閉店後の店に、夫の直の声が落ちた。テーブルには離婚届。彼の手が私の通帳と家の鍵、そして店の鍵を順に奪い取っていく。返して。それは私のお金よ。店も家も俺の名義だ。二十年連れ添った男が、目を合わせない。知らない人の顔だった。この店もお前の夢も終わりだ。理由を尋ねても、夫はもう何も答えなかった。私は震える指でペンを握り、署名欄に杉浦弓と書いた。その名前を書いたのは、あの夜が最後になった。店を出る扉が閉まる寸前、背中の向こうで何かが崩れるような音がした。振り返らなかった。夜道では、答えの出ない問いだけが回り続けた。二十年のどこで、私は間違えたのだろう。
それから三年後、閉店したはずの店の前で私は立ち尽くすことになる。真新しい看板に刻まれていた名前。その意味と向き合う日が来るなんて、あの夜の私は思いもしなかった。
私は弓、四十九歳。三年前まで杉浦弓という名前だった。話はあの夜よりずっと昔から始めなければならない。私の原点は母の台所にある。母は片岡文子といった。海辺の隣町の古い一軒家に住んでいた。決して裕福ではなかったのに、母の台所からはいつも湯気が上がっていた。一人暮らしのおじいさんに肉じゃがを届け、学校の子どもたちには芋の煮っ転がしを振る舞う。そういう人だった。料理はね、お腹だけじゃなく、寂しい心も温められるのよ。お玉を片手に母は笑った。幼い私はその隣で味見係を任されるのが誇らしかった。
忘れられない光景がある。連れ合いをなくしたばかりの近所のおじいさんが、母の肉じゃがを一口食べて、俯いたまま動かなくなった。泣いているのだと、子どもだった私にも分かった。帰り際、おじいさんは言った。文子さん、わしは明日も生きるわ。料理は人を生かすのだ。あの日の玄関先の光景が、私という人間の核を作った。いつか自分の店を持ちたい。夢はあの狭い台所で生まれた。
高校を出て、私は町の洋食屋で働き始めた。皿洗いから始めて、こつこつと厨房へ上がった。オムライスの卵の巻き方も、デミグラスソースの寝かせ方も、体で覚えた。直と出会ったのはその店だった。週に三度、閉店間際にやってくる会社員。頼むのはいつもオムライスだった。食べ終わると必ず厨房に向かって頭を下げた。ごちそうさまでした。今日もうまかったです。不器用で口数が少なくて、でも誠実な人だった。土砂降りの晩、看板を下げかけた店に駆け込んできて、濡れた鞄から潰れた花折りを出したことがある。これ、皆さんで。いつも遅くにすみません。あら、うちはお客さんを選ばないんですよ。いつでもどうぞ。じゃあ、ずっと通ってもいいですか。通い始めて三度目の春、その人は言った。俺と結婚してください。二十六の春だった。私は片岡弓から杉浦弓になった。式はあげていない。その分のお金も、いつかの店のために取っておこうと、二人で決めた。役所からの帰り道、母が私のバッグに小さな包みを押し込んだ。開けると、桜色の軸の印鑑が出てきた。掘られていたのは弓。姓ではなく、名前の判子だった。あんたの名前の判子よ。銀行の届けにしなさい。苗字が変わっても、あんたが誰になっても、弓は弓のままだからね。お守り代わりに、いつも持っておくの。母らしい贈り物だった。
結婚して五年目の夜だった。ビールのグラスを傾けながら、直がぽつりと言った。いつか、弓の名前をつけた店を出そう。私の名前なんて恥ずかしいわよ。君の料理を食べに来る店なんだから、当然だろう。冗談めかして返したけれど、直の目は本気だった。その翌月から、夫婦の貯金通帳の表紙に店と書いた紙が貼られた。安月給から一万円ずつ、二万円ずつ。ボーナスが出れば十万円。私の給料からも同じ額を入れた。外食を減らし、旅行を我慢して、夢はゆっくりと、でも確かに積み上がっていった。通帳の数字が増えるたび、直は子どもみたいに指を折った。あと十年。いや、七年で届くかもしれないぞ。気の早い人ね。母は店を見ることなく亡くなった。私が三十四の冬のことだ。棺の前で私は約束した。お母さん、あなたの台所みたいな店を必ず作るから。
開店の日を迎えたのは、それから三年後、十二年前の五月だった。見つけたのは商店街の端に立つ古い店舗付きの家。一階が店で、二階が住まい。南向きの窓から午後の光が床に長く伸びていた。ここだわ。内見の日、私は即決した。この光を見た瞬間、母の台所を思い出したのだ。改装は業者に頼むお金を惜しんで、自分たちの手も使った。壁のペンキは直が塗り、私は母の台所と同じ木の板を注文した。中古の厨房機器を磨き上げ、椅子は不揃いのまま並べる。それが、帰って家みたいだと言われる店になった。貯めた八百万円を頭金にして、残りはローン。売買契約書も銀行の書類も、名前の欄は全部杉浦直だった。経営も名義も夫。私は厨房。名義なんて気にしたこともなかった。夫婦なんだから、どっちの名前でも同じこと。あの頃の私は本気でそう思っていた。店の名前は日向にした。本当は弓の店にしたかったんだけどな。看板を見上げて直が笑う。やめてよ。お客さんが恥ずかしがるわ。
開店の日、真っ先に暖簾をくぐってくれたのは呉服屋の女将の八重さんだった。当時六十代、着姿の背筋がぴんと伸びた人で、オムライスを綺麗に食べ終えると、帯から小さなカメラを取り出した。ご夫婦、看板の下にお並びなさいな。最初の日の写真は、後で宝物になるんだから。照れながら並んだ一枚。直は強張った顔で、私は笑いすぎて目が線になっていた。八重さんは後日、焼き増しした写真を額に入れて持ってきてくれた。レジの奥の壁が、その額の定位置になった。
とはいえ、商売は甘くなかった。開店の物珍しさが消えると、客足はぱったりと落ちた。雨の火曜日など、一人も来ない日があった。仕込んだハンバーグが十個丸ごと残った夜、二人でカウンターに並んで、冷めたそれを黙って食べた。うまいな。直がぽつりと言う。こんなにうまいのに、なんで客が来ないんだろうな。宣伝が下手なんじゃないの? 営業担当さん。違いない。力なく笑い合った。悔しかったけれど、不思議と絶望はしなかった。母の言葉が体の中にあったからだと思う。お腹と寂しい心を温める相手は、目の前の一人からでいい。だから私は、来てくれる一人ひとりの顔を覚えた。一人暮らしのお年寄りにはご飯を小盛りにして、その分のおかずの野菜を一品足した。野菜嫌いの子どもには、人参を型で抜いてハンバーグの脇に隠した。お金のない学生には大盛を無料にした。常連さんの誕生日には、小さなプリンをそっと出した。八重さんの誕生日が最初だった。頼んでないわよ。お誕生日でしょ? お店からです。八重さんは目を丸くして、それから帯の辺りを押さえて笑った。この店は、料理と一緒に別のものを出すのね。大盛無料に通い詰めた大学生が、就職して初給の日に来てくれたことがある。伝票の裏に千円札を挟んで走って帰ろうとするから、捕まえた。多いわよ。いや、あの、足りなかった分です。四年分。じゃあ、利子は出世払いね。また食べにいらっしゃい。ああいう夜のために店をやっている。心からそう思えた。
開店から三年が過ぎた冬、求人を見てこの店に一人の青年が転がり込んできた。痩せた若い男の子で、名前は水島翔太。高校を途中でやめて、工場や引っ越し屋を点々としてきたらしい。履歴書の職歴の欄は、どれも一年と続いていなかった。面接の間、翔太君は一度も目を合わせなかった。俯いたままぼそりと言う。言っときますけど、俺なんかすぐやめますよ。客席の椅子で私は思わず笑ってしまった。やめるかどうかは、働いてから決めればいいでしょう。はい。まずは明日も来なさい。その日の晩ご飯のつもりで、私はオムライスを出した。翔太君はスプーンを持ったまま固まって、それから一気に食べた。食べる間、鼻をすするような音が混じる。理由は聞かなかった。翌朝、翔太君は開店の二時間前に来た。それから毎朝着続けた。最初の仕事は皿洗いと湯呑み磨き。次が玉ねぎの皮むき。キャベツの千切りが板につくまで半年。ソースの味加減を任せるまで二年。焦がして、しょっぱくして、その度に私と直の雷が落ちた。それでも翔太君は翌朝、開店二時間前に立っていた。
ある夜、片付けの途中で翔太君が口を開いた。俺、初めてだったんです。何が。明日も来いって言われたの。どこ行っても、もう来なくていいって言われてばっかりだったから。手を止めずに、そう言うから、私も手を止めずに答えた。じゃあ、私は明日も言うわね。明日も来なさい。はい。背中しか見えなかったけれど、声が濡れていた。働き始めて四年目には、翔太君の作るナポリタンに常連さんの注文がつくようになった。八重さんなどは、翔太君の麺の炒め加減が好きなのよと本人の前で言うものだから、翔太君は耳まで赤くして厨房に引っ込んだ。店は育っていた。土曜の開店前には通りの隅まで列が伸びるようになった。正月には店の座敷に八重さんやパートの奥さんたちの家族も呼んで新年会をやった。誰かの笑い声が絶えない座敷で、直がそっと耳打ちしてきた。お母さんの台所って、こんなだったのかもな。そうね。きっとこんなだった。夫婦で始めた小さな夢は、翔太君が育ち、常連さんの笑い声が重なり、確かな形になっていた。あの頃が、私の人生でいちばん幸せな時期だった。
そして、幸せの絶頂で、あの人が店に現れた。四年半前の春、町の情報誌に店が載った。見開きの写真には、湯気の立つオムライスと照れ笑いの直が映っていた。その雑誌を片手に、あの人は現れた。おお、直、繁盛してるらしいじゃないか。昼時の店に、やけに大きな声が響いた。スーツに金の腕時計。直の五つ上の兄、健さんだった。食品卸の会社、杉浦食品を経営していて、法事のたびに景気のいい話ばかりする人だった。健さんはカウンターの奥まで勝手に入り、厨房を見回した。狭いが、まあ小綺麗にやってるな。兄さん、今は昼時だから。おい、水。気が利かないな、この店は。翔太君が慌ててグラスを出す。健さんは礼も言わずに飲み干して、直の肩に腕を回した。なあ直、客が入ってるなら、仕入れも経理も身内に任せた方が安心だ。うちは卸のプロだぞ。他の業者に中間で抜かれてるのが、俺には見てられんのだよ。直は曖昧に笑って、はっきり断らなかった。断れない理由を私は知っていた。兄弟は早くに父親を亡くしていて、直の高校の学費は、働きに出た健さんが出したのだという。兄貴には頭が上がらない、が直の口癖だった。健さんは返事を待たず、翌日から店に出入りするようになった。
最初に変わったのは野菜だった。開店からの付き合いだった八百屋の親父さんが、申し訳なさそうに頭を下げに来た。取引は杉浦食品に一本化すると、健さんから通告されたのだという。届くようになった段ボールを開けて、私は手が止まった。玉ねぎの箱の底がうっすら傷んでいる。豚肉の色も悪く見えた。お兄さん、この玉ねぎ、下の段が痛みかけています。お客さんに出すものですから。勇気を出していった私に、健さんは鼻で笑った。いい女将は分からんよ。味なんて客には分からんのだ。原価を下げるのも経営のうちだぞ、奥さん。分かりかねます。うちのお客さんには分かります。あ、じゃあ聞くがね。原価率はいくつだ? 人件費比率は答えられんだろう。奥さんは厨房だけ見てりゃいいんだよ。言い返せなかった。数字は全部直に任せてきたから。悔しさで、その夜は仕込みのキャベツを刻みすぎた。ある昼下がり、八重さんがスプーンを置いて首をかしげた。弓さん、ハンバーグの味、変わった? 背筋が冷たくなった。ちょっと仕入れ先が変わって、すぐ戻します。必ず。そうならいいの。この店の味はね、弓さん、あなたの味なのよ。誰にも触らせちゃだめ。帯をぽんと叩いて、八重さんは笑った。私はその夜から、届いた食材の検品を自分の仕事にした。ダメなものはダメと伝票に書いて突き返す。健さんの機嫌は目に見えて悪くなった。睨み合いになりかけたところで、直が間に割って入った。その後始末はいつも同じ。兄には謝り、私には目で詫びる。その繰り返しだった。
やがて帳簿は、いつの間にか店の棚から消えていた。経理は杉浦食品の事務所で預かると健さんが決め、月末の数字さえ私は見られなくなった。ある夕方、レジの引き出しを開けた健さんが、直の実印と店の銀行印を無造作に鞄へ入れるのを見た。お兄さん、そこまで持っていくんですか? 経理を預かるってのはそういうことだ。いちいち取りに来るのは二度手間だろう。その夜、私は初めて直に強く言った。帳簿も判子も店の外に出すなんて、おかしいわよ。いくら身内でも。直は皿を拭く手を止めて、困ったように笑った。兄貴にも悪気はないんだ。でも会社のことは俺に任せて、弓は料理に集中してくれな。
秋風が立つ頃、直の背中に、私は見慣れない影を見るようになる。最初に気づいたのは夜中の音だった。二階の寝室で目が覚めると、隣の布団が空いている。階段を降りると店の明かりが漏れていた。カウンターの端で直が電卓を叩いている。広げているのは書類の束だった。どうしたの? こんな時間に。ああ、いや、棚卸しの計算だよ。すぐ寝る。書類の束を裏返して、直は笑った。その笑い方が、嘘の下手なこの人の精一杯の嘘だと分かった。秋の彼岸を過ぎた頃から、直は昼の営業を私と翔太君に任せて出かけることが増えた。行き先は言わない。ある日、銀行の名前が入った封筒を抱えて帰ってきて、そのまま店の裏に一時間こもっていた。出てきた顔は、紙みたいに白かった。銀行に何の用だったの? ローン手続きの残りだよ。ローンは春に終わったはずだ。喉まで出かかった指摘を、私は飲み込んだ。問い詰めて壊れそうなほど、直の顔は追い詰められていた。電話も増えた。店の裏で押し殺した声。兄さん、この請求書は何だ? うちはこんな量仕入れてない。戻ってきた直に何の電話かと聞くと、仕入れの調整だという。目が合わない。食も細くなった。私のハンバーグを残して、味の感想も言わなくなった。二十年以上、どんなに疲れた日もうまいなだけは欠かさなかった人が。
一度だけ、店の裏で兄弟が向かい合っているのを見た。ゴミ出しに行った私に気づかず、直が低い声で言っていた。返してくれ。経理ももう自分でやる。おいおい、今更何を言い出すんだお前は。兄さん、俺は兄さんを信じてたんだ。信じてりゃいいだろう。悪いようにはせんと言ったはずだが。健さんは笑いながら車に乗り込み、窓を開けて私に気づいた。おお、奥さん、景気の悪い顔した亭主で大変だな。まあ、うちの弟をよろしく頼むよ。直は、私に見たのかとも聞かず、無言で店へ戻った。その背中に声をかけられなかった自分を、私は後々まで悔むことになる。ねえ、何かあるなら話して。夫婦でしょ。何もないよ。心配するな。私、数字は分からないけど、働くことなら手伝えるわ。弓は店のことだけ考えてくれ。頼むから。その言い方が、突き放すというよりすがるように聞こえて、私はそれ以上踏み込めなかった。そういえばあの頃、直が妙なことを聞いてきた。お母さんの家の権利書ってどこにある? 実家の仏壇の抽斗よ。どうして? いや、大事にしまっとけよ。誰にも渡すなよ。変なことを言う人だと、その時は聞き流した。
数日後の朝、直が背中を向けたまま言った。弓、今夜、閉めた後で話がある。一日中、胸騒ぎが消えなかった。そして夜が来た。暖簾をしまい、看板の明かりを落とし、私はテーブルに着いた。向かいの椅子に腰を下ろした直の手には、折りたたまれた一枚の紙があった。やがて直はそれをテーブルの上で開いて滑らせた。緑色の枠、見慣れない書式。理解が追いつくまで数秒かかった。何これ? 見れば分かるだろう。離婚届だ。どうして。私、何かした? もうお前と店を続けるつもりはない。お兄さんに何か言われたの? 兄さんは関係ない。即答だった。
ちょっと待って。話が全然見えないわ。店を続けないって何? この店をどうするの? 閉める。もう決めたことだ。決めたって、二人の店でしょ。翔太君は、パートさんたちは、常連さんたちはどうなるの? 関係ない。お前にはもう関係のないことだ。直が立ち上がった。レジ裏の引き出しを開け、深緑の通帳を取り出して戻ってくる。続けて、レジ横に置いていた私のキーホルダーから、家の鍵と店の鍵が指の力で外されていく。返して。それは私のお金よ。店も家も俺の名義だ。名義の話なんてしてないでしょ。ねえ、私の顔を見てよ。何があったのか話してよ。お兄さんのこと、お金のこと。私も一緒に。直は答えなかった。テーブルを直の拳が打った。水のグラスが跳ねて、染みが広がった。うるさいな。低い声だった。初めて聞く声だった。この店もお前の夢も終わりだ。息が止まった。夢という言葉を、この人はそういう風に使う人ではなかった。お前の夢は今日で終わりだ。とどめのように、直は繰り返した。私の中で何かの糸が切れた。一つだけ教えて。私の料理も、この店で過ごした時間も、全部いらなかったの? ああ、二度とここへ戻ってくるな。直はやはり私を見なかった。争う気力はもう残っていなかった。長年連れ添った勘のようなものが、何を言ってもこの人はもう戻らないと告げていた。ペンを取るまでに、随分長くかかった。私は震える指でペンを握り、署名欄に杉浦弓と書いた。その名前を書くのは、それが最後になった。財布と母の判子が入ったバッグと、着ていた服。持って出たのはそれだけだった。戸口で一度だけ振り返った。さよなら。ごちそう様も言ってくれないのね。直の肩が揺れた気がした。それでも言葉は帰ってこなかった。店を出る。扉が閉まる寸前、背中の向こうで何かが崩れるような音がした。振り返らなかった。振り返らないと決めたのだった。
その晩は隣町の駅前の小さなホテルに泊まった。眠れないまま天井を見ていたら、鞄の中の桜色の印鑑のことを思い出した。苗字が変わっても、あんたが誰になっても、弓は弓のまま。母の声が聞こえた気がして、私は声を殺して泣いた。こうして私は店と家と夫と、そして夢を一晩で失った。杉浦弓はあの夜に死んだ。しばらくの間、本気でそう思って生きることになる。
翌朝、私は高校時代からの友人、弥生に電話をかけた。事情を話す途中で声が出なくなった。弥生は最後まで聞かず、住所だけ言った。その日の夕方には、彼女の家の食卓で私は湯気の立つ雑炊を前にしていた。人の作ってくれたご飯で泣いたのは、母が亡くなって以来だった。夜、布団を並べて弥生はぽつりと言った。ねえ、悔しくないの? 二十年よ。財産分与だって慰謝料だって、争えば取れるものがあるはずよ。悔しいって思う元気も出ないのよ。それに、争う相手があの直なのよ。法律とかお金とか、そういう場所にあの人と並んで座るの。無理よ。弥生は何か言いかけてやめて、私の布団を軽く叩いた。わかった。今は眠れなくても、目をつぶってな。弥生の家には三週間いた。その間に離婚の後始末は淡々と進んだ。役所で手続きをして、私は杉浦弓から片岡弓に戻った。実家へ行き、仏壇に手を合わせて報告した。お母さん、ごめんね。店、なくなっちゃった。あなたの台所みたいな店にするって約束したのに、守れなかった。仏壇の抽斗にはこの家の権利書がそのままあった。直に言われた通り、誰にも渡さなかった家。売れば当面は暮らせる。でもそれだけはどうしてもできなかった。母の台所まで失ったら、私という人間の核が今度こそ折れてしまう。だから家はそのままにして、自分の食いは自分で稼ぐと決めた。家の固定資産税だけは、新しい勤めの給料から納め続けた。通帳のことは考えなかったわけではない。私名義の口座だ。銀行に紛失を届け出れば作り直せたのかもしれない。でも、どうせと思ってもいた。店を閉めるほどお金の問題があったのなら、私の預金なんてとっくに借金の穴埋めに消えているに違いない。そう思い込むことで、諦めの理由にした。携帯には翔太君からの着信が何度も残った。留守番電話も入っていた。弓さん、今どこにいるんですか? 再生するたび指が通話ボタンの上で止まった。結局一度も出ないまま、私は番号を変えた。翔太君の番号を消す時、指が震えた。
一か月後、私は電車で一時間離れた隣県に、六畳一間のアパートを借りた。四十六歳。道具は段ボール三つ。それが私の再出発だった。仕事はまず飲食店を探した。二十八年、料理だけやってきたのだ。それしかできることがない。面接を受けた洋食店で、試しに一品作って欲しいと言われた。厨房に立ち、包丁を握った。まな板の上には玉ねぎ。いつも通り、何万回もやってきた仕事のはずだった。できなかった。玉ねぎの白い断面を見た瞬間、日向の厨房が蘇った。隣で鍋を振る直の背中、翔太君のいらっしゃいませ、八重さんの笑い声。全部が一度に押し寄せて、手が動かなくなった。まな板の上に涙が落ちていた。私は包丁を置いて頭を下げて、その店を出た。それから料理の仕事は探さなくなった。スーパーの品出しの仕事を見つけた。夜はオフィスビルの清掃。黙々と手を動かしていれば、余計なことを考えずに住んだ。
一年が過ぎた。冬の始め、風の便りがとどめを刺しに来た。その知らせは弥生からの電話で届いた。弓、あのね、落ち着いて聞いてね。日向、閉めたんだって。もうだいぶ前からシャッターが降りたままなんだって。電話を持ったまま、私は台所の床に座り込んだ。閉めると、あの夜直は確かに言った。でも心のどこかで信じていなかったのだ。あの人はあの店を、私と同じくらい愛していたはずだから。ねえ、それで直さんのことなんだけど。杉浦食品って、お兄さんの会社だったわよね。あそこ、潰れたらしいのよ。それだけじゃないの。警察が入ったとか、社長が捕まったとか、そんな噂まであって。捕まった。言葉の意味がうまく像を結ばなかった。じゃあ直は、あの人は今どこで何をしているの? 直さんの行方は、誰も知らないって。家も店も人手に渡ったって聞いた。不思議なことに、健さんが捕まったかもしれないと聞いても、ざまあみろとは思えなかった。胸に広がったのは、暗い穴のような感覚だけだった。あの店を追われ、家を失い、それで悪い人に罰が当たったとしても、私の九年は戻らない。誰かの転落は、私の何も埋めてくれない。それよりも頭を離れないのは店のことだった。あの建物は、あの厨房は、誰にも磨かれない鍋たちは、どうなってしまったの?
年が開けて、離婚から二度目の正月は海辺の実家で一人で越した。母の台所でおせちを焼くつもりだったのに、結局コンビニのおにぎりを二つ食べて、火は使わなかった。夜、仏壇の前でぼんやりしていたら、遠くで除夜の鐘が鳴った。お母さん、私、何のために生きてるのかしらね。仏壇の母は、写真の中で笑っているだけだった。一度だけ店を見に行こうとしたことがある。二年目の春、電車に乗ってあの町の二つ手前の駅まで行った。そこから先へ足が動かなかった。ホームのベンチに一時間座って、上りの電車で帰った。
三度目の秋が来た。金木犀が香る頃だった。その日、アパートの郵便受けに一通の封筒が入っていた。白い、何の変哲もない封筒。宛名は片岡弓様。丁寧な女文字。裏を返して手が止まった。差出人の名前がない。判子だけが押されていて、そこにはあの町の名前があった。中から出てきたのは一枚の写真と一枚のメモだった。写真を見て息が止まった。若い直と若い私が、真新しい看板の下に並んでいる。直は強張った顔で、私は笑いすぎて目が線になっている。開店の日、八重さんが撮ってくれたあの一枚だ。レジ裏の壁に九年間かかっていた、額の中の写真。添えられたメモには、写真と同じ女文字で一行だけこう書いてあった。あなたの夢はまだ終わっていません。それだけだった。説明も署名も何もない。終わったのだ。あの夜あの人がそう宣告して、私も署名して、全部終わったはずなのだ。それなのに、その夜は眠れなかった。三日目の夜、私はとうとう声に出した。見るだけ。見るだけよ。その同じ夜、弥生にも電話で打ち明けていた。弥生は言った。行ってきなさいよ。三年間、あんたはあの町から逃げてきた。逃げるのが悪いとは言わない。でもね、差出人はきっとあんたに来て欲しい人よ。悪意のある人間は、開店の日の写真なんて選ばない。シャッターの降りた店を一目見て、それで終わりにする。そう自分に言い訳をして、四日目の昼、私はあの町へ向かう下りの電車に乗った。
改札を出ると、金木犀の匂いがした。何一つ変わらない、あの町の秋の匂いだった。商店街は記憶より少し古びていた。角を曲がれば店が見える。足が止まった。シャッターと色褪せた看板。見えるのはそのはずだった。私はゆっくりと角を曲がった。そこにあったのは、全く別の光景だった。建物が生きていた。外壁は塗り直され、木の窓枠は新しくなり、入り口では見覚えのない淡い色の暖簾をかけようと、誰かが脚立に乗っている。窓越しの店内には明かりが灯り、白いシャツの人影がいくつも立ち、働いていた。呆然と見上げた視線の先にそれはあった。真新しい木の看板。掘り込まれた文字に、西に傾き始めた日差しが当たっていた。弓の洋食屋 日向。読み間違いかと思った。瞬きをして、もう一度読んだ。私の名前が、看板の一番上に一番大きく掘られていたのだ。二十年近く前、恥ずかしいからと私が断ったあの名前が。立ち尽くす私の前で店の扉が開いた。白いコックコートの男の人が飛び出すように出てきて、固まった。翔太君だった。目に見る見る涙が盛り上がって、彼は深々と頭を下げた。やっと、やっと来てくれたんですね。弓さん。翔太君は店の中へ振り向いて大声で叫んだ。みんな来て。弓さんが帰ってきた。飛び出してきたのは、パートだった雅代さんと恵さんだった。二人ともエプロンのまま私に抱きついて、わんわん泣いた。私はもみくちゃにされながら、まだ看板を見上げていた。弓の洋食屋 日向。誰が、どうして? 翔太君、教えて。これ、どういうこと? 翔太君は涙を拭いて、店の扉を大きく開けた。中で話します。全部、最初から。お帰りなさい、弓さん。
店内は新しくても同じだった。壁は塗り直され、床板は張り替えられ、椅子もテーブルも新品になっている。それなのに、配置がそっくりそのままだった。南向きの窓のそばに四人掛けが二つ。奥に座敷。カウンターは同じ木の色。窓際には二人掛けの席。八重さんの指定席だ。厨房を覗けば、コロッケ台も作業台も、私が使っていた頃と同じ場所に収まっていた。厨房の壁を見て、また涙腺が緩んだ。私の古いエプロンが、洗い上げられてかけてあった。洗いすぎて色の抜けた布地に、焦げ穴が一つ。捨てられて当然のボロ切れを、誰かがずっと洗って守っていた。
座敷でお茶を飲みながら、翔太君は話し始めた。あの日の翌日です。社長が直さんが、俺たちを店に集めました。閉店を告げられると思った、と翔太君は言った。直さんは俺たちの前で床に手をつきました。土下座なんて、あの人がするところを初めて見ました。そしてこう言ったのだという。弓を守るため、店を一度閉めます。俺は弓に憎まれることをしました。でも、あの人の夢だけは終わらせたくありません。意味が分からなくて、俺、胸ぐらを掴んだんです。弓さんを守るってなんだ? あんたが弓さんを追い出したんじゃないのかって。そしたら直さん、抵抗もしないで、ただその通りだって。退職金は最後の一円まで払われた。最終職場も直が世話をした。翔太君は隣町の洋食店に移った。その別れ際、直は翔太君にだけこう頼んだのだという。いつか必ず、弓の店をもう一度開ける。その時、あの人の味を隣で支えられるのは、お前しかいない。だから頼む。腕を錆びつかせないでくれ。俺、わけもわからないまま約束しました。それから三年、隣町で働きながら給料を貯めました。弓さんに教わったことは全部ノートに書きました。三冊になりました。翔太君は、使い込まれた大学ノートを三冊、卓の上に積んだ。表紙には日向の味と書いてあった。ページの端はどれも油を吸って丸くなっていた。雅代さんも恵さんも同じです。みんな、いつかこの店に戻るつもりで散らばったんです。私たちね、月に一度はここに集まってたんですよ。閉まったままの店の前を掃除して、いつ再開してもいいようにって。八重さんも杖をつきながらいらしてね。看板が上がった日なんて、あの人、通りの真ん中で泣いてらして。建物は一度売られました。買ったのは駅前の不動産屋さんです。黒田さんが銀行の支店長さんが間に入ってくれました。事情を全部話して、いつか店として貸して欲しいって。不動産屋の社長さん、うちの常連だったんですよ。初カレーの大盛を覚えています。毎週金曜の、あのカーディガンのいい人だ。不動産屋の社長は、この建物を買って待っていてくれた。改装費は、俺たちの三年分の貯金です。開店の資金は弓さん名義で借りられるように、黒田さんが銀行の融資を整えてくれています。あとは、店主が戻るのを待つだけでした。どうして。声が裏返った。翔太君は初めて怒ったような顔をした。弓さん、俺はこの店に拾われたんです。すぐやめると言った俺に、明日も来いと言い続けてくれた人がいたから、今の俺があるんです。この店は、俺たちに料理を教えてくれた弓さんの店です。だから看板には、弓さんの名前が必要だったんです。それから翔太君は、あのメモと同じ女文字で、あなたの夢はまだ終わっていませんと書いた下書きの紙をポケットから出して広げた。文です。勝手にすみませんでした。住所は商店街の八百屋の親父さん経由で、弥生さんって方を探し当てて、頭を下げて教えてもらいました。看板が上がるまでは弓さんに黙ってて欲しいって、俺がお願いしたんです。ただ、これだけは先に言わせてください。翔太君は畳に手をついて、頭を深く下げた。直さんが何を守ろうとしたのか、俺の口からじゃなく、ちゃんと順番に聞いて欲しいんです。もうすぐ来ますから。
それから三十分もしないうちに、店の前に一台の車が止まった。降りてきた人を見て、私は座敷で腰を浮かせた。白髪の紳士、商店街の隣の銀行の黒田支店長だった。黒田さんは、翔太君からどこまで聞きましたか? 店を閉めた経緯と、この店の再開の準備のことまで。でも、肝心なことはまだ何も。直が私の何を守ったのか、あの夜何があったのか。黒田さんは頷いて、湯呑みを置いた。三年前の夏です。直さんが閉店後の私を尋ねてきました。顔色は今も忘れられません。紙のように白かった。直は、よその銀行から届いた一通の書類だったそうだ。直名義の借入の返済予定表。心当たりのない額だった。血の気が引いて調べ始め、行き着いた先が実の兄だった。お兄さんは店の経理と判子を預かる立場を利用していました。直名義の借入が二千万円。店とご自宅が担保、つまり返せなければ建物ごと取られる形です。杉浦食品からの仕入れには、実態のない水増し請求が上乗せされていました。そして黒田さんはそこで一度言葉を切った。連帯保証人の欄に、弓さん、あなたの名前がありました。あなたの筆跡を真似た偽物の署名です。判子も勝手に偽造された別物でした。自分の声が他人のもののように遠く聞こえた。判子を握られるというのは、そういうことだったのだ。名前一つ、指一本動かさないまま、私は二千万円の借金を背負う紙の上の人間にされていた。それだけじゃありません。健さんは弓さん名義の預金や、お母様が残された家のことまで調べていました。いざとなれば、そちらも差し出させればいい。そういう目論見だったようです。あの妙な問いの意味が、三年越しに音を立てて繋がった。直さんは健さんを問い詰めたそうです。帰ってきた言葉を、私は直さんから聞きました。夫婦なんだから、借金も一緒に背負えばいい。店が潰れたら、弓の実家を売れば済む話だ。それを聞いて、直さんは覚悟を決めたと言っていました。実の兄は、弟の家族を財布としか見ていなかった。黒田さんは続けた。直さんは弁護士の真辺先生を交えて、何度も相談を重ねました。真辺先生の見立てはこうです。署名が偽物である以上、争いは勝てる。ただ、争いになれば時間がかかる。その間、弓さんの口座やご実家が仮差し押さえ、つまり裁判の間凍結されて動かせない状態にされかねない。だから、店を畳んで証拠を固め、健さんの手が届く前に、弓さんを店の経営からも杉浦の家からも切り離す。それが直さんの選んだ道でした。待ってください。守る方法なら、他にもあったはずでしょう。どうして離婚まで? 黒田さんはすぐには答えなかった。翔太君と目を交わした。それは私の口からお答えすることじゃない。ただ、事実だけお伝えします。真辺先生があげた選択肢に離婚は入っていました。ですが、先生は最後まで勧めてはいません。勧められてもいないのに、あの人は選んだということか。
その後のことは、黒田さんが淡々と教えてくれた。直は警察に告訴し、先方の銀行も被害届を出した。健さんは私が町を出た年の暮れ、詐欺などの疑いで逮捕された。会社は破産し、裁判で実刑になり、今も兵の中にいるという。騙し取られた金は、裁判で杉浦食品側へ請求された。直は物を売って、本当に返すべき最後の一円まで清算したという。不思議なくらい胸は波立たなかった。それよりも、たった一つの問いが胸の中で膨らみ続けていた。守られていた。それは分かった。でも、どうして直は私に一言も話してくれなかったんですか? 黒田さんと翔太君がまた目を交わした。それをお伝えするには、まずお返しするものがあります。黒田さんが膝元の鞄を引き寄せ、中から布の包みを取り出した。包みの中から出てきたものを見て、私は目を疑った。通帳だった。深緑の表紙の、あの銀行の通帳。角が少し丸くなった、私名義の通帳だった。あの夜、直が奪ったものです。黒田さんは両手でそれを差し出した。離婚の翌朝、一番に直さんは真辺先生の事務所へこれを持ち込みました。預かり証を書いて、金庫で保管してもらうためです。ご自分の手元には置かない。兄の手にも絶対に渡さない。弓さんが取りに来られる日まで、第三者の金庫で守る。それが条件でした。あの人、私のお金だって分かってて、私から取り上げて。ええ、取り上げなければならなかったんです。あの家から一番先に消えるべきものだったから。判子も帳簿も握っていた健さんの目と鼻の先に、弓さんの通帳が置かれたままだったんですよ。暗証番号がお手元にある以上、簡単には下ろせません。ですが、相手は人の署名を偽って借金する男です。手掛かりの一つも、あの家に残しておきたくなかったのでしょう。言われて、ぞっとした。黒田さんはそこで口元だけで笑った。中をご覧なさい。震える手で私は表紙を開いた。見覚えのある数字の並びの最後に、あの十月の残高がある。三百二十万円。借金に消えたと思い込んで、諦めた数字だった。それがそっくりそのまま、そこにあった。その下に、数字は続いていた。翌月の十五日、杉浦直。その翌月の十五日、杉浦直。そのまた翌月も、定規で引いたように毎月十五日の行に並んでいる。ページをめくってもめくっても途切れていない。金額は月ごとに増減しながら、一度も欠けることなく三年分。二年目からは夏と冬に一回り大きな数字が並ぶ。ボーナスの月だと気づいた瞬間、視界が揺れた。最後の行の残高は、六百八万円になっていた。減るどころか、増えてる。どうして。直さんの言葉をそのままお伝えします。黒田さんは背筋を伸ばした。このお金は一円も俺のものじゃありません。弓が店で働いた金と、まだ渡せていなかった弓の取り分です。何年かかっても、必ず本人に返してください。そう言って、あの人は毎月振り込み続けました。直さんはね、弓さん。黒田さんの声が初めて詰まった。三年間、一番安い部屋に住んで、一番安い飯を食って、それでも十五日の振り込みだけは絶やさなかった。私はね、銀行員として四十年、いろんなお金を見てきました。綺麗な金も汚い金も。でも、この通帳の三年分ほど、人の祈りみたいな金は見たことがない。通帳のページの間に、小さな紙が挟まっていた。折りたたまれたメモ用紙。開くと、見慣れた下手くそな字があった。これは君の人生だ。俺には奪う権利はない。文字が歪んで、読めなくなった。メニューの試作を書きつける時、あの人はいつも語尾の棒を跳ねる。君の字の最後も、癖のまま跳ねていた。気づけば私は通帳を胸に抱きしめていた。声を上げて泣くのは久しぶりだった。分かっているのに止まらなかった。翔太君も雅代さんたちも、誰も何も言わずに、私が泣きやむのを待っていてくれた。勝手よ。しゃくり上げる合間に言葉がこぼれた。勝手だわ。あんまりだわ。守るなら守るって。どうして一言。私も一緒に背負いたかった。背負わせて欲しかったのよ。誰も答えなかった。答えは、この場の誰のものでもなかったから。
窓の外は、いつの間にか夕暮れになっていた。南向きの窓から差し込む茜色が、テーブルの木目を照らしている。それでも、涙の底から小さな棘のような問いが、もう一度頭をもたげた。だったらなおさら、どうして。どうしてあの夜、一言言ってくれなかったの? 一緒に戦わせてくれなかったの? 黒田さんは厨房の方へ目をやった。あと一つだけ、弓さんにお渡しするものがあります。翔太君が立ち上がって厨房を指さした。厨房の作業台の引き出しに、手紙が置いてあるんです。直さんから弓さんへの。白い封筒。表には弓へとだけある。裏には何も書いていないけれど、差出人を間違いようがなかった。語尾の棒を跳ねる、あの下手くそな字だった。直さんから預かったのは半年前です。店の改装が決まった日でした。翔太君がそっと言った。弓さんが来たら、厨房で渡して欲しいって。ここが弓さんの帰る場所だからって。みんなが座敷へ下がって、厨房には私一人が残された。夕方の光の中で、私は封を切った。便箋が三枚、折り込まれていた。弓へ。この手紙を君が読んでいるなら、君はあの店の厨房に立っている。それだけで、俺には十分すぎる。三年年前の夜のことを、順番に話す。言い訳になることを承知で、それでも君には全部を知る権利がある。そこまでは、昼間に聞いた話と重なっていた。そして手紙は、あの問いに触れた。真辺先生は離婚しろとは一度も言わなかった。弓と二人で戦う道もあると、最後まで言ってくれていた。それを選ばなかったのは、俺だ。あの秋の夜、廊下で聞いてしまったんだ。君が翔太に言っていた。この店は何があっても守る。直が困っているなら、私も一緒に背負う。それが夫婦でしょう、と。あの床の音。やっぱり、あの夜の廊下にこの人はいたのだ。嬉しかった。そして、心の底から怖くなった。君に事情を話せば、君は必ず一緒に戦うと言っただろう。借金も裁判も兄の悪意も、全部半分に背負おうとしただろう。君はそういう人だ。二十年隣にいた俺が、一番よく知っている。裁判は何年かかるか分からないと言われた。その間、君を差し押さえの恐怖と、警察と、兄の顔と同じ世界に立たせておくのか。お母さんの家まで担保にされかけている事実を、君に背負わせるのか。考えるほど分からなくなった。だから俺は、君が俺を嫌いになる方法を選んだ。憎ませて遠ざけて、あの泥沼から君だけを外へ出す。それしか思いつかなかった。守ったつもりだった。でも本当は、君を信じる勇気がなかっただけかもしれない。一緒に戦おうと言ってくれる君を信じて、隣で戦い抜く勇気が、俺にはなかった。便箋の上に、ぽたりと落ちるものがあった。自分の涙だと、一拍遅れて気づいた。兄が捕まった後、すぐにでも君に話に行くべきだった。それも分かっていた。だが、行けなかった。店を潰し、君の人生を勝手に決めた男が、どの面下げて会いに行く。せめて店を君に返せる形に戻すまでは、そう決めて翔太たちと準備をしてきた。振り込みの金は、最初の一年は俺の蓄えから。建物を売ってからは、残った金と今の職場の給料から出している。心配しないでほしい。兄を告訴する書類に判を押した夜、初めて酒に酔えなかった。血の繋がった人間を警察に売る。そうしなければ君を守れない。あの夜の俺には、どちらの顔も残っていなかった。建物を明け渡す前の晩は、一人で厨房を磨いた。九年分の油の焦げつきを落としながら、ここで君が焼いたオムライスの数を考えた。数えきれなかった。明け渡しの朝、鍵を不動産屋に渡す手が、離婚届に判を押した時より震えた。店も通帳も鍵も奪った俺を許して欲しいとは言わない。ただ、君の夢だけは君に返したかった。いつか看板に君の名前をつけるという約束だけは、守らせてほしい。あの夜、君が出て行った後、俺は床に座り込んで立てなかった。扉の向こうの君に聞こえていないことだけを祈った。あんな音を残して、すまなかった。何かが崩れるようなあの音。ずっと耳の底に残っていた音の正体は、崩れ落ちた夫の体の音だった。手紙の最後に、短い一文があった。俺は今、南の港町の水産加工場で社員食堂の調理場に立っている。元気でやっている。君が幸せなら、それでいい。住所が書き添えてあった。読み終えて、もう一度最初から読んだ。二度目は、泣きながら読んでいた。一番安い部屋で、この便箋に向かう猫背が見えた。書いては消し、消しては書いたのだろう。所々、紙が薄く擦れていた。
私は手紙を折りたたんで封筒に戻した。それから厨房を見回した。磨かれたコロッケ台、真新しい作業台、壁にかかる私のエプロン。守られていた。それはもう疑いがなかった。でも、と私は思う。守るためだったとしても、何も説明せず私の人生を勝手に決めたことは間違いだ。一緒に背負うと言った私の言葉を、あなたは聞いていたくせに信じなかった。私から奪ったのは店でも通帳でもない。あなたの隣で戦う、その資格だ。座敷へ戻ると、翔太君たちが心配そうに私を見上げた。泣き腫らした顔のまま、私は言った。翔太君、私、行ってくるわ。はい。行ってらっしゃい。行き先は聞かれなかった。聞くまでもなかったのだろう。
翌週の休みの日、私は南へ向かう電車に乗った。電車を二本乗り継いで、二時間。言うべきことを道中、いくつも組み立てた。ありがとうが先か、バカ野郎が先か。組み立てては崩し、崩しては組み立て、結局まとまらないうちに、車窓に海が見えた。水産加工場は港のすぐそばにあった。昼下がりの社員食堂は、作業着姿の人がまばらに残るだけだった。配膳台の奥、湯気の向こうにその人はいた。白い調理服、白さの混じった髪、頬がこけて一回り小さくなった背中。それでも、鍋を振る腕の角度は変わっていなかった。私は配膳台の前に立った。気配に気づいた直が顔を上げる。いらっしゃい。定食でいいか。言葉が途中で消えた。お玉を持った手が、途中で止まる。目が私の顔に釘付けになったまま、動かない。どうして。ここに。二度と戻るなと言ったのは、あなたでしょ。声が震えないように、お腹に力を入れた。戻るなと言われたのは店よ。ここは初めて来たもの。約束は破ってないわ。直はお玉を置いた。調理服の裾を握りしめて俯いて、それから深く腰を折った。配膳台に額がつきそうなほど深く。すまなかった。厨房の若い人が何事かとこちらを見ている。私は構わず言葉を待った。三年分待つのは、慣れている。翔太から聞いたんだな。全部。手紙も読んだわ。通帳も受け取った。看板も見た。そうか。直は顔を上げられないまま、絞り出すように言った。君を守りたかった。それは嘘じゃない。でも、守ると言いながら、君の気持ちも人生も勝手に決めた。ひどい言葉で傷つけて、三年放り出した。俺のやったことは、兄貴と同じだ。君の署名を、君に無断で書いたのと同じことだ。そこまで分かってるのね。直の言葉を、私は遮った。顔を上げた直と、ようやく目があった。あの夜、一度もこちらを向かなかった目だった。あなたのおかげで守られたものはある。母の家もお金も、店の名前も。それはちゃんと分かってる。ありがとうとも思ってる。でもね、あの日から三年間、私は自分に価値がないと思って生きてきたのよ。二十年が全部いらないものだったって、あなたに言われたと思って生きてきたの。料理も作れなくなった。包丁を持つと、手が止まるの。私から料理を取ったら、何が残るのよ。守るためなら、どんな言葉で傷つけてもいいわけじゃない。一緒に背負うと言った私の言葉を、あなたは廊下で聞いていたくせに信じなかった。それが一番悔しい。直は言い訳をしなかった。もう一度、頭を下げた。すまなかった。本当にすまなかった。それでも、と私は思う。泣くのは、渡すものを渡してからだ。私は息を整えて、バッグからあるものを取り出した。真新しい銀色の鍵。前の日に店へ寄って、翔太君から預かってきた新しい店の鍵だった。差し出された鍵を見て、直は後ずさった。翔太たちがどうしてもと言うんだな。気持ちだけで十分だと伝えてくれ。それは受け取れない。俺に、あの店へ戻る資格はない。ええ、ないでしょうね。私は頷いた。夫としての資格はないわ。あなたが自分で捨てたんだもの。だから、これは夫として渡す鍵じゃないわ。私は差し出した鍵を、一旦手のひらに握り込んだ。これが道中で組み立て続けた末の、私の答えだった。許すのでも切り捨てるのでもない。私の店の、私の決め方でもう一度始める。翔太君に聞いたわよ。焼き場まで何でもできる調理員さんがいるって。うちは今、人手不足なの。店で働きたいなら、一人の料理人として面接に来て。直が目を見開いた。面接? そう、面接。この鍵は、採用が決まった日に渡します。履歴書も書いてきてね。言っておきますけど、時給は安いわよ。新人ですから。はい。いつきます。世界一のをね。直の喉が上下に動いた。取るかどうかは、店主が決めます。私は背筋を伸ばして、今までで一番綺麗に笑ってみせた。私の店ですから。店主は私よ。湯気の向こうで、直の顔がくしゃりと歪んだ。笑ったのか泣いたのか、多分両方だった。はい。かれた声で、元夫は店主にそう返事をした。帰り道、港の防波堤によって、私は通帳を開いた。最後のページの、先のない数字の列。返してもらったのはお金じゃない。三年分の十五日という日付。あの人が積み続けた、折れない何かだ。今度はそれを、私の見ている場所で積んでもらう。海に向かって、私は小さく声に出した。面接、待ってるから。
それから季節がいくつか巡った。私は弓、五十歳。弓の洋食屋 日向の店主だ。開業の届けも、保健所の営業許可も、銀行の融資の書類も、今度は全部私の名前で出した。ペンを握るたび、母の印鑑がバッグの中で鳴る。苗字が変わっても、あんたが誰になっても、弓は弓のまま。お母さん、あなたの言う通りだったわ。開店までの数か月は、あっという間だった。翔太君の三冊のノートを二人で読み直し、雅代さんたちとメニューの試食会を重ねる。開店の初日、開店前の通りには行列ができた。先頭は杖をついた八重さんだった。遅いわよ、弓さん。三年も待たせて。すみません。仕込みに時間がかかりました。八重さんは窓際の二人掛けに座り、オムライスを綺麗に食べ終えて、それから小さなプリンに目を丸くした。あら、頼んでないわよ。三年分のお誕生日です。お店からです。もう、この店は昔から、料理と一緒に別のものを出すのよね。八重さんは袂で目元を押さえながら笑った。列の中には弥生もいた。厨房は料理長の翔太君が仕切っている。ホールは雅代さんと恵さん。そして、新入りの仕入れには、面接を経て採用された新入の調理員がいる。履歴書を持ってきた日の直は、編み物だった。緊張で膝の落ち着かない五十二歳に、私は店主として告げた。採用します。ただし、皿洗いからです。返事は一言だけ受け付けません。仕入れを任された直が、真っ先に頭を下げに行ったのはあの八百屋だった。野菜はまた、あの店から届く。直が先日、煮込みの鍋に口を出しかけた。デミグラスの味加減が昔の癖で気になったらしい。私はお玉を持ったまま、にっこりと振り返った。店主は誰でしたか? はい、弓店主です。よろしい。皿、溜まってますよ。厨房の隅で、翔太君が吹き出していた。あの雷を落とされていた青年が、今は落とす側の顔で笑う。
ある日の午後、常連の親子連れの女の子が看板を指さして聞いた。ねえ、弓って誰? 皿を下げていた直が腰をかがめて答えた。この店を作った人だよ。違うでしょ。みんなで作った店よ。思わず口を挟んだ私に、直は首を横に振った。でも、守りたかった夢は、弓の夢だった。全く、この人は皿洗いのくせに、時々そういうことを言う。夫婦に戻るかどうかは、まだ決めていない。信頼は通帳の数字みたいに、一ずつしか積み上がらない。それでいいと思っている。あの人は今、逃げずに一か月ずつ積んでいる。今度は私の見ている場所で。
閉店後、一人で表に出て看板を見上げるのが日課になった。お前の夢は今日で終わりだ。あの夜、この場所で私はそう宣告された。同じ場所に、今、私の名前がかかっている。夕日に照らされた弓の名前と、この型のオムライス。私の夢は、あの日終わらなかった。憎まれ役を選んだ不器用な人と、明日も来なさいを守り続けた青年と、帰りを待っていてくれた町の人たちが、終わらせなかったのだ。だから私は明日も暖簾を出す。お腹を空かせた誰かの、寂しい心まで温められるように。この店を、母の台所のような場所に育てていきたい。



