母は真夜中に私を揺り起こし、泣きながら言った。「沖野よ、若君を連れて、今すぐこの屋敷を出て行きなさい。奥方様が若君の命を狙っておられる」。私は十歳だった。母は私の背に赤子を縛り付け、古い布の包みを握らせた。「これは若君の身分を明かす証だ。何があっても守り抜くのよ」。その夜、雨が降りしきる中、私は母を残して闇へ駆け出した。母は私を逃がすため、わざと泥棒騒ぎを起こして人々の目を引きつけた。あれが…

母は真夜中に私を揺り起こし、泣きながら言った。「沖野よ、若君を連れて、今すぐこの屋敷を出て行きなさい。奥方様が若君の命を狙っておられる」。私は十歳だった。母は私の背に赤子を縛り付け、古い布の包みを握らせた。「これは若君の身分を明かす証だ。何があっても守り抜くのよ」。その夜、雨が降りしきる中、私は母を残して闇へ駆け出した。母は私を逃がすため、わざと泥棒騒ぎを起こして人々の目を引きつけた。あれが...

夜が明け切らぬうちに、若様を抱いてここを出て行っておくれ。ママ様が後の命を狙っておられる。

お服は、生まれたばかりの我が娘にそう言い残し、赤子の証を託しました。その夜、声を殺して泣きながら、若様を背に負い、雨に沈む泥の道へと身を投げ出したのです。門の内では母の叫びが響き、行手には増水した川が道を阻みました。幼い下女は、果たして若様を無事に生かすことができたのでしょうか。

江戸の町から遠からぬ武蔵の地に、代々広大な畑と米倉を受け継いできた桐兵衛という大身の旗本の家がありました。蔵には米俵が高く積み上げられ、門前には年貢を納めに来る百姓の列が絶えぬほどの家柄でしたが、いかに蔵が潤おうとも、人の命は罪で償えるものではありません。

奥方は待ち望んだ子を生み落としたものの、その産後の疲れから床を離れられぬまま、ほどなく亡くなってしまいました。生まれた男児の名は鶴千と申しました。この子を母代わりに育てたのが、しのの方の実家から連れてきた侍女・お服でございます。お服は他のどの女中よりも奥方の心の内をよく知り、奥方もまたお服を単なる飯使いではなく、心を分かち合う相手として大切にしておりました。

そのお服にも、八つになる娘がおりました。沖野と申します。沖野は幼い頃から母の後について奥向きに出入りしながら育ちました。奥方は侍女の子と言って粗末に扱うことはなく、沖野が挨拶に来るたびに手ずから菓子や裂き布を持たせては、「お前も私の娘のようなものだよ」と言葉をかけてくれました。その言葉は幼い沖野の胸に深く刻まれたのです。

奥方が鶴千を身ごもっていた頃、何の巡り合わせか、お服もまた二人目の子を身ごもり、二人の女は同じ年に前後して臨月を迎えることとなりました。お服の夫は桐家の田を守る実直な百姓でございましたが、妻の腹が重くなるのを見て、「今度こそ息子でも娘でも達者に生まれて欲しい」と日々祈っておりました。しかし、良きことと悪しきことは重なって訪れるもので、お服の夫は秋の収穫を前に急な熱病にかかり、十日と持たずに世を去ってしまいました。お服は腹の子を一人で生まねばならぬ身の上となり、その上、夫を失った悲しみの中でようやく生み落としたその子までもが、生まれて一か月と経たぬうちに、あっけなく亡くなってしまったのです。

沖野はまだ八つの幼さで、母の味わった悲しみを傍らで見つめておりました。父の位牌を納めてまだ百日と経たぬ弟の小さな棺を埋める母の後ろ姿を見ながら、沖野はどう声をかけて良いのかも分からず、ただ母の裾を握りしめて立ち尽くすばかりでございました。その日を境に、沖野は屋敷の雑多な用事を自ら進んで引き受けるようになり、これが後に人並み外れた機知と手先の器用さを身につける契機となったのです。

お服が我が子と夫を共に失い悲しみに沈んでいたちょうどその頃、奥方もまた産後の患いの果てに、この世を去り、生まれたばかりの若君だけが一人残されました。屋敷中が喪に服す騒ぎとなり、父の乳もまだ枯れていないお服が乳母として呼び寄せられたのです。我が子を胸に葬ったばかりで、また別の若君に乳を含ませねばならぬとなったお服でしたが、その赤子を初めて抱いた瞬間、不思議と涙が溢れ、「天が我が子の代わりにこの命を授けてくれたかのような心地がした」と申します。その日からお服は鶴千を我が子のごとく懐に抱いて育て、桐家の実質的な母となりました。

沖野もまた母の傍らで若君の世話を手伝い、母が手を離せぬ時には自ら若君を背に負って小歌を口ずさみました。不思議と鶴千は他の者の手には泣きじゃくるのに、沖野が抱くとぴたりと泣き止むのです。お服はその様子を見るたび、「この子は前世で我らと何の縁があるのだろう」と呟き、沖野はその度に「この小さな命を必ず守らねば」という責任を感じるのでございました。

月日が流れ、鶴千がまだ乳飲み子であった頃、桐兵衛は一族の長老たちの勧めで、沢という女を後添えに迎えました。沢は初め我が子のごとく鶴千を大切に扱う様子を見せ、桐兵衛の信頼も厚くなりましたが、お服だけは沢の愛らしい笑顔の裏に潜む何かを鋭く感じ取っておりました。ほどなくして沢は男児・数馬を生みました。沢の実家は禄の少ない小身の家であり、実家の兄からは「数馬が健やかに育つ限り、この家も安泰であろうに」という文が幾度となく届いておりました。沢自身もまた正妻でありながら、常に先妻の忘れ形見の影に立たされる心地を拭えずにおりました。実家の催促に触れる度、沢の胸の内で鶴千への嫉妬がじわりと苦い執着へと変わっていったのです。

屋敷中が祝いに湧く中、お服の顔だけが一気に曇り、沖野はこの時初めて母の顔にただならぬ影を見出したのでございます。母に「何か心配事でも」と尋ねると、お服はただ「これからは片時も若君の傍らを離れてはならぬ」とだけ答えました。

それから幾年か過ぎ、桐兵衛は所用で地方に出向いた先で流行病を得て帰らぬ人となりました。その頃から沢の様子は少しずつ変わり始め、奥方に使えていた女中たちを様々な言い訳で次々と暇を出し始めたので、お服の不安は日ごとに深まっていきました。「母上、なぜそんなに寝つきが悪いのですか」とある夜、沖野が尋ねますと、お服は娘の手を握りながら「この家に近いうちに大きな嵐が吹くような気がしてならぬのだ」と低く答えたのです。

その日の夕方、沢は「若君は少々冷えておられるようだ」と言って、鶴千に温め役だと称する薬を飲ませておりました。お服もその場に居合わせておりましたが、いつものことと気に留めず、その薬こそが毒牙の第一歩であったとは夢にも思わなかったのです。

その夜、お服は水を汲みに出て、たまたま裏の庭の近くを通りかかった時、沢と医者の声を耳にしました。二人は人の気配に気づかぬまま低い声で話し込んでおり、その内容がお服の心を凍りつかせたのです。「奥方様の仰せでは、若君に熱と発疹の出る薬を飲ませよとのこと。疫病さえすれば、仮小屋に移した後に火を放っても誰も怪しまぬ。疫病を防ぐために焼いたといえば、それで済むという話であった」のです。お服はその場に足がすくみ、まともに立っていることさえ叶いませんでした。手で口を抑えてやっと息を殺し、二人が遠ざかるまで闇の中で凍りついたように立ち尽くしたのです。

その夜、お服は眠る沖野を揺り起こしました。娘の顔をじっと見つめる彼女の目からは、いつしか涙が伝っておりました。「沖野よ。よくお聞き。奥方様が若君の命を狙っておられる。偽りの病を患らわせて疫病と偽り、仮小屋に火を放ち焼き殺そうという手口と申します」。沖野は初めそれが信じられませんでした。しかし、震える母の声と青ざめた顔を見て、これが決して根も葉もない話ではないと悟ったのです。「それではどうすれば良いのですか」「母が若君を抱いてこの屋敷を出ねばならぬ」。お服のその一言に沖野は息が詰まる思いがいたしました。まだ十の幼さで、それも真夜中に、行く当てもなくこの広い世に出ていけというのですから、恐ろしくないはずがございません。

沖野は母の袖にすがりつきました。「母上もご一緒に行かれれば良いではありませんか。私一人ではとても叶いません」。しかしお服は首を振りました。その眼差しには、すでに全てを覚悟した者の決然たるものが宿っておりました。「私はすでに奥向きの者たちに見張られている身だ。私が共に動けば、きっと二人とも囚われてしまう。私が残って少しでも時を稼がねばならぬのだ」。「嫌でございます。母上なしでは…」お服は娘の両肩を掴み、目を合わせました。その瞬間の眼差しを、沖野は後々まで忘れることができなかったと申します。「私が生きてこそ若君も生きる。そして私が生きてこそ、いつかこの無念を明らかにする者も残るのだ」。

お服は懐から古びた布の包みを取り出し、娘の手に握らせました。それは奥方が生前密かに託しておいたもので、中には鶴千の名を刻んだ守り刀、生年日を記した産着の切れ端、そして奥方が実家へ送ろうとして送りそびれた文が一通納められておりました。「これは若君が何者であるかを明かす最後の証だ。何があってもこれだけは守り抜くのだ。良いな」。沖野は震える手でその包みを胸に抱きました。

そして眠る鶴千をそっと背に負い、布でしっかりと縛りつけました。もはや猶予のならぬ時でございました。庭の外にはいつしか大粒の雨が降り注ぎ始めておりました。天までも別れを悲しむものか、遠くで雷が低く轟いておりました。沖野は最後に母を振り返りました。お服は懸命に笑みを浮かべようとしておりましたが、その顔にはすでに涙が満ちておりました。「行きなさい。沖野。振り返らずに行くのですよ。母は大丈夫だから。さあ、行きなさい」。沖野は咄嗟に母を抱きしめました。短い言葉ではございましたが、その中には母娘が分かち合える全ての心が込められていたのです。

お服は娘の背を押すように前へ出しました。これ以上ためらえば心がくじけ、娘を手放せなくなると思ったのでございましょう。その時、屋敷の奥で人の起きる気配がいたしました。お服はとっさに沖野を蹴り倒し、「泥棒だ。それ、泥棒」と大声を張り上げ、自ら騒ぎを起こして人々の目を引きつけたのです。門の内にその声が響き渡るのを聞きながら、沖野は今この瞬間が母と分かち合う最後の別れだと悟り、歯を食い縛って闇の中を駆け出しました。

沖野は濡れた顔を袖で拭いながら、台所裏の排水溝を目指して身を低くして駆け出しました。背に負われた鶴千が見知らぬ揺れに泣き始めましたが、沖野は幼子の口を自らの胸に押し当てて鳴き声を抑え込みました。壁の下を這うようにくぐり抜けるその瞬間、沖野の頭の中にはただ一つ、「何があってもこの子だけは守り抜く」という思いだけがございました。

塀を越えた沖野の足元には、すでに泥水が足首まで浸っておりました。あぜ道は一面ぬかるみと化し、一歩踏み出すたびに足が深く沈み込み、背の鶴千は見知らぬ揺れと冷たい雨に驚いて何度も身をよじりました。沖野は泣き出さぬように結んだ布をもう一度しっかりと締め直しました。大道を避け、田と水音を頼りに歩みを進めました。一度は足を踏み外して膝までぬかるみに沈みましたが、鶴千が驚いて泣き出しはせぬかと歯を食い縛り、声を出さずに身を起こしました。

その頃、桐家の屋敷の奥では大きな騒ぎが起こっておりました。様子を見に入った女中が、布団からの若君の寝床を見つけて悲鳴をあげたのです。沢は眠りから飛び起き、その知らせを聞くなり蒼白となり、すぐに門を閉め、「屋敷中を隈なく探せ」と怒号をあげました。女中たちは松明を手に、庭を駆け回りながら散らばりましたが、いくら探しても幼子の影は見つかりません。その時、誰かが恐る恐る「侍女の部屋も空でございます」と申し上げました。その言葉を聞いた沢の目はまたたく間に冷え冷えとしたものになり、彼女は直ちにお服を引き立ててくるよう命じました。

庭の真ん中に膝をつかされたお服に、沢は棒を取り上げて自らその背を打ちました。一度、二度、三度。雨と混じった悲鳴が庭に響き渡りましたが、お服は歯を食い縛ったまま、ただ身を丸めるばかりでございました。「あの子をどこへやったのだ」と問われても、「手前は何も存じません」とお服の声はかれておりましたが、その中には決して揺らぐことのないものが込められておりました。沢は怒りに任せていくらでも打ちましたが、お服の口からはついに他の言葉は出てまいりませんでした。ついに沢は疲れた様子で棒を投げ捨て、お服を裏部屋に閉じ込め、「夜が明けたら村に人を放て」と命じたのです。

その頃、沖野はいつしか川の近くまでたどり着いておりました。しかし、折しも川はその夜に限って水かさを増し、渡し船は全てしっかりと結ばれたまま揺れているばかりでございました。沖野は船頭を探してあちこち駆け回りましたが、こんな夜更けにこの雨の中を漕ぎ出してくれる者など誰もおりませんでした。その時、遠くにいくつもの松明が揺れながら近づいてくるのが見えました。沖野は全身の血が縮み上がるのを感じながら、慌てて岸辺の葦の茂みに身を隠しました。沢が放った女中の一部が、すでに川辺の方にも散らばっていたのです。

息を殺したまま、背の鶴千の口を自らの襟で覆いながら、葦の間にうずくまりました。松明がすぐ目の前を通り過ぎる瞬間、沖野は心臓が張り裂けそうな恐怖の中でも、目を固く閉じ、身じろぎ一つしませんでした。幸い、激しい雨と暗い葦の茂みが二人の姿を隠してくれ、女中たちは特に怪しむ様子もなく再び遠ざかっていきました。

人心地つく間もなく、背の鶴千の体が次第に冷たくなっていくのが感じられました。幼子はもう泣く力さえないのか、細い息だけを漏らしておりました。沖野の胸がどきりと沈みました。このまま雨の中にいては、若君が本当にどうにかなってしまうかもしれぬという恐れが全身を包んだのです。その時、遠く川辺の脇に小さな明かりが一つ目に入りました。小さな家でございました。沖野は最後の力を振り絞ってその明かりへ向かって走り、戸口につくなり足の力が抜けてその場にへたり込んでしまいました。それでも彼女は残る力を絞り出して戸を叩きました。「どうか戸を開けてくださいませ。人助けだと思ってくださいませ」。

しばらくして戸がわずかに開き、六十がらみの老夫婦が顔を覗かせました。徳兵衛でございました。彼は初め真夜中に訪れた見知らぬ見すぼらしい子を見て眉をひそめましたが、背に負われた赤子の顔に赤い発疹が浮いているのを見るなり、はっと驚いて後ずさりいたしました。「この子の顔のそれは、もしや疫病ではあるまいな。早くお帰り」。徳兵衛の妻・おちもまた夫の肩越しにその様子を見て顔をこわばらせました。この老夫婦は昔、疫病で我が子たちを亡くした痛みを抱えていたため、その二文字を聞くだけで身が震えるのでございました。

徳兵衛は戸を再び閉めようといたしましたが、沖野はその隙間に身を割り込ませて必死にすがりつきました。「違います。この子は疫病にかかったのではございません。何者かがわざとこのような症状の出る薬を飲ませたのです。どうか、どうかこの子だけでもお助けくださいませ」。沖野はそのままぬかるみに膝をついてこう繰り返しました。「私は追い出されても構いません。どうなろうと構いません。ですが、この子だけは、この子だけはお助けくださいませ」。

その切実な様子に、おちの心が揺れました。夫の制止にも関わらず、彼女はそっと歩み寄って赤子の額に手を当て、発疹の浮いた肌をつぶさに見つめました。長年産婆の仕事に携わってきた彼女の目には、この発疹が疫病特有のものとはどこか違うことがうっすらと感じ取れたのです。「あなた、この子は目の光が尋常ではありませんよ。疫病のものとは違うようです。このまま追い出して、罪もない赤子が本当に死んでしまったら、その罪をどう背負うおつもりですか」。おちの言葉に徳兵衛は迷いました。亡くした我が子たちの顔が目の前をよぎったのでございましょう。二度とあの痛みを味わいたくないという恐れと、目の前で死にゆく命を見捨てられぬという思いの間で揺れた末、彼はとうとう妻の言葉に負けて、思い息と共に戸を大きく開いてくれたのです。

二人は沖野と鶴千を屋内に招き入れ、湯を沸かして幼子の体をそっと洗い清めました。おちは自ら煎じた薬湯を鶴千の口に少しずつ含ませ、無理に飲み込んだものを抜かせてやりました。夜が明けるにつれ、赤い発疹は次第に薄れ、熱も少しずつ下がり始めました。沖野はその様子を見つめながら、ようやく堪えていた涙を溢れさせました。

しかし、安堵の時はさほど長くは続きませんでした。半時と経たぬうちに、外から荒々しい足音と怒鳴り声が聞こえてきたのです。「今すぐこの家を残らず改めよ。小娘が赤子を抱いて逃げておる。見つけた者には褒美を取らせるぞ」。沢の声でございました。沖野は全身の血が凍りつくのを感じました。徳兵衛とおちは互いに目を見交わすなり、瞬時に腹を決めました。徳兵衛は鶴千を抱き上げて台所の漬物桶の裏の隠し場所へ押し込み、おちは沖野に亡き娘の着物を素早く着せかけました。「聞かれたら、当方の孫だというのだ。名は松と申せ。良いな」。沖野が答える間もなく、戸が荒々しく開かれ、沢と女中たちがなだれ込んでまいりました。

彼らは部屋の隅々を改め、床下まで調べましたが、赤子の痕跡はどこにも見つかりません。沖野は囲炉裏にしゃがみ込み、何食わぬ顔で火種をいじっておりましたが、背筋には冷や汗が絶え間なく流れておりました。沢が彼女に歩み寄り、鋭い目つきで顔を見つめました。「お前の名は何と申す」「松と申します」。沖野は声が震えぬようにしながらやっと答えました。沢は疑わしげな眼差しでしばし見つめておりましたが、幸いにも確証の疑いをもたぬまま体を返しました。

その時、女中の一人が床に落ちていた小さな守り袋を拾い上げました。それは徳兵衛が幼子のために用意しておいた厄除けの守り袋で、奥方のものとは別物でございましたが、沖野の心臓は凍りつく思いがいたしました。「これは何でございますか。赤子のもののようですが」と問われ、おちが素早く進み出てその品をひったくるように取り上げました。「それは私どもが疫病で亡くした孫のものでございます。お触りにならないでくださいませ」。そう言うなり、彼女はその場で火の中にそれを投げ入れてしまいました。奥方の布の包みは、その間も沖野がしっかりと懐に抱き抱えておりました。沢は結局これ以上の手がかりを見つけられぬと悟ると、「もしその小娘と赤子をかくまったことが後に露見すれば、この家はただではすまぬぞ」と捨て台詞を残して引き上げていきました。

沖野はしばらく壁に持たれたまま体を震わせておりました。徳兵衛が漬物桶の裏から慎重に鶴千を取り出して抱き上げると、沖野はそこでようやく足の力が抜けてその場に座り込んでしまいました。

それから幾日か後、桐の屋敷では沖野が若君を盗んで逃げたという噂が広まり始め、川辺で吐き物が一つ見つかったという話と共に、「二人が川に落ちて命を落としたものと処理された」との知らせが伝えられました。これが全て沢の作り上げた偽りの報告であったことは申すまでもございません。そうして数馬が桐家を継ぐ唯一の後継として立てられることとなったのです。

家に身を寄せた沖野は、見知らぬ寝床で鶴千を懐に抱きながら、「母上はご無事だろうか」とそのことばかりを案じておりましたが、身を隠す立場故、安否を尋ねる術もございませんでした。

身の程知らずのこの頃、お服は沢に打たれた傷がまともに手当てされぬまま、膿が全身に広がり、命に関わるほどの容態に陥っておりました。高熱に苦しみながらも娘の名を呼び続け、沢に幾度問い詰められても決して口を開かぬまま、娘と若君の行方も知らぬまま、一人寂しく息を引き取ってしまったのです。この事実は後に、古い知人を通じて沖野の耳に届くこととなります。沖野は「いつか必ず母と再会できる」という希望を頼りに、「この子が無事に育つことだけが母の犠牲に報いる道なのだ」と自らに言い聞かせ、若君を守り抜くことを生きる理由として新たな日々を迎え始めたのです。

月日は流れ、十で あった沖野はいつしか十二になり、鶴千も四つほどの幼子へと育っておりました。村の者も川辺の船頭たちも、今では二人を徳兵衛夫婦の親戚の兄弟とばかり思い込んでおりました。沖野は「松」、鶴千は「徳次郎」という名で老夫婦の孫として暮らし、鶴千は初めは戸惑いながらも次第にその温かみに馴染んでいったのです。

沖野は家の下働きを厭わず、夜明け前からかまどに火をくべ、客の世話に励みました。ここで役立たずと見なされれば、止まる場所を失うという恐れが常に心にあったからでございます。おちはそんな沖野に算盤の使い方や帳面のつけ方を教え、沖野は夜遅くまで稽古に励んで、数年のうちに家の帳面を全て任されるほどに腕を上げました。ある日、村の穀物や金をごまかそうとしたのを沖野が帳面照合で見抜き、この界隈には「松という娘が算盤に秀でている」との評判が広まっていったのです。

鶴千もすくすくと育ち、徳兵衛が折りに触れて手習いを教えると、一度読んだ文字を忘れることがほとんどなく、かつて手習い所の師匠であった徳兵衛さえ舌を巻くほどでございました。「この子はどこでこのような才覚を」と徳兵衛は喜びながらも、この子の生まれが並々ならぬものであることに気づき、「いつか本来の場所へ帰らねばならぬ日が来るのでは」という予感に沈むこともございました。その後も鶴千は幾つにも渡って手習いと学問に励み、近隣の学者たちからも「江戸に出て学問を広めてはどうか」と勧められるほどの学を身につけていったのです。

沖野は鶴千の世話と家の切り盛りに日々を埋め尽くしておりましたが、夜が更けて一人になる瞬間には決まって母の顔が浮かび、「いつか必ず再会できる」という信念だけが彼女を支える力でございました。家の裏の川辺に一人佇み、母と交わした最後の夜の記憶を思い返す夜も少なくございませんでした。

そうしたある晩、市の日のことでございました。沖野は近くの市に穀物を売りに出た時、見覚えのある顔と行き合いました。年配の行商人でございましたが、よく見れば昔桐家で使い走りをしていた女中の一人でございました。沖野は一瞬心臓が縮み上がりましたが、すぐに気を取り直して、周囲を窺いながらその男に歩み寄りました。もしや正体が露見せぬかという恐れよりも、母の消息を知りたいという思いの方が勝ったのです。沖野はそ知らぬ様子を装い、声を整えて話しかけました。「もし、桐様のお屋敷の消息を少しばかりご存知でしょうか。以前あちらで数年ほど働いておりまして、気になって伺うのでございます」。

行商人は見知らぬ娘の問いに首をかしげながらも、深く考えることもなく様々な噂話を語り始めました。沢の方が家の実権を握っておられること。その子が後継として育っていること。そして数年前に若君を盗んで逃げた侍女のことまで。「あの侍女には母親がおったが、娘が逃げた後に奥方様にどれほどひどく打たれたか分からぬよ。その傷が膿んでな」。行商人はさして気にも留めぬ様子で話を続けました。「まともな手当ても受けられぬまま、辛い。娘の行方も分からぬまま、一人で去ってしまったそうだ。全く気の毒な話よ」。

その言葉を聞いた瞬間、沖野はその場に凍りついたように立ち尽くしてしまいました。手にしていた穀物袋がするりと地に落ちましたが、それを拾う気力すらございませんでした。「そういえば」と行商人はふと思い出したように懐を探りました。「さんが息を引き取る前、古い知り合いの女中にこれを託し、『いつか娘に会うことがあれば渡して欲しい』と言い残していたそうだ。わしはその女中から預かって持ち歩いておったのだが」。そう言って差し出したのは、色あせた一本の古い簪でございました。沖野は震える手でそれを受け取り、声もなくただそれを見つめました。行商人は特に疑う様子もなく再び足を急がせましたが、沖野はその場にしばらく釘付けにされたように立ち尽くしておりました。

ようやく歩みを進めて家へ向かう道のりが、どれほど遠く感じられたことでしょう。家につくなり、沖野は膝の力が抜けて庭の隅に座り込み、堪えていた涙をどっと溢れさせ、母の名を呼びながら夜通し泣き続けたのです。十の幼さで母に背を向けて逃げたあの夜のことが繰り返し思い出されました。あの時、自分はもう少し意地を張って「共に逃げよう」と言い張っていたなら、母がこれほどひどい仕打ちを受けずに済んだかもしれぬという思いが胸を締めつけました。あの時はそれを愛情だと思っておりましたが、今にして思えば、それは母にとって死を覚悟した別れであったのだと悟ると、胸が張り裂けるようでございました。

おちは庭から聞こえる泣き声に驚いて戸を開けて出てまいりました。彼女は沖野の傍らに静かに寄り添って腰を下ろし、あえて理由を問いただすことなく、ただその背をそっと撫でてやりました。「泣きたい時は思う存分泣きなさい。泣いたからとて悲しみが消えるわけではないのだけれどね」。その一言に沖野は一層激しく泣き崩れました。幼い鶴千は姉のこの深い悲しみを到底理解できずとも、いつもと違う様子に怯えたように、這うより小さな手で沖野の袖を掴みました。「姉上、どうして泣いておられるのですか」。沖野はその小さな手の感触に我に返り、慌てて涙を拭い、無理に笑みを浮かべて見せました。「いえ、何でもないのですよ。少し目に埃が入っただけでございます」。鶴千の前でだけは弱い姿を見せたくございませんでした。しかしその夜、一人床に着いた沖野は、布団の中で幾度も声を殺して涙を拭わねばなりませんでした。

それから数日、沖野はどうにも手仕事に身が入りませんでしたが、ある夜明け前、母が最後の瞬間まで守ろうとしていたものが何であったかを改めて思い返しました。それは他でもない、自分と若君の命でございました。母はあの過酷な仕打ちの中でも決して口を割らぬことで、自分たちが生き延びる時を稼いでくれたのです。もしこのまま悲しみに沈んで崩れてしまえば、それこそ母の犠牲を無駄にすることになりはしまいか。沖野は涙を拭って身を起こし、心の奥底に一つの誓いを刻み込みました。「母が命と引き換えに守り抜いてくれたこの時を、私は決して無駄にはしない。いつか必ずこの無念を明らかにして見せる」。沖野は再び元のように落ち着いた顔で家の切り盛りを始めました。ただ以前と変わったことといえば、その眼差しの中にこれまでにはなかった固い決意が宿り始めたことでございました。

その日を境に、沖野は鶴千への接し方にも少しずつ変化が生じるようになりました。以前はただ守るべき小さな命としか見ておりませんでしたが、今では「この子はいつか必ず本来の場所へ帰らねばならぬ」という思いを以前にも増して強く抱きながら、より一層真剣に学問の手ほどきを始めたのです。

それから幾日か経ったある日、沖野は川辺の船頭の船から荷を下ろしていた時、押された桐家の家紋に気づき立ち止まりました。それとなく訪ねると、「この頃は何でも奥方様のご実家筋を通して取引がなされておる」との答えが返ってまいりました。桐家の穀物がなぜ直接ではなく奥方様の実家を通すのかと不審に思った沖野は、その日から船頭たちを通じて桐家に関わる書きつけを集め始めました。資料が積み重なるにつれ、桐家一族の田畑や蔵から出る収益が少しずつ沢の実家筋へ流れ込んでいる事実が浮かび上がってまいりました。

その頃、数馬もすでに前髪を落とす年となり、母に言われるがままいくつもの書きつけに判を押す役目を務めるようになっておりました。時折り数字の辻褄の合わないことに気づいて難しい顔をすることはあっても、母を問いただす勇気までは持ち合わせていなかったのです。

その頃、若い頃桐家に長らく使えていた年配の元女中が家に立ち寄り、先で水を汲む鶴千の耳の後ろにある三日月型の痣に目を留めて、凍りついたように足を止めました。それは鶴千が生まれた時、産婆や女中たちが確かに目にしていた三日月型の痣でございました。老婆は震える声で「もしや、あなた様は若君が生きておられたのだ」と問いかけました。沖野はこの言葉を聞いた瞬間、長らく胸に秘めてきた真実を鶴千に打ち明けるべき時が来たのだと悟ったのです。

その夜、沖野は鶴千を静かに呼び、座らせました。部屋の中には低い灯りが一つ揺れており、窓の外を晩秋の風が寂しげに通り過ぎておりました。沖野は幾度も口を開きかけては閉ざすことを繰り返しました。しかし、鶴千の澄んだ目が自分を見つめているのを見ると、沖野はこれ以上先延ばしにはできぬと悟り、ようやく心を決めました。「徳次郎、今日はどうしてもお前に話さねばならぬことがございます」。鶴千は姉のただならぬ表情に姿勢を正しました。「何のお話でございますか。姉上、顔色が優れませぬ」。沖野は震える手を膝の上に揃え、十七年前、雨の降りしきるあの夜から始まる、母・お服が耳にした毒牙、沢の方の毒、そして自らが赤子であった若君を背負ってこの家を目指して逃げてきた全ての経緯をゆっくりと語り始めました。沖野の声は幾度も震え途切れましたが、彼女はとうとう全てを語り尽くしたのです。

最後に彼女は懐に抱えてきた布の包みを取り出し、鶴千の前にそっと差し出しました。「これはお前の身の母、奥方様が残されたものです。守り刀、産着の切れ端。そして奥方様が実家へ送ろうとして送りそびれた文が納められております。お前は桐家の嫡男、鶴千殿でございます」。鶴千は膝の下に置かれた古びた布の包みをじっと見つめながら、しばらく言葉を失っておりました。「それでは、姉上は私と血の繋がった実の姉ではなかったのですか」。沖野は鶴千の目を見返すことができませんでした。「その通りです。私はお前の乳母であったお服の娘で、桐家に使えていた下女でございました。初めからお前とは一滴の血も分かち合っておりません」。部屋には重い沈黙が流れました。しかし沖野はそこで終わらせず、最も辛い話を続けねばなりませんでした。「私の母は、私を逃した罪により奥方様から厳しい仕打ちを受けたのです。その傷が膿み、とうとう一人、息を引き取ってしまいました。私とお前が生きるために、母はそうして命を差し出したのです」。

その言葉を聞いた瞬間、鶴千の目から堪えていた涙が溢れ出しました。「なんということを」。鶴千はしばらく泣き崩れた後、沖野の両手を力強く握りしめました。「姉上、血が違ったと何と申しましょう。私を背負ってあの夜をくぐり抜けてくださった方も、私を飢えさせぬために指先が避けるまで働いてくださった方も、姉上ではございませんか。私にとって初めから今この時まで、姉は姉上ただお一人でございます」。沖野はその言葉に、とうとう堪えていた涙を溢れさせました。二人はそのまましばらく手を握り合ったまま涙を流し続けました。

しかし、涙が次第に収まる頃、鶴千の顔にはいつしか決然たる光が宿り始めておりました。彼は立ち上がりながら言いました。「今すぐ桐家の屋敷へ参ります。私自らが乗り込んで真実を明らかにし、奥方様の罪を問いただします」。沖野は慌てて鶴千の袖を掴みました。「なりません。徳次郎。今このまま乗り込んだところで、きっと二人とも危うくなるだけでございます。よく考えてご覧なさい。今私たちの手にあるのは、守り刀、産着の切れ端、文一通、それのみでございます。奥方様はすでに十七年に渡ってこの家の実権を握ってこられた方です。何の備えもなく乗り込んだところで、『跡目を狙って現れた語り物』と扱われるか、下手をすれば本当に危うい目に合わされるやもしれません。恨みを晴らすより先に、私たち自らの足で立てる力を蓄えねばなりません。誰も否定できぬ証を集めねばならぬのです」。鶴千はしばらく黙り込んだ後、とうとう姉の思いに頷きました。

その日から二人は、真実を証し立てる証拠を一つ一つ集める作業に取りかかりました。沖野はまず、鶴千が生まれた時に立ち合ったという産婆を探し出して尋ねました。すでに老婆は口を固く閉ざしておりましたが、沖野が奥方の話と夜の様子を詳しく語ると、次第に打ち解けながら確かめてくれました。「あの夜は、さぞかし長く辛いものであったこと。様の耳の後ろに三日月形の痣があったことも、この目で確かめたのですよ」。

一方、徳兵衛は昔の手習い所での縁をたどり、講義に出入りする者を通して古い桐家の家付きと官米の収支の記録を密かに調べ始めました。この行いは一つ間違えば徳兵衛自身にまで累が及びかねぬ危険な仕事でございましたが、鶴千を我が孫のごとく思う上に、彼は手を引くことができなかったのです。おちもまた、遠い昔鶴千を初めて迎え入れた当時の記憶を詳しく書き留め始めました。赤い発疹が実は疫病ではなく特定の薬草によるものであったという事実を、産婆の仕事を手伝ってきた自らの経験に基づいて一つ一つ書き留めていったのです。

沖野はこれと共に、長らく胸に抱いてきたもう一つの疑問を追い始めました。鶴千に妙な薬を飲ませた医者の行方でございます。沖野は幾月にも渡ってあちこちを尋ね歩いた末、医者が昔薬草を大量に買いつけていた薬草屋を一軒探し当てることができました。しかし、肝心の医者本人はすでに久しく行方を晦ました後でございました。代わりに沖野はその薬草屋の古い掛け取り帳を調べているうち、思いがけぬ手がかりを見つけたのです。沢の方の実家筋の女中が繰り返し同じ薬草を買い求めていた記録が残っていたのでございました。その薬草こそ、体に熱と赤い発疹を引き起こすために用いられるものだったのです。薬草屋の主人にさらに問いただすと、店の者が耳にした噂として、「医者が名を変えて、今は周辺のとある宿場町に潜んでいるらしい」との走り書きが帳面の隅に残されておりました。これを見た徳兵衛は、昔馴染みの手代を頼ってその筋の噂を講義に出入りする者にそれとなく伝えたのです。

沖野はその帳面を手に取り、しばらく震える思いで見つめました。十七年前のあの夜の真実が、今ようやく紙の上にはっきりとした証として残されていたのです。

しかし、こうして証拠を集めていたある日、沖野は近くの宿場に「桐家の嫡男に似た二人の若者が暮らしている」との噂が沢の耳に届きました。沢は顔色を蒼白とし、「今度こそ始末せよ」と沢に命じました。沢は密かに手下を率いて川辺へ向かい、ある夜更け、寝静まった家に油を巻いて火を放ったのです。「火事だ」と叫んだ沖野はまず帳面と布の包みを抱え込み、鶴千は煙の中に倒れた徳兵衛を背負って外へ運び出し、おちもどうにか炎の中を抜け出すことができました。幸い命を落とした者はおりませんでしたが、家の半ばが焼け落ちたのを見て、鶴千は「今度こそ、私たちは逃げません」と拳を固く握りしめました。もはや身を隠すだけでは安全を守れぬということを、この家事が思い知らせてくれたのです。

鶴千はその日のうちに江戸へ登ることを決意し、沖野は僅かばかりの銀を握らせて彼を送り出しました。江戸に着いた鶴千は、徳兵衛がかつて縁を結んだ学者の元を訪ねました。長年積み重ねてきた学問を試された鶴千は、その学識と人柄をたちまち認められ、やがてその学者を通じて講義に出入りする者へと引き合わされることとなりました。この場でようやく彼は、「それがしは桐家の嫡男、鶴千と申します」と、これまで隠してきた本当の名を人々の前で明かしたのです。

本名を明かしたその日以来、鶴千の話はまたたく間に江戸の内外へと広まっていきました。あの若い学者にその学識と人柄を認められた若者が、実は十七年前に死んだとばかり思われていた桐家の嫡男であるという噂は、人の口から口へと伝わるうちに日を追うごとに膨らんでいったのです。鶴千はことを急ぎませんでした。高まった評判や後ろ盾を振りかざすことなく、まずは講義に対し「自らの出自とこれまでの経緯を調べていただきたい」という正式な訴えを差し出したのです。沖野はこの訴状を整える間もそばに寄り添い、夜を徹して手を貸しました。一瞬たりとも隙があれば付け入られかねぬと、彼女は幾度も文言を練り直し、証拠の順序と経緯を丹念に整えていったのです。

講義ではこの一件が私的な財産争いに変じることのないよう、外部より役人を使わして桐家の書きつけと蔵を封じるよう取り計らいました。隠し立てしていた幾日か、ある朝、鶴千と沖野は老夫婦を伴って、ついに桐家の表門の前に立ったのです。十七年前、この少女が赤子を背負って越えたあの塀。今度は二十六となった女が正面から歩いて入っていく瞬間でございました。沖野は門前でしばし息を整えました。「あの時、門を出た時は泥の水路を逃げる身でございましたが、今日は堂々と歩いて入っていくのですから」。その感慨は一入深いものがございました。傍らに立つ鶴千もまた張り詰めた顔で門を見上げておりました。

門が開かれ、二人が中へと足を踏み入れると、知らせを受けた沢が慌ただしく玄関へと駆け出してまいりました。鶴千の顔を目にした瞬間、彼女の顔色はまたたく間に蒼白となり、一瞬瞳が大きく揺らぎました。十七年前、産着に包まれていた赤子の面影が、この前に立つ若者の顔のどこかに紛れもなく残っていたのです。しかし沢はすぐにその動揺を隠すように表情を整え、声を張り上げました。「これは一体何の騒ぎだ。我が家の若君はとうに疫病で亡くなったのだ。その方はきっと跡目を狙う語り物に違いない」。傍らにいた沢もすかさず進み出て沖野を指差しました。「この者こそ、あの時若君を盗んで逃げた下女でございます。きっとよその子を連れてきて若君と偽っておるに違いございません」。庭の一角でこの騒ぎを見守っていた数馬もまた、腕を組んだまま冷ややかな顔で歩み出てまいりました。「十七年の間、この家の祭祀を守り、財を支配してきたのは私です。今更我が兄と名乗る者に、一体何を差し出せと申すのですか」。

しかし鶴千は動じませんでした。感情に任せて言い返す代わりに、穏やかでありながら揺るぎない眼差しで庭に集まった人々を見渡しました。沖野がまず一歩前へ進み出ました。彼女は懐にしまい続けてきた古い布の包みを、ゆっくりと広げて見せました。守り刀が朝日を受けてほのかな光を放ち、その傍らに産着の切れ端と奥方の文が並べて置かれました。「これは亡き奥方様が生前残されたものでございます。若君の生年日を記した産着の切れ端、刻んだ守り刀、そして奥方様が実家へ送ろうとして送りそびれた文でございます」。庭に集まった女中たちの間にざわめきが起こりました。その場には沖野があらかじめ探し出して連れてきた昔の産婆の姿もございました。白髪の目立つ老婆は震える手で鶴千の顔をしばし見つめた後、庭に集まった人々に向けてはっきりとした声で申し述べました。「この子を取り上げましたのは私でございます。耳の後ろの三日月形の痣もこの目で確かに確かめました。あの産の夜は、さぞかし長く辛いものであったこともよく覚えております」。続いて年配の元女中も進み出て、「川辺の家であの痣を見つけた時にどれほど驚いたか」を涙声で証言いたしました。二人の証言が続くにつれ、庭に集まった人々の間には次第に大きなざわめきが広がっていきました。

沢はようやく顔色を変え始めましたが、なおも声を張り上げました。「その証とやらも、どこから盗んできたものか分かったものではない」。その瞬間、沖野は袖からもう一つの品を取り出しました。それは夜な夜な集めてきた帳面と運の書きつけでございました。「それでは、こちらは何とご説明なさいますか」。沖野は桐家が元々用いていた帳面と、川辺を経由しつつ集めた穀物運の書きつけを広げました。日付と品目を一つ一つ指し示しながら、若君の死が処理された直後から桐家の田畑と倉の収益が沢の実家名義へと少しずつ流れ始めた事実を余すところなく明らかにしていったのです。帳面をめくるたびに庭は次第に静まり返り、その静寂の中で沖野の声だけがはっきりと響き渡りました。庭は水を打ったように静まり返り、沢の顔色は土気色に変わりました。

その時、講義より使わされた役人たちが、数日前に公儀に手討ち捕らえたばかりの医者を庭へと連れてまいりました。長らく行方を晦ましていた医者は、やつれ果てた姿で引き出されると、初めのうちは全てを頑なに否認しておりました。しかし、沖野が探し当てた薬草屋の掛け取り帳と、あの当時沢が密かに送っていた書きつけが合わせて示されると、医者の顔から次第に血の気が引いていき、とうとう崩れるように白状してしまったのです。「奥方様が、奥方様が若君に熱と発疹の出る薬を飲ませよと仰せになりました」。その場に居合わせた全ての者の視線が一斉に沢へと注がれました。沢はもはやこれ以上逃げ道がないと悟ったのか、急に険しい顔つきで沖野を睨みつけながら叫びました。「卑しい下女の一言で、旗本の奥方である私を罪人に仕立てるつもりか」。その声にはもはや威厳よりも切迫したものが色濃く滲んでおりました。

その瞬間、鶴千がすっと前へ進み出て、沖野の前に立ちはだかるように立ちました。彼の声は低いながらも全体にはっきりと響き渡りました。「この方は卑しい下女ではございません。桐家の嫡男を生かしてくれた我が姉でございます。それがしが今日この場に立っておりますのは、偏にこの方のおかげでございます。十の幼さでそれがしを背負い、あの雨の夜の泥の水路をくぐり抜けてくださった方も、十七年の間指先が避けるまで働き、それがしを育てて学ばせてくださった方も、そして今日この場に証を集めてこられた方も、みなこの方でございます」。

すると沖野が一歩進み出ました。その目にはいつしか涙が浮かんでおりましたが、声だけは少しも揺らぐことがございませんでした。「あの夜、私の母・お服は命をかけて奥方様の毒牙を聞き取りました。そして私に若君を背負わせて逃したのです。奥方様はその咎により、私の母を捕らえて厳しい鞭打ちを加えられました」。沖野の声が震え始めましたが、彼女は最後まで語り続けました。「私の母はその責め苦の中でも決して私の行方を明かさず、その傷が膿み、結局一人娘の行方すら知らぬまま、世を去られました。奥方様は若君の命だけを狙われたのではございません。私の母の命までも奪われました。今日この場で、私は母に代わってその罪をつまびらかに問いたく存じます」。

沢はその言葉に何一つ言い返すことができず、その場にがっくりと崩れ落ちてしまいました。十七年間隠し隠しにしてきた罪が、ついに白日のもとにさらされる瞬間でございました。沢もまた頭を垂れ、その一部始終を見守りながら顔面蒼白のまま何一つ言葉を発することができずにおりました。朝日は庭一杯に満ちておりましたが、沢の顔だけはその瞬間に完全に曇り果てていたのです。

沢の罪状が満天下に明らかとなったその日以来、講義による正式な吟味が滞りなく進められました。医者の自白、沖野が集めた帳面、幾人もの証人の申し立てが揃うと、もはや疑いの余地はございませんでした。吟味の後、目付は沢に向けて静かな声で申し渡しました。「嫡男を毒牙にかけた罪、その死を偽って財を横領した罪、そして乳母・お服を鞭打ちに処して死なせしめた罪、いずれも決して軽いものではない。裁許に従い、厳しく処するものとする。さあ、若君の罪を没収された上、遠島を申し渡す。二度と桐家の屋敷の敷居をまたぐことの出来ぬ身の上となったのです」。沢もまた同時に吟味を受けました。「手前はただ奥方様の仰せに従ったまで」と最後まで無念を訴え続けましたが、目付は冷ややかな眼差しで見下ろしました。「命に従ったからとて、罪が消えるわけではない。その方自ら火を放とうとし、偽りの報告書を仕立てて若君の死を偽ったではないか」。沢もまた遠島を申し渡され、下役に引き立てられて庭の外へと連れ去られていきました。医者もまた、偽りの病状を作り出した罪により、薬を取り上げられた上で遠島の処を受けました。逃げ回っていた日々は、彼にとってただ刑を先延ばしにしていたに過ぎなかったのです。

数馬の処遇は少し異なるものでございました。幼き頃の毒牙の企みには直接関わっていなかったことが明らかとなり、命と自由だけは保たれることとなりました。しかし、成長した後に母が財を横領していることを知りながら見て見ぬふりをし、いくつもの書きつけに判を押して手を貸していた事実が明るみに出たため、後継としての資格と不当に得ていた財の全てを失うこととなりました。彼は去る前、最後に鶴千の元を訪れ、低い声で申しました。「兄上が生きておられたと初めて知った時、私は恐ろしさのあまりその事実から目を背けてしまいました。今更何を申し上げて良いやら分かりませぬ」。鶴千はそんな数馬を恨む風もなく、淡々と見つめました。「そなたもまた、この一件の被害者に違いない。これからは己の力で正しく生きていってくれ」。

鶴千はついに桐家の正当な嫡男として認められ、不当に奪われていた田と蔵を取り戻すこととなりました。しかし鶴千が最初に取りかかったのは、決して自らの身分を回復させる手続きではございませんでした。彼は講義の下がる稲荷や古い文書蔵を探し、沖野の身分を証明する書類を真っ先に探し出したのです。埃をかぶった文書箱をいくつも探った末に見つけ出した時、彼の手はかすかに震えておりました。そして庭の真ん中に火を焚くと、見守る人々の前でその書類を自らの手で火の中へと投げ入れたのです。「今日より、この方を下女と呼ぶことは誰にも許しませぬ。我が姉でございます」。

しかし、一族の長老たちの反発は思いの外強いものでございました。数日後に開かれた一族の寄り合いで、年配の重鎮の幾人かが険しい顔をして詰め寄ってまいりました。「恩義を受けたとて、下女上がりの女をこの家の姉として迎え入れるとは何ということか。これは家の法度を乱す所行である。恩義は金で報いることであろう。家中の者全てにこの女を嫡男の姉として扱わせようとするのか」。しかし鶴千は少しも怯みませんでした。彼は沖野の、年齢に似合わずひび割れた掌の手を長老たちの前に差し上げて見せたのです。「この手が、それがしの乳母でありました。それがしを背負って泥の水路を駆け抜けてくれたのです。この手が、責めに耐えながらも家の下働きを厭わず、それがしの筆と硯を整え続けてくれたのです。血筋がどう記されようと、この方を姉上と呼ぶことを誰にも禁じさせませぬ。仮に同じ血が記されておらぬことを持って、この方がそれがしの姉でないと申すことは決してございませぬ。もしこの方を姉として認めていただけぬのであれば、それがしもまたこの家の嫡男の座を降りる所存でございます」。その決然たる一言に、一族の長老たちはもはや言い返す言葉を見つけられぬ様子でございました。互いに顔色を窺いながら幾許か言葉を交わした彼らは、ついに一人また一人と頷き、その場を立ち去っていったのです。こうして鶴千は沖野を正式に自らの姉として一族の前で認めさせることにこぎつけたのでございました。

その日の夕暮れ、鶴千は家の祠に奥方とお服、自らを生かしてくれた二人の母の位牌を並べて祭り、沖野も初めて声をあげて母の霊に手を合わせることができたのです。鶴千は沖野に「このままこの家に残り、姉として不自由なく暮らしてほしい」と望みましたが、沖野が望んだのは身分でも贅沢でもございませんでした。「私はお前と生き延びたその恩に、私自身の生き方で報いとうございます」と沖野は静かに笑みを浮かべながら首を横に振りました。彼女は代わりに老夫婦を伴って川辺へ戻り、家事で焼け落ちた家を再び起こしたいと願い出て、鶴千はその決断を尊重することといたしました。

鶴千は桐家の穀物運送と川辺の取引全てを沖野の家に任せ、新しく立て直された家は以前にも増して立派な姿で再び門を開き、川辺の人々は今では彼女を本来の名で「沖野」と呼ぶようになったのです。鶴千はそのまま幕府の役目を重ね、やがて人々から一目置かれる旗本へと成長しましたが、川辺の家の敷居をまたぐ時だけはいつも先に頭を下げ、「姉上、徳次郎が参りました」と変わらぬ挨拶を口にするのでございました。

さらに歳月が流れたある日、鶴千と沖野は連れ立って桐家の祠を訪れました。沖野は母・お服の古い簪と奥方が残した色あせた文を祭壇に備え、二人は並んで香を焚き、長らく無言のまま頭を垂れておりました。鶴千は傍らの沖野に「あの夜、姉上がそれがしを背負って門を出てくださらなかったなら、それがしは名も残せぬまま消えていたことでございましょう」と申し、沖野は微笑みながら「お前が生きてくれた、それだけで私の全ての選択は報われたのです」と答えました。二人の後ろで、わが子の増した徳兵衛とおちが涙に濡れた目でその様子を見守っておりました。血の一滴も分かち合わぬ幼い下女と血の繋がった若君は、あの死の淵を共にくぐり抜けたあの雨の夜以来、すでに真の姉弟となっていたのです。秋の光が祠の屋根に静かに差し込み、備えられた簪と文の上を柔らかく照らしておりました。

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