「貧乏人が何しに来たの?」
姉の声が銀行のロビーの隅までよく通った。私の隣で夫は作業着のままだった。朝まで工場にいて、着替える間もなく来たのだ。ロビー担当の女性が近づいてきた。
「星野様でいらっしゃいますか?」
夫が口を開きかけた。その前に姉が割り込んだ。
「まだ町工場やってるんだ」
上から下まで夫を見る。
「ここ、企業とか資産家のお客さんが多いんだけど」
そこから声を張った。
「私の夫、ここの支店長だから」
順番待ちの椅子の人たちがこちらを見た。窓口の行員も顔を上げて、それからすぐに手元へ目を戻した。私は何も言い返さなかった。夫も何も言わなかった。姉は満足そうに笑っている。六年経っても、この人は何も変わっていなかった。
この日、正午になる前にこの店の空気が変わる。姉も、姉の夫も、後から来る私の両親も、まだ何ひとつ知らない。
話は六年前の一月に戻る。姉が写真を一枚見て「作業着の男」と言ったあの日に。
私は星野ななみ。夫の会社で総務をしている。経理から入って、今は採用も労務も総務も引き受けている。夫の名前は星野勝也。鳩取市の外れで精密部品を作る会社の社長だ。結婚して六年になる。その六年の間、実家で私が何と呼ばれてきたか。「町工場のお嫁さん」。それだけだった。
六年前の一月十一日、父が長く世話になってきた大坂健造さんが封筒を持って家へ来た。もう会社を畳んで、七十を過ぎた人だ。大坂さんは座敷に上がると封筒を一つ座卓の上に置いた。
「上野さんにどうかと思いましてな」
中身は釣書と写真だった。相手は鳩取の工場を継いでいる三十一歳の男性。父はそれを見て、写真だけを姉の方へ滑らせた。
「星野さんのところは仙台とは若い頃からの付き合いでしてな。息子さんは腕がいい。工場は古いが、あそこはこれから伸びますよ」
父は「ほう」と言った。それだけだった。私は台所から茶菓子を運びながら、その言葉を聞いていた。後で思えば、あの日いちばん大事なことを言ったのは大坂さんだった。ただし、その言葉を座敷の外へ運んだ人間は一人もいなかった。
姉の玲華は三十歳。都心の会社に務めていた。休みの度に実家へ帰ってきては母に洋服を買わせて帰る人だった。玲華は写真を一秒も見なかったと思う。指先で摘まんですぐに言った。
「作業着の男」
父が咳払いをした。
「大坂さんのお世話だぞ」
「だって作業着だよ。お父さん、写真くらい撮り直させなよ」
その夜、玲華は自分の部屋で会社名を調べたらしい。翌朝、食卓で言った。
「見た? あんな古い工場に嫁ぐとか無理」
母が注ぎながら聞いた。
「そんなに古いの?」
「屋根が波板だった。うちの物置きと同じ」
玲華は携帯の画面をこちらに向けた。地図の航空写真だった。細長い建物が二棟あって、隣に資材置き場のようなものが映っている。
「これで社長って言われてもね。働いてる人は二十人ちょっとって書いてあった。二十人だよ」
母は「あらまあ」と言った。玲華はパンを半分残して立ち上がった。
「油臭い生活なんて絶対嫌。断って」
その後、母は電話で親戚のおばに話していた。玲華にお見合いの話が来たこと。ただし断ったこと。相手が小さな工場だったこと。母の声はよく通った。「うちの玲華にはね」というところだけ少し高くなった。
それで話が終わればよかった。ところが父は困っていた。大坂さんは父の務める製作所の元上司で、父が今の部署に残れているのもその人の口添えがあったからだ。断り方を間違えると角が立つ。父はそういう計算だけは早い人だった。
一月の終わりの夜だった。夕食の後で父が私を呼んだ。台所で洗い物をしていた私は手を拭いてから座敷へ行った。父はもう座卓の前に座っていて、あの封筒をまた出していた。
「先方との関係上、この話を完全に潰したくない。お前が一度会ってみろ」
私は父の顔を見た。父は封筒を見ていた。
「玲華が断ったって大坂さんには言えないの?」
「言えん。まだ何も見ておらんことになっとる」
つまり私は、姉が断ったことを隠すための一人だった。断りに行く役でもいい。とにかく一度「柏村の娘が会いに行った」という形がいる。父が欲しかったのはそれだけだ。
母が台所から出てきて、麦茶を二つ置いた。そして悪びれもせずにこう言った。
「玲華にはもっと条件のいい人が来るけど、七美なら町工場でもいいじゃない」
母は本当に悪いことを言った顔をしていなかった。麦茶が余ったから飲みなさい、というのと同じ調子だった。何かひどいことを言われた時より、その方が応えた。私は湯のみを両手で持って返事をしなかった。
「条件のいい人」。母の中には確かにその物差しがあるのだ。そして私は、その物差しのどの辺りに置かれているのかを二十年以上かけて教えられてきた。父はもう先の話をしていた。
「二月十一日だ。祝日だから向こうも都合がいい。もう先方に伝えてある」
私の予定は誰も聞かなかった。私はその日、勤めていた会社の棚卸しに入る予定だった。年に二回しかない日で、経理は全員出る。後で上司に頭を下げて、同僚に変わってもらった。同僚は「お見合い」と笑って引き受けてくれた。私は笑えなかった。父にそのことを言おうとしてやめた。言えば「なら断るか」と言われる。断られて困るのは父で、困った父が家の中で不機嫌になると、一番長く付き合わされるのは母ではなく私だった。
翌朝、玲華が私の部屋に顔を出してこう言った。
「別に取ったって思わないでよ。いらないから回しただけだから」
私は「うん」と言った。姉と比べられて育った。学校の成績も、進学先も、就職先も、母は必ず並べていった。「玲華はこうだったけど七美は」。私はその度に並べられる側の位置を覚えていった。写真立ての写真は姉が二枚で私が一枚だった。ピアノは姉が習って、私は姉の楽譜をめくる係だった。それを不公平だと言ったことはない。言えば「同じようにしてるでしょう」と返ってくるからだ。数えているのは私だけで、数えていること自体が恥ずかしいことのように扱われた。
だから、姉がいらないといったものが自分に回ってくることに、その頃の私はもう驚かなくなっていた。腹も立たなかった。腹を立てるには、自分にも同じだけの価値があると思っていなければならない。私はそれを思えないまま二十七歳になっていた。
前の晩、私は家に断りの言葉を詰めるようにして眠った。姉が断ったこと、私はその代わりであること。それを正直に話して詫びて帰ってくる。そこまでは決めていた。父は最後にもう一度だけ封筒の中の写真を確かめていた。「断られた時にどう言うか」を多分考えていた。
私は断りに行くつもりで、姉が拒んだ相手に会いに行った。六年前の二月十一日、鳩取駅前のホテルの二階の喫茶室だった。祝日の午前で、窓際の席はほとんど埋まっていた。大坂さんが先に着いていて、その隣に星野勝也さんが座っていた。写真の人だとすぐに分かった。ただ写真とは違ってスーツを着ていた。何度も袖を通したとは思えない、肩の張ったスーツだった。
「星野勝也です。今日はありがとうございます」
腰を上げて挨拶をする。声は低くて、思ったより静かだった。握手はしなかったけれど、私はその人の手を見た。指の関節が太くて、爪の周りが荒れていた。爪の縁に細い黒い線が残っている。洗っても落ちない種類の汚れだ。姉が写真を一秒で捨てた理由が、その手を見て分かった気がした。姉が見たのは「作業着」で、この人の場合、作業着は服ではなくて仕事の方だった。姉にはその区別がなかった。
大坂さんは三十分ほど世間話をした。話の半分は星野さんの仙台のことだった。若い頃二人でよく釣りに行ったこと。仙台が機械を一台入れるのに三年迷ったこと。その仙台が、息子の持ってきた図面を見た時だけはその日のうちに反応したこと。
「その時、勝也さんがなんて言ったと思います?」
大坂さんが私の方を向いた。
「『うちのはわしより手がいい』と」
勝也さんは黙ってコーヒーを飲んでいた。褒められたことを流すのが上手な人だと思った。
それから大坂さんは伝票を持って立ち上がった。
「あとは若い方同士で」
残されたのは私と、姉が断った人だった。窓の外で駅前のロータリーにバスが入ってきた。人が降りて、また乗った。私は膝の上で鞄の持ち手を握った。前の晩に決めていた順番通りに話すつもりだった。
「星野さん」
「はい」
「先に謝らせてください。この縁談は元々姉に来た話です。姉が断りました。父が断ったことを大坂さんに言いたくなくて、それで私が来ました」
言い終わって、膝に手を置いたまま頭を下げた。喫茶室の音がやけに大きく聞こえた。皿の音と誰かの笑い声。顔を上げた時、星野さんは怒っていなかった。困った顔もしていなかった。ただまっすぐ私を見ていた。
「教えてくださってありがとうございます」
「いえ、こちらこそ本当に申し訳」
「じゃあ、この話は一度終わりにしましょう」
私は言葉の途中で止まった。
「え、終わりに、します? あの、私が失礼を」
「違います」
星野さんはカップの縁を親指でなぞった。それから首を横に振って、ゆっくり言った。
「誰かの代わりとして結婚する話なんて、あなたにも失礼ですから」
私はその意味をすぐに飲み込めなかった。「失礼」。誰に対して? 私は自分が失礼をしに来たと思っていた。姉の代わりに来た娘として、断られて当然だと思っていた。だからこの人は私に断られたことを教えてやっているのだと思った。違った。この人は私が「代わりに使われた」ことを失礼だと言っている。
「ご家族には、私の方から断ったことにしておきます。大坂さんにもそう言います。それならお父さんも困らないでしょう」
「どうしてそこまで」
「困らせたいわけじゃないので」
それだけだった。理屈も説教もなかった。私はもう一つだけ聞いた。
「怒らないんですか?」
星野さんは間を置いてから答えた。
「腹は立ちますよ。でも腹を立てる相手はあなたじゃないので」
その言い方が私にはうまく処理できなかった。腹を立てる相手を分けて考える人に、私は会ったことがなかった。家では誰かが不機嫌になれば、一番近くにいる者がそれを引き受けるものだった。私はその時二十七歳で、それまで自分がその場にいる理由を「自分の側から」数えてもらったことがなかった。姉の代わり。人数合わせ。留守番。役に立つ方の娘ではない方。私はいつも誰かの都合の中に置かれる駒だった。私を「私」として見た人は、あの時が初めてだった。
帰りの電車の中で、私は鞄を抱えたまま窓の外を見ていた。断る言葉は全部持っていったのに、一つも使わずに帰ってきた。
家に着いたのは午後二時過ぎだった。玄関を開けると、母が廊下に出てきた。
「どうだった?」
「向こうからお断りされました」
母は数秒黙って、それから息を吐いた。
「断られたの? あなたが愛想がないからよ。うん。もう少し笑いなさいよ。写真だってあなた真顔でしょ」
台所へ戻る母の背中を見ながら、私は靴を揃えた。座敷では父が電話をしていた。相手は大坂さんだった。
「いやあ、先方さんのご縁がどうとかで。うちの下の娘が引っ込み思案なもんで」
私は廊下で足を止めた。
「ええ、またご縁がありましたら」
受話器を置いた父はこちらを見て手を振った。後にしろという意味だ。断ったのは向こうだと、星野さんは約束通り言ってくれたのだろう。それなのに父はそこへ、自分の娘の性格を一つ足した。足す必要のない一言だった。
夕方、玲華が二階から降りてきた。私の部屋の前で足を止めて、ドアの枠に肘をついた。
「断られたんだって」
「うん」
「ま、そうだよね。私が言ってたら決まってたのに。もったいないことしたね、お父さん」
断ったのは玲華だ。会いに行ったのは私だ。断ったのは向こうだ。三つとも、玲華の中では順番が入れ替わっていて、そして誰も直さなかった。
その夜、母が父に言っているのが聞こえた。
「今度はもっと七美に合う話を探してもらいましょう」
合う話。「合う」というのは「釣り合う」ということだ。誰かが私の値段を決めていて、その値段に見合う相手を探すという意味だ。二十七年かけて、私はその値段の付け方を家の中で学んできた。上の娘が一で、下の娘が二。順番があるだけで悪意はない。悪意がない分、直しようもなかった。そして私は、その日会った人が値段の話をしなかったことを思い出していた。会社のことも、工場のことも、この人は自分からは何ひとつ言わなかった。
一週間後、私の携帯にあの人から短い連絡が入った。
「もう一度、代わりでなく会ってもらえませんか?」
それだけだった。私は返事を三日考えた。断るなら一行で済む。断らない理由を探す方が難しかった。結局私は「はい」とだけ送った。
二月の終わりに、鳩取駅前の喫茶店で改めてあった。今度はスーツではなかった。紺のジャンパーの下に、襟の擦り切れた作業着のシャツが見えていた。
「すみません。午前中まで現場にいたので」
「いえ。着替えた方が良かったですか?」
「私もこれ、いつもの服です」
星野さんは口元で笑った。笑う時、目の周りだけが動く人だった。その日は二時間ほど話した。話したのは、私の職場の棚卸しがどれだけ面倒かとか、勝也さんが前の年の夏に熱中症で倒れかけた話とか、そういうことだった。会社の話は一つも出なかった。何人いるのか、何を作っているのか、儲かっているのか。私は聞かなかったし、この人は言わなかった。後から思えば、私はこの時に気づいていた。この人は聞かれていないことを言わない。自分から自分を大きく見せる回路が、そもそもついていない。
三月から、月に二度か三度会うようになった。映画を見たこともあったし、川沿いを歩いただけの日もあった。勝也さんは待ち合わせにいつも十分早く来た。早く来て、立って待っていた。座って待たない人だった。理由を聞いたら、「座ると気が抜けるから」だと言った。
五月の終わりに工場へ連れて行かれた。その時まで、あの工場を見たことがなかった。トラックの助手席から見えたのは、姉が携帯で見せた航空写真そのものだった。細長い建物が二棟。屋根は波板で、雨が一箇所たわんでいる。中に入ると、音と匂いが同時に来た。機械の低い唸りと、油と金属を削った後の匂い。
「二十二名です」
勝也さんが言った。
「うちの全部です」
事務所は六畳ほどで、灰色のスチール机が四つ並んでいた。奥の壁に、油で角の茶色くなった図面が何枚も張ってある。奥から出てきた年配の職員さんが私を見て、手の脂を擦り拭いた。
「社長のお客さんかね」
「あ、はい」
「社長ってのはね」
その人は勝也さんの方へ顎をしゃくった。
「仙台のことだよ。こっちはまだ勝也君だ」
勝也さんが「勘弁してください」と言うと、工場の奥で誰かが笑った。私はそのやり取りを聞いていて、ここは怒鳴りのしない場所なのだと思った。
その日、工場には銀行の人が来ていた。若い男の人だった。私と同じくらいか、少し上くらい。ツーピースの上着を脱いで、白いシャツの腕をまくって機械の前にしゃがみ込んでいた。
「これ、この面ですか? うちの資料だと、ここは削らないことになってるんですが」
「その資料が古いんです」
勝也さんが図面を差した。
「うちはここを二段に分けて当てます。だから時間がかかる。でも、この寸法はよそでは出ません」
「よそでは出ないというのは、どのくらい出ないんですか?」
「今のところ、うち以外に出せているところを知りません」
銀行の人はしばらく黙って、それからメモを取った。私は離れたところで、借りた作業用の上着の袖を折り返しながら、その様子を見ていた。二人は一時間以上そこにいた。銀行の人は工具の名前を一つずつ聞いて、その度に手帳に書いていた。知ったかぶりをしない人だった。
帰り際、その人は事務所の机で書類を書いた。融資の申込書だった。上の方に何か印刷してあって、その下の欄にボールペンで数字を入れていく。書き終えると、その人は申込書の二枚目を切り離して、その用紙の下の方、何も印刷されていない白いところに短く何かを書き足した。そして、その面が内側になるように紙を二つに折って、勝也さんに差し出した。
「お預かりしていきます。こちらはお控えです」
「ありがとうございます。あの」
その人は上着を着ながら、一度だけ振り返った。
「今日、来てよかったです」
それだけ言って頭を下げて出ていった。
帰りに勝也さんは工場の裏へ回って、シートをかけた古い機械を見せてくれた。仙台が三年迷って入れた機械だという。
「もう使ってません。でも捨てられなくて」
「置いておけばいいと思います。使わないものを置いておける工場の方が、私は好きです」
勝也さんは黙ってシートの裾を直した。それから、こちらを見ずに言った。
「柏村さん」
「はい」
「代わりでなくて、言ったの覚えてますか?」
「はい」
「あれ、今も同じです。俺は柏村七美さんに来て欲しいと思っています」
機械の音が遠くで一度大きくなって、また戻った。私はその時返事をしなかった。できなかったからではない。声を出したら、多分変な声になっていた。
軽トラックで駅まで送ってもらう途中、私は聞いた。
「さっきの人、何を書いてたんですか?」
「条件です。金利とか、期間とか」
「その下の、折ったところは?」
勝也さんは前を見たまま、一拍だけ黙った。
「さあ」
本当に知らないのか、言わないだけなのか。私には分からなかった。ただ、その紙を勝也さんが上着の内ポケットに入れる時の扱い方が丁寧だったのは覚えている。
六月の初めに母から電話がかかってきた。
「まだ続いてるの?」
「うん」
「あんまり本気にならないでよ。あなた、代わりの話なんだからね」
代わりの話。母の中ではもうそういうことになっていた。私は「うん」とだけ言って電話を切った。切ってから、自分が「うん」しか言っていないことに気がついた。二十七年間、私はこの家に対して「うん」しか言ってこなかった。
七月に入って、私は自分から鳩取へ行った。工場ではなく、勝也さんの家の方だった。勝也さんの母親は、息子が高校生の頃に亡くなったと聞いていた。仏壇に線香を上げて、仙台の宗次郎さんに頭を下げた。宗次郎さんは湯のみを両手で持ったまま、長いこと何も言わなかった。それから一つだけ聞いた。
「うちは油の匂いがする家だが」
「はい」
「それでも来るかね」
「来ます」
宗次郎さんは「ふうん」と言って湯のみを置いた。褒めもしなかったし、喜びもしなかった。ただ、帰り際に玄関まで出てきて、私の靴の向きを直してくれた。
その年の夏、私は自分の意思で嫁ぐと決めた。
六年前の十月十九日。土曜日で、朝から雲の少ない日だった。式は鳩取の市街にある古いホテルであげた。派手なところではない。「宗次郎さんが知らない場所は落ち着かん」と言ったので、そこにした。母は「都内でも良かったのに」と三回言った。三回目に私は「ここがいいの」と答えた。
支度部屋で母が私の背中のボタンを見ながら言った。
「思ってたよりいいドレスじゃない?」
「そう。向こうが出してくれたの。半分は私の貯金」
母は「ふうん」と言って、それ以上聞かなかった。姉の時はこうじゃないんだろうなと思ったが、口には出さなかった。
式の時、私は父と腕を組んで歩いた。父の腕は思ったより細かった。歩きながら、父は一度だけ私にしか聞こえない声で言った。
「まあ、こういうのも悪くない」
何が悪くないのか、私には分からなかった。娘を送り出すことなのか、この程度の式で済んだことなのか。聞かなかったので、今も分からない。
親族の控室で父が宗次郎さんの席へ行った。私は廊下から見ていた。父は宗次郎さんの前で深く頭を下げた。
「この度は、うちの娘がご迷惑をおかけします」
宗次郎さんは首をかしげた。
「迷惑とは」
「いえ、何分、不器量な娘でして」
宗次郎さんは何も言わなかった。ただ「そうですか」とだけ言って、椅子に座り直した。「迷惑をかけるのはこれからだ」という意味の挨拶なら、日本中の親がしている。私もその時はそう思った。だからその場では何も感じなかった。感じるようになったのは、もっと後だ。
親族紹介では、二つの家の温度がはっきり違った。柏村の方は父が名前と続柄を早口で読み上げた。おばが一人、途中で「もう少しゆっくり」と言った。父は「はい」と言って、そのままの速さで最後まで読んだ。星野の方は宗次郎さんが一人ずつ紹介した。親族だけではなかった。工場の人たちが六人来ていて、宗次郎さんはその人たちも同じ調子で紹介した。
「うちの職工の篠田です。同じく小田島です」
私の母が小さな声で「あら、社員さんまで」と言った。姉が「人数合わせでしょ」と返した。違う。私はそれを言おうとして、言えなかった。あの六人は、勝也さんが自分で足を運んでもらってきた人たちだ。それを私は知っていた。知っていて、黙った。
大坂さんは両家の間の席にいた。名前を呼ばれると、立ち上がるのに時間をかけて、それから両手を膝に当てて頭を下げた。父は大坂さんの方を見なかった。
披露宴が始まって、父が挨拶に立った。マイクの高さを直すのに時間がかかって、司会の人が手を貸した。
「本日はお忙しいところ……」
父の挨拶は三分ほどだった。私はその三分の間、二つのことに気がついた。一つ、父は一度も「星野精密工業」と言わなかった。「鳩取で工場をなさっている星野さんのご長男」とだけ言った。会社に名前があることを、父は最後まで口にしなかった。二つ、父はこう言った。
「不器用な娘ですので、身の程に合った家にと思っておりました」
会場の何人かが笑った。謙遜だと思ったのだろう。私の同僚だった人たちは笑わなかった。「身の程」。私はその時、自分の白いドレスの膝の上で指を組んでいた。組んだ指の力の入れ方まで、今でも覚えている。その言葉が出た時、私は隣にいる人の手を見ないようにした。この人の家が私の「身の程」だと父は言った。それは私を下に置く言葉であると同時に、この家を下に置く言葉だった。
乾杯の後、披露宴になった。私の親戚の何人かが勝也さんの席へ来て話しかけた。
「工場は何人くらいいらっしゃるの?」
「今は二十二名です」
「あら、それは大変ね」
「ただ、うちは今大きい会社さんから声をかけていただいていて」
勝也さんが説明を始めようとした時だった。父がグラスを持って割り込んできた。
「まあまあ、硬い話は今日はなしにして」
「いえ、お父さん」
「ほら、乾杯のお代わりだ。おい、こっちにも」
父は勝也さんの言葉の上に、綺麗に自分の声を重ねた。その場は笑いになって、話は終わった。勝也さんはグラスを受け取って、それ以上言わなかった。これが一度目だった。
披露宴の終盤、玲華が「姉の代わりに一言」と司会に頼まれた。頼んだのは父だと後で知った。玲華はマイクを持って、照れたふりをしてから話し始めた。
「妹は昔から、私の後ろにいる子でした」
会場が優しく笑った。
「私が先に何かをやって、七美が後から同じことをやる。ずっとそうだったんです」
私は笑顔を作っていた。作りながら、玲華が一つも嘘を言っていないことに気がついた。事実だけで人を小さくすることは、こんなに簡単にできる。
「だから今日は、七美が先に結婚しちゃって、私ちょっと悔しいです」
拍手が起きた。玲華は上手だった。この人は、褒めているように聞こえる言い方で人の順番を確認するのが、昔から本当に上手だった。
その後、玲華が席を回り始めた。玲華は白に近い色の服で来ていた。母が「その色はどうかしら」と言ったのを、私は聞いている。玲華は「大丈夫だよ。ちゃんと違うし」と言って、そのまま来てきた。玲華は親戚の女の人たちのテーブルに携帯を置いた。
「見てこれ。七美の旦那さんの職場」
画面を覗き込む人が三人になり、四人になった。玲華は指で写真を大きくした。
「これが工場。ここに社長が立ってるの」
私は自分の席からその画面が見えた。勝也さんが旋盤の前に立っている写真だった。作業着の袖をまくって、手袋の甲で額の汗を拭っている。私が工場でもらった写真の一枚を、いつの間にか玲華が撮っていたらしい。
「社長って言うから、こう、なんかもっと」
玲華が肩をすくめた。テーブルから笑い声が上がった。
「でも七美に会ってるよね。そこがいいと思う」
その笑い声の輪の外側に、宗次郎さんの席があった。宗次郎さんはこちらを見ていなかった。前を向いたまま、テーブルの布の縁を親指で押していた。それから椅子をそっと引いて、立ち上がった。私は目で追った。宗次郎さんはロビーの方へ歩いていって、扉の向こうへ消えた。戻ってこなかった。式の終わりの写真に、宗次郎さんは映っていない。
どこへ行ったのか、教えてくれたのは職工の篠田さんだった。お開きの後ロビーで私を見つけて、遠慮がちに言った。
「社長は車におられます。気分が悪いわけじゃないと思います。ただ、ああいう人ですから」
私は駐車場まで行った。行って、遠くから見ただけで戻った。軽自動車の運転席に宗次郎さんが座っていた。エンジンはかかっていない。前を向いて、何をするでもなく座っていた。式が終わるのを待っているのだと分かった。声をかければよかった。今もそう思う。あの時、私は自分の家の人間の一人として、そこへ行く資格が自分にはないような気がして、戻ってしまった。
その夜、ホテルの部屋で私は勝也さんに聞いた。
「お父さん、怒ってましたか?」
「いえ。でも、あの人は怒ったら顔に出る人です。今日は出てなかった」
「じゃあ」
勝也さんはネクタイを解く手を止めた。
「悲しかったんだと思います」
「私の家のせいです」
「七美さんのせいじゃない。でも、今日俺の親父を悲しませたのは、俺の会社を誰も名前で呼ばなかったことです。それは七美さんがやったことじゃない」
勝也さんはネクタイを椅子の背にかけた。
「明日から、うちの人間には何も言いません。親父にも言わない。言ったら、あの人が今日のことを何度も思い出すので」
私は何と言えばいいのか分からなかった。私の家が、この人の父親を悲しませた。その日一日で、私はそのことだけをはっきり理解した。玲華に悪意はなかったのだろう。母にも、父にもなかった。悪意のある人はもっと分かりやすい。この家の人たちは、心から善意で人を下に置く。だから止められない。
翌朝、母から電話がかかってきた。式のお礼の電話だと思った。
「あのね、お父さんが気にしてたんだけど。星野さんのお父さん、途中でいなくなったでしょ? あれ、失礼だと思わない?」
私は受話器を持ったまま天井を見た。
「体調が悪かったんだって」
「そうならいいけど。うちの親戚が変に思ってたから」
母は、自分の家がしたことを一つも思い出さなかった。思い出さないのではなく、「何かをした」ことに入っていないのだ。その日から、私は実家で会社の話をしない。話しても届かないからではない。話すたびに、あの駐車場の軽自動車を思い出したからだ。あの日、席を立った義父に、私は最後まで何も言えなかった。
五年後の四月から、私は星野精密工業で働き始めた。きっかけは、月末に事務所の机で勝也さんが電卓を叩いているのを見たことだった。日付の合わない領収書を三十分探していた。
「私、それ得意です」
「え」
「前の会社、経理でした」
から、私は週三日で事務所に入った。半年後、毎日になった。最初にやったのは領収書を月ごとの封筒に分けることだった。それだけで勝也さんの夜が二時間空いた。仕事はいくらでもあった。給与の計算も、社会保険の届けも、下請けさんへの支払いの日付も、全部が誰かの頭の中にだけあった。私はそれを紙に移していった。紙に移すと、人が辞めなくなった。当たり前のことだけれど、いつ何が起きるか分かる場所の方が、人は落ち着いて働ける。
勝也さんは技術と機械を見ていた。私は人と紙を見ていた。役割を相談して決めたわけではない。それぞれが拾っていっただけだった。七月には求人票を書いた。九月には就業規則を作り直した。働く時間や休みの決まりを書いた。会社の中の約束ごとだ。十月には、初めての新卒を一人取った。
「七美さんが来てから、うち会社みたいになりましたね」
職工の篠田さんにそう言われて、私は笑った。「会社みたいになった」という言い方が、その頃のうちには一番合っていた。
その年の十一月十四日に姉が結婚した。相手は北洋銀行の望月正さん。三十五歳で本部の融資部にいると聞いた。両親は式の三ヶ月前から浮かれていた。父は親戚に電話をかけて回り、母は着物を新しく作った。
「さすが玲華だ」
父はその言葉を繰り返した。何がさすがなのかは説明しなかった。
「銀行員の奥さんなんて、花が高いわ」
母もそう言った。銀行員の奥さん。私はその言葉を、その後何年も何度も聞かされた。
式の準備の間、玲華から二度電話が来た。一度目は「引き出物、七美のとこは何したっけ?」で、二度目は「あんまり地味な服で来ないでね。私の時の写真、親戚が見比べるから」だった。
「うん。別に張り合ってるわけじゃないよ。ただ、うちは主人が銀行だから」
主人が銀行だから。玲華はその言い方をその度にした。
式は都心のホテルだった。招待状の返事を書く段になって、勝也さんが困った顔をした。同じ週に海外の案件が入っていた。うちが初めて海外へ部品を出す話で、動かせない日だった。
「行けるようにします」
「無理しないでください。でも、うちの家の式に無理してきて、それで仕事を落としたら、私の方が嫌です」
勝也さんは最後まで迷って、結局その週は向こうにいた。私は一人で出席した。親族紹介で母が私を紹介した。
「妹の七美です」
それだけだった。勤務先の名前は出なかった。誰の妻かも言わなかった。私はその時、望月家の側の席で頭を下げる正さんの顔を見ていた。まだ髪が今より多くて、背筋の真っ直ぐな人だと思った。向こうのご両親にも挨拶をした。正さんの父親になる常彦さんは、名刺のような自己紹介をする人だった。北洋銀行で審査を長くやって役職まであったこと。義母の美沙子さんは玲華の腕を撫でながら言った。
「銀行員の奥様に嫁いだ玲華さんは立派ですよ」
披露宴では常彦さんの挨拶が長かった。銀行の話が半分で、息子がこれからどこへ行くかという話が半分だった。
「まだ本部におりますが、いずれは店を任される人間です」
店を任される。後で知ったが、銀行の人は支店のことを「店」と呼ぶ。私はその時それを知らなくて、何の店だろうと思っていた。美沙子さんはテーブルを回るたびに同じことを言っていた。
「銀行員の奥様は、きちんとしておりますから」
その日私に向けられた質問は一つだけだった。母の友人の一人が「妹さんはどちらへ?」と聞いて、母が代わりに答えた。
「鳩取の工場のお家に」
鳩取のお家。それで会話は終わった。帰りの電車で、私は自分の指輪を回していた。悔しかったのではない。私はもう比べられることに慣れていた。ただ、勝也さんがこの場にいなくて良かったと思っている自分に気がついて、それが嫌だった。
姉の結婚から、実家からの連絡が増えた。最初は式の追加費用だった。当日に人数が増えて足が出たという。四十二万円。玲華から直接ではなく、母からの電話で来た。
「お姉ちゃんも新婚で大変だから、少し出してあげたら」
私は出した。うちの会社の口座からではなく、私が独身の頃から持っている口座から出した。次は法事の立替えだった。祖母の七回忌で、料理と引き物の豆腐をまとめて私が払った。父が後で割ると言ったが、割った話はそれきり出なかった。その席で玲華が座布団に座ったまま言った。
「うちは、望月さんが平日休めないから、こういうの七美がやってくれると助かる」
「うん。専業主婦みたいなものでしょ、七美のとこ」
私は会社で給与計算をして、その週も三日残業していた。言い返そうとして、母が先に言った。
「そうよね。ご主人の会社なんだから、気楽でいいわね」
その次は、親戚への手土産代だった。母が「うちの顔になるんだから」と言って、私が選び、私が払い、玲華が持っていった。数えたことはない。数えると自分が惨めになる気がした。ただ、口座の記録は残っている。後で見返したら、姉が結婚してからの二年で、私が実家と姉のために出した金は百三十万を超えていた。その間、実家から鳩取の工場へ足を運んだ人はいない。うちの会社を見に来たいと言った人もいなかった。
そういうことが二年ほど続いた。一度だけ、勝也さんが「出さなくていい」といったことがある。私は「これで済むなら安いよ」と答えた。安いと思っていたのは金のことで、減っていたのは金ではなかった。そして正月やお盆に実家へ行く度、私に向けられる言葉はいつも同じだった。
その年の正月も、玄関で靴を脱いでいる私の背中に父の声が飛んできた。
「おお。工場は潰れないようにね」
心配しているのではない。父はその後、玲華の方を向いて、正さんの移動の話を三十分聞いていた。潰れる可能性のある家と、これから店を任される家。父の頭の中にはその二つの箱があった。私はいつも前の箱に入れられて、それで話が終わった。
台所で母が言った。
「七美、あなたも危機感を持ちなさいよ。工場なんていつどうなるか分からないんだから」
「うん」
「玲華を見習いとは言わないけどね」
言わないけど、という人は必ず言っている。勝也さんは柏村の家で、自分の会社の話をほとんどしなかった。正月にも来てくれた。父の畑仕事を手伝ったこともあるし、母の車の調子を見たこともある。ただ、自分の仕事のことは聞かれない限り言わなかった。そしてこの家では、誰も聞かなかった。
私は一度だけ理由を聞いたことがある。
「うちの家で仕事の話をしないの、どうして」
「聞かれないので」
「聞かれたら話しますか?」
「話します」
それだけだった。この人は嘘をつかない代わりに、余計なことも言わない。あの時の私は、それをこの人の性格の話だと思っていた。性格の話ではなかった。
一度だけ、私の方から水を向けたことがあった。父が「今年は忙しいのか」と聞いたので、私が「忙しいよ。人も増えて」と答えた。勝也さんが口を開きかけた。その時、父はテレビのリモコンを取って音量を上げた。
「おっと、これニュースだ」
勝也さんは口を閉じた。私も何も言わなかった。その時は、テレビの音が大きくなっただけのことだった。
五年後の十二月、私は古い書類を整理していた。仙台の頃の融資の綴りだった。表紙の紐が切れかけていて、私はそれを新しいファイルに移し替えていた。一枚だけ、二つ折りのまま挟まっている紙があった。その頃の私は経理の他に採用と労務、それに取引管理まで抱えていた。この綴りに手をつけられるのは、年に一度、年末しかなかった。
その紙は、上の方に印刷された表題と、ボールペンで書き込まれた条件の欄だけが折り目の上に出ていた。金利、期間、返済の方法。数字は几帳面な字だった。日付は六年前の五月二十四日。担当者の欄に、小さな印が一つ捺してあった。私はそれをファイルの戦闘に挟み直した。折ったところは開かなかった。開く用事がなかったからだ。
夜、私は勝也さんに聞いてみた。
「六年前の二千万の書類が残ってた」
「ああ」
「これ、書いた人覚えてる?」
「昔、うちを見に来てくれた銀行の人がいた」
それだけだった。名前は出なかった。私も聞かなかった。あの日に工場でしゃがみ込んでいた若い人のことだろうとは思った。ただ、名前を知ったところで、当時の私には何の意味もなかった。
年が明けて三月、宗次郎さんが亡くなった。入院して十日だった。最後の三日は話ができなくなって、私は病室で足を揉んでいた。亡くなる前の日、宗次郎さんは私の手を握って一言だけ言った。
「うちの嫁は、よう働く」
それが最後だった。褒めるのが下手な人が、最後に一番簡単な言葉を選んだのだと思った。
葬儀の日、工場を休みにした。弔問の列に、下請けさんや近所の人が並んだ。列は駐車場まで続いた。私の両親は弔問だけして帰った。母は「遠いから」と言った。鳩取までは車で四十分だ。帰り際、母は受付の看板を見ていった。
「星野って、こう書くのね」
嫁いで二年目だった。母がその字を確かめたのは、その時が最後でもある。
その月から勝也さんが社長になった。名刺の肩書きが変わっただけで、朝の五時に工場へ行くことも、作業着で機械の前に立つことも、何ひとつ変わらなかった。
八月に親戚の集まりがあった。お盆で、叔父の家に十五人ほどが集まった。座敷の真ん中に玲華がいた。玲華は望月の家の話をしていた。義父が元役職者であること。正さんが今どこにいて、次はどこへ行くのか。本部にいる間は転勤がないの。でも店に出ると三年で動くんだって。
「店って、お店をやるの?」
「違うの。支店のこと。銀行の人はそう言うんだって」
玲華は自分がその言葉を知っていることを、その場の全員に確認させてから先へ進んだ。
「正さんは次は自分の店を持つ順番なの」
おじたちが関心した声を出した。父はお茶を注ぎながら、その一つ一つに頷いていた。
「さすがだな」
父が言った。玲華の夫のことを、父はその日四回「さすが」と言った。おばの一人が思い出したように私の方を見た。
「七美ちゃんのところは、何だったかしら」
玲華が代わりに答えた。
「七美の家はね、鳩取の町工場。従業員二十人くらいの」
「あら、そう」
その時、うちの従業員はもう五十人を超えていた。工場は二交代になっていて、その夏は私が新しく取った人が七人いた。その春には東関東にもう一つ工場が増えていた。二十人ではない。二十人だったのは、私が嫁いだ年の話だ。
私は口を開いた。
「今はもう少し」
言い終わらないうちに、母が私の腕に手を置いた。
「なあ、七美」
母は笑っていた。笑いながら、腕を握る力だけが強かった。
「話を大きくしないの」
座敷の何人かがこちらを見た。私は口を閉じた。
「うちの子はね、こういうところがあるのよ」
母はそう言って、美沙子さんの方へ向き始めた。話はそこで終わって、次の話題は正さんの社宅の広さになった。私はその後三十分、座敷の隅で麦茶を飲んでいた。腕を握られた場所がまだ痛かった。あれは「止められた」のだと思った。話を描くのを止めてくれたのではない。話を描かせるのを止められたのだ。母の中で、私の家の話は「大きくしてはいけない」話だった。「二十人の町工場」という言い方が、あの家では正しいことになっている。正しいことになっているものを、私が正しくない形に直そうとした。それだけのことだった。
台所へ立った時、おばがついてきて小さな声で言った。
「気にしないでね。お母さん、あなたのこと心配なだけだから」
「はい」
心配。そういうことになっているのだと知った。
その日のことを、私は帰りの車の中でずっと考えていた。考えていたのは母のことではない。玲華のことだった。玲華は「妹の家」と言った。「町工場」とも言った。「鳩取の」とも言ったけれど、玲華は一度も「星野」と言わなかった。この年月の間、玲華の口から夫の苗字を聞いたことがない。「妹の家」「工場の方」「あの人」。呼び方は毎回変わったけれど、そこに名前が入ったことはなかった。母もそれに合わせていた。父もだ。あの家では、私の勤務先には名前がなかった。名前がなければ調べようがない。調べようとする人も出てこない。名前を出さないのは、多分意地悪ですらなかった。名前を出すと、その名前が何なのかを誰かが調べるかもしれない。調べてもし妹の家が「思っていたもの」と違っていたら、玲華はそれまで自分が言ってきたことを全部言い直さなければならなくなる。だから玲華は名前のない箱のままにしておいた。母もそれに乗った。名前のない箱は、そのまま誰にも開けられずに置かれた。
十一月十二日に父の還暦祝いをした。鳩取駅前の料理屋の座敷を借りた。集まったのは八人で、玲華夫婦は正さんの都合で来なかった。母が三回そのことを言った。父は上機嫌だった。
「六十だぞ。まだ十年は働ける」
そう言って、注がれる度に飲んでいた。乾杯の後、おじが勝也さんに聞いた。
「星野さん、そちらは景気はどうですか?」
勝也さんは箸を置いた。
「おかげ様で。実は今年から大きいところの装置に使ってもらえるようになりまして」
「ほう」
「うちの技術で、他で出せない寸法が」
父が立ち上がった。
「兄さん、そのビール開いてるよ。おい、七美、こっちに一本」
父は徳利とビール瓶を両手に持って、テーブルを回り始めた。話は途切れた。おじはビールを注がれて、その話をもう一度は聞かなかった。
これが二度目だった。一度目は披露宴の乾杯で、二度目がこの座敷だった。二回とも遮り切ったのは父で、遮り切り方も同じだった。声を荒げるのではない。上から自分の声を重ねて、場を明るくして、話を消す。父は器用な人だ。四十年営業やってきた人の技術だった。
帰り道は歩いた。料理屋から駅まで五分で、その間二人とも黙っていた。信号の手前で勝也さんが言った。
「七美さん」
「うん」
「言わなくていいのか?」
私は歩きながら考えた。言えばどうなるかは想像がついた。父は驚いて、それから照れ隠しに何か言う。母は親戚に電話をかける。玲華は自分の話に戻す。そして次の集まりで、私は「話を大きくする子」になる。何より、披露宴の日に駐車場の軽自動車に座っていた人のことを、私は覚えていた。名前を呼ばれなかった会社の話を、私はもうあの家の座敷に出したくなかった。
「言わなくていい」
私はそう答えた。勝也さんは足を止めて、こちらを見た。
「本当にいいのか?」
「うん」
「俺は、七美さんが嫌でなければ話してもいい」
「私が嫌なの」
自分でそう言って、自分で驚いた。声に出すまで、私はそれを自分の考えだと思っていなかった。勝也さんは「そうか」と言って、それきり何も言わなかった。信号が青になって、私たちは駅の階段を上がった。あの返事は、この人が黙っていた理由ではない。私が黙っていた理由だ。
それから、私は訂正するのをやめた。工場は四年後の春に東関東へもう一つ増え、その直後には勝也さんの工法に特許が降りていた。それでも、そこまではまだ「少し大きくなった町工場」だった。うちが別のものに変わったのは、三年後の四月だ。その月、装置メーカーから電話が来た。反応炉を作る機械を作っている会社だった。うちの部品を試しに使ってみたら、削り出しの面が良かったという。
最初の注文は四百個だった。次が三千個で、その次が月に一万二千個になった。勝也さんは注文書を持ったまま、事務所で立っていた。
「交代じゃ足りない。人を取ります」
「機械が先だ。人を入れても、機械が空いてないと意味がない」
その年、私たちは機械を七台入れた。人は二十二名取った。銀行から借りたのではない。それまでに貯めた金と、増えた注文の入金でどうにか回した。採用の面接は私がやった。夏の間、私は昼に工場で伝票を切って、夜に応募の電話を受けていた。工場の門の前に求人募集の紙を張ったのもその年だ。紙を張りに行った日、勝也さんが脚立を支えてくれた。
「二十二名か」
「はい」
「うちが始まった時と同じ数だな」
勝也さんはそう言って、張り終わった紙を下から見上げていた。
夏には別の装置メーカーからも声がかかった。秋には医療機器の会社が来た。勝也さんが言うには、うちの工法は真似ができないわけではないらしい。やろうと思えばできる。ただ、装置に組み込むには、向こうが自分の機械で一年かけて確かめ直さないといけない。機械の性能を保証するのはうちの部品だ。部品が変わったら、その保証をやり直すことになる。つまり、簡単には変えられない。変える方に一年かかるからだ。
その頃には、うちには「取引先が困る会社」という立場ができた。強いというより、抜けない。抜けない場所にいる会社は、その分だけ長く付き合ってもらえる。それは勝也さんが十年かけて、一人でやったことだった。図面を渡されてその通りに作るだけの工場は、いくらでも代わりが利く。勝也さんは、渡された図面の外側で自分の削り方を作った。仙台が三年迷って入れた機械の前で、若い頃の勝也さんが何百時間作業していたのかを、私は知らない。知っているのは、この人の爪の縁が今も黒いことだけだ。
同じ頃、父の務める鳩取製作所が、うちの板金の仕事を失った。理由は単純だった。うちが東関東工場で板金を内製化したからだ。運ぶ時間と手間がなくなって、うちは助かった。鳩取製作所は月に百万円ほどの仕事を失った。私はその話を勝也さんから聞いた。
「うちの父の会社です」
「うん。行った方がいいですか?」
「言わなくていいと思う」
「言えば、父はどう受け取るか」
「切られたと受け取るに決まっている」
仕事の話としては当たり前の内製化でも、あの家では「下の娘の勤務先が親の会社の仕事を取り上げた」という話になる。私は言わなかった。それが良かったのかどうかは、今も分からない。
三年後の六月に、六年前の二千万円を返し終えた。最後の引き落としの通知を、私は事務所の机で見ていた。毎月の返済が消えて、口座の数字がその分だけ増えた。それだけのことなのに、私はその書類を捨てられなくて、あのファイルの二枚後ろに入れた。その日から、うちに銀行からの借入れは一銭もない。勝也さんはその通知を見て、一言だけ言った。
「あの時、通してくれた人に、いつか礼を言いに行きたいと」
「行けばいいのに」
この人はその後、三年行かなかった。
二年後の十月、うちは持株会社を作った。経理と労務だけでは手が回らなくなって、その年から財務の担当役員に来てもらった。田丸直久さんという人で、来てもらった時五十六歳。前は都内の機械メーカーで財務をやっていた。数字の話しかしない人だが、その数字が外れたことはない。田丸さんが来てから、うちの資金の話は全部この人が組み立てるようになった。
「社長。長く付き合ってきた協力先を二社、グループに入れます。人と設備をまとめて抱えた方が早い。金は自己資金と借入で七十億」
勝也さんは迷いながら「七十億」と呟いた。その規模の会社になったということだ。同じ月に、ベトナムの工場も動き出した。それから一年八ヶ月後の六月、田丸さんは二度目の大きい紙を持ってきた。
「ベトナムの二つ目の工場です。来年の一月に着工します。投資額は百五十億」
「そんなにかかるのか?」
「かかります。ですので、増資を入れます。装置メーカーさん二社と投資会社さんに引き受けていただきます」
六月二十日に、その百五十億円が振り込まれた。着工は翌年だから、その金はまだ動いていなかった。動いていない金は、そのまま銀行の口座に置かれている。うちの取引残高が急に膨らんだのは、この年からだ。
総務は六人になった。私はその六人をまとめている。肩書きはない。名刺には「星野精密工業」とだけ書いてある。社長の妻だから偉いという空気を作りたくなかった。うちには工場から上がってきた班長が何人もいて、その人たちの方が会社を長く支えている。だから私は外へ出す書類には自分の名前を書かない。取引先には田丸さんか、総務の責任者の名前が出る。そのことで困ったことは、六年の間起きなかった。
その年の十一月十一日まで、話は戻る。
その年の春、母から電話があった。
「望月さんね、支店長になったのよ。そう、支店長夫人よ。玲華ったら、電話でもう声が違うんだから」
支店長夫人。母はその日から、その言い方をするようになった。
「どこの支店なの?」
私がそう聞くと、母は黙った。
「さあ、県のどこかでしょ。家から通えるって言ってたから」
母は店の名前を言えなかった。父も同じだった。あの頃のあの家の人たちは、正さんがどこにいるのかに興味がなかった。興味があったのは肩書きだけで、肩書きに場所は要らない。場所を知るのは、もっと後になってからだ。私も聞き直さなかった。聞き直せば母は玲華に電話をして、玲華が「なんで七美が聞くの」という。それだけのことだ。
同じ年の四月一日に、北洋銀行の鳩取支店の支店長が変わった。着任の挨拶に、本部の方が二人で鳩取工場へ来たそうだ。「そうだ」というのは、私がその場にいなかったからだ。その日、勝也さんはベトナムにいて、私は東関東工場の労務の件で朝から向こうに出ていた。応対したのは田丸さんだった。夕方に戻ってきた私に、田丸さんが言った。
「支店長さんが変わりました。名刺を」
「はい」
「本部の部長もご一緒でした」
私は「そうですか」と答えて、そのまま自分の机の伝票に戻った。名刺は田丸さんのファイルに入って、それきりになった。私はその名刺を見なかった。見る事がなかった。支店とのやり取りは田丸さんの担当で、取引の中身は本部の方が見ている。私の仕事は人と紙で、銀行ではない。
その春から、若い旋盤担当の米倉翔平君が勝也さんについて回るようになった。四年前に高卒で入って五年目。二十二歳で、まだ敬語が硬い。
「社長、これ僕がやっていいんですか?」
「やってくれ。俺が横で見てるから」
米倉君は、勝也さんが自分から教えた最初の一人だった。
「なんで僕なんですか?」
ある日、米倉君が休憩所でそう聞いてきた。
「手が丁寧だから」
「それだけですか?」
「それだけだ。数字は覚えれば追いつく。手はそうはいかない」
私はお茶を出しながら、その話を聞いていて、六年前の喫茶室を思い出していた。あの日、大坂さんが伝えた仙台の言葉と同じことを言っている。
夏の終わりから、支店の担当者が変わったという挨拶が続けて届くようになった。三通目が来た時、私は気になって田丸さんに聞いた。
「担当さん、よく変わりますね」
「支店の体制が変わったようです」
その後、本部の方から電話をもらった時にも、同じ言い方をされた。
「支店の体制が変わりまして、何かご不便がありましたら、私へ直接ご連絡ください」
体制が変わる。銀行の人はそういう言い方をする。その時はそれ以上考えなかった。
その年の十月十三日は祝日で、実家に人が集まった。父の兄が入院していて、その見舞いの相談という名目だったが、実際は昼から酒を飲む会だった。玲華夫婦は来なかった。正さんが仕事だと言う。母はそれを三度言った。
「支店長さんはね、祝日も出るのよ」
父が頷いた。
「店を預かるってのは、そういうことだ」
店。父もその言い方を覚えていた。
玲華は夕方に一人で来た。玄関に入るなり、母に菓子折りを渡している。
「これ、正さんのところのお客さんから頂いたお菓子。都内の店のだって」
「あらまあ、こんな高いもの」
座敷に上がった玲華は、望月の家の話を三十分した。玲華の義父の常彦さんが、今も銀行の退職者の集まりで挨拶をすること。義母の美沙子さんが、玲華の着るものを一緒に選びに行くこと。
「うるさいけどね。でも銀行員一家って、そういうところがちゃんとしてるの」
「ちゃんとね」
おばが関心した声を出した。
「この前なんて、支店にお昼を届けに行ったら、行員さんがみんな立ち上がるの。ちょっと困っちゃう」
「あら、それはあなた支店長夫人ですもの」
母が言った。玲華は「やめてよ」と言いながら、口元が上がっていた。私は台所と座敷を往復して、皿を運んでいた。私が運んだ皿の数を、誰も数えていない。数えていないことに腹を立てるほど、私はもう若くなかった。
玲華は私の隣に座った。座って三分もしないうちに、こちらを向いた。
「そういえば、七美。工場まだ潰れてないの?」
おばが笑った。父も笑った。六年間、私はこの質問に「うん」と答えてきた。
「うん。大丈夫」
「うん。なんとか」
それで話は次へ行った。その日は違った。理由があったわけではない。前の週に、うちの若い子が「星野って会社、うちの高校で知らない人いないですよ」といったのを思い出したのかもしれない。あるいは、玲華が持ってきた菓子箱が、私の会社の東関東工場の近くにある店のものだったからかもしれない。私は箸を置いた。六年で初めて、私は言い返した。
「潰れてないよ。増えてる」
座敷が一瞬静かになって、それからまた戻った。
「増えてるって、何が。人と工場?」
「へえ」
玲華はそれだけ言って、美沙子さんの方に手を伸ばした。
「まあ、うちの正さんも人は増やしてるけどね。支店って人事も見るから」
話は三秒でそちらへ移った。父が言った。
「ああ、忙しいのはいいことだ」
母が言った。
「無理しないでね。工場って体なんだから」
誰も意味を取らなかった。私が「増えてる」と言った時、この人たちの頭に浮かんだのは、多分機械が一台増えたとか、パートさんが二人増えたとか、その程度のことだ。言い返したのに、届かなかった。届かないと分かっていたのに、言ったのは、その時私が届けたかったのではなくて、ただ黙っていたくなかったからだと思う。
玄関で靴を履いている時、母が追いかけてきた。
「七美、さっきのあれ、玲華の前で言うことじゃないでしょう。何が増えてるとか。あの子、今それどころじゃないんだから」
「どういうこと?」
「望月さんね、来年また移動かもしれないのよ。本部に戻れるかどうかの、大事な時期なの。玲華だって気を張ってるんだから、あなたが張り合ってどうするの?」
張り合う。私はそう見えたらしい。
「張り合ってないよ」
「なら黙ってなさい」
母は私の背中を軽く叩いた。「行ってらっしゃい」と同じ強さだった。帰りの車の中で、私は自分の言葉を反芻していた。「潰れてないよ。増えてる」。六年で私が実家に行った一番強い言葉がそれだった。それが自分でも情けなくて、私は途中の信号で笑った。笑った後で、母の言葉の方が引っかかっていることに気がついた。「本部に戻れるかどうかの大事な時期」。玲華の夫が今どこにいて、何を急いでいるのか。当時の私は、その二つを結びつける材料を何も持っていなかった。
その週のうちに、会社に電話が来た。北洋銀行の本部の法人営業部長の方からだった。田丸さんが受けて、その後、私と勝也さんを事務所に呼んだ。
「本部から、取引全体を一度見直したいという話です」
「見直し?」
「持株会社を作ってから、口座がバラバラのままです。事業会社と持株会社とグループ二社と、それに海外の分。銀行から見ても、整理したいはずです」
「見直しというのは、うちが何かされるということですか?」
私がそう聞くと、田丸さんは首を横に振った。
「逆です。銀行さんにとって、うちは一番置いておきたい先です。今の条件のままだと、他所の銀行に持っていかれると本部は分かっておられる」
田丸さんは書類を一枚置いた。うちが北洋銀行に置いている金の内訳だった。普通預金と決済用の口座で四十億。定期性の預金で百二十億。海外の事業用が三十億。関連会社の口座が十億。閉めて二百億。その数字を私は毎月見ている。見ているけれど、こうして一枚にまとまると、別のもののように見えた。
六年前、この会社が銀行から借りた最初の金は、二千万円だった。その二千万円で入れた旋盤は、今も鳩取工場の三番の位置にある。米倉君が毎朝、その機械の油差しから仕事を始める。新しい機械は他にいくらでもある。それでも勝也さんは、あの一台だけは自分で見ると決めていた。理由を聞いたことはない。聞かなくても分かる気がしていた。
「他行さんからも、いくつか」
田丸さんが続けた。
「増資の話が出てから、参画を提案しています。条件は正直、悪くありません」
田丸さんは数字を三つ並べた。金利のこと。外国送金の手数料のこと。給与振り込みの扱いのこと。
「ただ、乗り換えには手間がかかります。国内の八百二十名分、給与の振り込み口座を全部変えるということですし、取引先さんにも口座変更のご案内を差し上げます。半年仕事です」
「半年か」
「ですから、私としては、北洋さんが条件を直してくださるなら、その方が早いと考えています」
「そうか」
勝也さんは書類を見ていた。それから顔を上げた。
「本部が条件を見直すなら、北洋に置いたままでいい。うちが二十二名の時から付き合ってくれた店だ。今の条件が古いだけなら、直してもらえばいい」
田丸さんは「承知しました」と言って、手帳を開いた。
「では、日程を決めます。先方は本部の部長がお越しになります」
場所は、田丸さんは一度勝也さんの方を見た。
「鳩取支店の応接室をお借りする形になります。うちの口座の窓口は、あくまであの店ですので」
「分かった」
「社長、当日は私も同席します。ただ、午前に東関東の件がありますので、少し遅れます」
勝也さんは頷いた。私はそのやり取りを机の向こうで聞いていた。鳩取支店。車で十五分の駅前の、二階建ての建物。私は口座を作りに行ったこともあるし、両替に行ったこともある。入口の脇に季節ごとの飾りが出る店だった。夏は風鈴で、秋は稲穂の束が置いてある。ロビー担当の女の人が、いつも同じ角度で頭を下げる。
田丸さんが事務所を出た後、勝也さんは書類をもう一度見ていた。
「二百億か」
「うん。置いてあるだけの金だな」
「うちの分だから」
「そうだ。うちが稼いだ金じゃない。預かってる金だ」
勝也さんはそう言って、書類を伏せた。この人は自分の会社の残高を人に自慢したことがない。金は工場を回すための道具で、道具の大きさを人に見せる趣味がない。
その日の夜、勝也さんが夕食の時に行った。
「七美さんも来てくれないか? 俺が人の話が半分入る。うちの人数と給与の振り込みと、それから海外に出す駐在の分。田丸さんが遅れるなら、七美さんがいた方がいい」
「分かった」
打ち合わせの日は、翌月の十一月十一日に決まった。場所は北洋銀行の鳩取支店だった。
十一月十一日は火曜日だった。その朝、勝也さんは工場から直接行くと言った。前の晩に東関東から急ぎの手直しが入って、朝の四時まで機械の前にいたらしい。着替える時間があるか分からない。
「そのままでいいよ」
私は本気でそう言った。この人の作業着は、私にとって制服と同じものだ。
九時過ぎに、私は事務所へ寄って当日の資料をまとめた。人数と給与の振り込みの件と、海外へ出す駐在の分。田丸さんが用意した綴りに、私の分を足していく。田丸さんはこの後、東関東の工場へ回ることになっていて、支店へは遅れて合流する予定だった。
「田丸さん、四月の支店長さんの名刺、どこでしたっけ?」
私が聞いたのは、当日の出席者の名前を控えておくためだった。田丸さんはキャビネットからファイルを出して、机の上で開いた。
「これです」
私は名刺を見た。北洋銀行鳩取支店、支店長。その下に「望月正」とあった。手が止まった。望月正。姉の夫だ。指の下で名刺の角が立った。私は何度かその名前を読み直した。読み直しても変わらなかった。四月に支店長になったと母から聞いた。どこの支店かは、母も分かっていなかった。「県のどこか」と母は言った。ここだった。
私は名刺をファイルへ戻した。言えば、勝也さんは私の実家に気を使う。そういう人だ。その日は取引の話をしに行くだけの日で、そこへ余計なものを持ち込みたくなかった。それに、言ってしまえば、私がこれまで黙ってきたことを全部説明しなければならなくなる。六年間そうやって黙ってきたのと同じように、私はその朝も何も言わなかった。
今から思えば、あれが最後の別れ道だった。
十一時五分前に、私たちは鳩取支店の駐車場に車を止めた。入口の脇に稲穂の束が飾ってあった。自動ドアが開くと、温かい空気と紙の匂いがした。三年前に立て替えたばかりの店で、床のタイルがまだ新しかった。勝也さんは朝の作業着のままだった。腕には社名も名札も入っていない。上下揃いの古いものだった。ズボンの膝に、油の染みが古くなって残っていた。
ロビーは混んでいた。午前の一番立て込む時間で、順番待ちの番号札が二十番台まで進んでいた。受付の番号札の機械の前で、勝也さんは鞄を持ち替えた。持ち替える時、中の書類が擦れる音がした。あの二つ折りの書類が入っていることに、私はその時何の意味も見ていなかった。
後で田丸から聞いたことだが、その日、本部からの車は途中の事故渋滞に捕まっていた。嵐田さんは支店へ電話を入れて、二十分ほど遅れると伝えていたそうだ。そしてもう一つ、嵐田さんは「先方とご一緒に伺います」と言っていた。つまり、支店の側は十一時の客が本部の車で一緒に来ると思っていた。だから支店長の頭の中では、十一時の客はまだ来ていないことになっていた。その時間にロビーに立っている作業着の男が、その客だとは思いもしなかった。
ロビー担当の女の人が近づいてきた。名札に「黒田」とあった。
「星野様でいらっしゃいますか?」
勝也さんが名乗ろうとした。その前に、横から声が飛んできた。
「あれ? 七美」
振り返ると、玲華が立っていた。菓子折りを下げている。中から丸めた現金の束と、眼鏡のケースの角が見えていた。玲華は私を見て、それから隣の作業着を上から下まで見た。上から下まで見るというのは、本当にそういう動きで、玲華の目は勝也さんの襟の擦り切れで一度止まり、膝の油の染みでもう一度止まった。
「まだ町工場やってるんだ」
黒田さんが口を開きかけた。玲華はそちらへ手のひらを向けて、話を続けた。
「大丈夫。身内だから」
そして黒田さんに向かって言った。
「この人、私の妹の旦那。地元の町工場の人よ」
それで、勝也さんの名乗りはそのまま消えた。黒田さんは一度勝也さんの方を見た。何か言おうとして、玲華の様子に当てられて、顔を下げて下がった。玲華はロビーを見回した。順番待ちの椅子には五人が座っていた。
「ここ、企業とか資産家のお客さんが多いんだけど」
「うん」
玲華は首をかしげて、それからゆっくり言った。
「貧乏人が何しに来たの?」
姉の声が銀行のロビーの隅までよく通った。何人かがこちらを見た。窓口の行員も顔を上げて、それからすぐに手元へ目を戻した。私は言い返さなかった。勝也さんも何も言わなかった。玲華はそれを「大人しい」と思ったのだと思う。声を少し張った。
「私の夫、ここの支店長だから」
その時、私はようやく分かった。玲華は私が姉の夫の店に来たことを知らない。私が名刺を見たのはその朝で、玲華はそれを知る由がない。玲華にとって、これは偶然来た最高の舞台だった。妹が作業着の夫を連れて、自分の夫の城に立っている。六年前、玲華が写真を一秒で捨てた男が、今も同じ作業着を着ている。玲華の側から見れば、それは自分の判断が正しかったことの証明だった。だから玲華は私を責めているのではなかった。安心していたのだ。
私は姉の顔を見ながら疲れていた。腹が立つより先に、「この人は本当に何も見なかったのだな」と思った。私の会社の名前も、私の仕事も、私がどこで何をしているかも。隣で勝也さんが、一度だけ奥の扉の方へ目をやった。姉の言葉で、この店の支店長が誰なのかを、勝也さんも知ったのだと思った。
「まだ町工場やってるんだ」
玲華はもう一度言った。私は答えた。
「工場だよ」
「でしょう? そういうとこ、七美は正直だよね」
否定しなかったことを、玲華は勝ちだと思ったらしい。それでよかった。町工場だというのは、六年前もその日も変わらない事実だった。
その時、ロビーの奥の方から声がした。
「玲華さん」
振り返ると、年配の男の人と女の人が並んで立っていた。玲華の義父の常彦さんと、義母の美沙子さんだった。二人ともよそ行きの格好をしている。その日、支店では二階の会議室で地元の経営者を招いた昼食会が開かれることになっていた。常彦さんは元役職者として、来賓に呼ばれていた。
「あら、お母さん、早い」
「早く来ておかないと、席のご挨拶が」
美沙子さんが私を見た。
「妹です。鳩取で工場やってるお家に嫁いだ」
美沙子さんは「あら」と口の形だけで言った。その後、私の方は見なかった。見たのは私の靴と、勝也さんのズボンの膝だった。挨拶は玲華にだけ返っていった。
常彦さんが勝也さんの作業着に目をやって、言った。
「本日は、何かご用がおありで?」
銀行の内側に長くいた人らしい、慣れた聞き方だった。勝也さんは「はい」とだけ答えた。常彦さんは勝也さんに背を向けて、玲華に何か話し始めた。その日の昼食会の顔ぶれのことらしい。誰が来る。誰が来ない。あの会社は今どうだ。名前が次々に出た。
その間、勝也さんはロビーの案内板を見ていた。順番待ちの番号が変わるたびに、電子音が一つ鳴る。勝也さんは、その音の間隔を数えているような顔をしていた。私は小さな声で聞いた。
「大丈夫?」
「うん。帰ってもいいよ」
「いや」
勝也さんは案内板を見たまま言った。
「約束の時間だから」
その五分後に、私の両親が入ってきた。披露宴の後、望月家と柏村家で食事する約束になっていたらしい。私はその約束を聞いていなかった。玲華も母には言っていなかった。母が私を見て目を丸くした。それから勝也さんの作業着を見た。母は口には出さなかった。ただ、自分の襟元を直す仕草をした。「あなたはそういう格好で来たのね」というのを、母は言葉にしない。
父は違った。父は私の耳のそばまで来て、低い声で言った。
「望月君の顔を潰すなよ」
潰す。私はその言葉を口の中でもう一度言った。私と夫がこの場所に立っていることが、誰かの顔を潰すことになるらしい。私たちはその日、約束をして時間通りに来ただけだった。
ロビーの中で、五人(いや、もっと)が同じ方向を向いていた。姉と、姉の義父母と、私の両親。全員が同じ前提を持っていた。ここは望月の家の場所で、私たちは「間違って来た身内」だという前提だ。玲華は妹の夫を「町工場の人」だと紹介し、常彦さんは息子の店の客を心配し、美沙子さんは私の服装を軽んじ、母は襟を直し、父は「顔を潰すな」と言った。誰も声を荒げていない。全員が善意で、私と夫をロビーの隅へ寄せていった。その全部を、勝也さんは黙って聞いていた。顔色一つ変えずに。
奥の扉が開いて、男の人が出てきた。紺のスーツで、襟に銀行のバッジが小さく光っていた。行員が二人、姿勢を直した。
「父さん。それに、母さんも」
その人は常彦さんと美沙子さんに挨拶をしてから、玲華の方を向いた。
「玲華。もう忘れないでよ。大事な日なんだから」
それが望月正さんだった。名刺に写真はない。私はその時、五年前に見たこの人の顔を思い出した。姉の式の親族紹介で、望月家の側にいた人だ。
正さんは玲華の隣にいる私を見て、考えるような顔をした。
「妹さんでしたか?」
「はい」
「ああ、どうも」
それだけだった。苗字は聞かれなかった。玲華が笑いながら言った。
「この人たち、なんかうちの店に用があるみたい」
正さんが勝也さんの方を見た。作業着。膝の油の染み。手には黒い書類鞄が一つ。
「本日は、どういったご要件でしょう?」
「取引の見直しです」
勝也さんが答えた。正さんは一瞬止まって、それから丁寧な声を作った。
「融資のご相談でしたら、担当を呼びますが」
「え?」
「融資ではありません」
玲華が横から言った。
「借金の相談じゃないの?」
玲華は自分の冗談で笑った。美沙子さんが止めるような目をしたが、それは音の大きさに対してであって、中身に対してではなかった。
正さんは腕時計を見た。
「申し訳ありませんが、本日はこの後、二階で会がございまして、法人の担当も少々立て込んでおります」
「そうですか」
「小規模事業者向けの窓口でしたら、あちらの三番でお受けできますので」
三番の窓口は、通帳の記帳と両替の列だった。私は自分の方が熱くなるのを感じた。恥ずかしかったのではない。この人が今、何を根拠に振り分けたのかが分かったからだ。名前を聞いていない。会社名も聞いていない。要件は聞いた。「取引の見直し」だと答えるのも聞いた。それでも三番へ回した。判断の材料は一つしかない。服だ。
その時、ロビー担当の黒田さんが一歩前に出た。
「支店長。あちらのお客様は」
正さんは黒田さんの方を見ずに、手のひらだけを軽く上げた。
「いいから」
黒田さんは口を閉じて、下がった。私は隣を見た。勝也さんの口元が動いていた。六年一緒にいて、この人が怒った顔をしたのを見たことがない。その時は怒ってはいなかった。ただ、悔しがっているのが分かった。
「勝也さん、もういいよ」
「うん」
勝也さんはそう言って、書類鞄の持ち手を持ち替えた。父が小さく咳払いをした。だから言っただろ、と。母が私の袖を引いた。
「七美、あなた今日はもう帰りなさい」
この話の落としどころは、この人たちの中ではもう決まっている。私たちが引き下がって、玲華の夫が保たれて、二階の昼食会が予定通り始まる。それが「正しい形」だった。
私は勝也さんの横顔を見ていた。この人は、六年前に私の家の披露宴でも同じ顔をしていた。何も言い返さず、遮られたら口を閉じる顔だ。
その時だった。自動ドアが開いて、外から五十代の男の人が早足で入ってきた。コートの前が開いたままで、息が上がっている。その人はロビーを見回して、勝也さんを見つけた。そして、走るのをやめて、深く頭を下げた。
「星野社長! 誠に申し訳ございません」
ロビーの音が、そこで一段落ちた。
「途中で事故がございまして。ご連絡は、お店には入れていたのですが」
「大丈夫です。嵐田さん、慌てなくていいですから」
嵐田さんは息を整えてから、私の方にも一礼した。
「星野様。いつも電話ばかりで、失礼しております」
「いえ」
その一往復で、ロビーの空気が変わったのが分かった。行員が二人、こちらを見ていた。この店の人たちは、本部の法人営業部長がどういう時に走るかを知っている。北洋銀行本部の法人営業部長、嵐田和義さん。私は電話でしか話したことがなかったが、名刺の名前は毎月見ている。
玲華が私と勝也さんを交互に見た。
「え? 何?」
玲華は笑おうとしていた。「今のは何かの間違いですぐに元の順番に戻る」と思っている顔だった。
正さんの顔から、作った丁寧さが抜けた。
「部長。あの、その方は」
嵐田さんが姿勢を戻して、正さんを見た。それから一度だけ言った。
「本日十一時のお約束のお客様です」
勝也さんが初めて名乗った。
「星野ホールディングスの星野です。書類鞄を持ち替えて、正さんの方へ向き直る。今でも毎日工場で働いていますから、この格好です」
正さんは動かなかった。喉が一度上下したのが、私の位置からも見えた。
「星野の」
その苗字を正さんは口の中で繰り返した。四月に自分が挨拶に行った会社の名前だ。ただ、その時応対したのは田丸さんで、この人は勝也さんの顔を見ていない。
勝也さんは続けた。
「今日は取引の見直しのお話に伺いましたが、その必要はなくなりました」
「と、おっしゃいますと?」
「では、北洋に置いている預金は、全部解約でお願いします」
正さんが瞬きをした。
「全部」
「はい。グループ全部で、二百億ほどあると思います」
その時、一番先に音を立てたのは常彦さんだった。常彦さんは正さんではなく、嵐田さんの方へ反応した。
「部長さん、今のは」
嵐田さんは何も答えなかった。答えられる立場ではない。お客様の取引のことを、この場にいる人たちに話すわけにはいかない。嵐田さんは答えを待たなかった。聞かなくても分かる人だった。四十年この銀行の中にいて、審査をやって役職までやった人だ。鳩取支店に二百億を置いている先が何であるか。常彦さんは多分、この店にどれだけの預金が集まっているか、その総額まで頭に入っている。常彦さんの顔から色が引いていくのを、私は見ていた。
店内が静まり返った。順番待ちの椅子の人も、窓口の行員も動かなかった。案内板の電子音だけが一つ鳴って、その後は何の音もしなかった。その静けさは、多分三秒くらいだった。
最初に動いたのは、カウンターの奥から出てきた支店次長だった。何かを言おうとして、嵐田さんの姿を見て、そのまま正さんの方へ回り込んだ。電話が鳴った。二台、三台。行員の一人が受話器を取って、途中で立ち上がった。奥のドアが開いて、人が二人出てきた。応接室の場所を聞く声と、それを止める声が重なった。
「応接二番です」
受話器を持った行員が奥へ声を投げた。
「いや、二番はさっきの」
別の行員が書類を抱えたまま言い返す。
「さあ、一番。一番を開けて」
支店長の声だった。誰かが番号札の機械を押し続けていて、紙が三枚続けて出た音がした。案内板の数字は止まったままだった。順番待ちの椅子で、おばあさんが隣の人に「何かあったのかしら」と聞いていた。窓口の列がざわつき始めて、番号札を持った人が三人立ち上がった。奥から出てきた行員が、二階へ上がる階段の下で立ち止まった。二階では昼食会の準備が進んでいて、係の人が降りてきて下の様子を見て、そのまま上がっていった。
カウンターの内側で、若い行員が受話器を抑えながら誰かに聞いていた。
「支店長は。支店長はどちらですか?」
支店長はロビーの真ん中に立っていた。父と母は、離れたところで固まっていた。
「二百億って言った」
母の声が裏返っていた。
「玲華の旦那さんが」
父は何も言わなかった。父はまだ、その数字を自分の知っている単位に置き換えようとしている顔をしていた。鳩取製作所の年商は、十億に届かない。父が四十年見てきた数字の物差しに、「二百億」の目盛りはない。
その中で、玲華だけが動かずに立っていた。抜けたらしい。菓子折りが床に落ちた。丸めた現金の束がタイルの上に転がった。誰も拾わなかった。
常彦さんが息子に向き直った。
「望月。お前、何をした?」
応接室へ移ることになった。案内したのは嵐田さんだった。この店の応接室の場所を、本部の人が案内していた。それだけで、この場の順番がもう入れ替わっていることが分かった。
入ったのは四人だった。勝也さんと私、正さんと嵐田さん。玲華が続いて入ろうとした。嵐田さんが手のひらを軽く上げた。
「恐れ入りますが」
言い終わる前に、正さんが言った。
「妻です。構いません」
嵐田さんは一秒だけ正さんの顔を見た。それから、勝也さんの方へ向き直った。
「星野社長。お取引の中身に入ります。支店長の奥様がご同席のままでよろしいでしょうか?」
「はい」
勝也さんはそれだけ答えた。嵐田さんは頭を下げて、扉を閉めた。本部の部長が客の前で支店長を止めなかったのは、止める必要がないと思ったからではない。この場では言わないと決めたからだった。
常彦さんと美沙子さん、それに私の両親は、同じ会の控室へ通された。二階の昼食会が始まるまで、そこで待つことになった。
応接室のテーブルは横に長かった。窓側に勝也さんと私が座り、向かいに正さん、その隣に嵐田さんが座った。玲華は座らなかった。扉のそばの壁際に立って、腕を組んでいた。座るように言う人はいなかったし、玲華も自分から座らなかった。座れば自分がこの部屋の何なのかを決めることになる。立っていれば、いつでも見物人でいられる。
玲華は最初の五分ほど、勝也さんの作業着を見ていた。私が見ていることに気づくと、目をそらした。
お茶が出た。運んできたのは黒田さんだった。湯のみを置く時、黒田さんの手が少し震えていた。勝也さんが「ありがとうございます」と言うと、黒田さんは深く腰を折って出ていった。その角度が、ロビーで見た時より深かった。
嵐田さんが先に話し始めた。
「星野社長。まず、手続きの点をご説明させてください」
「はい」
「先ほど解約とおっしゃいましたが、実務としては一度に動かせるものではございません」
嵐田さんは手帳を開いた。
「定期性のご預金は、中途解約ですと利息の面でお客様が損をされます。更新を止めていただいて、満期の来たものから順に移していただくのが通常です」
「分かりました」
「決済のご口座は、お取引先様への口座変更のご案内が必要になります。数百社ございますので、半年ほどかけて順に」
「給与の振り込みもありますね」
「はい。八百二十名分でございます。こちらは月ごとの締めがございますので、切り替えの月を決めていただきます」
勝也さんは頷いた。
「では、そういう順番で進めてください。今日この場で全部消えるという話ではありません」
「承知いたしました」
嵐田さんは書きながら答えた。
「ただ、社長。差し支えなければ、理由を聞かせていただけませんか?」
「後でお話します」
勝也さんはそれだけ言った。私はほっとした。この人は、腹を立てて口座を叩き切るような人ではない。取引の話をしている。
壁際で玲華が動いた。
「あの、ちょっといい?」
誰も返事をしなかった。玲華は構わず続けた。
「二百億って、本当なの?」
勝也さんは玲華の方を見なかった。嵐田さんも見なかった。答えたのは正さんだった。
「玲華、黙っていなさい」
その言い方に、私は驚いた。玲華に対して、正さんがそういう声を出すのを、私は見たことがなかった。玲華は口を閉じた。ただ、閉じたままで、まだ笑おうとしていた。
その時、扉が開いた。田丸さんだった。コートを腕にかけたまま、息を切らせている。
「遅くなりました。東関東が長引きまして」
「大丈夫だ」
田丸さんが席につこうとした時、正さんが顔を上げた。
「あの」
田丸さんが正さんを見た。正さんの表情が変わった。今度は思い出した人の顔だった。
「四月に、ご挨拶に伺った」
「はい」
田丸さんは椅子を引きながら、短く答えた。
「あの時、社長はベトナムでした」
それだけだった。攻める言い方ではない。事実の確認だった。
正さんはテーブルの上で指を組み直した。
「あの日ご挨拶させていただいたのは、財務のご担当の方だと」
「確かに」
四月の一日、この人はうちの工場の応接室で三十分座って、名刺を置いて帰った。応対したのは田丸さんで、勝也さんはいなかった。だから正さんは、うちの社長の顔を知らないままだった。それだけのことだ。ただ、人を三番の窓口へ回した理由は、それだけではなかった。
正さんは姿勢を直して、話し始めた。
「部長。誤解のないように申し上げますが、お取引全体の見直しは、以前から本部と進めていた話です」
嵐田さんは手帳を見たまま答えた。
「そうですね」
「支店としても、体制の見直しを進めてまいりました。小口は整理いたしました。担当先も三十七先減らして、効率化しております」
私は顔を上げた。数字が急に具体的になった。三十七。その言い方には、聞いていて分かるものがあった。減らしたことを、この人は成果として言っている。七ヶ月で三十七というのは、この人が本部へ持っていくつもりの数字なのだと思った。嵐田さん、手帳の上でペンが止まっているのが見えた。止まったまま動かないペンというのは、書いていないという意味ではない。「書かないでおく」という意味のこともある。
正さんが続けた。
「支店の預金量に対して、人手をどこに割くかという話で」
正さんはそこまで言って、言葉を切った。自分が今、本部の部長の前で何を数えて見せたのかに、気づいたのだと思う。
その時、扉が短くノックされた。
「失礼します。ご依頼の資料です」
入ってきたのは三十代半ばの男の人だった。ファイルを二冊抱えている。その人はテーブルにファイルを置いて、顔を上げた。そして、勝也さんを見た。
「あ」
一瞬だった。その人の目が大きくなった。それは客に会った時の顔ではなかった。ずっと会っていない人に道でばったり会って、名前が先に出てしまう。あの顔だった。
「星野社長」
私はその顔を、どこかで見たことがあると思った。正さんが遮りった。
「若尾、もういい。持ち場に戻って」
「はい」
若尾という名前で呼ばれたその人は、頭を下げて出ていった。扉が閉まる直前、もう一度だけ勝也さんの方を見たのが分かった。
応接室には、しばらく誰の声もなかった。私は自分の膝の上で指を組んでいた。この顔、どこで見たんだろう。ずっと引っかかっていた。銀行の人の顔は毎年変わるし、私は支店の担当者とほとんど会わない。それでも引っかかるということは、この店で会った人ではないということだ。別の場所で、もっと前に会っている。
勝也さんは自分の湯のみをテーブルの真ん中へ押した。それから、嵐田さんの方を向いた。
「嵐田さん」
「はい」
「今の方をもう一度、呼んでいただけますか?」
正さんが早口で言った。
「彼は融資の担当です。今日の件とは関係が」
「関係あります」
勝也さんはそこで、正さんの方へ顔を向けた。そして、足元に置いていた黒い書類鞄を、膝の上に乗せた。留め金の音が二つした。勝也さんが鞄を開けて、二つ折りの古い書類をテーブルに置いた。
テーブルに置かれたのは、書類ほどの大きさの紙が一枚だった。古い紙だった。二つに折ってあって、折り目のところが茶色くなっている。上半分だけが見えていた。印刷された表題が読めた。設備資金ご融資条件のご案内。その下に、ボールペンで書かれた欄がある。金利、期間、返済の方法。担当者の欄に、小さな印が一つ。右上の日付は、六年前の五月二十四日だった。
正さんが書類を覗き込んだ。
「うちの店の書式ですね。古い様式ですが」
「はい」
勝也さんが言った。
「六年前に、貴行の方がうちの工場でこれを書いて、置いて行かれました」
嵐田さんが眼鏡の位置を直した。
「二千万円。設備資金でございますね」
「精密の平面旋盤を一台です。当時の稟議書、こちらにも残っております」
稟議書というのは、その融資を出して良いかどうかについて、支店から本部まで順に判をもらっていく書類のことだ。嵐田さんが手帳の余白に何かを書いた。
「六年前の五月。鳩取支店。二千万円。番号は本部へ戻ればすぐに調べられます」
勝也さんはそこで、書類を置いた。
「あの頃、うちの従業員は二十二名でした。決算書は三年分を出しましたが、どれも自慢できる数字ではありません。貸したお金の代わりに抑えられるもの、担保に出せるものも、ほとんどなかった」
「はい。普通に考えれば通らない申し込みです」
正さんは黙っていた。
「実際、その前の年に、別の銀行さんに一度断られています。三十分で終わりました。決算書を三ページ目でくくって、返されました」
勝也さんは自分の手を見た。
「その時も、私はこの格好でした」
勝也さんは顔を上げて、嵐田さんの方を見た。
「六年前の五月、ここがあの融資を出してくれなければ、うちは今も従業員二十二名です」
勝也さんは書類の裾に指を置いた。
「今日この場でお話している二百億も、その後についてきた数字に過ぎません」
私はその横顔を見ていた。この人が自分の会社の話を、こんなに長くするのを、私は久しぶりに聞いた。勝也さんは続けた。
「あの旋盤で最初に受けた仕事が、今の工法の元になりました。今は装置のメーカーさんが四社と、医療機器の会社が二社。航空機と医療の認証も取りました。国内と海外を合わせて、社員は千二百四十名です」
「千二百」
玲華の声だった。壁際で、玲華が壁から背中を離していた。
「それって、人の数?」
勝也さんは振り返らなかった。私は玲華の顔を見ていた。玲華は数字を疑っていなかった。疑うより先に、自分がこの六年間、親戚の座敷で何を言ってきたかを数え直している顔だった。「従業員二十人の町工場」「妹の家」「鳩取の工場の方」。その言葉を聞いた人たちが、玲華の頭の中を順に通っているのだと思った。
勝也さんが言った。
「その二千万円は、三年後の六月に返し終えています。あれから今日まで、北洋からの借入れは一円もありません」
その時だった。扉が開いた。父が立っていた。部屋にいられなくなって、廊下に出ていたらしい。お茶を下げに来た行員が扉を半分開けたままにしていて、父はそこから中を覗いていた。父は書類を見ていた。「設備資金」と書かれた表題を、多分読んだのだと思う。そして、口を滑らせた。
「あそこ……あそこの仕事は、うちも受けてた」
部屋の全員が父を見た。父は自分が口を滑らせたことに気づいて、顔を赤くした。
「いや、鳩取製作所は板金を。あの、以前は」
「お父さん」
私は立ち上がりかけた。父は最後まで言わずに、後ずさって扉の外へ戻った。ただ、扉は閉めなかった。
その一言が何を意味するのかを、私はまだ半分しか分かっていなかった。うちが板金を内製化したのは、三年後だ。それまで、鳩取製作所は仕事を受けていた。つまり父は、娘の勤務先が何をしている会社なのかを、自分の勤め先の伝票で見られる位置にいた。知らずにいられるはずがない。けれど、父は六年間ずっと「工場は潰れないようにね」と言い続けてきた。
嵐田さんが受話器を取った。
「融資の若尾君を、こちらへ」
一分もしないうちに、若尾さんが入ってきた。今度はファイルを持っていなかった。
「失礼します」
「若尾君」
嵐田さんが言った。
「テーブルの書類を見てください」
若尾さんが近づいてきて、書類を見た。そして、動かなくなった。勝也さんが書類に手を伸ばした。折り目に指をかけて、ゆっくり開いた。上半分は条件の欄で、下半分は何も印刷されていないところだった。その白いところに、一筆だけ手で書いた字があった。
私は身を乗り出した。長い間あのファイルの間に挟んでおきながら、私はそこを開いたことがなかった。開く用事がなかった。折ってあるものを、わざわざ開こうと思わなかった。条件の欄は見た。金利も期間も、経理として何度も目に入っていた。だから私は、あの書類を見たつもりでいた。見ていなかったのは、折り込まれた側だった。
勝也さんが言った。
「若尾さん、ここに書いてあるのは、あなたの字ですね」
若尾さんはテーブルに手をついた。
「はい」
「読んでいただけますか?」
「私がですか?」
「若尾さんが書かれたものですから」
若尾さんはしばらく黙っていた。それから、声を出した。最初の一言だけ、少し掠れた。
「工場を、発見しました」
声が続いた。
「数字より、この方の手を見て決めました。そして、最後の一文を読んだ」
「必ず本部を通します」
応接室が静かになった。若尾さんが顔を上げた。その顔を、私はその時、思い出した。六年前の五月、工場の床にしゃがみ込んで、機械の前で刃を覗き込んでいた人だ。工具の名前を一つずつ聞いて、その度に手帳に書いていた人。分かったふりをしない人。帰り際に一度だけ振り返って、「今日来てよかったです」と言った人だった。
「あの時、うちに来てくださった方ですよね」
私がそう言うと、若尾さんは深く腰を折った。
「はい。若尾と申します。あの日帰り際に、『来てよかったです』って。覚えていてくださったんですか?」
若尾さんの声が崩れた。
「あの日、私は外回りに出て三年目で、自分の書いた稟議を本部まで通したことがありませんでした」
若尾さんは紙の方を見た。
「工場を見せていただいて、社長に旋盤の話を伺って、これは通したいと思いました。ただ、数字だけ見れば通らない。だから、私はそこに書いたんです。自分に言い聞かせるつもりで、必ず本部を通します、と」
それは客への約束というより、自分への宣言だったのだと、私は思った。若尾さんは書類から目を離さずに続けた。
「当時の課長にも、六年前にこの店にいらした支店長にも、三回持っていきました。担保に出せるものがほとんどなく、支店では決められない案件でしたから。三回目に、当時の支店長が本部へ上げてくださいました」
若尾さんはそこで、小さく笑った。
「あの時『来てよかったです』と言ったのは、多分、自分のためでした」
勝也さんが書類を指した。担当者の欄の、小さな印のところだった。
「この判も、あなたのものです」
「はい」
勝也さんはそこで顔を上げた。そして、正さんを見た。私はその時、この人が何をしているのかが、ようやく分かった。勝也さんは二百億の話をしに来たのではない。二百億は、この書類を出すための入り口だった。朝、工場から出る時にこの書類を鞄へ入れたのは、「六年前からの経緯を本部に説明するため」だと言っていた。私はそれを信じていた。信じていたし、多分それも本当だった。ただ、この人はロビーで三番の窓口を指された時に、鞄の中にこれが入っていることを思い出したのだと思う。
勝也さんが正さんに呼びかけた。
「支店長さん」
「はい」
「これを書いた方を、あなたはどう評価されましたか?」
正さんは答えなかった。勝也さんはもう一度言った。
「先ほど、担当先を三十七先減らして効率化したとおっしゃいました。減らしたのは、どなたの担当先ですか?」
正さんの唇が動いた。
「それは」
「はい」
「担当を外したのは、成績が」
そこで止まった。正さんは、自分が今どこで何を言いかけたかに気づいたのだと思う。目の前に客がいて、隣に本部の部長がいて、扉の外に自分の妻の実家の人間がいる。行員の人事の評価というのは、外へ出す話ではない。それくらいのことは、銀行の外にいる私でも分かる。分かっていて、この人は言いかけた。それだけ追い詰められたのだと思うし、それだけ普段から口にしていたのだとも思う。
正さんの顔から血の気が引いた。若尾さんは頭を下げたまま、何も言わなかった。この人は最後まで、自分の評価のことを口にしなかった。その一言を、嵐田さんが黙って手帳に書き取った。嵐田さんが手帳を閉じた。
「支店長。今の話は、後で別に伺います」
正さんは何も言わなかった。
その時、扉が大きく開いた。常彦さんだった。控室で待っていられなくなったのだろう。ネクタイの結び目に手をやりながら、部屋に入ってきた。
「望月」
「父さん、今は」
「今しかないだろう」
常彦さんはテーブルの上の書類を一度見た。それから、息子を見た。
「お前、この会社の担当は誰だ?」
「本部の嵐田部長です。支店の窓口は私です」
「では、聞くが」
常彦さんの声は怒声ではなかった。むしろ低くて、事務的だった。
「お前は、この店でも最大級の取引先の代表者の顔も知らずに、着任から七ヶ月やってきたのか」
正さんは口を開かなかった。
「四月に挨拶に行ったろう」
「行きました。ただ、社長は不在で」
「なら、日を改める」
常彦さんはそこで言葉を切った。それからもっと低い声で言った。
「服を見て、振り分けたな」
部屋の音が消えた。
「そんなつもりでは」
「つもりの話はしとらん。やったかどうかを聞いとる」
壁際で、玲華が動いた。
「お父さん、正さんは悪くないですよ。だって、あんな格好で来られたら」
常彦さんが振り返った。
「玲華さん」
「はい」
「出なさい」
玲華の顔が固まった。
「へ」
「ここはお客様の部屋だ。あなたも、私も、いてはいけない。行きましょう」
常彦さんは玲華の背中に手を添えて、扉の方へ促した。玲華は一度、私の方を見た。助けを求める目ではなかった。まだ何が起きているのか分かっていない目だった。出ていく前に、常彦さんは息子に言った。
「お前は残れ。支店長だろう」
若尾さんも嵐田さんに目で促されて、一礼して、二人の後に続いた。扉が閉まった。残ったのは、勝也さんと私と田丸さん、嵐田さん、そして正さんだった。
正さんはしばらく黙っていた。それから、誰に向けてでもなく話し始めた。
「三月に内示をもらった時、支店は二年だと言われました」
嵐田さんが顔を上げた。正さんは嵐田さんを見ずに続けた。
「二年で、本部の営業推進部へ戻す。そういう話でした。支店長ですから、数字を作らなければならなかった。預金量は動かせません。大きい先は本部が見ておられる。私が動かせるのは、小さいところの数だけです」
正さんは自分の手を見ていた。
「担当を減らせば、一人当たりの効率が上がります。数字の上では」
「その三十七先は、どこへ行きましたか?」
勝也さんが聞いた。
「近隣の店へ。移管だけの扱いに落としました」
「若尾さんの担当分ですね」
「はい」
正さんはそこで小さく息を吐いた。
「彼は、時間をかけすぎるんです。一件に何度も足を運ぶ。数字が出ない」
「六年前、その人はうちに三回足を運んでいます」
勝也さんが言った。
「三回目にお持ちいただいた書類が、これです」
正さんは書類を見なかった。
「私は、間違ったことをしたつもりはありません」
「そうですか」
「効率化は、本部の方針でもあります」
嵐田さんが静かに言った。
「本部の会議で、お客様を服装で選別して良いとは書いておりません」
正さんの肩が落ちた。それから、口の中で言った。
「事務統括部にでも回されたら、終わりだ。あそこは店を持たない裏方だ」
誰も返事をしなかった。
入れ替わりに、母が顔を出した。
「あの……お父さんが戻ってこないもので」
父は廊下の壁に寄りかかっていた。母がその腕を引いて、二人で部屋の入り口に立った。嵐田さんが席を立とうとしたが、勝也さんが「構いません」と言った。
「うちの家族の話です。すぐ終わります」
私は父の方を向いた。ずっと聞かずに来たことが、一つあった。あの日、座敷で父が言った言葉のことだ。
「父さん」
「なんだ」
「大坂さんは、なんて言ってたの?」
父の肩が動いた。
「何がだ?」
「六年前の一月。うちの座敷で、大坂さんが星野さんの話をしたでしょう。あの時、なんて言ってた?」
父は答えなかった。私はもう一度言った。
「私、台所からお茶菓子を運びながら聞いてた。大坂さんは、『そこはこれから伸びますよ』って言った」
母が父の顔を見た。
「あなた、そんなこと聞いてたの?」
父は口を開いて、閉じて、それからようやく言った。
「聞いた。……言っとらん」
「なんで?」
父は目をそらした。
「言っても、あいつが行くわけがないからだ。玲華にだ。町工場だぞ。あいつは行かん。行かんと分かっている話を、『伸びるかもしれん』と言って進めたら、それこそ揉める」
だから、父は写真だけを姉の方へ滑らせた。「地方で町工場を継いでいる男性」。父が玲華に伝えたのは、それだけだった。「伸びる」という言葉は、父のところで止まった。
私はもう一つ聞いた。
「お父さんの会社、うちの板金をやってたよね」
父の顔が変わった。
「それは、三年後までうちが東関東で内製化したから、無くなったけど」
母が「何の話」と言った。誰も答えなかった。
「知ってたんだね。うちの会社が、何をしてるか」
「伝票を見れば、分かる」
父は正直に答えた。そこに嘘はつかなかった。
「分かってて、『工場は潰れないようにね』って言ってたの」
父は答えなかった。父は湯のみも何も持っていない手を、上着のポケットに入れたり出したりしていた。営業の人の癖だと思った。相手の言葉を待つ間、この人は必ず手を動かす。答えなくとも分かった。三年後に仕事がなくなった時、父はそれを内製化ではなく「切られた」と受け取った。娘の勤務先に切られた。元々、父にとって私の家は「大きくなってはいけない」家だった。三年後からは、そう思うしかなくなった。大きくなっていることを認めれば、切られた自分の会社の小ささも認めなければならない。
「お父さんも、お母さんも、六年間で一度も工場に来ていないよ」
私はそう言った。
「行く用事がなかっただろう」
「うん。なかったね」
本当にそうだった。あの人たちは、行く用事を作らなかった。
私は勝也さんの方を向いた。
「この時、この人、会社の話をしようとしたの。お父さんが乾杯で止めた」
父が「そんなことは」と言いかけた。
「還暦の時も、止めた。二回とも、同じやり方だった」
勝也さんが小さく首を振った。言わなくていい、という合図だった。私は続けた。
「でもね、二回目の後は、私に聞いたの。『言わなくていいのか』って。私は自分の膝を見た。『私が言わなくていい』って、答えた」
母が「呑気ね」と言った。
「私が黙らせたの。この人じゃない。この人が柏村の家で会社の話をしなかったのは、性格でも遠慮でもない。私がそう頼んだからだ。理由は簡単だった。私はあの披露宴の駐車場に止まっていた車のことを、覚えていたからだ。名前を呼ばれなかった会社の話を、もう一度あの座敷に出したくなかった。だから、私は何年もかけて、自分の夫の会社を実家の中で名前のないものにしておいた。玲華が名前を出さなかったのと、やっていることは同じだった」
廊下の向こうで、控室の扉が閉まりきっていないのが分かった。声が漏れてきた。
「だから言ったでしょ。正さんはちゃんとやってるって」
玲華の声だった。
「玲華さん、今はおやめなさい」
美沙子さんだった。
「でも、お母さん。望月さんが何を言われているか、分かっていて言っているの」
「私、何もしてません」
「あなたね」
そこで常彦さんの声が重なった。
「二人とも黙りなさい。二階の会は中止だ。私が断ってくる」
声はそこで途切れた。一瞬だった。三人とも、相手を責める言葉を一度ずつ言って、それで止まった。あの家には、あの家の作法があるらしい。
私は席を立って、廊下へ出た。喉が乾いていた。給湯室の方へ歩いていくと、廊下の隅で嵐田さんが立っていた。向かい合っているのは、黒田さんだった。黒田さんは手にメモを持っていた。
「回数までは数えておりませんが、月に何度かは、私がコピーやお昼の買い物を頼まれることがありました。支店長の奥様が、ですね」
「はい」
「断りづらくて」
私は足を止めた。聞いてはいけないものだと思って、そのまま引き返した。引き返しながら、玲華が言っていたことを思い出した。「支店にお昼を届けに行くと、行員さんがみんな立ち上がる」と玲華は言っていた。立ち上がっていたのだと思う。断れなかっただけだ。
応接室へ戻ると、勝也さんが立ち上がるところだった。鞄から封筒を一つ出して、勝也さんは一通、嵐田さんに渡した。封筒の中身は一枚だった。取引全体の移管について、方針を通知する書面だった。田丸さんが前の日に「条件がまとまらなかった場合の控えとして」一通だけ用意していたものだ。定期の更新停止から始めて、決済と給与移管は年度末までに移す。段取りが順番に書いてあるだけの静かな書類だった。
嵐田さんはそれを両手で受け取って、目を通した。
「承知いたしました。正式な書面は、改めて本社にお伺いします」
「お願いします」
勝也さんは椅子の背にかけていた作業着の上着を取った。
「では、失礼します」
私たちは応接室を出て、ロビーへ戻った。ロビーはまだ落ち着いていなかった。番号の列が長くなっていて、行員が二人、応援に出ていた。控室の扉も開いていた。常彦さんと美沙子さんが出てきて、玲華がその後に続いた。私の両親も、廊下から出てきた。
出口へ向かう私たちの前に、正さんが回り込んだ。
「星野社長」
勝也さんが足を止めた。
「本日は、大変失礼をいたしました」
正さんは深く頭を下げた。九十度に近い角度だった。
「私が、社長の顔を存じ上げなかったばかりに」
勝也さんはその頭を見下ろしていた。それから、口を開いた。それまでの二時間、この人は自分のことを「私」と言っていた。取引をする時は、いつもそうする。その時だけ、言い方が変わった。
「俺を知らなかったことは、問題じゃありません」
正さんが顔を上げた。
「知らない客なら、雑に扱っていいと思ったことが、問題です」
ロビーの音が落ちた。勝也さんは大きな声を出していない。怒鳴ってもいない。ただ、その一言だけがよく通った。
「今日、あなたは私の名前も、会社の名前も、要件の中身も聞かずに窓口を決めました。それは、聞いていれば名前で分かったはずです。聞かなかった。判断の材料が、服しかなかったからです」
勝也さんはロビーの三番の窓口の方を見た。
「あそこに座っていた人たちを、あなたはそういう目で振り分けているんですね」
順番待ちの椅子の人たちが、こちらを見ていた。
「うちも、六年前までは、あちら側でした」
三番の窓口の前に座っていた年配の男の人が、こちらを見ていた。作業ズボンに長靴を履いた人だった。膝の上に通帳を置いている。その人は勝也さんと目が合うと、小さく会釈をした。勝也さんも返した。
そして、勝也さんは嵐田さんの方を向いた。
「嵐田さん、一つだけ申し上げます」
「はい」
「本部が条件を見直してくださるなら、私は北洋に置いたままにするつもりでした。今朝まで、そう思っていました」
「はい」
「決めたのは、今日のあれです」
嵐田さんは黙って頭を下げた。それから、姿勢を戻して、正さんに向き直った。
「支店長。本日以降、この件については、日常の入出金と決済の窓口も含め、鳩取支店ではなく、本店営業部で受け持ちます」
正さんの顔が動いた。
「部長、それは」
「鳩取支店は、本件から外れます」
言われた側の何人かが、カウンターの内側で顔を上げた。店の預金量の三割が、その一言で店の数字から外れる。意味が分かる人ほど、動けなくなっていた。嵐田さんの声は、業務連絡と同じ調子だった。
「それから、今回の件は、担当役員と人事部へ、私から報告いたします」
常彦さんが目を閉じた。その意味を、この場で一番早く理解したのは、多分常彦さんだった。大口を一社失ったという話ではない。「店を通さない」というのは、「その店に任せられない」という判断のことだ。
美沙子さんが常彦さんの袖を引いた。
「あなた、二階の会は断ってきた」
「なぜ?」
「なぜとは、なぜ。今日この店で、地元の経営者を集めて昼飯を食う会をやるんだ。『うちの店はあなた方を大事にします』という会だ。その店が、さっき作業着の社長を三番へ回した」
美沙子さんが黙った。
「わしは、その会で乾杯の挨拶をすることになっていた。なんと言えばいい?」
常彦さんは息子の肩に手を置いた。
「望月」
「はい」
「これは、肩書きの問題じゃない」
正さんは何も言わなかった。私はこの人を攻める気になれなかった。攻める理由がないのではない。ただ、この人がやったことは、うちの実家が六年かけてやってきたことと同じ形をしていた。名前を聞かない。中身を見ない。見えているものだけで箱に入れる。違うのは、この人が銀行の店を預かる立場でそれをやったということだけだった。
その時、玲華が近づいてきた。玲華は私の腕を取った。
「七美。言ってくれれば、よかったじゃん」
玲華が私の腕に触れるのは、随分久しぶりのことだった。
「何を?」
「こんな大きい会社だって。聞かれたことないから、知らなかったんでしょ」
私は玲華の手を見た。爪が綺麗に整えてある手だった。そして、私は言った。
「さっきまで、『貧乏人』って言ってたよね」
玲華の手が止まった。
「それは、その、冗談で」
「そう」
私はそれ以上言わなかった。言うことがなかった。私が言いたかったことは、そんなに複雑ではない。妹の家にも、名前があるということ。それだけだった。
父が前に出てきた。父は勝也さんに向かって笑顔を作っていた。営業四十年やってきた人の笑顔だった。
「いや、勝也君。まあ、結果的には、良かったな」
勝也さんが父を見た。
「違います」
父の笑顔が止まった。
「え」
「七美さんは、誰かの代わりで俺の妻になったんじゃありません」
勝也さんは静かに続けた。
「六年前、俺はこの縁談を一度お断りしました。誰かの代わりに来た人と結婚するのは、その人に失礼だと思ったからです」
「それは、まあ、そうだが」
「その後、俺からお願いしました。代わりでなく、会って欲しいと。俺がお願いして、七美さん自身が俺を選んでくれたんです」
勝也さんは頭を下げた。
「良い縁談だったのではありません。七美さんが、選んでくれたんです」
母が私の名前を呼んだ。
「七美。あなた、そんな大事なこと、なんで言わないの?」
私は母の方を向いた。
「六年前、お母さんはなんて言ったか、覚えてる?」
母は口を開いて、閉じた。
「『玲華にはもっと条件のいい人が来るけど、七美なら町工場でもいいじゃない』」
母の顔が赤くなった。
「そんな、そんなつもりじゃ」
「うん。つもりじゃないと思う。私は本当にそう思ってた。だから、治らない。悪意があれば、指摘された時に止まる。悪意がない人は、止まらない。自分がしていることを優しさだと思っているからだ。六年前のあの夜、お母さんは本当に私に『合う話』を探してもらおうとしていた。そして、その日も、お母さんは本当に私の服装を心配しただけのつもりでいた」
「私、この人と結婚してよかったよ」
それだけ言って、私は前を向いた。言ってから、自分の声が震えていないことに気がついた。六年前、私はこの家の座敷で、返事の代わりに湯のみを両手で持っていた。あの時言えなかったことを、私はその日、ロビーの真ん中で言った。たったそれだけに、六年かかった。
父は何か言おうとしていた。母は袖を引いていた。玲華は自分の靴の先を見ていた。誰も、私を止めなかった。私の言葉が、最後まで残ったのは、多分その日だけだった。
勝也さんが、朝から持ってきた書類を手に持っていた。あの二つ折りの書類だった。勝也さんはロビーの奥へ目をやって、若尾さんを見つけた。若尾さんはカウンターの内側で立っていた。勝也さんが近づいて、書類を差し出した。
「これ、お返しします」
若尾さんが目を見開いた。
「いえ、そんな。お客様の控えですから」
「ずっと、うちが持っていました。これからは、書いた人が持っていてください。私は、うちの会社はこの書類から始まりました」
若尾さんは両手で受け取った。受け取って、そのまま長い間動かなかった。
「社長」
顔を上げた若尾さんの目が赤かった。
「私は何も」
「若尾さん。六年前、うちの工場でしゃがんで、工具の名前を全部聞いていましたよね」
「はい」
「あれを、うちの人間は今でも覚えています」
勝也さんはそれだけ言って、背を向けた。田丸さんが横で手帳を閉じながら、小さく言った。
「社長、移管の段取り、私がやります。ただ、若い担当の方々には何の不満もありません、と本部へ添えておきます」
「頼む」
「それは書いておかないといけません。悪いのは仕組みではなく、一人の判断ですから」
出口へ向かう時、床に菓子折りが落ちたままになっているのが見えた。玲華がそれに気づいて、しゃがんだ。丸めた現金を拾って、菓子折りに戻した。それを胸に抱えた。誰も、手伝わなかった。
自動ドアが開いて、外の空気が入ってきた。十一月の風だった。
駐車場まで歩く間、勝也さんは何も言わなかった。車のドアを開けて、私が乗るのを待って、それから運転席に座った。エンジンをかける前に、この人は自分の手を見ていた。爪の縁が黒い手だった。私は、六年前のあの日の母の言葉を思い出していた。
移管は、書面の通りに進んだ。十二月から定期の更新を止めて、満期の来たものから順に移した。決済の口座と給与の振り込みは、取引先へ案内を出しながら少しずつ切り替えて、翌年の三月に終わった。北洋銀行の本部から、十一月十八日に文書で謝罪が届いた。田丸さんはそれを閉じて、それきり話題にしなかった。
支店のことは、後から聞いた話が多い。本部が調べ始めると、以前からの申し出がいくつも出てきたそうだ。小さな取引先への対応のこと。部下への言い方のこと。それから、支店長の家族が店に出入りしていたこと。どれも、あの日に始まった話ではない。ずっと店の中にあって、外へ出せずにいたものが、二百億という分かりやすい形をした日に、まとめて出ただけだった。
正さんは翌年の二月に支店長職を解かれて、本部の事務部へ移ったという。常彦さんは、銀行の退職者の集まりの世話役をやめたそうだ。美沙子さんは、玲華の服を選びに行かなくなったという。
若尾さんは、その二ヶ月後に本部の法人営業部へ移った。嵐田さんからの電話で、そう聞いた。「あの日の紙を、机に立てているそうです」。嵐田さんはそれだけ言って、あとは残りの話をした。
玲華は荒れたらしい。母からの電話で、それを知った。「支店長夫人で亡くなったこと」が、玲華には応えたようだった。五月に別居して、今は都内で一人で暮らしていると聞いた。
父と母からは、その年のうちに何度か電話が来た。一度は「工場を見学させて欲しい」という話だった。もう一度は「親戚に勝也さんを紹介したい」という話だった。私は断った。断りながら、迷った。父も母も、ではない。ただ、この人たちが工場を見学したいというのは、工場が大きくなったからだ。二十二名だった頃の工場は、とうとう見に来てもらえなかった。今さら見に来てもらっても、あの頃の工場はもうない。
絶縁はしていない。用があれば出るし、法事にも行く。ただ、「姉と並べられる」場所には、もう行かないと決めた。そういう時、母は「そんなつもりじゃなかったのに」と言った。私は「うん」と答えて、電話を切った。
翌年の六月、私は鳩取工場へ行った。夏の初めで、シャッターを全部開けてあった。機械の音と油の匂いが、外まで出ていた。工場の芯にあるものは、初日から変わっていなかった。人は増えたし、機械も増えたけれど、朝に社長が一番先に来てシャッターを上げるところは、同じだった。
勝也さんは三番の旋盤の前にいた。作業着でしゃがんで、米倉君と一緒に何かを覗き込んでいる。あの二千万円で入れた機械だ。米倉君は、その春から一人で旋盤を任されるようになっていた。
「社長、この面、まだ光ってません」
「押さえ変えますか?」
「うん。押さえが甘い。もう一度、当ててみろ」
田丸さんが事務所の扉から顔を出した。
「社長、銀行の方が見えています」
勝也さんは顔を上げずに答えた。
「あと十分、待ってもらってください」
私は笑ってしまった。二百億動かした人が、機械直してるの。勝也さんはこちらを見て、当たり前のような顔をした。
「こっちの方が大事だから」
その後、十分きっかりで、勝也さんは手を洗って事務所へ行った。手を洗っても、爪の縁は黒いままだった。新しい銀行の担当の人は、まだ若い人だった。応接で図面の話を三十分聞いて、帰り際に「工場を見せていただけますか」と言った。勝也さんは「どうぞ」と言って、自分で案内していった。
夕方、シャッターを下ろして事務所へ戻ってきた勝也さんに、私は言った。
「今日も油まみれだね」
「町工場なんで」
二人で笑った。工場の外は、まだ明るかった。
六年前、姉は写真を一枚見て「作業着の男」と言った。母は「七美なら町工場でもいいじゃない」と言った。あの頃の私は、あまり物を押し付けられたのだと思っていた。姉の代わりに出会った人だった。でも、誰かの代わりとして始まった人生ではなかった。肩書きだけを見ていた人たちには、最後まで分からなかったのだと思う。私が手に入れた一番大きなものは、二百億でも会社でもない。目の前の人を肩書きで判断しない夫だ。
私は今も、総務の六人と一緒に、この会社の内側を作っている。名刺に肩書きはない。それでいい。名前は、呼ばれた分だけ自分のものになる。私はこれからも、この工場で、その名前を呼ばれながら働いていく。



