会議室で、新入社員の男が俺の試作品をわし掴みにして、笑いながらゴミ箱へ投げ捨てた。「職人の手作業とか、大量生産が可能な時代にバカなの?ゴミはいらないんだよ」あまりの侮辱に頭が真っ白になった。彼は社長の息子で、誰も注意できない。俺は一人、ゴミ箱から工場のみんなと作った試作品を拾い上げ、涙をこらえて会社を後にした。それだけじゃ終わらなかった。数日後、彼から電話がかかってきて、全ての取引を今月いっ…
会議室の空気が凍りついた。俺のプレゼンを聞き終えるなり、取引先の新入社員が鼻で笑った。 「職人の手作業とか、大量生産が可能な時代にバカなの?ゴミはいらないんだよ、坊ずね」 あまりにも失礼な物言いだが、それを注意する社員はいない。彼が社長の息子だからだろう。 「それじゃあ会議終わり。ゴミはこっちで捨てておきますね」 そう言って試作品をわし掴みにすると、乱暴にゴミ箱へ向かって投げつけた。信じられない行動に頭の中が真っ白になり、俺はその場で動けなくなった。そんな俺の横を、社員たちが愉快そうに笑いながら通り過ぎ、部屋を出て行ってしまった。 一人取り残された俺は、我に帰ると同時に急いでゴミ箱にかけ寄り、工場のみんなと完成させた試作品を拾い上げた。なんとか平常心を保って会社を後にする。絶対に後悔させてやる。胸に渦巻く悔しさと怒りに両拳を握りしめながら、俺は強く誓った。 俺の名前は青木亮平。小さな町工場で働き出して十数年になる。社員数は多くないものの高い技術で評価を受けている工場で、他社では難しい部品製造などを求める企業との取引もあり、毎日忙しい日々を送っていた。そんな中で、ここ一年ほどは工場の仲間たちと一緒に新しい製品の開発にも取り組んでいた。 以前から親しくさせてもらっている大口取引先の担当者、斎藤さんには試作品ができたら是非見せてほしいと頼まれていた。俺はどんな風にこの製品をプレゼンしようかとワクワクしていた。やっと納得のいく試作品が完成し、プレゼンの準備も万全だ。 いよいよ大口取引先へ持っていこうという前日、先方の担当者から連絡が入った。 「申し訳ありません。明日のプレゼンに私は立ち合えなくなってしまいました」 「え、何があったんですか?急なことに俺は驚き、思わず声をあげた。周りにいた同僚たちの視線が集まる。担当の斎藤さんはいつもハキハキしていて、明るい笑顔が印象的な青年だったが、電話の声は沈んでいてどこか緊張していた。 「それが急な話でして。一身上の都合で退職することになったんです」 強い無念が感じられる、堪えているような声。理由を聞けるような雰囲気でもなく、俺は驚きと共に、なんと声をかけようかと迷った。 「明日のプレゼン会議は、別の担当者が対応することになっています。本当に立ち合えなくて申し訳ないのですが、青木さんが準備してくださった試作品ですから、きっと大丈夫です。頑張ってください」 どんな理由があったにせよ、急な退職は相当大変なことだろう。それでも斎藤さんは俺を励まそうと、最後は行く分明るく応援してくれた。 「分かりました。大変残念ですが、明日のプレゼン頑張ってみます」 先行き不安ではあったが、俺はもう一度気を取り直した。 翌日、いよいよ試作品を持って取引先へ向かった。まずは受付に向かったのだが、そこで早速、どうも様子がおかしい気がした。いつもはスムーズに中へ通してもらえるはずが、今日はロビーで待たされることになったのだ。しばらく待っていたが誰も現れない。もう一度受付の方に聞いてみようかと思った頃、初めて見る男性が、ニコリともせず現れた。かなり若い。 「青木さんですか?」 「はい、そうです」 「内藤さんから聞いています。担当の辻井です」 辻井さんはボソボソと名前を告げ、軽く頭を下げた。辻井という名前には聞き覚えがあったが、すぐには思い出せなかった。 「初めまして。青木と申します。どうぞよろしくお願いいたします。辻井さんは新入社員の方ですか?」 「まあ、新入社員ではあるんですけど、俺、社長と同じ名前でしょ」 「ああ、そうですね。通りで聞いたことがあると思っていました」 言われてやっと思い出す。辻井はこの会社の社長と同じ苗字だ。 「息子なんですよ。次期社長になる人間なんで、あんまり新入社員とか言ってほしくないんですよね」 俺は曖昧な笑みを浮かべ、頷くことしかできなかった。長く待たされたこと、彼の態度や言動を若干不快に感じてはいたものの、試作品のプレゼンを聞いてもらうまでは我慢しようという気持ちで、大人しく会議室までついていった。 会議室には数名の開発部の社員が待っていた。以前、斎藤さんとの打ち合わせの時に同席していた社員さんも座っているのが見える。知っている顔があることに少し安心し、俺は早速プレゼンを始めた。熱心に聞いている社員さんも数名いたが、辻井さんに関してはわざとらしく咳払いをして、興味のなさそうな態度を取っていた。正直、気分の良いものではなかったが、それはなるべく気にしないように務め、ようやく全てのプレゼンが終わった。 「はい。で?」 まるで初めから言うのを待っていたかのように、間髪入れずに辻井さんが言い放つ。会議室の中は一瞬、水を打ったかのように静まり返った。 「ちょっと待ってください」 俺も一瞬、辻井さんの言葉に思考が停止してしまったが、慌てて口を開く。 「こちらの製品は、以前の担当の方からもご意見を伺いながら開発をしてまいりました。本社の需要にもマッチしていると聞いております。質疑などあればお答えしますので、ご検討いただけませんでしょうか?」 「検討も何も、値段が高すぎるよ。こんな小さい部品だよ。しかも一度に生産できる数が少なすぎる」 「どうしてもこの質を保つためには手作業で加工を行わなくてはいけないので、生産量はそれが限界になってしまうんです」 「それでも、機械化された大きな工場で大量生産できる時代に、職人の手作業ってバカなんですか?」 俺の言葉を遮り、辻井さんはそう言って笑い飛ばした。 「本社は精密機器も扱っていると聞いています。私たちはそれらも踏まえて、精密機器に対応できる部品を考えてきました。大量生産できる部品の質では対応できないはずです」 「はあ。機械の精度や質に敵うはずがないよ。何言ってんの?自分たちを過剰評価して、時代の流れに乗れてないんじゃないの?」 「過剰評価?」 「全員って誰だっけ?ああ、斎藤とかいう無能なやつね。やめた奴の話をされても困るんですけど。はい、みんな解散。会議終わり。あ、ゴミはこっちで捨てておきますね」 そう言って辻井さんは試作品をわし掴みにすると、乱暴にゴミ箱へ向かって投げつけた。ここにいた社員さんたちは何も言わず目を伏せて会議室を出ていき、俺はその場に一人残されてしまう。社長の息子に逆らおうという者はいないということなのだろう。そんなことをぼんやりと考えつつ、予想していなかった対応に、俺はショックのあまりしばらく呆然と立ち尽くしてしまった。 そして我に帰ると、工場のみんなと完成させた試作品をゴミ箱の中から拾い上げた。悔しさで溢れそうになる涙をなんとかこらえ、俺は会議室のドアを開け、なんとか平常心を保って会社を後にした。 工場へ戻ると、同僚たちは期待した顔で俺と挨拶を交わした。しかし、浮かない顔の俺を見て、何かあったのだろうとすぐに察したようだった。俺は試作品に関わった社員を集め、例の試作品を取り出してテーブルの上に置いた。 「みんなには本当に申し訳ない。この試作品のプレゼンは失敗だった」 担当者が斎藤さんから新しい人に変わったこと、どんなに説明をしても伝わらず否定されるだけだったということを話した。 「もう少しアプローチの仕方を変えてみるのはどうですか?」 そう言ってくれた社員に、おそらく辻井さんは俺たちの試作品に興味がないのだろうとは言えず、返事ができなかった。 「あれ?この試作品、傷入ってませんか?」 試作品を手に取った他の社員が、軽くそう呟いた。俺はもう隠すことはできないと口を開いた。 「申し訳ない。新しい担当者は斎藤さんとは全く反応が違ってて、否定的だったんだ。言いづらいんだけど、もう試作品は見てもらえないと思う。これは一度ゴミ箱に投げ捨てられて、それを拾ってきたんだ」 社員たちがざわついた。きっと俺と同じようにショックを受けているのだろう。 「他の社員さんたちは、斎藤さんと一緒にいた人たちがいましたよね」 「うん。その人たちもプレゼンは聞いてくれてたんだけどね。新しい担当ってのが社長の息子さんで、あの雰囲気だと彼の意見には逆らえない感じだった」 … Read more