「おっと、ごめん。手が滑っちゃったわ」…

「おっと、ごめん。手が滑っちゃったわ」...

「おっと、ごめん。手が滑っちゃったわ」

そう言って義母は、退院したばかりの私の骨折した脚に杖を当ててくる。あまりの痛さに、もう言葉すら出ない。治りかけとはいえ、まだしっかりと繋がっていない骨に、あの衝撃は十分すぎるほど効いた。交通事故で入院してからまだ数日しか経っていないのに、この仕打ちである。私のために退院祝いを開こうとしてくれた、あの優しい義母はどこへ行ってしまったのか。「うるさい。あんたが悪いのよ。嫁の分際で私に口応えする生意気なやつだから」

私はお母さんともっと仲良くなろうと思っていたのに。本当の家族になれると思っていたのに。それなのに、私の思いは届かず、杖による仕打ちは毎日のように続いた。

私の名前は半田直。平凡な専業主婦だ。現在は夫の大輔の実家で暮らしている。結婚する際、大輔から実家で母さんと一緒に暮らしてほしいと言われたからだ。義実家には元々義両親と大輔が暮らしていたが、義父は私と大輔が出会う数年前に病気で亡くなった。それ以来、母と大輔の二人暮らしだった。結婚を機に義母を一人にさせるのが心苦しいと大輔が言ったのだ。そんな大輔の気持ちを無にしたくなかった私は、同居を承諾した。

それから私は義実家で専業主婦をし、足の悪い義母の代わりに家事全般を行っていた。その日も夕食の買い出しに車でスーパーへ向かっていた。運転免許は高校卒業後すぐに取ったので、歴はもう五年以上になる。それでも私は臆病な性格もあって、いつも安全運転を心がけていた。しかし交通事故というのは、自分だけが注意していても起きてしまう。そのことに気づいた瞬間、周りがスローモーションのように見えた。

気づいた時には、私に向かって車が突っ込もうとしていた。運転席の女性は手元を見ていて、まだ私に気づいていない。後から思えば不思議なものだが、この時私は妙に冷静で状況を分析していた。私は赤信号を無視したのか。いや、それはない。私は間違いなく青信号を確認して前進した。証拠に、私に向かってくる車以外は、私の進行方向と垂直に交わる道で停止している。つまり、今私に突っ込もうとしている車が信号無視をしたのだ。

凄まじい音と激しい衝撃が体に走り、目の前は真っ暗になった。目覚めると、そこは見知らぬ天井。病院か病室か、というのがお決まりの展開だ。体を起こそうとすると全身に痛みが走る。特に右腕と左足が強い。思わず声が漏れた。その声で私が目覚めたことに気づいたのか、誰かがベッドに近づく足音がする。夫の大輔だった。「ああ、直子、目覚めたのか。よかった。命に別状はないと聞いていたけど、なかなか目覚めないから心配してたんだぞ。そうだ、すぐに先生を呼ぶから」

そう言って大輔はナースコールを押す。その後、医者の診察を受け、警察から事故の状況を説明された。私の予想通り、相手の脇見運転による事故だった。ただ、衝突する場所がもう少し違えば命が危なかったらしい。幸い、相手の運転手が寸前でハンドルを切り、後部座席に突っ込んだため骨折だけで済んだらしい。今は骨折が早く治るよう祈るしかない。事故の処理は警察と保険会社に任せよう。私は数日ほど入院することになった。

数日後、まだ歩くのは難しく、車椅子か松葉杖が必要だったものの、家に帰ることが許可された。これがどれほど嬉しいことか。入院中は動けない上に、両親くらいしかお見舞いに来てくれず、とても暇を持て余していた。読書やゲームは片腕では難しく、テレビを見るか音楽を聴くくらいしかできなかった。仲のいい友人は何人かいるが、わざわざ自分から入院を知らせるのも違う気がした。何より予想外だったのは、義母と大輔がお見舞いに来てくれなかったことだ。義母は元々足が悪いので仕方ないが、大輔に至っては、搬送された日と入院に必要なものを持ってきて以来、一度も来ていない。もちろん妻が事故にあったのだから、仕事もあるだろうし、私がいない分の家事を義母か大輔がしなければいけない。文句は言えなかった。退院日にはさすがに大輔がタクシーで迎えに来てくれた。そして車の中で驚くことを聞かされる。「退院おめでとう。なかなかお見舞いに行ってやらなくてごめんな。どうしても外せない仕事があって。そうだ。母さんが直子の退院祝いを開くって言ってたぜ。なんか張り切ってたな」

まさかお母さんがそんなことをしてくれるなんて。一緒に暮らし始めて一年ほど経つが、義母は私にあまり興味がないように見えた。元々人に興味を持たないタイプなのか、それとも嫁として認めていないのか。それでも無視されるわけでもなく、こちらから話しかければちゃんと会話もしてくれる。だから気にしないようにしようと思っていたが、それでも家族なのに仲良くなれないことに寂しさを覚えていた。そんな義母が私のために開いてくれるという。これをきっかけに仲良くなれるかもしれない。

家に着くと、家の中には数人の人がいた。親戚やご近所さんなど、義母と仲のいい人たちだ。もしかして私の退院祝いに集まってくれたのか。三人でするものだと思っていたので、ここまで大事になっていると申し訳なさが顔に出た。しかも、どこか違和感がある。来てくれている人々の顔が、私の姿を見るや苦い表情を見せるのだ。確かにギプスは外れていないし、痛々しく見えるかもしれない。そう心の中で思っていると、義母が奥から現れた。「お帰り。やっと帰ってきたわね。それじゃあ早くキッチンに来て。あなたの退院祝いなんだから、あなたにやってもらわなくちゃいけないことが山ほどあるの。とにかく料理とお酒の準備をしてちょうだい。皆さん待ちくたびれちゃうでしょ」

耳を疑った。意味が分からなかった。今から開かれようとしているのは私の退院祝いなのに、私が準備をしなければいけないのか。義母の言葉のせいで、私はパーティーの定義について考え込んでしまった。いやいや、今はそんなことどうでもいい。仮に自分で自分のパーティーを開くのが正しかったとしても、現実問題、半身にギプスが巻かれている状態じゃできることも限られている。何より言い出しっぺは義母のはずだろう。だが義母はそんな私の気持ちも知らずに、「何してるの?早く来なさい。そんなことなら帰ってこなくてもいいのよ」と急かしてくる。さすがに重症に見える私を働かせようとする義母に、周りの人々も「まあまあ、無茶を言いなさんな」と義母をなだめ始めた。それでも義母は「いいのよ」と言って私を働かせようとする。そしてとうとう大輔が叫んだ。「どうしたんだよ、母さん。どう考えても今の直子には料理が無理だって分からないのかよ」

大輔に怒鳴られたことで、義母も多少は状況を理解したようだ。それでも「だって治ったから帰ってきたんじゃないの」と言い訳を重ねる。ご近所さんや親戚は、触らぬ神に祟りなしというように「また今度退院祝いを持ってくるから」と言い残してそそくさと帰っていった。こうして私の退院祝いは変な空気のまま終わった。

皆が帰ってから、私と大輔は義母にどうしてあんなことをしたのか尋ねた。すると呆れてしまうような返答が返ってきた。義母は、私が事故に遭い入院したことをご近所さんや親戚に言いふらしたらしい。この時点で「何してくれたんだ」と思ったが、まあまだ分からないでもない。そして義母から事故のことを聞いた人々は、話を聞いてしまった以上お見舞い品を持ってくるわけで、義母はそれのお礼をしなくてはと考えたらしい。うん、まあ、言い分は分からなくはない。ただ一つ通らないことがある。「ご近所さんや親戚からもらったというお見舞い品、それ一つ足りとも私の元に届いてないんですけど。あの、そのお見舞い品、私ですよね。どこにあるんですか?」

「え、ほとんどが食品類だったから食べちゃったけど。高級メロンとか、並ばないと買えないケーキがあったわよ。ねえ、大輔、あったわよね」

大輔は義母から急に話を振られ、うろたえる。そして私と目が合うと慌てて弁解した。「違うんだ。確かに俺も食べたかもしれないが、まさか直子宛てのお見舞い品だとは知らなかったんだ」

はあ。つまり義母と大輔は私の事故をいいように利用して、いい思いをしていたわけか。別にお見舞い品が欲しかったわけではないが、それでも私宛てのものを知らないうちに横取りされていたというのは気持ちのいいものではない。私は退院したばかりで疲れていたし、馬鹿らしくなってきたのでそこで話を切り上げ、その日は眠りに就いた。

数日後、退院祝いに来てくれていたご近所さんが、今度こそ私宛てに退院祝いを持ってきてくれた。先日は恥ずかしいところを見せた上にご迷惑をおかけしたので遠慮しようとしたが、「いいのよ、受け取って。それにこれが最後になるかもしれないし」と意味深なことを言う。「最後って、どこか引っ越されたりするんですか?」

「違うの。そういうわけじゃないんだけど。その、なんて言うのかな。あなたのところのお母さんね。正直、以前からあまりいい風に思っていなかったの」

話の流れがなんとなく分かってきた。要は、もう義母と関わらないようにしようと思っているわけだ。私もご近所さんの立場なら、同じことをしたかもしれない。「お母さんのその変な部分は、今に始まったことじゃないんですか?」

するとご近所さんは「そうね。最近はおさまってたんだけど」と、昔の義母について語ってくれた。義母は昔からご近所さんに変に思われていたらしい。何か悪いことを企んでいるとか性格が歪んでいるというより、目の前しか見えなかったり空気が読めなかったりするタイプだったそうだ。そのため、悪意なく他人のことを傷つけたり怒らせたりすることが多々あったとか。それでも義父がいた頃はうまくフォローしていたため、絶縁というようなことはなかったらしい。ただ、義父も物好きな男と影で囁かれていたようだが。しかし義父が亡くなり、義母は変なところがめっきり悪化した。さすがに心配になったご近所さんたちは、義父が亡くなった傷が癒えるまで義母のことを気にかけようとしてくれていたらしい。けれど、あの退院祝いのことがあったため、ご近所さんは再び距離を取ろうとしているようだ。「私たち、お母さんから『嫁の怪我は大したことないんだけどね』なんて聞いていたから、帰ってきた直子さんを見て驚いたのよ。それでああ、この人はまた変な人に戻ったんだって気づいて。あれはね、言ってしまえば病気みたいなもんね。お母さんは悪くないっちゃ悪くないんだろうけど。それでも私らも、痛い思いをしてまで嫌な思いをしたいかと言われたらね。だから本当にごめんね」

そう言って、そのご近所さんはそれ以来本当に姿を見せなくなった。他のご近所さんや親戚も大方同じ考えのようで、私や大輔にこっそり連絡をしてくることはあっても、義母とは関わろうとしない。義母の自業自得とはいえ、少し可哀想に思えてくる。けれど嫁である私は、可哀想だけで終わらせてはいけない気もした。なんとなく事情は分かった。ご近所さんの気持ちも分かるが、私にとっては家族だ。だからこれからは私が義母と真剣に向き合おう。悪いことは悪いとはっきり言いつつ、円満な関係を築けるはずだ。そう決意した。

だが、それからの義母の行動は私の予想を超えるものだった。空気が読めないと言われていたものの、義母は決して愚かというわけでもない。一つのことに集中して周りが見えなくなってしまうだけだ。そしてその凄まじい集中力で、義母が現在考えているのは「なぜご近所さんから距離を置かれているのか」ということだった。義母は考えに考え抜いた結果、一つの結論を出した。しかも誤った答えを。ご近所さんが遠のいたのは全て嫁のせい、という結論を出してしまったのだ。

その結論を出して以降、義母は家の中をよく歩き回るようになった。足が悪く、以前はほとんど家の中の低い位置から動かなかったのに。さらに義母が歩き出すのは決まって私が松葉杖をついて移動している時で、私に向かって歩いてくる。そしてあたかも偶然だったかのように、義母の杖が骨折している私の脚に当たるのだ。少しずつ治っているとはいえ、まだしっかりと繋がっていない骨にその衝撃はとてつもなく響く。痛みのあまり悶絶したこともあった。定期検診では医者から「治りが予想より悪いんだけど、何か負担をかけてませんか?治るまでは無理せず、できるだけ安静にしてほしいんですけどね」と言われる始末。もちろん私も「やめてください」と反論するが、義母は「ごめん、たまたまよ」「杖が当たった程度でそんなに怒らなくていいじゃない」と逆に言い返してくる。一番ひどい時は、松葉杖に義母の杖を引っかけて私を転倒させようとしてきた。骨を杖で刺激するだけでも治りが悪くなるのに、足の半分がまともに使えない。今転倒なんてしたらさらに怪我が増えかねない。この時ばかりは私も怒りが頂点に達した。「ちょっと危ないじゃないですか。どういうつもりなんですか?」

けれど義母は私の怒りではひるむことはなかった。「うるさいわね。あんたが悪いのよ。嫁の分際で私に口応えする生意気なやつだから。大体、退院祝いしたのも、ご近所さんや親戚と疎遠になるのも、全部あんたが悪い。いや、あんたが仕組んだことなんでしょう」

そんな言いがかりもいい加減にしろ。大体それは全部、義母の自業自得だ。それでも私は嫁だから、母親と揉めるようなことをせず、もっと仲良くなろうと思っていたのに。本当の家族になれると思っていたのに。そんな思いも、その日までだった。骨を中心とした肉体的な痛み、逆恨みによる精神的な痛み。これらの痛みは、義母と良好な関係を築こうとした私の気持ちを消し去るには十分すぎるほどだった。

それ以降、なんとか義母の攻撃を避け、怪我がほとんど治ってきた頃にはもう杖を当てられるようなことはなかった。そして私は大輔に義母のことを相談し、同居を解消して義実家を出ることにした。義母は「待って、見捨てないで」と最後まで叫んでいたが、私ももう聞く耳を持たない。大輔も「直子を傷つけた母さんを許せない」と吐き捨て、家を出た。

それから数ヶ月後、私と大輔は新しい家を借りて二人で暮らしていた。思えば私も大輔も、付き合っている時は実家暮らしだったこともあり、今まで二人きりで暮らしたことはなかった。義実家で暮らしている時は時折二人になることはあったが、どこか人の家という感じがあり、無意識のうちに気を使っていたのだろう。そのせいか、マンションで始めた二人暮らしは同棲し始めたカップルのような新鮮さもあり、毎日がとても充実しているように思えた。

そういった気持ちが後押ししたのだろうか。最近、おめでたいことが発覚した。妊娠である。大輔に報告すると「やった。ありがとう。嬉しいなあ」と喜んでくれた。もちろん私もたまらなく嬉しいが、浮かれてばかりではいけない。お腹から赤ちゃんが出てくるまでが妊娠だ。大変な思いもするだろうから、準備や心構えをしないと。そんな予想は見事に的中した。妊娠してしばらくすると悪阻がひどく、家事をするのが難しくなった。特に料理は全くする気が起きない。正直、ご飯の匂いが受け付けなくなるというのは妊娠するまで理解できなかったが、確かにこれはきつい。今まで美味しそうに感じていた匂いは、鼻から入ると全身に不快感を広げ、吐き気を誘発した。そのせいでしばらく家ではご飯を炊くことができず、大輔にも「白米が食べたければ外で食べてきて」と言ってしまうほど。家でご飯を食べさせてあげられないことを申し訳なく思うが、こればかりは収まるまでどうしようもない。

そしてもう一つ、困ったというより不安なことがある。大輔の帰ってくる時間が遅くなったことだ。もちろん私が「ご飯は外で食べてきていい」と言っているので、帰宅時間が遅くなるのは分かる。だけど、それにしてもほぼ毎日深夜近くに帰ってくるのは変だ。そんなある日、大輔がさらに私を困らせるようなことを言ってきた。その日も私は体が重く、家でゆっくりと休んでいた。するとスマホに夫からのメッセージが届く。仕事中に連絡してくるなんて珍しい。見てみると、「急で悪いんだけどさ、今夜上司を連れて帰ってくるから飯作ってもてなして欲しいんだよ。好みは和食だからそっち系のやつ作っといて。じゃあよろしく」とある。

勘弁してくれ。別に上司を家に招待するのは構わない。大輔にも職場での付き合いや立場があるのだろう。けれどどうして今なのか。しかもご飯を炊けないと言っているのに和食。さすがに無理だと判断した私は「ごめん。悪阻がひどいから出前でもいい?」と返信した。すると数分と経たないうちに大輔から電話がかかってきた。悪阻がひどいと書いてしまったから、心配で連絡してきてくれたのかな。そんな風に考えて出てみると、電話の向こうから聞こえたのは予想外の怒声だった。「おい、出前だなんて何を考えてるんだよ。ダメに決まってるだろ。直子、何にも分かっていないようだな。出世するには、仕事に理解ある妻がいた方が有利なんだよ。つまり上司はお前を品定めしに来るんだ。それを出前なんかでもてなしてみろ。出来の悪い妻だと思われて、俺の出世に響きかねない。そうなったらお前は責任を取れるのか?」

「そんなの急すぎるし、材料だってないし、掃除も行き届いてない。やっぱり今日は無理よ。せめて日を改めて」

「今すぐ全部やれよ」

大輔は出世のことしか頭になく、私のことは何も考えてくれていないようだ。だから無視しようとも考えた。けれど、お腹の子の今後のことを考えたら、大輔には出世してもらった方がいいのかもしれない。そう自分に言い聞かせ、私は身重な体に鞭を打ち、掃除と買い物を済ませ、なんとか大輔の要望通り食事を振る舞うことに成功した。

上司は私を見て言った。「いや、すまないね、奥さん。妊娠中だとは知っていたら、こんな押しかけるような真似はしなかったよ。大輔君も言ってくれれば良かったのに」

「マジかよ。それは初耳だ」

私は上司にバレないように大輔を睨みつけたが、大輔は気にせず上司に言葉を返す。「すみません。安定期に入るまでは周りに言わないでおこうって妻と話していたものですから。それにうちの直子は、子供がお腹にいるのに家事もサボらない立派な妻なんです。急に家に来るぐらい、どうってことないですよ」

ふざけんな。そう叫んでやろうかと思った。大輔が本当は私に何と言ったかもばらしたい気持ちに駆られるが、それは私たちのためにならない。せめて上司さんが帰るまでの辛抱だ。上司はその後一時間程度で帰っていった。私の予想では二、三時間は滞在するだろうと思っていたが、どうも上司は私の体のことを考えて早めに切り上げてくれたのだろう。少なくとも大輔より人間性がまともだったようだ。そして上司の帰宅後、私は大輔を問い詰めた。「ねえ、上司さんが『妊娠中だとは知っていたら、こんな押しかけるような真似はしなかった』って言ってたよね。どうして私が妊娠してることを言わなかったの?確かに安定期までむやみに言いふらさないでとは言ったけど、それも時と場合によるじゃない」

大輔はなぜ怒られているのか分からないという顔で「いいじゃないか」と言う。「結果的には上司も満足して帰ってくれた。しかも予定より早く。それに、今の方がアピールになるだろう?妊娠しているのにちゃんと家事もこなすって、立派な主婦っぽいじゃないか。直子のおかげで俺も出世に近づいたよ」

さすがにこれには腹が立った。「何それ?出世も大事かもしれないけどね。今はお腹に子供がいるの。妊娠ってね、結構体の負担が大きいんだよ。無理したら子供にも悪影響が出るかもしれないんだよ。どうしてそれを分かってくれないの?帰ってくるのだって遅いしさ。どうしてもっと私のことを考えてくれないの?退院してお母さんにいびられた時は助けてくれたのに。今の大輔はお母さんと一緒じゃない」

怒りだけでなく、ホルモンバランスの崩れで情緒不安定になっていたのだろう。今日のことを飛躍させて「お母さんと一緒」なんて暴論まで出てしまった。私の叫びの後、大輔からしばらく返答がなかった。冷静になり、言いすぎたと謝ろうとした時、大輔が先に口を開いた。「それって退院祝いの時の騒ぎのことなら、そりゃそうだろ。誰があの状況で母さんの味方に付くかっての。あの時は親戚やご近所の目もあったからな。悪者にはなりたくないし」

平然とそう言ってのける。そうか。そうだったのか。大輔は私を思って動いたのではなく、自分の立場を気にして動いただけなのか。「もしかして同居解消したのも」

「そうだよ。手が出る姑と、怪我をした嫁。どちらの味方に付くかは至極当然だろ。それに今のうちに縁を切っておけば、将来的に母さんの面倒を見る必要もなくなるだろうしな」

大輔がこんな最低な人間だとは思わなかった。とんでもなく自分本意で打算的で、自分に都合が良ければ平気で他人を踏み台にする。しかも罪悪感もまるでない。親が親なら子も子というわけか。この日を境に、私は大輔に深く幻滅した。

そんな最低な大輔に、ある日急展開が訪れる。少し前に突然悪阻がおさまり、子供が成長している分体は重いものの、私は色々動けるようになった。今まで手を付けられなかった部分の掃除でもしようかと思っていた時、スマホに知らない番号から電話がかかってきた。出てみると相手は警察。なんと大輔が救急搬送されたとのことだった。病院に到着し、看護師の案内で病室へ向かうと、ベッドには体の至るところにガーゼや包帯が巻かれた大輔が横たわっていた。命に別状はないようで、今は眠っているだけらしい。しかし医者から重い事実を告げられた。大輔は車の事故にあったらしく、その影響で脊髄を損傷し、下半身不随になってしまったらしい。リハビリでどこまで回復するかは分からないが、少なくとも以前のように歩くのは難しいとのこと。

いくら最低な夫とはいえ、突然こんな目に遭うなんてさすがの私も悲しい。事故の経緯については警察の方が教えてくれた。大輔は会社の後輩の運転する車の助手席に乗っていたらしい。しかしその後輩社員が運転を誤り、猛スピードで建物に激突。しかもとっさに自分の身を守ろうとハンドルを切ったが故に、助手席の被害が大きくなってしまったらしい。大輔が生きていたのは奇跡に近いとか。その後輩社員は軽傷ですでに意識を取り戻しており、私に謝罪したいと言っているらしい。今謝られても許せる気はしないが、せめて夫をこんな目に合わせた人物の顔くらい見ておくべきだろうと思い、私は警察の方と一緒にその後輩社員の病室へ向かった。

私は目を疑った。そして怒りのあまり、手に握っていたスマホが食い込むほど強く握っていた。大輔を助手席に乗せて運転していた後輩社員の正体は、私と事故を起こしたあの女性だったのだ。彼女は私に軽く会釈をした後、警察の方にどうしても席を外してほしいと頼み込み、彼らを外へ追い出した。病室には私と彼女の二人きりになる。どうして謝罪するのに警察の方を追い出す必要が。そもそも本当に謝罪する気があるのなら、私を見た瞬間に謝るものでは。そして何より、大輔と私が別の時期に別の場所でそれぞれ事故にあったのに、その相手が同一人物であるというのは一体どんな確率なのだろうか。そう思っていると、やっと彼女が口を開いた。「因果応報ってやつですよ」

一体何を言っているのか分からなかった。謝罪するかと思いきや、「因果応報」と言ったのだ。さすがの私も頭に来た。大輔をあんな目に合わせておいて、どういうつもりだ。そう怒鳴ろうとした時、彼女の言葉で私の熱が冷めていくのを感じた。「私、大輔さんの愛人なんです」

これから彼女は、こうなった事情を全て話し始めた。彼女と大輔は、私が事故に遭う前から不倫関係にあったらしい。しかしある日、彼女は運転中に大輔との連絡に夢中になり事故を起こした。そしてその相手が私だったというわけだ。大輔は彼女が私と事故を起こしたと分かるや、何かのはずみで不倫がバレることを恐れ、彼女が退院した数日後に一方的に関係を切ろうとした。彼女としても脇見運転で事故を起こした以上、自分に非があることは重々承知しており、切り出された別れを泣く泣く受け入れたようだ。ちなみに大輔が私の見舞いに全然来なかったのは、彼女が同じ病院に入院していたため、何かのはずみで遭遇してバレないようにするためだったのだろう、と彼女は言っていた。

ここで関係が終わっていれば、私は不倫を知ることはなかっただろう。けれどここでも、大輔の自分本意な人間性が色濃く出た。私が妊娠したことで夜の営みができなくなり欲求不満になった大輔は、再び彼女と関係を持つようになったのだ。話を持ちかけられた彼女は最初こそ「さすがにまずい」と断ったらしいが、顔にできた傷のせいでなかなか新しい彼氏もできず、その寂しさからつい大輔の口車に乗ってしまったらしい。しかし一度捨てた相手、ましてや妊娠がきっかけで再燃した関係は簡単に終わりを迎える。私の出産予定日が近づいてきたことで、大輔は再び彼女との関係を切ろうとしたのだ。あまりにも自分勝手すぎる。彼女に同情するつもりはないが、それでも大輔は彼女のことを存在のように扱いすぎではないだろうか。そう思うのは彼女も同じだった。「さすがの私も、そんな都合のいい物のような扱いをされるくらいなら、一緒に死んでやろうと考えたんです。その結果、意図的に事故を起こしたけど、寸前で怖くなってハンドルを切って、大輔さんだけが大きな怪我を負うことになったというわけです」

全てを聞いた私の感想は、失望の一言だった。彼女と話すまでは、これ以上大輔に幻滅することはないだろうと思っていたが、私の予想はあっけなく覆された。

しばらくして大輔の病室に戻ると、大輔は意識を取り戻していた。私の姿を見つけると「体の下半分が動かないんだ」と悲痛そうに訴えてくる。そして私がベッドのそばに寄ると、「これからは直子だけが頼りだ」「まず直子は働きに出て」「介護について勉強してくれ」などとあれこれ要望を突きつけてくる。まあ仕方がない。突然体の半分が動かなくなり、これからどうやって生きていけばいいのか分からず不安になり、一生懸命考えたのだろう。なら私の言えることは一つだけ。「あっそ。全部自分でやりなよ」

大輔は私の言葉を聞き、冷たくされたことに気づいたようで、病室だというのに大声を張り上げる。「お前、一体何様のつもりだ?誰のおかげで今日まで生きてこれたと思ってるんだ!」

そんな声が出せるなら思ったより元気じゃないか。「じゃあ問題ないだろう。妻を養っていれば何をしても許されると思ってるの?それに浮気のことも知っている。証拠だってある。慰謝料を請求してやろうか」

自分の人生の中でも今まで出したことがないほど冷たい声だったと思う。大輔もそんな私の声を初めて聞いたみたいで、目を見開いて何を言うでもなく押し黙り、それ以降何も言わなくなった。

後日、大輔の退院日が決まった日、私は大輔に離婚届を突きつけた。大輔の自分本意な性格は子供の教育に悪いと思い、今のうちに別れておくことに決めたのだ。もちろん大輔は「誰が俺の面倒を見てくれるんだ」と離婚を嫌がったが、私から慰謝料を請求しないことを条件に、大輔に離婚届の判を押させた。また、彼女の方は警察に逮捕された。私は彼女との会話の際、こっそりスマホで録音をしていたのだ。そのデータを警察に提出した。意図的に事故を起こしたとなると、罪が重くなることくらいは私でも分かる。そして大輔の退院日、私はせめてもの情けに、動けない大輔を義実家に送ってやり、足の悪い義母に大輔の面倒を見させることにした。大輔は義母の面倒を見ることを嫌がっていたが、面倒を見られるのは大輔の方だったようだ。義母と大輔が将来的に過酷な結末を迎えるであろうことは容易に分かるが、それこそ因果応報。人のことを軽んじたから、自分たちも軽んじられるのである。

そして私は地元に帰り、実家の両親の助けを借りて出産し、子育てを頑張っている。せめて私の子供は、自分本意にならず、人を思いやれる優しい子になれるように。

「まだ洗濯終わってないの?本当にぐずな女ね。夫を亡くした私を家政婦のように扱う義母と義妹。今度の私の結婚式、家政婦として出席しなさい」

「分かりました」

私は俯きながら返事をした。そんな私の姿にご満悦な顔で去っていく二人。その後ろ姿を見て、私はにやりと笑い、携帯電話を取り出した。今に見ていなさい。ここから復讐劇の始まりよ。

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