お正月、義母は実の娘にだけ20万円のお年玉を渡し、私にはゴミの詰まった古い紙袋を投げつけた。「何よ、その妬みの目は。本当に育ちが悪いわね」って。7年間、仕事を辞めて、ゴミ屋敷を掃除し、介護も全部押し付けられてきたのに。でも、その紙袋の中に、ある書類が挟まれていた。それを見た瞬間、全身の血が凍りついた。私はずっと従順なロボットのふりをしてきたけど、その瞬間、壊れた。この家の真実を知った私は、静…
何よ、その妬みの目は本当に育ちが悪いわね。 義母は娘の玲奈にだけ20万円ものお年玉を渡した。私は何も言わなかったが、ぼんやり見ていたら不快だったらしい。義母はお年玉の代わりのように、有名デパートの紙袋を私に投げつけた。 でもその袋は全体的にしわしわで、かなりの年季が入っていた。 「お正月だからって、のんびり座っている暇はないわよね。何年もこの家にいるくせに、片付けもろくにしないで」 いくらデパートの紙袋でも、それはプレゼントなどではない。不潔な廃棄物が適当に詰め込まれていた。あのゴミの墓場から、嫌がらせのために拾い集めてきたのだろう。 だが、そのゴミの隙間に挟まれていたあるものが目に飛び込んできた瞬間、全身の血が凍りついた。 私の心臓が、今までにないほど激しく熱く脈打ち始める。従順なだけのロボットは、たった今壊れた。自分の意思で、最後の大掃除を始める。 私の名前は坂野千尋。28歳の時、職場の同僚だった修吾と結婚した。修吾は穏やかな性格だ。私の言葉にちゃんと耳を傾け、些細な変化にも気づいて慰めてくれる。 新婚生活はまさに思い描いた通り。仕事帰りには2人でスーパーへ行く。割引シールが貼られたお弁当を見つけると、顔を見合わせてにやりとした。食後はインスタントコーヒーを飲みながら、次の休みはどこに行こうかと話し合う。そんな何気ない時間がずっと続くのだと、疑いもしなかった。 運命が音を立てて変わったのは、結婚から1年が経った頃だ。義母が脳梗塞で倒れた。一命は取り止めたものの、右半身に麻痺が残るらしい。1人暮らしをしていた義母を案じ、修吾はある晩、申し訳なさそうに私に手を合わせた。 「千尋、お願い。お母さんを1人にはしておけないんだ。一緒に暮らせないかな?」 病院へお見舞いに行くと、義母は私の手を弱々しく握る。 「千尋ちゃん、忙しいのに来てくれてありがとう。あなたのような優しいお嫁さんがいてくれて、私は本当に幸せ者ね。リハビリ頑張らなくちゃ」 病気をする前と変わらない、慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。正直不安はある。義理の親との同居は楽ではないとよく聞くからだ。でも私の場合はきっと大丈夫。修吾も義母も私を大切にしてくれるから、同居しても変わらず穏やかに暮らせるはずだ。 「別にお母さんの介護をしてってわけじゃないよ。ただ1人じゃ心配だから、そばにいてあげたいだけで」 私は迷うことなく首を縦に振った。「分かったよ。お母さんと一緒に暮らそう」 そこから、長く暗い7年間が始まる。 同居が決まり、私は初めて修吾の実家の奥へと足を踏み入れた。修吾の実家は、この辺りでは有名なお屋敷だ。これまで何度か訪問した際は、八畳が三間も続く立派な客間に通されている。間には掛け軸がかけられ、重厚そうな品が並ぶ。 「どうぞ。遠慮せず召し上がってね」 そう言いながら義母はいつも有名百貨店のクッキーやゼリーを出してくれた。ブランドに疎い私でも、義母が手に持つバッグやハンカチに刻まれたロゴを見れば、どれほど高価なものかは察しがつく。お財布にも心にも余裕のある上品な義母。だけれど、それは全て他人に見せるための表向きの姿に過ぎなかった。 義母の退院に合わせて、私たちも修吾の実家へ引っ越す。その当日、荷物を抱えて廊下の奥へ進んだ私は、あまりの光景に絶句した。 「何これ?」 輝いていたのは客間まで。奥まった廊下には新聞紙や雑誌が膝の高さまで重ねられ、誇りが綿雪のように積もっている。何より衝撃的だったのは義母の部屋だ。八畳の広さがあるはずの部屋は、天井近くまで積み上がったダンボールと、中身の溢れ出したゴミ袋で埋め尽くされている。足の踏み場などどこにもない。 「あのお母さん、このお部屋汚すぎる」と失礼なことを言いかけて、口をつぐんだ。 「ああ、そこはもういいの。私、隣の部屋を使うから」 義母はそっけなく言った。驚くべきことに、彼女は部屋がゴミで埋まるたび、片付けるのではなく他の部屋へと移り住んできたらしい。屋敷にある8つの部屋のうち、すでに3つが閉ざされた部屋と化していた。 初めて入った台所はさらに凄まじい。シンクにはいつのものかわからない食器が山をなし、換気扇からは黒い油が垂れ下がっている。床は歩くたびにベタベタと靴下が張り付き、異臭が鼻をついた。食器洗い用と思われるスポンジは、元の色形が分からず乾燥昆布と見違えたほどだ。私が口をつけてきたお客様用の素敵なティーカップも、黒くて薄っぺらいスポンジで洗われていたのかと思うと寒気がする。 「ここも好きに使っていいから。もうお客さんでもないんだしね」 背後から聞こえた義母の声に、これまでの優しさは微塵も感じられない。振り返れば、車椅子に深く腰かけ、冷たい目で私を見上げる義母。台所仕事の手伝いを一切頼まれず、「客間に座っていてね」という対応をされていたのは、この惨状を隠すためだったのか。私を大切なお嫁さんとして扱ってくれていたのではないと、気がついてしまった。 1週間後、「お母さんのお部屋、ゴミがすごいことになってるんだけど」と、たまらず修吾に相談したが、彼は手を止めることすらなく、他人事のように答えた。 「お母さんが片付け苦手なのは昔からなんだよ。もう年だし仕方ないよね。千尋が気になるなら片付けてもいいから、好きにして大丈夫だよ」 私の中で何かが冷たくなっていく。彼は家の惨状を分かっていながら同居を切り出した。いわゆるゴミ屋敷状態であることをずっと隠していたのに、いざ同居となればどうでも良さそうに振る舞う。普通ではない。恥ずかしいと思っていたから黙っていたのではないか。明らかに戸惑っている私に背を向けた修吾は、とても無責任だ。 私と修吾に当てられた部屋は、ゴミに埋もれてこそいないけれど、棚の上は埃が積もっている。元は白かったと思われるレースのカーテンはほんのりグレーに染まり、触れると妙なべたつきがあった。ここは修吾が使っていた子供部屋だ。シングルのベッドに学習机がそのまま残っている。 「うわ、まだ捨ててなかったんだ。昔好きだった漫画あるじゃん」 思い出もある贅沢な子供部屋には宝物が詰まっているらしい。本来なら私も「それ知ってる」と懐かしさを共有できただろうけれど、どれも薄汚れた無価値なものにしか見えない。足裏から得体の知れない嫌悪感が這い上がってきた。 引っ越しから1週間、私の生活は家事を超えた特殊清掃に支配された。まずは台所をどうにかしなければ、食事すら作れない。こびりついた油汚れは、洗剤を吹きかけた程度ではビクともしなかった。金属タワシで何度も力を込めて擦り、ようやくステンレスの銀色が見えてくる。仕事から帰った後、深夜まで続く孤独な作業。だけど掃除に専念することすら許されない。 「ちょっと、ねえ、ちょっと」 義母の部屋から鋭い呼び声が響く。慌てて駆けつけると、ソファーにふんぞり返った義母が顎でテレビを示した。 「リモコン取って」 すぐ目の前のテーブルに置かれているリモコンを義母に手渡す。体は不自由だが、動けないわけではない。手すりや壁があれば歩ける程度だ。テーブルにだって手は届くだろう。しかも要求はそれだけで終わらない。 「あとね、ついでにお茶。あんまり暑すぎないやつね」 この「ついで」が地味に面倒だ。お茶を用意したら、次は「あとね、ついでに新聞持ってきて」と次の「ついで」が来る。1度に用事を済ませられれば楽なのに、あえて小分けにして要求しているのかと疑ってしまう。ようやく台所に戻り、また油に手を突っ込んだ。数十分後には「ちょっと」と義母の声が飛んでくる。この調子では、いつまで経っても家の中が片付くわけがない。新居となったはずの夫婦の寝室は依然として、誇りをかぶった思い出の品とダンボールの山に囲まれていた。 修吾は引っ越し当日に「懐かしいなあ」と卒業アルバムや古い漫画を広げたきり、1度もゴミ袋を手に取っていない。仕事から帰ったら、足の踏み場のない寝室を見て露骨に眉を潜める。 「まだ片付かないの?埃っぽくて鼻がむずむずする。さすがにそろそろ綺麗にして欲しいんだけど」 冷たい言葉が胸の奥に突き刺さった。引っ越し当初は「家が散らかっていても気にしない」と言っていたくせに。2人暮らしをしていた頃、掃除は私が一手に引き受けていた。修吾は片付けが苦手だと言ったし、何より私自身、大好きな人のために素敵な奥さんでいたいという理想を抱いていたからだ。だが2人暮らしの頃の日常的な掃除と、このお屋敷の特殊清掃では次元が違う。会社までの通勤時間は以前の倍もかかっている。3回の乗り換えを経て1時間半かけて通勤し、フルタイムで働いた後に待っているのは、終わりの見えない重労働だ。私の目は常に充血し、喉にも違和感が突きまとう。大量の埃とカビをたっぷり含んだ空気が、確実にこの体を蝕んでいた。 それなのに義母はますますわがままになり、私が少しでも顔をしかめれば泣きまねをする。 「うちが汚いっていうの。私だって恥を忍んで千尋ちゃんに来てもらったのに、ひどい」 100%被害者のように泣いて見せた。そんな義母の姿に、修吾はよくため息をつく。 「お母さんも悪気があるわけじゃないんだから、うまくやってよ。体が不自由なんだし、散らかるのも世話してあげなきゃいけないのも仕方ないでしょ」 彼は諭すように苦言を呈すると、耳にイヤホンを差し込み知らん顔をする。義母が誰の親なのか、修吾は分かっていないようだ。 なんとなく体の表面がヒリヒリして、体温を測れば微熱がある。それでも私は休まない。1度立ち止まったら、もう動き出せない気がしていた。とにかく早く住まいの環境を整えたい。雑巾で床を拭いては洗い、拭いては洗いを繰り返す。いつまで経っても雑巾が黒く染まるのはなぜなのか。ミステリーだが、答えを知ったところで気分が悪くなりそうなので、謎解きはしたくない。無駄なことは考えず、思考を停止させてとにかく手を動かした。私がやらなければ、この家は完全にゴミに飲み込まれ、義母も修吾も、そして私自身まで腐ってしまう。責任感と危機感が私の体を突き動かしていた。咳込むたびに肺がひりつくけれど、立ち止まって泣く時間すら惜しかった。 引っ越しからもうすぐ1ヶ月が経つ。まだまともな調理ができていない。まずは腐った卵や黒ずんだ油汚れ、得体の知れない腐敗臭を放つ冷蔵庫を洗浄しなければ、食材を置くことすらままならなかったからだ。私は毎日仕事帰りにスーパーで惣菜や弁当を買い込み、それを皿に移し替えて食卓に出し続けていた。義母は台所に顔を出さない。実質、客間でテレビを見て過ごすので、私が台所で何をしているかは知らないようだ。 「なんかご飯作るの早いね。手際だけはいいんだ」 思いがけず褒められて、「出来合いの惣菜をお皿に移しているだけです」とは言えなかった。同居してすぐの頃、半額で買ってきた弁当をそのまま出したら、「こんな添加物だらけのものを食べさせて、私なんか早くあの世へ行けってこと?」と義母に泣かれたことがある。出来合いの惣菜は控えたいらしい。そのため、形の整いすぎているコロッケなどは避けて、手作りと見分けのつきにくい素材を選んでいる。だが、裏工作はそう長く通用しない。 「ちょっと、これどういうこと?」 … Read more