのは、あなたの家に入るためじゃないんです。母に見てもらうためです。それだけは、あなた方に笑われる筋合いがない」
姉は深く頭を下げた。
「お世話になりました」
そして背筋を伸ばして、まっすぐに歩き出した。着物の裾が絨毯の上を滑った。長い裾は左手で軽く持ち上げて歩くものらしい。姉はその持ち方も知らないまま、それでも一度もつまずかずに歩いていった。誰も笑わなかった。
ロビーを出たところで、姉は壁に手をついた。そこでやっと足が止まったのだと思う。俺は姉の肘を支えた。
「ごめん。ちょっとだけ、いい?」
「情けないね。着物が重いだけなのに」
「重いよ。母さんが本気で縫ったんだから」
姉は少し笑った。その時、俺は決めた。この人を、このまま帰らせてはいけない。母の着物を着た日の記憶が、あの笑い声で終わってしまう。それだけは、どうしても嫌だった。
俺は島さんも呼んだ。
「島さん、この会場を少しだけ貸してください。大きい部屋でなくていい。20人くらい入れば十分です」
「かしこまりました。若草の間が開いております。ただいま、すぐにご用意いたします」
「あの、七尾社長。今回のことは、あなたを責めるつもりはありません。ただ、姉にちゃんと祝福される時間を作りたいんです。それだけ手伝ってください」
島さんは胸に手を当てて一礼し、走っていった。あの年齢の人が全力で走るのを、俺はあの時初めて見た。
俺は秘書の栗原に電話をかけた。
「連絡がつくもので、来られる人間を集めてくれ。強制じゃない。1時間以内。人数は何人でも」
「要件は何と伝えますか?」
「俺の姉の結婚式が中止になった。だから、姉の祝いの会をやる。そう言ってくれ」
栗原は3秒黙ってから、「承知しました」と言った。電話を切って顔を上げると、ロビーの隅に見覚えのある人が立っていた。茶色のジャケットの、白髪の男だった。
「七尾先生」
「早めに出た。そのせいで気づくのが遅れた。二度、中に入ろうとした。二度とも、部外者だとホテルの人間に止められた。情けない話だ」
先生の顔を見て、俺は全て見られていたことを知った。
「姉さん」
先生は姉の前に行って、まっすぐ立った。
「沢谷です。19年前、職員室で頭を下げていただいたものです」
姉の手が、袖から落ちた。招いてはいても、この騒ぎの後で本当に来てくれているとは思っていなかったのだと思う。
「あの時言えなかったことを言います。あなたは間違ってなかった」
姉の目から、また涙がこぼれた。先生はそれ以上何も言わずに、一歩下がって背筋を伸ばしたまま腰を折った。
若草の間には、大きな窓があった。外は6月のよく晴れた土曜で、光がまっすぐ入ってきていた。島さんがどこからか白い花を集めてきて、テーブルの真ん中に置いた。姉はその真ん中に立たされて、袖の中で手を組んだりほどいたりしていた。
「もういいよ。こんなことしなくても、良くない?」
「こんなの、誰も……」
そこで扉が開いた。入ってきたのは、着物を着た小さな老婦人だった。付き添いの若い女性に腕を支えられていた。九瀬さんだった。姉が息を飲んだ。
「玄関で支配人さんに教わってね。遅くなって、ごめんなさい。あやさん、よく似合ってる」
姉はその場に座り込みそうになった。俺は横から支えた。九瀬さんは姉の袖に手を触れた。
「さちさんの手だわ。30年ぶりでも、分かる」
その後、扉は何度も開いた。うちの社員が来た。最初は5人、次に10人、最後には40人くらいになった。休みの日に私服のまま来た者がほとんどだった。営業の人間もいれば、経理も、システムの担当もいた。何人かは作業着のままだった。途中で島さんが黙って仕切りの襖を外し、隣の部屋とつなげてくれた。
黒田さんはその次に、息を切らして入ってきた。
「バカ。式が中止なら、もっと早く言え」
「すみません」
「花屋に寄ってきた。どこに置けばいい?」
黒田さんは花束を両手に抱えていた。それを押し付けるように、姉へ渡した。
「あやさん、こいつね、酔うと姉さんの話しかしないんですよ。俺は15年、こいつの仕事を見てきました。こいつは変なやつだけど、人をいい加減に扱わない。それだけは本物です。そういう人間に育てたのは、あなたです」
姉は花束を抱えたまま、何度も口を開けて、その度に声にならずにいた。
そして最後に、扉が開いた。車椅子だった。押していたのは、うちの総務の若い社員だ。車椅子に座っていたのは、小坂はるさんだった。
「おばちゃん」
姉の声が裏返った。
「港君がね、車を回してくれたんだよ。断ったのにさ、玄関先まで来られたら、乗るしかないだろう。朝の8時から乗ってきてね、『式が始まるまで車でお待ちください』って言われて、それがいつまでも始まらない」
「腰が痛いなら、寝てりゃいいって。横になれる車だってさ。世の中には便利なもんがあるね」
車の手配は栗原任せで、俺は忘れていた。はるさんは車寄せで待っていて、集合の連絡のついでに、秘書の栗原が運転手へ電話をしたのだという。式に間に合うようにと思って抑えた車が、こういう形で役に立った。
はるさんは姉の手を握った。
「あやちゃん、あんたね、うちに来て30年だよ。30年、遅刻の一回もなかった。休んだのは、熱で倒れた2日と、倒れて運ばれたその次の日だけだ。その2日だって、はるさんがわざわざ家に来たんだよ。高校の制服のまんまでさ、学校も休んで、頭を下げに来た。私はあれで泣きそうになった。あんたに店を渡した時、私は肩の荷が降りたんだ。あの子が出てってから、私はずっと一人だと思ってた。でも、違った。あんたがいたんだ。だからさ、今日はあんたが幸せになっていい日なんだよ」
姉はそこで崩れた。車椅子の膝に顔を埋めて、泣いた。角隠しがずれて落ち、白い髪型が出た。誰も直さなかった。はるさんが姉の頭を撫でていた。
その姿を見ながら、俺は姉の頭から落ちた角隠しを拾って、荷物のところへ置きに行った。椅子の上に、運ばれてきた大きな風呂敷と、空になった白い紙袋が置いてあった。
「ここに、着物と長襦袢と帯と小物の箱が入っていた」
それを全部一人で抱えて、姉は電車で東京まで来たのだ。車を出すと言ったら、断られた。荷物くらい自分で持てるというのが、あの人の理屈だった。
角隠しを包んでおこうと思って、俺がその風呂敷を広げた。その時、中から紙が一枚落ちた。古い紙だった。角が丸くなって、字が薄くなっていた。「預かり証」と書いてあった。その下に「正時呉服店」とある。日付は19年前の3月だった。預けた人の欄に、丸くて大きな字で「七尾 あや」と書いてあった。授業参観のプリントの保護者の欄で見たのと同じ字だった。品名の欄にこう書いてあった。「黒地、藤、裾模様、引き振袖1枚」。藤の裾模様の黒い花嫁着物が一枚。あの着物のことだった。金額の欄は、何かで濡れたのか、にじんで数字が読めなかった。
俺は紙を持ったまま、動けなくなった。背中で声がした。
「見ちゃったね」
姉は俺の腕を取って、部屋の外の廊下へ出た。扉が閉まると、音が急に遠くなった。姉が立っていた。目が晴れていた。
「捨てられなくてね。ずっとそこに入れてるの」
「姉ちゃん」
「うん」
「これ、俺の入学金だろ」
姉は否定しなかった。
「あの時ね、あと一つだけ残ってたの。道具は売ったし、お母さんの着物も、普段着の方は先に売ってた。残ってたのが、それだった」
「なんで言わなかったんだよ」
「言ったら、あんた行かないでしょ」
姉はそう言って、少し笑った。
「3ヶ月で流れちゃったの。質屋さんはね、期限までにお金を返せないと、預けたものがお店のものになるの。流質って言うんだって。たださんは、利息だけでも入れれば伸ばせるって、何度も言ってくださったんだけど、その利息も払えなくて。そしたら、たださんがね、流れた分を売りに出さないで、奥にしまっといてくれたの。いつでも取りに来い、取っておくって。もう私のものじゃないから、買い戻すしかないの。先に別のところの借金を返して、それから買い戻し。毎月ちょっとずつ。終わるまでに7年かかった。戻ってきたのが12年前。それからはずっと、箪笥にあるよ」
墓で姉が言った言葉を思い出した。「この子は東京で一回もお金の無心をしてこなかった」と。俺が無心しなかった分が、そのまま毎月あの店へ行っていたのだ。
俺はその場にしゃがみ込んだ。立っていられなかった。手の中の紙が震えていた。
「7年」
「うん」
「その7年、俺は何をしてた?」
「会社作ってたじゃない。順調だよって、電話で言ってた」
姉は俺の肩に手を置いた。
「あのね、港。私はあれを不幸だと思ったことは、一度もないの。取り戻すものがあるって、結構いいものなの」
「姉ちゃん、袖のしつけ、かかってるけど」
「あ、美容室の人に、そこだけは外さないでくださいってお願いしたの。お母さんが最後にかけた糸だから。一度抜いたら、もう二度と同じようにはかからないでしょ」
その時、後ろから九瀬さんの声がした。
「あやさん、ちょっと」
部屋へ戻ると、九瀬さんが姉の袖の付け根を裏返していた。白いしつけ糸をそっと避けて、その下を見せた。
「分かりますか? この下にあるのが、袖を本当に繋いでいる縫い目だった。米粒より細かい目が並んでいて、その途中から幅が急にばらついていた」
「ここまでは、さちさんの普段の手です。あら、揃っているでしょう。ここから先が違う。針を押す指に力が入らなくなってからの目です。痛くて押せない。それでも押した。その人の手の跡です。この人は、最後の何日かをここに使ったんですよ」
俺はその乱れた縫い目を見た。7歳の夏に、俺が「ここ下手になってる」と指さした場所だった。母がこれを病室で縫っていたことは、俺も知っていた。丸椅子に座って、それを見ていたのだから。知らなかったのは、あの乱れが何なのかだ。指に力が入らなくなってからも、母はあの袖を縫っていた。自分がもう起き上がれないと分かっていて、それでも娘の肩を出していた。いつか着る日のために。
俺はそれを7歳の夏に指さして、「下手になってる」と言ったのだ。
「姉ちゃん」
俺は立ち上がった。姉の前に立って、まっすぐに見た。
「俺にとって、姉ちゃんは親で、家族で、俺に人生をくれた人です」
「何、急に敬語」
「今日は言わせて。俺が会社をやれてるのは、俺がすごかったからじゃない。姉ちゃんが自分の人生を削って、俺を育ててくれたからだ。進学も和裁も結婚も、全部後に回して。それで、この着物まで手放して。俺はその上に立ってた」
姉は首を横に振った。
「違うよ。私はね、そんな立派なこと考えてなかった。あの日、おじさんたちが来た時、私は難しいことなんて何も考えられなかったの。ただ、あんたに生きて欲しかっただけ。それだけだったの」
部屋の中は静かだった。40人の社員も、沢谷先生も、九瀬さんも、はるさんも、黒田さんも、誰も何も言わなかった。ただ、そこにいてくれた。俺の目から涙が落ちた。人前で泣いたのは、7歳のあの夜以来だった。
「うん。だから、今度は俺が姉ちゃんを守る番だ」
しばらくして、姉は目をこすって立ち上がった。そして、部屋にいる人たちの方へ向き直った。
「あの、私、人前でご挨拶したことがなくて、うまく言えないんですけど」
姉は一度言葉を切って、深く息を吸った。
「皆さん、ありがとうございました。私は今日、いらないと言われた人間なんですけど、こんなに人が来てくださって、私、ちゃんと生きてきたのかもしれないと、今初めて思いました」
部屋のあちこちで、すすり泣く声がした。うちの若い社員が、隠しもせずにしゃくり上げていた。黒田さんが「よし」と言って、手を叩いた。それに釣られて、部屋中が拍手になった。姉は何度も何度も、頭を下げていた。
俺は上着から財布を出して、中から小さな銀色のものを取り出した。母の指ぬきだ。19年間、一度も出したことがなかった。俺はそれを、姉の手のひらに乗せた。
「返す」
「なんで?」
「俺はもう、お守りがなくても立てるから。今度は姉ちゃんが持ってて」
姉は指を握りしめて、そこでこれまでで一番大きな声で泣いた。
会が終わったのは、午後3時を回った頃だった。姉はホテルの美容室で着物を脱いだ。九瀬さんが横に付きっきりで、まず陰干しにかけさせた。汗を含んだまましまうと、虫食いになるのだそうだ。夕方まで風を通してから、畳んで風呂敷に包んだ。箪笥と同じ形になった。
帰りの新幹線で、姉は座って5分で眠った。口を半分開けて、頭を窓の方に傾けて眠っていた。俺はその横で、ずっと外を見ていた。
家に着いたのは夜だった。姉は荷物を置いて、箪笥の一番下の引き出しを開けて、風呂敷をしまった。それから台所へ行って、湯を沸かした。
「お茶でいい?」
「うん」
「明日、店は閉めるね。3日くらい」
「そうしなよ」
「まとめて休むなんて、30年で初めてだ」
姉はそう言って笑った。笑ってから、少し黙った。
「港、今日はありがとう」
「うん」
「あのね、私、悔しくないの」
「嘘だろ?」
「本当。悔しくないの。恥ずかしいの。あの人たちに笑われたのが恥ずかしいんじゃなくてね。47年生きて、自分がどこにも根っこがないような気がしたのが、恥ずかしかったの」
姉は湯飲みを両手で包んだまま、動かなかった。
「港、あの契約、本当に捨てたの?」
「捨てた」
「私、また借りを作っちゃったね」
「違う」
俺は首を横に振った。
「あれは、俺が俺の会社のために決めたことだ。人を笑い者にする相手とは組めない。姉ちゃんの借りじゃない」
姉は何か言いかけてやめた。それから、小さく「そう」と言った。
「一つだけ言っていい?」
「うん」
「顔合わせの時、一度だけ言われたの。『育ちが知れますね』って。あの人のこと、まだ少しだけ好きなの。それが一番嫌」
「うん」
「でも、好きだから許すっていうのは、もうやめる」
俺は何も言えなかった。
俺は会社に1週間の休みを申請した。社長が自分で自分に休みを出すのは妙な話だが、そうしないと帰れない体になっていた。取締役会と解約通知だけは、姉の家の台所から電話で片付けた。黒田さんに「社長がいない方が早い」と言われたからだ。
その間、姉はほとんど寝ていた。昼まで寝て、起きてテレビをつけて、また寝る。何もしない日を、俺は姉の人生で初めて見た。4日目に、姉はやっと洗濯物を干した。5日目に、店の掃除をした。そういう順番でいいのだと思う。倒れた人が、すぐ立てるわけがない。
6日目に、姉は店を開けた。俺はカウンターの端に座って、それを見ていた。開店と同時に、常連の年寄りが3人まとめて入ってきて、誰も何も聞かなかった。町の人は噂で少しは知っていたと思う。それでも、誰も聞かなかった。その日の売上は、いつもの倍だったそうだ。
その週、俺は一人で正時呉服店へ行った。引き戸を開けると、たださんは帳場で新聞を読んでいた。俺の顔を見て、新聞を置いた。
「聞いたよ。偉いことだったな。この前は、すみませんでした」
「いや、わしが口を滑らせたんだ」
俺が姉に断って持ってきた預かり証を台に置くと、たださんはしばらくそれを見て、老眼鏡を外して目を抑えた。
「わしはな、あの子が持ってきた時、断ろうとしたんだ。あんなものを、うちみたいな店に持ってくるもんじゃないって。そしたら、あの子が言うんだよ。『弟の入学金なんです』って。28になる娘が、そんな顔で言うんだ。断れるかい?」
「値段は言わん。たださん、言わんよ。あんたが聞いていい気持ちになる額じゃない」
たださんは預かり証を、俺の方へそっと押し返した。
「それは、あんたの姉さんのもんだ」
それから新聞を畳んだ。
「着物ってのはな、質草としては大した金にならんのだ。今はもう、誰も着ないから。わしはあの子に、うちで出せる一番上の額を出した。それでも足りない額だった。足りない分は、あの子が別のところで作ったんだろう。俺は聞かなかった。姉が言わなかったことを、今更俺が暴くのも違う気がした。俺は帳場の木の目を見ていた。
「あんたはもう、姉さんから聞いたんだろう。3ヶ月で流れた。当たり前だ。あの子に返す金があるわけがない。流れたもんは、うちのものになる。売ってもいい。売るのが商売だ。うちの女房がな」
たださんはそこで声を詰まらせた。
「あれが『駄目だ』って。これは売っちゃいけない。この着物は、あの子が取りに来るって。そう言って、自分で畳み直して、紙を新しいのに変えて、しまい込んだ。年に一度、倉から出して風を通してた。女房が死んでからは、わしがやった。着物はな、しまいっぱなしにすると死ぬんだ。女房はそれから2年で死んだよ。わしは女房の言いつけを守っただけだ。偉いのは、わしじゃない」
「奥様の名前を教えてください」
「なんでだ」
「線香を上げさせてください」
たださんは黙って立ち上がって、奥の仏間へ通してくれた。小さな仏壇に、丸い顔の女の人の写真があった。俺は線香を上げて、長いこと手を合わせた。
九瀬さんが家に来たのは、その次の週だった。俺はもう東京に戻っていたので、後で姉から聞いた話だ。九瀬さんは玄関に立ったまま、29年前と同じように頭を下げて、こう言ったという。
「あやさん、うちに行きなさい。毎年お正月、あなたが来るたびに言おうとして、やめました。人に決められてきても、あなたは続かないから。でも、今日は言います。29年前は住み込みでしか教えられなかった。今は違います。週に2日でも3日でも、通いでいい。私が台の前に座っていられるうちに、それだけ言いに来たの」
姉は即答しなかった。その夜、姉から電話がかかってきた。
「港」
「うん」
「九瀬先生に、うちに来なさいって言われた」
「そう」
「もう47だよ。今から手なんて作れないよ」
「そう」
「何、その返事?」
別に、俺は何も言わなかった。言いたかった。行けばいい。金は出す。店は畳めばいい。住むところは用意する。全部言いたかった。言えば、姉は行くだろう。俺の言うことを、この人は最後には聞く。
はるさんの言葉を思い出したのだ。「自分で幸せになるのを邪魔するな」と言われていた。俺は今まで、姉の人生を代わりに決めようとしていた。仕事をやめろ。家を直させろ。会社に来い。早く幸せになれ。全部、俺の都合だった。
「姉ちゃんが決めなよ」
「え?」
「俺は何も言わない。相談されたら聞くけど、決めるのは姉ちゃんだ」
「冷たいね」
「冷たくない。今までが余計だっただけ」
電話の向こうで、姉が小さく笑った。
「そっか。じゃあ、ちょっと考える」
姉が答えを出したのは、それから3週間後だった。電話ではなかった。メッセージが一通だけ来た。
「九瀬先生のところへ通うことにしました。週4日。店は週2日にします。もう47だけど、やってみます。お母さんの立ち針、持っていきます。あれだけは取ってあったから」
その下にもう一通あった。
「お母さんの着物、いつか自分の手で仕立て直せるようになりたいので」
俺はその文を会社の廊下で読んだ。読んで、壁に手をついて、しばらくそこから動けなかった。通りがかった社員に「大丈夫ですか」と聞かれた。「大丈夫です」と答えた。声が変になっていたと思う。
篠の食品との契約は白紙になった。基本合意の解消通知を出したのは、式の3日後だ。違約金の定めはないと、顧問弁護士に確認した上での通知だった。うちの取締役会は満場一致だった。黒田さんは「うちも痛い。3年は響く。それでもやると言った」と。理由の欄には、「信頼関係の欠如」とだけ書いた。
あの日、大広間にいた人たちの中には、篠の食品の取引先が何人もいた。話は自然に広がった。俺が何かをしたわけではない。半年のうちに、篠の食品は主要な取引先を3社失った。物流の立て替えは5年遅れることになったと聞く。篠原介さんは営業を外れて、系列の小さな会社へ移った。婚約披露をしていた相手との話も、なくなったらしい。
そこまでだ。俺はそれ以上、何もしなかった。訴えることもできたし、公表することもできた。弁護士にも「材料はあります」と言われた。やらなかった。やれば、姉の名前が出る。あの日のことが、面白い話として世の中に流れる。姉の人生を、これ以上あの人たちのために使いたくなかった。
あれから2年が過ぎた。姉は49歳になった。今は週に4日、九瀬さんのところへ通っている。朝の8時に行って、夕方まで台の前に座っている。春食堂は週に2日だけ、昼の間開けている。常連の年寄りたちが「週2じゃ足りん」と文句を言う。それを姉は楽しそうに聞いている。
最初の1年は、ほとんど雑巾のような布を縫っていたそうだ。
「運針だけで半年」
「半年?」
「そうだよ。まっすぐ縫えるようになるまで、半年かかったの。先生が『まだ曲がってる』っていうの。自分ではまっすぐなのに」
姉はそう言いながら、指を見せた。人差し指の横に、細い当たりだこができていた。中指には、あの銀色の指ぬきがはまっていた。付け根に、もううっすらと硬くなった場所があった。母の手のたこと、同じところだ。
俺はそれを見た時、何と言えばいいか分からなかった。綺麗だとも、痛そうだとも言えなかった。姉の方が先に言った。
「お母さんの手に、ちょっと近づいた」
縫い始めて1年が過ぎた頃、姉は初めて人の着物に手を入れた。近所の人が、亡くなったお母さんの黒留袖を持ってきた。あの黒留袖だ。秋に娘さんが式を挙げるので、自分がそれを着たい。でも、背丈も腕の長さも合わない。そういう相談だった。九瀬先生は横につくだけで、手は出さなかったそうだ。肩から手首までの肩幅を出して、仕立て直す。解いたのも縫ったのも、姉だった。
姉はその仕事に、3週間かけた。九瀬先生に言わせると、1週間でできる仕事らしい。
「解くのが怖くてね。人のお母さんの着物なんだよ。手が震える。でも、解かないと直せないの。それを全部外して、内側に折り込んである布を出して、仕立て直すの。留袖はね、下にもう一枚重ねて着ているように見せる白い布が縫いつけてあって、それも一緒に動かすから、手間が倍なんだって。壊してから直すんだ。そう、着物ってそういうものなんだって、九瀬先生が言ってた」
式の後、その人が店に来て、姉に頭を下げていったという。式の日、花嫁になった娘さんが、その袖を何度も撫でていたそうだ。「おばあちゃんの着物だね」と言って。それを見て、お母さんは泣いてしまったのだと。
その話をする時の姉の顔を、俺は一生忘れないと思う。誰かの役に立ったという顔ではなかった。自分の手で何かを最後までやり切った人の目だった。姉はその年になって、初めてその顔をした。
九瀬さんは91歳になった。まだ台の前に座っている。「私はね、あやさんに教えるために長生きしたのかもしれない」と笑うそうだ。姉は「縁起でもないこと、言わないでください」と怒るらしい。
小坂はるさんは、施設に入った。姉は月に2回、煮物を作って持っていく。去年、はるさんの息子さんから連絡があったそうだ。何十年ぶりかで、電話が一本かかってきただけだと聞いた。それでも、はるさんはその話を、会う人ごとにしているらしい。
沢谷先生は、地元の高校で週に何度か補習を見ている。「暇なんだ」と言い張っている。去年、俺に一通だけ葉書を寄こした。「取りこぼしは、まだ取り返せることが分かった。沢谷」。たった一行だ。俺はそれも、あの箱に入れてある。
たださんの店は、去年畳んだ。看板だけは外さずに残してある。
叔父からは、式の後で一度だけ手紙が来た。俺は返さなかった。
そして、俺だ。俺は仕事の仕方を変えた。会議の数を減らして、判断を人に渡した。黒田さんには「遅い」と怒られた。月に一度は地元へ帰る。金曜の夜に帰って、日曜の夜に東京へ戻る。春食堂のカウンターの端が、俺の席だ。中学生の頃と同じ席に座って、姉の作る煮物を食べる。
家の台所の窓辺には、あの空の容器がまだ置いてある。
去年の秋、俺はあの箪笥の前で、姉が着物を畳んでいるのを見た。年に一度の虫干しの日だ。縁側の日の当たらないところに衣桁を出して、黒い着物をかけて風を通していた。裾の白い藤の花が、障子の柔らかい光の中に浮かんでいた。
俺は縁側に座って、それを見ていた。その日の風が、着物の裾を少し持ち上げて、また下ろした。あの日、ホテルの床の上に流れていたのと同じ布だ。不思議なもので、この家の縁側にあると、それはただの着物に見える。母が縫った、綺麗な着物だ。それ以上でも、それ以下でもない。あの日の笑い声は、この布のどこにも残っていなかった。
「姉ちゃん、その着物さ」
「うん」
「もう、嫌な思い出になっちゃったかな?」
姉は手を止めて、少し考えた。それから笑った。
「うん。あんたが『綺麗だ』って言ってくれたから。ちゃんと、大切な着物のままだよ」
俺は返事ができなかった。喉の奥が熱くなって、瞬きを何度もした。姉は着物を畳み始めた。母から教わった通りの順番で、皺を伸ばしながら畳んでいく。袖の内側には、また白い糸が渡してある。あの日、解かなかった母のしつけはそのままに、姉が自分の手で新しいしつけを掛け出したのだ。目の感覚は、まだ少しだけ揃っていない。
姉は畳みながら言った。
「私ね、やっと分かったの」
「何が?」
「私は、誰かのお嫁さんになる前に、ちゃんと自分の人生を幸せにしていいんだね。今まで、それが自分に許されてない気がしてたの。弟がいるから、お金がないから、若くないから。理由なんて、いくらでもあったし。でも、全部私が自分に出してた宿題だった」
姉は帯の紐を結んだ。あの夏の縁側と同じ手つきだった。
「当たり前だよ。姉ちゃんは、誰よりも幸せになっていい人なんだから」
姉は他の紐を持ったまま、急に思い出したように言った。
「そういえば、あんたはどうなの?」
「何が?」
「何があんたの幸せ?」
「俺は仕事が……」
「はい、それ禁止」
姉は俺の言葉を途中で切った。
「あんた、私に散々言ったでしょ? 自分のこと考えろって。今度は私が言う番。港、あんたも自分の人生を幸せにしていいの?」
俺は返す言葉がなかった。何年もかけて姉に言い続けた言葉が、そっくりそのまま帰ってきた。返されて初めて、その言葉がどれだけ重かったのかを知った。
「考えとく」
「考えるだけじゃ、だめ」
「分かったよ」
姉は風呂敷を胸に抱えたまま、こっちを見て笑った。荷物を下ろした人の顔だった。その顔を、母にも見せてやりたかったと思う。いや、多分、見ている。母は最後の何日かを、あの袖に使った人だ。今も、あの糸のところに、ちゃんといるのだと思う。
篠の家になるはずだった人たちにとって、姉の結婚式は冗談だったのかもしれない。でも、俺にとってあの日は、親代わりに俺を育ててくれた姉に、本当の恩返しができた日だった。



